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第十九話

荻上みいさんの物語です。

テスト週間最終日、月曜から4日続いた徹夜勉強などでよれよれの生徒達は、お昼前には全員下校となっていた。

一時間目の古文、二時間目の物理、そして三時間目の英語という地獄の様な科目のテストばかりだったこともあり、生徒達の疲労もほぼピークに達していた。

ほとんどの生徒達は気力も体力も限界近い為、真っ直ぐ家路に着くのに対して、テストが終わった喜びで若干余裕がある生徒達は「打ち上げ」と称して、帰りにカラオケに向かったり、ボーリングやバスケットボール、フットサルやカートが出来る室内型の遊戯施設に遊びに出かけたり、様々だった。

手作り家電部の谷口こうとその彼女、川上ゆめの二人は手を繋いでそのままデートしようと駅までの道のりをゆっくり歩いていた。

「ねぇ、こう?テスト…どうだったぁ?」

「ん?ああ、まぁ、だいたい…って感じかなぁ…ゆめちゃんは?」

「う~ん…あたしは…。」

テストの話をしている二人を、他の生徒達はどんどんと抜いて行った。


あらぁ、学生さん達、沢山で…もう学校終わったのかしら?試験でもあったのかしらねぇ…。


駅からやっと出て来た荻上みいは、「よっこらしょっと。」と鈴の根付をつけた赤いリュックサックを背負いなおすと、転ばない様気をつけながら一歩一歩歩き始めた。

西の方向に駅3つほどの場所にある通いの整形外科にて、膝に溜まった水を注射で抜いてもらったばかりなので、みいはよその同じ年齢ぐらいのおばあさんの様にすたすたと歩くことができないでいた。


あの子達、手なんか繋いじゃって…可愛いわねぇ…いいわぁ…私なんかもう何年も手なんか…あ…。


頭の中でそこまで言いかけると、みいは最近もよく手を繋いでいたことをふと思い出した。


あら、いやだ…私ったら…膝が悪くなってからだから…そうね…もうかれこれ…5~6年?ぐらいかしらねぇ…お父さん、一緒に出かける時、手、繋いでくれてるわね…すっかり忘れてしまってたわ…ふふふふ…そうだったわね…そうでした…結婚前と新婚当時ぐらいしか、お父さんと手なんか繋いでないと思ってたけれど…そうだった、そうだった…ふふふ…。


前方から駅に向かって来る谷口こうと川上ゆめとすれ違った時、みいの耳に「好き」と言う言葉が入って来た。


好き…ですって…いいわねぇ、若い人達は…私なんてお父さんに好きだなんて言われたこと、ないんじゃないかしらねぇ…仕事と子育ての生活に追われて、そんな台詞も出ないほどお父さんも私も必死だったから…いいわねぇ、今の人は…思ったことをすぐに言葉に出して、相手に伝えられるんだものね…私は…私は…お父さんのこと…好き…だから、こうして50年以上も一緒にいる訳だけど…そうよね…お父さんに私からきちんと好きなんて言ってない…ものねぇ…今更、恥ずかしくて言える訳もないけど…お父さんだって、口には出さないけど…私のこと好きだから…一緒にいてくれてるのよねぇ…結婚したばかりの頃は、私ばっかりがお父さんのこと好きなんじゃないかって…お父さんは私のことなんて何とも思ってないんじゃないかって、随分、不安だったわねぇ…だって、言ってくれないんだものねぇ…あんまり不安でお父さんがお仕事でいない日中、一人で泣いたりしたこともあったわねぇ…そうそう…あ、でも…。


みいは初めての妊娠中、夫、幸作こうさくに病院に付き添ってもらった帰り道、アパートまで真っ直ぐには戻らず、当時住んでいた街にある大きな川の河川敷を散歩した時のことを思い出した。

遠い空の上では名前も知らない小さな鳥が、ぴょろぴょろと可愛い鳴き声で楽しそうに飛んでおり、河川敷の土手には黄色いタンポポなどの上にはひらひらとモンシロチョウが踊る様に舞っていた。

ぽかぽかと暖かい日差しの中、土手の階段に腰掛けている自分を置いて、夫の幸作は何故か土手の草むらの中へ。

みいがうとうとしかけていると、戻って来た幸作はみいの耳の傍の髪に摘んで来た名前も知らない小さな白い花を挿してくれたのだった。

それから幸作は誕生日や結婚記念日には花束を買って来てくれたり、家を建てた時には庭にみいの好きな花や木ばかり植えてくれたのを思い出した。


…お父さんったら…そうだったわね…ふふふふふ…そうだわ…。


みいは駅前商店街に古くからある和菓子店に足を運んだ。


「いらっしゃいませぇ~!」

真っ白い割烹着のふっくらした50代ぐらいの女性店員が笑顔で声をかけてくると、みいはその勢いに少しだけ負けそうになった。

「あのぅ…そうねぇ…。」

ガラスケースの中を覗き込むと、みいは夫の幸作が好きな草大福とその隣にあったイチゴ大福に気づいた。

「あ、じゃあ…イチゴ大福2つと草大福2つ。」


イチゴ大福…なんて…お父さん、どうかしらね…ふふふ…ふふふふふ…


家に戻ると、通いの皮膚科から先に戻っていた幸作がやかんでお湯を沸かしていた。


「はい、ただいま戻りましたよ…おとうさん…あら、お湯沸かしてくれてたの?そう、丁度良かった…お父さん、ありがとう…ちょっと待ってて、手ぇ洗ってから…すぐ、お茶入れますね…そうそう、実は、駅前でね…。」

みいがそこまで言いかけると、幸作も同じく「駅前で…。」と言った。

「あら…。」

見ると幸作は食卓テーブルの上の茶色い紙袋から透明のパックに入った草大福と、イチゴ大福を見せた。

「えっ!」

今度はみいが同じ紙袋から、やはり同じ透明のパックに入った草大福とイチゴ大福を見せた。

一瞬、二人は黙ってしまった。

「わははははははは…。」

笑い出したのは夫の幸作だった。

「うふふふふふふふ…。」

みいもつられて笑った。


熱い番茶には、どちらの大福もよく合うのだった。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

お話はまだまだ続きますので、引き続きどうぞ宜しくお願い致します。

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