第十七話
大喜利部の大島ひでの物語です。
「あのさぁ…これ…ちょっと試してみてもらえっかな。」
大喜利部の部室にて、この間の全国大会の報告と反省会を兼ねた会合がひとしきり終わった頃、駕籠部の門倉ひかりに告白しようと目論んでいる大島ひでは、自宅で作成してきた「糸電話」をエコバックから取り出すと皆の前に披露した。
飲み物部に作ってもらった「ホットレモネード」を、部室にそれぞれ持ってきて置いてあるマグカップや湯飲み茶碗に入れて飲んでいた一同は、「お~!」と一斉に声をあげた。
大島が作った糸電話を見て、最初に口を開いたのは1年の大野だった。
「…先輩…あの…これなんですけどね…。」
「なんだ?大野。」
生徒会長で部長の宮島の少し咎める様な聞き方に、大野はちょっぴり怯んだ。
「あ、や…やっぱ…いいです。」
「なんだ、お前…言いかけてやめるのやめてくれよぉ…それってさ、靴下濡れた時ぐらいすんげぇ気持ち悪いからぁ…なぁ、みんなだってもやもやすんべ?」
大野以外の一同は、同時にこっくんと頷いた。
「じゃ…じゃあ…遠慮なく言いますね…あの…これ…この糸電話…タコ糸使ってますけど…これじゃ多分駄目だと…思うんですよねぇ…。」
「えっ!そうなの?嘘ぉ~っ!マジでぇ~?」
作った大島が一番大きな声を出した。
「なんで?」
「いや、なんでかは…ちょっと今説明できないんですけど…確か、小学生の時の理科で習った作り方はぁ…ミシンとかの細い糸だったんですよね…テグスとか…あ、いや、俺が作ったのは確か裁縫用の糸だったと…。」
そう言うと大野はもじもじと俯き、上目遣いで周りの反応を観察した。
「あ~…そうかも…そうかもなぁ…俺も思い出したわ…そうそう…タコ糸じゃなくって、ほっそい裁縫の糸だったわ…そうそう…うん…。」
宮島や大島と同じ2年の坂下は、ホットレモネードを啜りながらしみじみ呟いた。
「そ…そっかぁ…じゃあ…。」
糸電話作りの失敗でさぞかし落ち込んでいるだろうと踏んでいた一同は、「じゃあ…。」と言いながらエコバックから紙コップやセロファンテープなど糸電話の材料を取り出した大島のへこたれない心臓に深く感動したのだった。
何故か小さなソーイングセットを持ち歩いていると言う1年の山川から糸をもらうと、早速新しい糸電話を作った。
糸の長さを2メートルの物と5メートルの物の2種類作ってみた。
そして、部室で試してみた。
まずは2メートル。
「おお!おお!聞こえる!聞こえる!そんでもって、相手の表情もはっきり見えるな!これ、いんじゃね?」
宮島は2メートルの方を強く推した。
「いやいや…こっちも結構聞こえるって…そっちよりはちょっと離れてっけど…でも、まぁ、相手の顔、見えなくないし…俺はこっち推すけど…どうする?ひで。」
5メートルの方がいいと言ったのは、坂下だった。
多数決で告白に使う方を決めようとなったのだけれど、結局はその結果云々ではなく告白する当事者の大島ひでが5メートルの方を選んだのだった。
「…んで?何て告白すんの?」
宮島の問いに、大島は問いで返した。
「あ、あのさぁ…その前に皆に聞こうと思ってたんだけどさ…。」
「何?」
「あのさ、皆はそもそも女子に告白ってしたことあんのかなぁ?って…こん中で誰か告白したことあるやつ、いる?いたら教えてほしいんだけどさ…。」
一同はきょろきょろとそれぞれの顔を窺った。
「誰か告ったことあるやついない?あ、俺はないよ!告られたことはあっけど…へへへっ。」
そう言うと宮島は少し照れて痒くもない頭の後ろを掻いた。
「俺もないっす!」
「俺も!」
「あ、俺もっす!」
結局、大喜利部の部員全員、誰も好きな女子に告白した経験はなかった。
「え~~~~っ!」
大島は急に告白大作戦をやめたい気持ちになった。
「まあまあ、まあまあ。」
皆に宥められ気を取り直した大島は、今度は告白の練習をしたいと言い出した。
「門倉ちゃん…って、皆も呼んでるから俺もとりあえず呼んでるんだけどさ…ホントは…ホントは下の名前で呼びたいんだよね。」
「下の名前って?」
坂下は全国大会の土産の一口サイズのパイ生地の中に、ほんのりミルク風味の白餡が入っている「も~も~ミルクパイ」を口に入れたまま尋ねた。
「ひかり…ちゃん…。」
「へぇ~~~~っ!」
大島以外の部員全員は「あ~そ~ですか。」といった態度で、大島の話に耳を傾けた。
「んで…好きだ!って言うか、好きです!って言うか迷ってんだよね…。」
「あ~~~~。」
「好きだ!だと男らしい印象だけど、好きですは誠実な印象だから…どっちがいいだろうって…ちょ、ちょっとぉ~…皆にはどうでもいい話だろうけどさぁ…俺は真剣なんだよぉ~!」
大島が立ち上がって声をあげるも、みんなはもう既に違う話題に移っていたのだった。
次の日の放課後、体育館とグラウンドの間にある芝生辺りに門倉ひかりを呼び出すと、まず先に作り直した糸電話を手渡した。
「何?これ?糸電話?あはは…懐かし~!大島君、これ、何?これで遊ぶの?」
「門倉ちゃん!いいかい?」
ピンと張った糸を通じて紙コップの中から大島の声が聞こえた。
門倉ひかりはその返事を、約5メートル離れたところにいる大島に直接「いいよぉ~!」と返した。
「なぁ…あれ、意味あんの?」
大島の応援を兼ねて告白を見守りに来ていた大喜利部の面々は、バックネットの裏から門倉ひかりに見つからないように目から上だけ出して様子を窺っていたのだった。
「折角、作ったのに…。」
「しーっ!静かにしねぇとばれちまうべやぁ…。」
宮島の言葉に一同はハッとすると、引き続き大島たちをじっと見つめた。
「門倉ひかりちゃん!」
「はい?」
「好きだす!」
「あっちゃあ…あいつ、馬鹿っ!緊張しすぎて…好きだと好きです、混ざってやんの…はぁ~…折角、練習してたのに…最後まで迷って…。」
坂下が手のひらを顔に当てていると、すかさず1年の山川が続けた。
「せっ…先輩…あれ!あれ、よく見てください!って…あれ!あれ!」
一同の視線が告白して顔を真っ赤にしている大島ではなく、門倉ひかりに集ると全員、愕然となった。
「…門倉…あいつ…聞いてない…ってか…あいつもコップに口当てて…。」
そうだった。
大島が一世一代の告白をしたにも関わらず、告白された側の門倉ひかりは丁度のその時、紙コップを耳に当ててはおらず、大島と同じく口元にコップを当てていたのだった。
「あれ?何?お~い!大島く~ん!あれっ?あれっ?あれ、これ、耳に当てるんだっけ?あれ?」
門倉ひかりが糸電話のやり方でもちゃもちゃしている姿を、告白を終えた大島は恥ずかしくて見ていなかった。
「かーっ!あいつ…ばっかだぁ…ちゃんと門倉のこと見ないと…あ~…もどかしい。」
大喜利部の面々はもどかしさにやられて、地面をだんだんと強く踏んでみたり、バックネットを両手で掴んでばふばふ動かしたり。
「あ、あ、先輩…ちょ、ちょっと見てください!見てって!」
1年の山川が促す、大島達の方に目をやると、糸電話を持ったまま門倉が大島の傍にずんずんと歩いて行くのが見えた。
「あんっ?何っ?なんで?」
「さ、さあ…。」
「大島君!」
耳に当てている糸電話からではなく、やけに近くで門倉ひかりの声が聞こえる。
大島はやっと目を開けた。
「大島君、はい、これ、返すね…。」
「えっ?」
「…だって…あたしが耳に当ててる時、大島君も耳に当ててるし、あたしが口に当てて喋ってる時、大島君も喋ってるから…全然面白くないんだもん…ごめんね、じゃね…あたし、帰るね…お腹空いちゃった。」
そう言うと門倉ひかりはとことこと歩き始めた。
「あっ!あ、ちょっと待って!…門倉ちゃん…さっき俺言ったの聞こえてなかった?」
「あ、うん…ごめ~ん。」
「あ、や…じゃあ…あの…好きだす!」
「えっ?」
「あの、ずっと好きだす!」
「…んっぷっ…だす…って…んふふふ…ありがとう、大島君…あたしも大島君のこと、友達として好きだよ…これからも仲良くしてね…じゃ…行くね…。」
「あっ…あのさ…あの…付き合って下さい!」
大島は真っ赤な顔を地面に向けた。
「ん?えっ?」
「いいぞ!ひで!告白はまただすって言っちゃったけど…付き合って下さいはいいぞ!頑張れ!」
宮島の応援に大喜利部の面々も加わった。
「頑張れ!」
「頑張ってください!」
「大島先輩!頑張れ!」
「…いいけど…。」
「いいけどまで持ち込んだ!いいぞ!ひで!良かったな!告白大成功!」
大喜利部一同は、静かに沸いた。
「どこ?教室?それともどっか買い物とか?どこでもいいよ…付き合うよ!今日、バイトないから大丈夫だけど…どこ?」
「…え…じゃ…え?…じゃあ…じゃあ…買い物で…。」
「付き合うって…その付き合うじゃねぇ~~~っ!ひ~~~~で~~~~~!」
バックネット裏で宮島は叫んだ。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
お話はまだまだ続きますので、どうぞよろしくお願い致します。




