02
疲れ切った体をベッドに預け、深い溜息をつく。
信じられない程の強敵に遭遇し、死を覚悟した後では見慣れた天井も感慨深いものがある。
こんな商売をしているせいで死を身近に感じることは何度もあるが、あれほどに絶望的だったのは初めてだった。
それだけに自宅に戻ってこれた事に強い安心感を感じていた。
そんな見慣れた光景に一つの違和感。
その違和感は部屋をウロウロと歩き回り、何でもかんでも興味深そうにしている。
俺は違和感の主に声を掛ける。
「おっと、そのへん勝手に触らないで。大人しくしててくれよ」
違和感の名はデンチ。
あの後、家に連れ帰ってしまった。
放っておくわけにもいかないし、聞きたい事もあったからだ。
「デンチはお腹が空いている。食べれる物が欲しい」
「その前に聞きたい事があるんだけど。いいかな?俺の質問にキチンと答えられたら食い物をやるからさ」
「なに?」
聞きたい事というのは、この少女の不思議な能力の事だ。
生体エネルギーを他の誰かに渡すこと自体は難しい事ではないが、その量が問題だ。
レコノイターで計測していなかったのが悔やまれる。どれほどの戦闘力を打ち出したのだろうか。
「お前さ、生体兵器だとか言ってたよね?」
「そう」
「他に何か出来ることはあるの?何か危ない能力とか」
「他には何も出来ない。生体エネルギーを蓄積するだけ。だから失敗作」
「失敗作とか言うなよ。お前のおかげで助かったんだからさ」
「そう言ってもらえるのは、少しうれしい。あと、食べ物が欲しい」
デンチの腹の虫が鳴る。そう言えば、出会ったばかりの時も鳴ってたっけ。
そこまで腹が減っているなら仕方ない。
「分かった、分かった。食いながらで良いから、話を聞かせてくれ」
男の1人暮らしの部屋にある食い物なんて大したものは無いが、それでもデンチにとってはご馳走なようだった。目を輝かせながら次々に食い物を口に運ぶ。
そう言えば置いて行かれたって言ってたな。長い間、ずっと何も食ってなかったのかもしれない。
デンチは食べながらも俺の質問に答えてくれた。
「生体エネルギーって、どんだけ溜められるんだ?」
「分からない。色んな実験をしたけど、デンチの許容量は天井知らず」
「今も生体エネルギーって残ってるの?」
また、あの力が振るえるのかと期待した質問だったが「少しも残ってない」という答えが返ってきて少しがっかりする。
良く覚えていないが、俺は「あるだけ全部よこせ」と言ったらしい。
デンチはそんな事をしたら俺がパンクしてしまうかも、と心配したが俺があまりに強く言うので全部渡してしまった。と少し気まずそうに言った。
それを聞いた俺は自分が破裂する様を想像して背筋に寒いモノが走ったが、どの道、そうしなければ殺られていたかもしれないので、結果オーライだと思う事にした。
次の質問は「どうやったら、また溜められるか」だった。
男である以上、力を振るい、周りの者を屈服させる姿に憧れる。
でも、俺の戦闘力1080ってのは、まあ、情けない話だが、けっして高くない。
この世界じゃ戦闘力の低い奴はとても惨めな思いをしなければ生きていけない。
そんな俺に舞い込んできたチャンスというわけだ。
「貯める方法は簡単。デンチに触れながら生体エネルギーを流せばいい」
なるほどと思いやってみる。
ありったけの生体エネルギーをデンチに流し込む。
「どう?」
「全然」
「・・・そうかぁ」
俺はそのままベッドに倒れ込む。酷い疲労感だ。
これを繰り返せば、あるいはとも思うが、気が遠くなる。
倒れたままの俺にデンチが「おかわり」と言ってきた。
俺はそのままの姿勢で「そこに冷蔵庫があるから適当に食ってくれ」とだけ告げた。
さて、いつかは十分にエネルギーが蓄積されるだろう。
リールーに手伝わせてもいい。
問題は、そのエネルギーを使って何をするかだ。
高い戦闘力を見せつければ、会社で昇進もできるかもしれない。
いや、さっきのような力があれば、会社を乗っ取る事だって・・・。
だが、別にそんな事には気乗りしなかった。
俺がやりたかった・・・やりたい事って何だ?
改めて考えてみると思いつかない。
まぁ、しかし、すぐに考える必要も無いだろう。エネルギーの蓄積には時間もかかりそうだし。
暫くして体力が回復してきた。それと同時に空腹感も襲ってきたので、俺も冷蔵庫の元に向かう。
冷蔵庫を開けると中は空っぽだった。
一週間分は食糧が入っていたはずだが・・・。
傍に佇むデンチに問う。
「・・・お前さ、いつから食ってなかったの?」
デンチは少し考えてから「昨日」と言った。
嘘を言っている様子は無い。
さて・・・新たな、そして切実な問題が増えた。
こいつの食費だ。
デンチに家の食料を食い尽くされた俺は、行きつけの酒場「ロックゲート」に向かう事にした。デンチも家に置いて行くのは不安なので連れて行く。
そこはマスターとウェイトレスが絶望的なくらい愛想がないのが難点だが、酒も飯の味も悪くない。なによりこの辺りに酒場といえばそこしかないので、他に選択肢は無い。
そんなわけで必然的に見知った顔の連中に出くわす事になる。
その中にリールーも居た。
酒と食事を注文し、リールーとデンチと三人でいつものテーブル席を占領する。
「信じられる?コイツ、バターまで食っちまったんだよ」
「へぇぇ、デンチちゃん、よっぽどお腹空いてたんすね」
「そうだとしても限度があると思うんだよなぁ・・・」
リールーに先ほど起きた我が家での惨劇について話していると、
店のドアが開いて見知った男が入ってきた。バウトスだ。
「やぁ、バウトス。災難だったな」
「ああ、半日もメディカルマシーンに入る羽目になった」
「いやいや、正直、あんなの相手にして生きてるだけで信じられない。どうやって凌いだんだ?」
「まぁ、いろいろとな。いつか教えてやるよ。ところで、お前の方こそよく生き延びたな」
「まぁ、アンタのおかげで上手く隠れてやり過ごせた。アイツも本気で皆殺しにするつもりも無かったみたいだし」
「そうか。お互い運が良かったな」
そういう事にしてある。
会社の報告書にもそう書いておいた。
多少、訝しげな眼で見られたが、本当のことを言っても同じだろう。
「ここはいい店だな。気に入った」
「まぁ、バウトスは命の恩人様だからね。こんな事でしかお役にたてなくて残念だよ」
「いや、それについては気にしなくていい」
「・・・ところで、何であの時、助けてくれたんだ?」
「・・・まぁ、軍人のサガだな・・・それにお前が仲間に助けを呼んでくれば俺も助かる可能性が上がると思ったしな」
「ホントに?アンタ、俺が助けを呼んでくるって本気で思ったのか・・・?」
「そうだ」
「ふーん・・・これはまぁ、ただの勘なんだけど・・・アンタ死に急いでない?」
「・・・」バウトスの重い沈黙
「いや、命の恩人に失礼な事を言っちゃったな!悪かった!助かったよ。ありがとう」
バウトスは何か言いたそうにしていたが、ジョッキを空にしてお代わりを貰いに行った。
まぁ、こんな仕事してる奴には色々とある。深追いしてもいいことは無い。
「・・・あ」
「なに・・・?」
バウトスとの話で少し目を離した間にデンチの前に料理が運ばれていた。
「まさか、まだ食うつもりなのか?」
「ボクがデンチちゃんの為に注文したんすよ。アップルパイ」
「リールー・・・俺がさっき話したのを聞いてなかったのか?こいつ一週間分の食料を食い尽くした後なんだぞ?」
「でも、デンチちゃん、アップルパイ食った事ないって言うんすよ。そんな不幸は見過ごせないっす」
「そうまで言うならリールーのおごりなんだよね?」
「勿論っすよ」
「・・・はぁ、デンチ。腹壊すなよ?」
「大丈夫。甘いものは別腹」
そういう問題じゃねえよ。とデンチの頭を小突こうと手を伸ばした時、「あら、こんな所に可愛いお嬢さんね」と声がした。
馴染みのある声に俺の心拍数を跳ね上がる。
俺は手を咄嗟に切り替え、誤魔化すようにデンチの頭を撫でる。
「よ、よう、フェンネル。コイツはデンチって言うんだ。ひょんなことから俺が世話する事になってね」
「へぇ・・・、まさかどこかに売り飛ばす為とかじゃ・・・ないわよね?」
「ま、まさか」
「デンチちゃん、何か困った事が有ったら言ってね?私、良くこの店に来るから」
フェンネルもこの店の常連だ。
こんな場末の酒場には場違いな美女。
長い金髪と切れ長な目を持つ彼女を初めて見る者は、そのあまりの美しさから近寄りがたい印象を受けるが、この酒場に通ううちに彼女がとても気さくな性格である事を知り、更に魅かれるのだ。
例に漏れず俺もその1人。
上手く言えないが、彼女と同じ空間に居る間だけ、この狂ったようなこの世界が正常なものに戻るかのように思える。
そんな彼女との何気ない会話は俺にとって非常に気分が良い。
これもデンチを連れてきたおかげだ。
これから先も彼女と話す口実に使うためにデンチを連れてくるのも悪くないな。
ただ、金の心配はあるが・・・。
それにしても、俺の仕事がもっとマトモだったら彼女ともっと親密になれるのにと思う。。まさか、仕事は?と聞かれて「侵略した星の販売」だなんて言えやしない。
その辺りの後ろめたさが俺を消極的にさせていた。
だが近いうちに、この下らない境遇から抜け出してやる。
黙々とアップルパイを口に運ぶデンチを眺めながら、そう心に決めた。
その時だった。
店のドアが乱暴に開かれ、4人の男が入ってきた。
4人ともボロボロで息も絶え絶えな様子だ。
ひどく流血している者も居る。
そいつが特に重症らしく、仲間の肩を借りてやっと立っているような状態だ。
4人の中でも特にリーダーらしい男が他の2人に何やら指示を出す。
「ニッチ!サッチ!外を見張れ!奴らを近づけんな」
命じられた2人は店の窓ガラスを叩き割り、外に向けて銃を向ける。
俺を含めた店の客たちは「また厄介ごとか」というかのような表情を浮かべた。
リーダーらしい男はそんな俺達に構わず「訳あって追われてるんでね。仲間が援軍に来るまで、ここで凌がせてもらうぜ」と言う。
この辺りはそういう事が日常茶飯事に起きる。
この店の他に酒場が無いのは、それが理由だ。
こういうトラブルに巻き込まれてすぐに潰れてしまう。
店と自分たちが無事ならいいが・・・と思った瞬間、外から大量のエネルギー弾が店に撃ちこまれ始めた。