01
「先輩は何でこんな仕事をしてるんすか?」
後輩のリールーが俺にそんな事を聞いてきた。
流れ流れて何となく抜け出せない今のクソッタレな仕事。
何でって?そんなの俺が聞きたいくらいだ。
なんてことは格好悪くて後輩には言えない。
「そりゃあ、給料が良いからかな」
「・・・まぁ、確かに悪くはないすね」
敵に向かってエネルギー弾を撃ちながらの会話。
敵はこの星の住民。俺達はこの星のような文明レベルの低い星を侵略して金持ちに売りつけるのを仕事にしている。
「・・・何でそんなこと聞くんだ?」
「いや、最近ボク思うんすよ。何となく満たされないって言うか・・・空しいっていうか・・・」
リールーが溜息をつく。
俺にも身に覚えがある悩みだ。
こうなったら可愛い後輩に的確なアドバイスってやつをしてやるとするか。
「面倒くさいこと言う奴だなぁ。そんなのは酒でも飲んで忘れちゃいなよ」
「・・・ところで先輩、さっきから敵に全然当たってないっすよ」
「当てたら、こっちに来るかもしれないでしょ?」
そう、頑張って敵を倒しても、給料が上がるわけじゃない。
ウチの会社は戦闘力至上主義で、俺のように戦闘力が高くない奴は出世が見込めない。
頑張って戦果を挙げた奴よりも、測定器で高い戦闘力をはじき出した奴の方が評価されるってわけだ。
だったら適当に戦ってるふりして、終わったらさっさと上がって美味い酒でも飲んだ方が幸せってものだ。
それが10年以上、真面目に努めてきてはじき出した結論ってやつだった。
「おい、ディル!無駄口叩いてんじゃねぇ!戦闘中だぞ!」
「へーい」
上司であるゴドーの怒声も右から左に受け流すのが吉である。
ゴドーも大して俺に期待してるわけじゃないので、しつこい事は言わない。
しかし、今日ばかりはそれだけでは済まなかった。
「ディル、ここはもういいから偵察に行って来い。ポイント645に怪しい施設があるんだとよ。そこに伏兵が潜んでるかもしれねぇって話だ、ちっと行って見てこい」
「えぇっ!?俺1人でですかぁ?」
「上からの命令なんだよ。リールーと2人で行って来い」
「リールーと2人じゃ敵と遭遇したら帰ってこれませんよ」
「しょうがねえな。バウトス、一緒に行ってやれ」
最近入ったばかりのバウトスに白羽の矢が立った。
どうやら元軍人らしい。髪の毛は全て白髪で顔には古傷が目立つ。何より右手が無い。
退役後に食い詰めて、こんな仕事をする羽目になったのだろう。哀れな事だが、珍しい話でもないし、もっと悲惨な奴は沢山居る。
「宜しく。俺はディルだ」
「リールーっす」
「ああ、宜しく」
儀礼的な挨拶を済ませる。入れ替わりの早いこの業界では馴れ合っても仕方ない。
俺はそう思っていたのだが、入って日の浅いリールーが不満を口にした。
「なんすか2人とも。ニコリともしないで」
「いいんだよ、これで」
「駄目っすよ。先輩は人相が悪いっすけど、根はいい人なんすから誤解されちゃうっすよ」
「人相が悪いって・・・酷いな」
俺の目の下には酷いくまがある。
正確には種族特有の模様なのだが、そのせいでいつも「疲れているの?」と聞かれる。
だが、人相が悪いとまで言われたのは初めてだった。
結局、それ以上の親睦を深める間もなくゴドーの「何してやがる!さっさと行きやがれ!」という怒声に追い立てられるように偵察任務に出かけたのだった。
ゴドーから見えなくなると俺は移動速度を極端に遅くして、無駄口を叩きながら、ゆっくり目的地まで移動する事にする。
軍隊上がりで固そうなイメージのバウトスだったが、そこまで融通が利かないタイプではないらしく、むしろ会話に参加してきた。
「偵察先のポイントは戦略的には意味の無い場所だ。恐らく伏兵などは居ないだろう」
「へぇー・・・もしかして軍隊上がりの勘ってやつ?」
「いや、経験と知識だ」
目的地には確かに怪しげな施設があった。
バウトスの言う通り伏兵は居なかった。それどころか人の気配すらなかった。
「なんですかね。ここは」
リールーが疑問を口にする。
「俺だって分からないよ」
この星の文明レベルからは明らかにかけ離れた設備の数々。
それらは全て破壊されている。
「何かの研究施設って感じだな・・・」
設備はどれも同じような壊され方で、襲撃を受けたというよりも情報の隠ぺいの為に自ら破壊したような印象を受ける。
「なんだか慌てて逃げ出したって感じだなー・・・」
「もしかして、ボクらに恐れをなして逃げ出したんでしょうかねー」
「どうだかなぁ・・・。とにかく、さっさと帰ろうか。敵は居ないって解ったんだし」
「えー!もう少し見ていきましょうよ。なんか面白いモノがあるかもしれないじゃないすかー」
「何か嫌な予感がするんだよね。っていうか、嫌な予感しかしないよ、こんな怪しい所。さっさと帰った方が・・・」
・・・グルルル。
獣のうなり声のような音がした。
ほら、やっぱり。俺の嫌な予感は当たるんだ。
「おい、そこ!誰か居るのか?居るんなら、ゆっくり出てこい!」
指先にエネルギーを集中させる。
「出てこないなら・・・」と脅しを掛けると、物陰に隠れていた何者かはあっさりと姿を現した。
「・・・子供?」
出てきたのは子供だった。10歳くらいの女の子だ。
唸り声の正体も判明した。そいつの腹の虫だ。
「何だお前・・・この星の子供か?好奇心で忍び込んだ・・・って感じか?」
「・・・デンチ・・・それが名前」
「名前なんか聞いてないよ。何者なんだって」
「でも、デンチには名前しかない・・・」
噛み合わない会話に戸惑っていると、警報音が鳴った。
音の出所は、腰のベルトに装着されているレコノイターからだった。
レコノイターは通信や戦闘力の測定などに使う会社からの支給品だ。
それが警報音を鳴らしながら、俺の周りをクルクルと浮遊する。
普段は腰のベルトに装着されているが、起動すると戦闘中に邪魔にならないように、こうして使用者の周りを浮遊するのだ。
デンチの存在にレコノイターが反応しなかったのは、デンチに戦闘力が皆無だったからに他ならない。つまり、新たな何者かが此処に接近しているということだ。
「リールー。敵の戦闘力は?」
リールーも同じ物を持っている。
俺は敵(と決まったわけじゃないが)が来る方向に警戒しながら、リールーに戦闘力の測定を命じる。
測定値はすぐに出た。
「出ました。たったの5っす。ここの研究員とかかも」
・・・なんだよ。びびらせやがって。
警戒を解くと、戦闘力5の相手が姿を現した。
頭の良さそうな小柄な男だ。リールーが言う通り、ここの研究員かもしれない。
しかし、妙な胸騒ぎ。それはバウトスも感じているようだ。いや、俺以上に警戒心を露わにしている。
「あれれ?まだ誰か残ってるとは思わなかった」
現れた男は緊張感のない声で話しかけてきた。
こちらも警戒を解く。
「俺達はここのもんじゃないよ」
「へえ、じゃあ、どちらさんで?」
「ジキスタ宇宙開発公社のもんだ」
「んんー?もしかして地上げ屋さん?」
地上げ屋・・・その身も蓋も無い言い方は少し気分が悪いが、事実だからしょうがない。
「こっちは素性を明かしたんだ。そっちは?ここの人?」
「アタシはここの人じゃないですねぇ・・・ところで、その子は?子連れの地上げ屋さんってのは珍しいねぇ」
デンチの事だ。
「この子は連れじゃないよ。ここに居たんだ。迷い込んだどこぞのガキじゃないかな」
「へぇ、ここに居た・・・ねえ」
男がニタリと笑いながらデンチを見る。
デンチは怯えながら俺の脚にしがみついた。
俺は構わず質問を続ける。
「ここはいったい何なんだ?アンタは何しにここに来たの?」
「・・・ここは、研究施設ですよ。生物兵器のね」
「生体兵器?」思わずデンチの方を見る。
「その子は聞いてたのと違いますねぇ。大方、迷い込んだここの原住民じゃないですか?」
「とにかくアタシはその研究成果を受け取りに来たわけですが、残念ながら連中はそれを持ち逃げしたようですね・・・どうやら、もっと高く売れる相手を見つけたようです。ようやく量産体制の目途も立ってきたというのにねぇ」
「はぁー・・・そりゃ、気の毒になぁ」
「まったくです。ですが、アンタらほどじゃないですがね」
「そりゃいったい、どういう意味・・・」
俺がそう言い掛けた時、バウトスがさきほどまでの寡黙さからは想像も出来ない大声を発した。
「下れ!そいつはヤバい奴だ!」
次の瞬間、男に一番近い位置に居たリールーが後方に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
目の前の男が何かしたようだが、何が起きたのか俺には全く分からなかった。
咄嗟にレコノイターに再び目の前の男の戦闘力を計測させる。
はじき出された数値は14000。
信じられない事にまだ上昇を続けている。
生体エネルギーをコントロールして戦闘力を変動させることが出来る奴が居るってのは
聞いたことがあるが出会ったのは初めてだった。
「一人も逃がしませんよ。証拠隠滅と口封じもアタシの仕事の内なんでね。ま、アンタらは何も見てないかもしれないけど・・・アタシの腹いせの為にも死んでください」
ちなみに俺の戦闘力は1080。
ギリギリ1000を超えた、その80という僅かな数値が俺の自尊心の糧だった。
だが、目の前の相手は桁が違い過ぎる。そんな俺の自尊心なんて吹けば飛ぶカスのようなものだ。
・・・その明確な戦闘力の差は逃げる事すら絶望的だと思わせた。
「俺が時間を稼いでいる間にリールーを連れて逃げろ!」
それはバウトスの声だった。
「そりゃありがたいが、アンタはどうするんだ!?」
「俺の事はいい!早く!」
あんなの相手に時間稼ぎなんて・・・と言いかけた時、バウトスの周囲の空気が変わった。なんというか戦闘態勢に入ったというか、そういう感じだ。
そのただならない雰囲気に思わずレコノイターを向ける。
計測された数値は7500だった。
聞いていた数値とは大きく違う。
バウトスも戦闘力をコントロールできるタイプだったようだ。
とはいえ、相手は14000以上。
時間稼ぎはともかく確実に殺されてしまう。
「何してる早く!」バウトスが再び叫ぶ。
バウトスの事は気掛かりだが、俺が居ても足手まといにしかならないだろう。
リールーに駆け寄ってみると、どうやら気絶しているだけのようだったので、担ぎ上げる。
そうしていると、デンチの怯えた顔が視界に入った。ここに置いて行ったらバウトスたちの戦闘に巻き込まれて死んでしまうだろう。
「来い!」咄嗟にそう呼びかけていた。
デンチは少しためらった後、俺の背中にしがみついてきた。
リールーは肩に担ぐ。逃げ出す準備は出来た。
「簡単にはやられんぞ!」というバウトスの声と激しい戦闘音を背にしながら必死に走る。それでも2人を担いでの逃走は思うようにスピードが出ず、もどかしく思っていると、背負っていたデンチの声がした。
「もしかしたらお兄さんにデンチの力を渡せば、もっと早く逃げられるかも」
「は・・・?何だって・・・!?」
そう聞き返すより早く背中のデンチから力が流れ込んできた。
意図しなかった力による急加速のせいで壁に向かって突進する形となる。
ぶつかる・・・!と思って目を閉じた。
次の瞬間、俺の体は壁をぶち抜いて建物の外に出ていた。
壁に衝突した時の反動はほとんど感じなかった。まるで、壁がひどく脆い何かで出来ているかのような感じだった。
実際にはそうではなく、俺自身の体がデンチから流れ込んできた生体エネルギーで強化されたせいなのだろう。
俺はその勢いを上手くコントロールできず、リールーを放り投げてしまい、俺自身もバランスを崩して地面に突っ込んでしまった。
幸い砂地だったのでリールーもきっと無事だろう。
デンチも空高く吹っ飛んでしまったが、落ちてきたところを上手くキャッチすることが出来た。
「何だ今の・・・?!」
「デンチは生体エネルギーを蓄積することが出来る。それをお兄さんに渡した」
「お前一体・・・」
「アイツが言ってた生体兵器というのは、デンチの兄弟の事。デンチは失敗作。エネルギーの蓄積は出来ても、それを自分で使うことは出来ない。だから、置いて行かれた」
デンチの言葉には驚いたが、真偽を確かめたりしている暇はない。
今は逃げるのが先決だ。
「話は後で聞く。とにかく、さっきのをもう一度頼む。3人で逃げるには必要だ」
「逃がしませんよ」
背後から寒気の走る声。
気づけば敵はすぐ傍までやってきていた。
「地上げ屋さん。アンタの仲間はなかなか健闘しましたよ。片腕が無いのが残念なくらいでした」
「へぇ、そうかい。アイツはバウトスって言うんだ。地上げ屋にしとくには勿体ない仲間思いの奴さ」
「・・・殺す相手の名前を覚える趣味は無いんで」
「殺す相手・・・?殺した・・・の間違いじゃないの?」
「実は、まだ止めは刺してないんですよ。でもまぁ、これで全部焼き払ってしまえば同じですよね」
そう言いながら敵は巨大なエネルギーボールを作り出した。
巨大で禍々しいエネルギーに満ち満ちた物体・・・それは計測するまでもなく、この周辺全てを灰燼と化すに十分な威力に違いなかった。
そのまま薄ら笑いを浮かべながら、空に向かって上昇してゆく。
俺が恐怖で動けないでいると、敵は上空で静止し、その手を振り下ろした。
エネルギーボールがゆっくりと俺達に向かって落下してくる。
まったく、こんな事に巻き込まれて死ぬなんて、最初から最後までクソッタレな人生だった。妙に吹っ切れた俺は足にしがみついて怯えているデンチに向かって言った。
「なぁ、デンチ、さっきのまた出来るか?」
「さっきの・・・?」
「そうだ。さっきみたいに俺にエネルギーを貸してくれよ。もしかして、もう空っぽ?」
「・・・そんなことはない」
「じゃあ、思い切りやってくれ。最後くらいは思いっきり抵抗してみたいんだ」
「思い切り?いいの?」
「あぁ、あるだけ全部!」
デンチから急速にエネルギーが注ぎ込まれる。
こいつでデカいのをかましてやる。もしかしたら、無駄な抵抗かもしれないがそんな事は問題じゃない。正直、壁をぶち破った時の感覚が癖になっていたのもある。一瞬だったが、自分がヒーローになったかのような高揚感があった。
注ぎ込まれたエネルギーをありったけ両手から打ち出す。
普段はなけなしのエネルギーをケチりながらやっているので、生まれて初めての出しみ惜しみなしだ。非常に気分がいい。
だが、エネルギーボールは俺の発しているエネルギー波を物ともせず落下を続けている。落下の速度は弱まっているが、まだまだ抵抗するにはエネルギーが足りないようだった。
「びっくりさせやがって!そのまま潰れてしまえ!」
心なしか敵は焦っているように見える。
それを見た俺は妙に高揚し、「デンチ!まだだ!もっとよこせ!」と叫んだ。
デンチは「でも・・・」と何やら躊躇っている。
何を躊躇う理由があるのか。
何もしなければ焼き払われて終わりだと言うのに。
「いいからよこせぇ!」
俺の言葉にデンチも吹っ切れたのか、今までとは比にならない程のエネルギーが俺の中に注がれた。それと同時に俺の両手から発せられているエネルギー波は自分でも信じられない程の奔流を生み出す。
「な、なんで・・・まさか・・・っ!」
敵が驚愕の声を上げる。
エネルギーボールは勢いよく押し返され、敵もろとも天空に上ってゆく。
そして、遂には彼方に消えていった。
妙な高揚感は消え去り、そこには呆気に取られた俺と俺の脚にしがみついたままのデンチが残された。