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企画参加もの

だから僕は君が好き

作者: ナツ

企画参加作品の素晴らしさに触発され、突然書きたくなってしまいました。

何の捻りもない話ですが、最後に「あまっ」と思って頂けると嬉しいです。

 「ホント……うん、ムカつくよね。……分かる、分かる」


 ともは女子トイレに入った瞬間、心の中で『しまった!!』と声を上げた。

 経理課の女の子たちが数人、鏡の前を陣取って噂話に花を咲かせていたのだ。

 ビューラーで黒々とした睫毛を上げながら、その内の一人の女子が盛大に溜息をついた。


 「いつもいっつも、偉そうにさあ。30過ぎても独身で一般職やってる時点で、アウトなんだって」


 華奢でいかにも男性の庇護欲をそそりそうなその子は、厭らしく口元を歪めた。ピンクのグロスが艶々とした愛らしい唇から、次々に罵り言葉がこぼれていく。

 智はなるべく目立たない様に、背中をまるめて個室に入った。


 ――あの子達が言ってたのって、多分、経理課の須藤さんのこと、だよね。


 営業でアシスタント業務をこなしている杉坂すぎさか ともも、経費の処理やら何やらで、よくお世話になっている女傑だった。仕事は正確で早く、ちょっとした書類の記入ミスは黙ってフォローしてくれるような素敵な女性なのだ。密かに憧れている同性の先輩を、けちょんけちょんにけなされて、智は悲しくなってしまう。


 「態度、デカイよね。顔もデカイけど!! アハハハハハ」


 個室の中まで追ってくる彼女らの声に、智は顔を顰めて用を済ませた。


 デカイ、という言葉が智の胸の奥を鋭くえぐる。


 杉坂 智。身長175センチ。靴のサイズ、25.5センチ。

 幼い頃のあだ名は「巨神兵」だったし、高校生の頃は「アッコ姉さん」と呼ばれていた。


 背が高いというと、モデルを想像しがちだが、長い間陸上で走り高跳びをやっていた智は筋肉質で、骨も太い。贅肉はあまりついていないのだが、会社のもったりとした制服を身にまとうと、そのデカサだけが際立ってみえる。


 「デカイっていえば、さっきの、さあ」

 「やだ、それは今言ったらダメだって!!」


 急に声がひそめられ、今まで声高に悪口をさえずっていた声がクスクスとした忍び笑いに替わった。


 ――ああ、やっぱり。


 智はなけなしの勇気を振り絞り、個室を出て洗面台に立った。


 「すみません」


 小さな声で謝り、体を縮めるようにして手を洗う。


 「いいえ。どうぞ」


 女の子たちは、流石にクスクス笑うのを止めて、化粧直しに専念し始めた。

 鏡に映る自分と彼女たちの身長差、そして体格の違いが、智をさらに深く落ち込ませる。

 ポケットから取り出したローラアシュレイの花柄のハンカチを見て、女の子の一人が大きく目を見開いた。きっと智がトイレから出て行ったら、そのことでまた盛り上がるに違いない。

 体に似合わない少女趣味だと知っていても、智は綺麗で可憐なものが好きだった。


 「お先に」


 ペコリ、と頭を下げて智は足早にトイレを後にした。



 営業部に戻って、気を取り直し仕事にかかろうとしたその時。

 

 「杉坂さん。今日の夜は? 空いてない?」


 目敏く智を見つけ、企画部の永沢ながさわ りんが近づいてきた。去年他社からヘッドハンティングされこの会社にやってきた彼に、他の営業部の女子社員が不満そうな視線を向けるのが分かる。

 

 ――なんでよりにもよって、なんでこの子?


 智は眉を下げ、困り切った声で「今日は早く帰らないと」と告げた。


 永沢は180センチを少し超えたくらいのスマートな体躯で、彫りの深い顔立ちの美形。サラサラの黒髪は長めにカットされ、彼が俯くとシャープな顎のラインに少しかかる。その髪をすんなりと伸びた長い指でかき上げる仕草がたまらない! と隣の席の紗枝さえは興奮していた。

 27歳で独身、彼女も今はいないらしい、という情報が出回るやいなや、未婚の女子社員たちが揃って色めきたったという我が社きっての優良物件だ。


 「そっか、残念。じゃあ、また誘うね」


 永沢は、男らしい精悍な顔に邪気のない笑みを浮かべると、ポンと智の机にパックジュースを置いて去って行った。二階の休憩所の自動販売機で売っている、グレープフルーツジュースだ。智が自分でもよく買っている銘柄だった。何につけても卒がない。


 「……はあ、相変わらずカッコいいなあ。智ちゃん、なんで毎回断っちゃうの!?」


 智が気力を使い果たして椅子に座りこむと、途端に紗枝が小声で囁いてきた。非難するような目つきの紗枝に、「しーっ」と指を立て、智は首を振った。


 「なにかの罰ゲームじゃないかな、って思うんだよね」


 「は? 罰ゲーム? なにそれ」


 「だって、そのくらいしか私みたいな女に声をかけてくる動機が思いつかないんだもん」


 「いやあ、あれは違うでしょう。智ちゃんを見る目、なんかますますギラギラしてたし」


 同期の紗枝とは、営業部に配属されてから、かれこれ3年の付き合いになる。

 あっけらかんとした性格で、人の陰口をたたくのが何より嫌い、という正義感溢れる紗枝に、智はずいぶん救われてきた。紗枝にしても、おっとりとした優しい性格の智に何かにつけ慰められてきたので、お互い様だと思っている。


 ギラギラって。

 呆れたように肩をすくめ、智は机に向き直って、パソコン画面を立ち上げた。今日中に終わらせておかねばならない案件がある。しばらく資料とにらめっこしながらキーボードを叩いていた智だが、喉の渇きを覚えて、永沢に貰った紙パックのジュースに目を留めた。


 ……差し入れってことだよね?


 飲もうとして手に取ると、裏に張り付いている小さなメモに気が付いた。


 <罰ゲームとかじゃないからね>


 綺麗な筆跡で書かれたその文字に、智はしばらく固まった。



 思っていたより時間のかかった案件のせいで、なかなか仕事が終わらず、智が会社を出たのは夜の8時を大きく回っていた。親元を出て一人暮らし中の智は、がっかりしながら夜空を見上げる。


 今日こそは近所のスーパーに寄っていろいろ買おうと思っていたのに……。


 冷蔵庫にはビールとチーズ、食パンとマーガリンくらいしか入っていない。即席ラーメンを夕食にするのは、あまりにも侘しい。たまには外で食べて帰るのもいいかもしれない。


 とりあえず駅まで向かおうと歩き始めた智の背中に、聞き覚えのあるハスキーな声がかけられた。


 「杉坂さん! やっぱり。……こんな時間まで、仕事だったの?」


 3月も終わりとはいえ、まだ肌寒い。薄手のコートを羽織った永沢が、嬉しそうに智に向かって駆け寄ってきた。大抵の女の子が見上げるくらい長身の彼なのだが、悲しいことに智とは彼女が僅かに首を上に向けるだけで視線が合ってしまう。

 

 「はい。お疲れ様です」


 「うん。お疲れ。ご飯、まだなんだよね? もし良かったら、一緒に行かない?」


 これで何十回目のお誘いだろう。

 彼がここにやって来たのは、去年の4月だから、もう一年近くあれやこれやで声を掛けて貰っている気がする。初めて会ったその日から、永沢は智に興味を持ったようだった。じっと智を見つめ、照れくさそうに視線を外した彼の表情を、今でもよく覚えている。不思議過ぎて、忘れられないと云ってもいい。


 ……もう騙されても、いいや。


 ほだされた、というのではないけれど、智はこれ以上抵抗するのもアホらしくなり素直に頷いた。途端、永沢の綺麗な瞳が喜びの色に染まる。智が驚くほど、彼の端正な顔が急に幼くみえた。


 「やった! じゃあ、行こう!」


 大きな手に、智の手が包まれる。身長から分かるように、智の手は大きい。それでも永沢の手の方が大きくて、彼女は生まれて初めて『女の子』な気分を味わった。

 頭がボーッとしてしまう。あれ、こんなにナチュラルに手を繋いでも、いいもの?


 ……高校の時に、ほんの短い間付き合った同じ部活の男の子とは、結局手も繋がないままだったなあ。


 智は頬を真っ赤に染めながら、大人しく永沢に手を引かれていった。

 そんな彼女を可愛くてしょうがない、という視線で時折見つめる隣の彼にも気づくことなく。



 永沢が連れていってくれた店は、アンティークな調度品が珍しい静かな店構えの創作和食屋だった。インテリアにも興味のある智が、通された小さな個室を物珍しそうに見渡していると、永沢がにっこりと微笑む。


 「ここ、前の会社にいた時お客さんとよく来たんだけど、杉坂さんが好きそうな店だなって思い出してさ。料理も美味しいよ。いろいろ頼んで、二人で分けようか」


 どうして自分の好みを知っているのだろうか。


 智が怪訝そうに小首を傾げると、永沢は頬を緩ませた。


 「なんで分かるの? って顔してる。杉坂さんの私物って、けっこう厳選しました! って感じのものが多いから、可愛いもの好きなのかなって勝手に推測してたんだ。当たったみたいだね」


 「そう、ですね。似合わないの分かってるんですけど、可愛いものとか素敵なものに目がなくて」


 「なんで? 似合ってる。すごく杉坂さんらしいな、って思った」


 カッと羞恥に頬が染まる。からかわれているのだ、とさっきまで夢見心地だった智はがっかりしてしまった。こんな大女捕まえて可愛いものが似合ってるとか、よく言えるな。


 項垂れた彼女を見て、永沢は困ったように視線を彷徨わせた。


 「――っと。先走り過ぎたかな。ようやく誘いに応じてくれたから嬉しくて。ゴメン」


 「……それって、どういう意味ですか?」


 恐る恐る顔を上げた智を、永沢が意味深に見つめてくる。


 「いつも綺麗に短く切ってある爪。でもちゃんと磨かれてる。靴も同じ。机の上は常に整理されている。他の女子社員が面倒がる仕事にも、嫌な顔ひとつしない。背の高いのがコンプレックスなのか、猫背なのは勿体無い」


 一つ一つ数え上げていく永沢の言っていることが、全て自分についてのことなのだと分かり、智は息を飲んで彼を見つめ返した。


 「僕の母は、非常に小柄な人でね。姉も妹もいるんだけど、全員同じ背格好なんだ。小さい頃から『か弱い私達の為に、あなたが尽くすのは当然』って家庭で育った僕は、はっきり云ってしまうと、杉坂さんみたいに背の高いしっかりとした骨格の女性にしか、反応しなくなっちゃったんだよね」


 ポカンとしたままの智に、永沢はとどめを刺した。


 「今日しかチャンスを貰えないかもしれないから、言っておくけど、僕は本気だよ。一目惚れに近いかもしれない。君をとても好きになってしまった。杉坂さんが俺を嫌いでないのなら、付き合ってみない? 後悔させないように努力するから」


 一目惚れ。本気。好き。付き合う。

 彼が何を言っているのか分からない。


 智が呆然としているうちに、店の人が注文を取りにやってきた。

 頭が混乱して、何を頼みたかったのか、すっかり忘れてしまっている。


 「今日は僕が適当に選んでもいい? 次は、智のリクエスト通りにするね」


 そんな彼女の様子を察知して、永沢はメニュー表から何品か見繕ってくれた。

 さりげなく下の名前で呼ばれ、鼓動が跳ね上がる。智は糸の切れた人形のように、コクコクと頷いた。

 

 しばらくして運ばれてきた料理は、見た目も美しく、味も美味しかった。と思う。

 よく覚えていない。しきりに永沢が話しかけてきてくれるのだが、内容はあまり耳に入らず、彼の蕩けるような視線だけが智の脳裏に刻み込まれた。


 男性に全く免疫のなかった智は、結局永沢に押し切られ、彼と付き合うことになったのだが――――。



 「とーも!」


 資料室にやってきた智は、彼女を追って来たらしい琳に背中から抱きしめられた。

 身長差のあまりない二人。彼の唇はたやすく智のうなじを捉えてしまう。肩過ぎまで伸びた髪を今日はアップに結っているので、智の白いうなじは無防備に晒されていた。


 「ちょ!! ダメ!!」


 会社のみんなには絶対秘密にして、というのが彼と付き合うにあたって智が出した条件だ。

 むやみやたらと敵を作りたくない。琳にしょっちゅう「智は可愛い」と囁かれ続け、だいぶ自分に自信が持てるようになった彼女なのだが『あんなデカイ女を選ぶなんて』といった類の周りからの嘲笑には、とても耐えられないと思った。


 「えー、だってもう二週間も智に触れてない。こんなんじゃ、足りないよ」


 最近、新しいプロジェクトが立ち上がったばかりで、企画部のエースである琳が忙しくなってしまったのだから仕方ない。二人が会えないのは、仕事のせい。ちゃんと頭では分かっているのだが、こうして素直に寂しさを口にしてくる琳に、智の心は温かくなった。


 「まだまだ、忙しいの?」


 身を捩って彼の逞しい腕から抜け出し、そっと上目遣いで尋ねると、琳は大きな溜息をついた。


 「うん。多分、月末には身体空くと思うから、それまで待っててくれる?」


 「もちろんだよ」


 智は嬉しそうに笑顔を浮かべた。琳は目を細め、可愛い彼女をもう一度抱きしめる。彼はそのまま智の耳朶に唇を寄せた。


 「その時は、たくさんかせてあげるからね」


 体を繋げたのは随分前のことだというのに、智は初心な少女のように頬を赤く染めた。「そんなこと会社で言わないで」甘え声にぷつり、と琳の理性の切れる音がした。


 「んっ……。だ……め、り……んっ」


 柔らかな唇に食らいつき、熱い舌で彼女の中を掻き回す。すぐに自分に反応し、抵抗しているつもりなのか、胸を押し返す手が弱々しい智が、愛しくてたまらない。両手を捉え、彼女を思うままに味わうと、おずおずと智も舌を絡めてきた。二人の吐息だけが薄暗い資料室に響く。琳は薄暗い資料室の扉にもたれ、誰か来てもすぐには開かない様にがっしりとした背中で押さえ、久しぶりの恋人との逢瀬を堪能した。


 「あれ? 随分長かったね。なかなか見つからなかった?」


 営業部に戻ると、智に仕事を頼んだ男性社員が声をかけてくる。時間にしてみれば10分も経っていないのだが、普段の智の仕事ぶりからすれば遅くなった、というのは間違いではない。


 「すみません」


 智は俯いて頭を軽く下げ、慌てて席に戻った。

 これ以上詮索される前に、会議資料を仕上げてしまおう。

 

 席に戻った智を、紗枝がじろじろと眺めてきた。

 紗枝だけには、琳と付き合ってることを報告してある。もうじき付き合い始めて一年になろうというのに、頑なに二人の付き合いを隠そうとする智に、紗枝はポツリと言った。


 「口紅は直してきたんだね。鎖骨のここ、キスマーク残ってるけど」


 スーツの襟元から見えるか見えないか、の絶妙な位置に鬱血した小さな跡がある。自分が忙しい間の男避けとして、永沢が残したものだろう。紗枝は、自分の襟元をトントンと指さした。

 指摘されるまで、全然気づかなかった。


 「もう、やだ」


 慌てて鎖骨を押さえ机に突っ伏す智は、自分が最近めきめきと可愛くなってきていることに、気づいていない。今まで仕事の話しかしてこなかった同じ部の男性社員に、食事に誘われることも増えた。

 後でちゃんと怒っておかないと。

 うっかりつけてしまったのだろうけど、と智は善意で解釈したのだが、もちろん琳は確信犯である。


 「永沢さんでも嫉妬とかするんだ。意外」


 紗枝の感心したかのような呟きに、首を傾げる智だった。







◆琳視点


<だから僕は君たちがキライ>



ある日の会社帰り。


ようやく大きな案件から解放された琳は、強張った肩を回してほぐしながら会社のロビーを抜けた。まだ6時を回ったところだ。


付き合い始めて半年の彼女にメールを送ってみると、『今日は紗枝とご飯に行くから、ごめんね』とのつれない返事が返ってきた。

友達との先約を迷うことなく優先する智に、琳はクスと笑みを浮かべる。


告白を受け入れ付き合ってきた女の子たちは、判を押したように琳にだけ夢中になった。たとえ女友達との先約があろうが、琳がそれを知らずに誘えば、平然とドタキャンすることさえあった。


『だって、琳に会いたいんだもん』


上目遣いで愛らしくそう甘えられても、少しも嬉しくなかった自分は男としてどこか欠けているのかもしれない。


――仕方ない、今日は一人で晩飯作るか。


琳は家事も嫌いではなかった。自立心が強いのは、昔からだ。


駅に向かおうと一歩踏み出した時。


「永沢さん!」


経理の女の子たちが数名、後ろから駆け寄ってきた。


「わあ、今帰りなんですか?」

「私達、今からご飯食べに行くんですけど、ご一緒しませんか?」


 デスクに向かっている時間よりも、女子トイレで休憩している時間の方が長そうな彼女たちは、完璧にもてかわメイク、とやらで武装している。


 一筋縄ではいかない姉妹に囲まれて育った琳には、彼女らの思惑が手に取るように分かった。 己の容姿が他人にどう映るのかは、よく知っている。

そんな自分をアクセサリーのように飾って、連れて歩きたいのだ。



 そういえば……。


『最近、調子に乗ってない? あのデカ女』

『あ、思った。永沢さんは気まぐれで声かけてるって自覚しろっての』


 給湯室の前を通った時に耳にした声と、同じ声だ。


 琳は、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。


「ごめんね。ご飯を食べるなら、好きな子と二人きりがいいから」


端正な顔に浮かんだ微笑を、なんと勘違いしたのか、その女子の集団から黄色い声があがる。


 その中でも、とびきり華奢で自分に自信のありそうな黒目勝ちの女が「じゃあ、今度私と二人で行きません?」と、マスカラで塗り込められた睫毛をそっと伏せて、恥ずかしそうな声色で言った。




――かかった。


琳は、その長身を折って女の耳元に唇を寄せ


「仕事もろくにしないで、陰口ばっかり言ってる子は、僕、一番キライなタイプなんだ」


と囁いてやった。

大事な彼女を傷つけるような輩を、そのまま放っておけるほど枯れてない。



小鹿のような可憐な顔が、みるみるうちに真っ赤に染まる。


琳は身を起こし、そのまま駅に向かった。

後ろでどうやら、さっきの女が泣き出したようだが、知ったことではない。


今度の週末こそ、彼女を家に誘ってみよう。



◆さらにおまけ


~須藤さんと俺~


 経理課のお局さま、こと須藤 理沙さん。33歳独身。

 ――実は、俺も彼女を煙たいと思ってたうちの一人だった。


 「領収書、期限は守って下さいね。あと、この書類のフォーム間違ってます」


 染めてない黒髪を一つにひっつめ、愛想のない表情で、コツと指を用紙の上に置く。


 ……別にいいじゃん。直しといてくれたって。


 今思えば、何甘えたこと言ってんだって感じだけど、恥ずかしいことに俺はその時、真剣にそう思っていた。


 「高田さん、聞いてます?」


 「はあ。次から気を付けます。すんません」


 のらりくらりとした態度に、キレられるかな、と思ったが、彼女はフッと短いため息をついて「よろしくお願いします」とだけ言った。

 

 もっとヒステリーな感じでくるかと構えたのに、違った。

 女子社員の噂を耳に挟んだ感じでは、姑根性丸出しってイメージだったけど、そうでもないのかも。

 あの日までは、そのくらいの気持ちしかなかった。


 

 その日は、急に降り出した雨が意外と本格化して、傘を持たずに外回りに出た俺は、かなりびしょ濡れになってしまった。会社からアパートは近い。一回連絡いれて、着替えに戻るか。


 そう思った俺が、駅に向かった先で、須藤さんを見かけたのだ。


 有給を取ったのか、須藤さんは着物姿で喫茶店の軒下に佇んでいた。

 

 大きな和傘を片手に下げた立ち姿は、これぞ大和撫子、という感じ。

 いつもひっつめている黒髪は、丁寧に結い上げられている。

 ふわり、と一筋落ちた後れ毛に、心臓が大きな音を立てた。


 ――なんだよ。会社では、猫被ってんのかよ。


 猫を被る、というのは違うか。本当の自分を見せていない、という意味では同じだが、あえて自分を地味に年寄りくさく見せているのだ、と嫌でも分かった。


 「理沙。待たせたね」


 目の前に、高級車がスッと止まる。

 中から降りてきたハイスペックな男に、須藤さんは華やかな笑みを浮かべた。

 色気のある、自信に満ちた綺麗な笑顔。


 その男にさも大切そうに扱われ、車内に消えてく彼女を、俺はポカンと見送った。




 「高田くん」

 「なんすか」


 今日の書類に不備はないはずだ。緊張して拳に力が入る。

 須藤さんは、目元を和らげ「はい、結構です。すぐに処理しますね」と小さく微笑んでくれた。


 滅多に表情を崩さない須藤さんの、レアな瞬間。


 またしても、胸がドキンと鳴る。


 あー。やばい。

 あんなイケメン、金持ち、高身長に敵うわけねーのに。


 「須藤さんの指導のお蔭です。ありがとうございました」


 俺がそう言うと、近くにいた頭悪そうな女子がびっくりした目でこっちを凝視してきた。重たそうなつけ睫毛。前は可愛いって思ってたけど、今は全然。


 本当に綺麗な人が、綺麗に笑う瞬間、見ちゃったからなあ。


 須藤さんまで、びっくりした顔してた。薄い化粧の無表情が、途端にあどけなくなる。


 ――かわいいな、くそ!


 俺の片思いは、どこまでも続くらしい。


参加を快く了承して下さった竹之内さま、本当にありがとうございました!!

最後まで読んで下さった方にも、心からの感謝を。


拍手小話、撤去して本編に追加済みです。

沢山の拍手、ありがとうございました☆

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