変身ヒロインの消費期限
― るおぉぉん ―
太い幹に目鼻をつけた浅黒い巨木が、苦しそうに幹をしならせる。
その周囲を、赤・黄・青のそれぞれのフリフリなロリータファッションの少女が取り囲み、かわいらしくデコられてはいるものの、持っているだけで捕まりそうな、ゴツく鋭いブーメランや短剣、ナックルを手に、タコ殴りにしている。
「ティンクル・ソード!!」
大きな宝石で、無駄にデコられたせいで、逆に持ちにくそうで、切り付けにくそうなった短剣で、みんなに絡み付こうとしていた、巨木の枝を黄のロリータ少女が器用に切り落とす。
「魔痕の力が弱まったわ!愛流奈今よ!妖精乙女を呼んで!」
キラキラの宝石でデコられ、通常より2倍の体積になっているブーメランで巨木を攻撃していた、青のロリータ少女が赤ロリータに合図を送る。
「オッケー奏ちゃん、星光ちゃん!!お願い!妖精乙女の祈りよ届いて☆」
それだけで人間を撲殺できそうな程、大きなガラスの填まったライトを空に向けて、赤いロリータファッションの女の子が、かわいらしい声で叫ぶ。
先ほどまで、学校図書館の自分のデスクで平和に、新たに購入した新刊図書へ装備を施していた私、鈴木 鈴夢31才は、ウサギとハムスターを足して五倍くらい大きくしたような、自称・フェアリーデンの戦士、ミームに裏庭に呼び出され、お化け大木と、我が騎星学園の中2児童三人による、見ている自分の頭の中を疑いたくなるような、戦闘シーンを見せつけられていた。
「ほら、リムリン!早く妖精乙女に変身するミューよ!そして、聖霊樹杖の力を解放するミュー!!」
太ももくらいまでの高さに切りそろえられたツツジに隠れていた私の後ろで、自称・フェアリーデンの戦士、ミームが、自分の身の丈より大きく、約50センチ程の、魔術師が持っている様な棍棒を差し出して、ぴょんぴょんと跳ねる。
いつも思うけど、こいつ意外と力持ちさんだよね。
「しー!!そんなに飛び跳ねたら見つかるじゃない!っていうか、リムリンなんて気持ち悪い呼び方しないでって言ってるでしょ!唯でさえ、あんたみたいな未確認生物と平気で話してる自分の精神状態に、毎晩ヘコんでるっていうのに。こんな姿、ほかの職員に見られた日には、富士の樹海に旅立つわよ!!」
「だって、リムリンは妖精乙女だミュー!このフェアリーデンを守る要の一つでもある、聖霊樹杖を使えるのは、妖精乙女たるリムリンだけなんだミュー☆さあ、早く呪文を唱えて、ワンドの力を解放するミュー!」
「どうして、毎度毎度、ゴスロリに変身しなくちゃいけないのよ。30にもなって素足のミニスカ、しかもゴスロリって、あんたら私になんか恨みでもあんの?」
「ひどいミュー、ひどいミュー!!あれは、女王様が妖精乙女の為に作った聖衣なんだミュー!あれを着ていれば、人間族たちの目には見えなくなり、精霊樹杖の力を何倍にも高めるだけじゃなくて、魔痕の攻撃を跳ね返すんだミュー!!」
「だから、いつも言ってるでしょ?そういう思い込みが、カルト宗教を作るのよ?たぶん、ポリエステルとかナイロン生地でも、普通に跳ね返せそう・・って、イタイイタイ!!伝説のなんちゃらワンドってお宝なんでしょ!そんな国宝級で、人のお尻突かないでよ!!」
後ろで手をグーにして、絶対握らないをアピールする私に何とか杖を握らせようと、古びた杖をゴリゴリと押し付けてくる。
全く、国の要とかなんとか言って持ち上げておきながら、扱いが雑すぎる。
しかも、先ほどから、なんかこちらに気づいているのか、遠くにいる三人がゆらゆらとペンライトの様なものを揺らして、合図を送ってくる。
「あー、こんな時間!あの書類の提出期限明日だってのに!!もう、分かったわよ。ほんと、向こうから見えてないんでしょうね!嘘だったら雑巾絞りの刑だからね。わかってんの!?」
一応小声で、自称☆フェアリーデンの戦士を脅しながら、仕方なく古びた杖を握る。
瞬間、杖から光の粒子があふれ出し、私の体を包むと、一瞬で、淡く光沢のある、ピンク色のレースのフリルとリボンであしらわれた、10代のころなら喜んで着たであろう、ミニスカートのドレスへと変化する。
しかし、短く可愛いスカートの裾から覗くのは、夜目にもうっすらとわかる、少し乾燥して粉を吹いた30代の太ももと膝。
ああ、忙しくて、最近お手入れサボってたからなぁ。あそこの巨木を倒す前に、私の心が折れそうだ。
「えっと~、【ときめき、繋がれ、虹の橋。】えっと、それからなんだっけ・・?ああ、そうそう、【世界を満たすメイフェムの輝きよ】・・・・」
あちらから見えていないとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。
私はツツジの影で小さく膝を抱えながら、以前教えてもらった呪文を、頭の中からひねり出す。
「え?違う?じゃあ何?は?【煌めきよ】?もう、輝きでも煌めきでもどっちでもいいでしょ?何か光ってるんだろうなって表現には変わりないんだから。」
魔痕とやらの攻撃よりも、女王様とやらからの厚意の方が、私の心に深い傷を負わせている事を、コイツは分かっているのだろうか。
完全にやさぐれた私の隣では、相変わらず、自称☆フェアリーデンの戦士が正しい呪文を、呪いのように繰り返してくる。
「あ~~うるさい、うるさい!キーキー騒がないで。こっちにいるの見つかるじゃないの。感情がこもってないとか、今更どうでもいいでしょ?31になってこういう、魔女っ娘呪文口にするだけでも、東尋坊に入水もんの羞恥心なのよ!!
えっと、で。どこまで言ったかしら?え?ああ、そうだったわね。【穢れない心を妖精たちに取り戻して~】だっけ?」
私が嫌々ながら、力ある言葉っぽいものを言い終えた途端、棍棒の先からきらきらとした虹が空にかかり、きらきらとした粒子が、お化け巨木を包む。
杖のほうも、感情が籠ってなかろうが、ポーズを決めてなかろうが、呪文の間に余計なセリフが入っていようが、なんでもありのようだ。
自称・妖精の騎士☆や、こちらの意思を無視した衣装を押し付けてくる女王様と違って、大らかで助かる。
「めたもるふぉーぜ~」
すると、うねうねと体をくねらして、先ほどまで野太いおっさんみたいな声で吠えていた巨木が、突然可愛い声で一声鳴くと、体の黒い色が霧散して、普段見慣れた椎の巨木に姿を変える。
チュンチュンと、スズメたちが可愛らしい声で鳴いている。
昨日、おかしな巨木と3人組+未知の生物のせいで、仕事が終わらず、帰ったのは深夜の1時だった。
さすがにこの年になると、睡眠時間3時間は肉体的にも精神的にもつらい。
「鈴木さん、おはようございます。」
「あ~鈴木さんだ!おっはよーございま~す!」
「フフ、おはようございます。今日も1日よろしくお願いしますわ。」
昨夜、元気よくブーメランをブン投げていた、七海 奏が笑顔で会釈してくる。
その後ろには、昨夜、あれほど大暴れしたにもかかわらず、元気いっぱいの花園 愛流奈と天宮 星光の二人が続く。
そして、その愛流奈の肩の上には、自称・フェアリーデンの戦士、ミームが乗って、私に恨みがましい視線を向けてくる。
「おはよう、3人ともいつも仲良しね。そういえば、花園さんの貸し出し図書の返却期日が近かったと思うんだけど、頑張って読んでるかな?」
昨日、3人が帰ってから、私の正体をばらす、ばらさないの言い合いになったのだ。最終的には、電気あんまの技をかけて黙らしたけど。
あの技は、性別・種族を超えて痛いものなのだということが、昨晩証明された。まぁ、学会に発表したところで、「クレイジー」の一言でつまみ出されるだろうが。
私の言葉に、案の定、花園 愛流奈があわてて図書館へに走ってゆく。それに続いて、ほかの二人も苦笑しながらついて行く。
今日も私の平和はこうして守られているのだ。
しかし、この時の私は知らない。新しい騒乱の種が近づいて来ていることを。
読んでいただいてありがとうございました。
予定では、この後、主人公と同年代の妖精騎士とか色々出てくるかもしれないのですが、それはまた次の機会に。