同調者
異界でセルカと話をした日の夜、ベッドで寝たぼくは、すぐに目を覚ました。
最初に映ったのは司の姿だった。その隣にぼくが寝ている。
どんな状況でも、二度目となると少しは慣れてくるらしい。
周囲を見渡して、ここがぼくの世界であり、病院であることを認識する。
それから、昼間のことを思い返す。雅樹にはぼくの姿が見えていた。
今のぼくの状況を伝えられるとしたら彼しかいない。
ぼくは雅樹の家へと向かった。
雅樹は自宅でテレビを点けっぱなしにしたまま、ぼんやりと考え込んでいる様子だった。
「雅樹」
突然の呼び掛けに雅樹が体を強張らせる。
「神楽……か、驚かせるなよ」
「ごめん」
「――放課後に病院へ行ってきたよ。お前は一体どうなってる?」
ぼくは、これまでにあった出来事を、一つ一つ順に話していった。
屋上でのこと、異界で出会った女の子。世界の創世の歴史と同調者という存在について聞いたこと。それから神官という存在について……。
ひとしきり話をするのに三十分は掛かっただろうか? 雅樹が点けていた番組は終わり、ニュースに変わっていた。
『山で遭難か?』というテロップが、画面の隅に表示されている。
「それを信じろって言うのか? 無茶な話だな」
ぼくは唇を噛んだ。
「夢を見てるとか、強い催眠状態に陥っている。って方がまだ信じられる」
「二人揃って、ぼくが精神体になる夢をか?」
雅樹がうなった。
「それは、確かに意味が分からないけど、異界って話とは繋がらないな。元には戻れないのか?」
「あっちの人の話が本当なら戻る方法はあったらしい。……でも、もう少しだけ」
そう口に出したとき、テレビに一つの画像が映し出された。
遭難して行方不明になっている者として、テレビに映し出された写真。
それを見た瞬間、脳内に鮮烈にフラッシュバックしてくる映像があった。
バランスを失った虚ろな目。記憶が甦っただけで、吐き気が込み上げる。
忘れることができないその顔は、仮面の存在に首から上を落とされた男のものだった。
「どうした?」
この世界と異世界には、命を共有する同調者と呼ばれるものがいる。
「このニュースは何時から?」
震える声で問う。
「今日初めて聞いた気がするけど、まさか、知り合いとか言わないよな?」
「彼のことは知らない、だけど……、異界で同じ顔をしていた男は殺された」
「お前の言う同調者ってやつか?」
ぼくは頷いた。
偶然か、それとも命の繋がりは真実なのか。もし、真実ならば彼はもう……。
「雅樹、このニュースだけど」
「分かった、チェックはしておいてやる。だけどな、神楽、お前はこれからどうするつもりなんだ?」
雅樹が苛立たしげに聞いた。
「ぼくは、優希の同調者という女の子を助けたいと思う。ぼくのせいで、彼女を危険な目に遭わせてしまったし、もし二人の命が本当に繋がっているなら……」
「その優希が、お前のことを心配してる。お前が意識不明なのは、自分の対応が遅かったからじゃないかって、自分を責めてる」
優希が? 自分を……?
彼女の暗い顔の理由は、そういうことだったのか。
「優希のせいじゃない」
「だろうな。でも、だれが彼女にそれを伝える? 俺が言ったところで、彼女は納得はしない。お前、あいつのことちゃんと考えているのか? 好きなんだろう?」
意外だった。
雅樹の口から、そんなことを言われるとは、思っても見なかった。
「異界で、神官とか言われて浮かれているだけじゃないのか?」
――目の前で人が死ぬのを見た。
たちこめる血の臭い。いつ死んでもおかしくなかったあの状況。
出来ることなら、もう二度と味わいたくもない。
「違う」
「違わない。神楽、お前は逃げてるだけだ。そんなこと本当は許されない。みんなこの世界で生きている。俺も、優希も……。俺だってこの世界が好きじゃない、正しいことばかりだとは思っていない。でも、それはどこの国でも、どこの世界でも同じじゃないかな。
――戻ってこいよ、神楽。夢はもう終わりだ。来年は受験生なんだぜ俺たち」
雅樹が真っ直ぐに、ぼくを見据える。
ぼくはたまらず目を逸した。
「お前には分からない」
そう言って、ぼくは雅樹の部屋を飛び出した。