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存在の理由  作者: りす
第三章 親友
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幼馴染

 片倉雅樹かたくらまさきは病室に掛けられたプレートに目を向けた。

 神楽と司、二人ともが同じ301号室にいることに違和感を感じながら中へ入ると、白衣の男が立っていた。

 雅樹は会釈をすると神楽を見る。その姿は、ただ寝ているようにしか見えない。

 周囲を見回してみても、実体がないと言っていた奇妙な姿の神楽はいない。

「二人の状態はどうなんですか?」

 白衣の男に問いかけると、男は少し視線を落とした後、顔を上げた。

「きみは?」

「二人の友達です」

「二人とも?」

 男が驚いた顔をする。

「はい」

「――そうですか」

 男の態度に雅樹は重苦しいものを感じ、状況があまりよくないのだと判断する。

「二人は?」

 と同じ質問を繰り返す。

「――正常です。二人はいたって正常なんです」

 思わぬ答えに、雅樹は眉を跳ね上げる。

「いつ目が覚めてもおかしくないってことですか?」

「だと良いのですが、正直なところ、私には答えかねます」

 医者らしからぬ発言に、雅樹の心は苛立ちを覚える。

「彼らは、正常すぎるのです。一人なら、そういうこともあったかもしれない。しかし、二人の検査結果にはほとんどブレがない。呼吸をしているだけと言うべきか、医者の私が言うのもなんだが、人と言うより巧妙に作られた人形、そんな感じさえしてしまう。無論、今の技術で、そんなものを作るのは不可能なのだけどね」

「例えば……ですけど、意識だけが分離して体にないから、意識を取り戻さないなんて事は?」

「唐突ですね、幽体離脱、臨死体験という類の話は、科学的には証明されていません。ですが、事故で意識を失っていた患者が、事故現場で自分が救助される様子を記憶していた、ということがあったり、存在しないと言い切る事もできませんね」

「――今、何かできることはないんですか?」

「申し訳ない。今はただ、見守るしかない。彼らを意識不明にしている要因が分かれば、それを取り除くことも可能かもしれないのですが……」

 雅樹は肩を落とした。

 不意に、部屋の外からスリッパの音がした。その音はドアの前から遠ざかっていく。

 誰かがそこにいたのかと、雅樹が部屋を飛び出す。

 同じ高校の制服を着た女の子の後姿が見えた。それが、彼の幼馴染の優希だと気づいて、雅樹は後を追った。

 廊下の角を曲がり階段にたどり着くと、足音が響く階下へと向かう。

 雅樹が優希に追いつくのには、それほど時間を要しなかった。

「待ってくれ、優希」

 雅樹が優希の腕を掴む。

「どうして? わたしの、わたしのせいなの?」

 優希が悲痛なうめきを漏らす。

「どうして、お前のせいになるんだ?」

「一緒に……いたの。

 ――あの日、わたしは神楽と一緒にいた。目の前で倒れた神楽を見て、わたしは何もできずに、ずっと名前を呼ぶだけだった。

 どのくらい……、そうしていたのか分からないけど、それからようやく保険室まで行って先生を呼んで……。

 ――わたしが、あなたみたいにしっかりしてれば……。こんなことには……、ならなかったかも知れない」

 顔を背け俯いたまま、ポツリ、ポツリと優希が語る。

「俺がすぐに動けたのは、昨日も救急車騒ぎがあったことが頭にあったからだ。それに、司だって同じ状態のようだし、お前が悪い訳じゃないだろう?」

「……放して」

 優希の瞳に涙が滲む。

 緩んだ雅樹の手を振りほどくと、彼女はその場を走り去る。

 それ以上、彼女を追いかけることができず、雅樹はその後姿を、じっと見つめ続けた。


 家が近所ということもあり、雅樹と優希は小学生のころからの知り合いだった。

 だが、雅樹がこんなにも弱い優希を見たのは、あの時以来だった。

 いつも気丈な彼女が、時折見せる弱さを、雅樹は知っている。

 中学二年の時、彼女の弟が亡くなった。

 自分の両親が難しい病名を口にしていた気がするが、はっきりとは覚えていない。

 優希は一週間以上学校を休み、一ヶ月近くもの間、誰の言葉にも耳を貸そうとはしなかった。

 休み時間に誰かと話しているかと思ったら、急に教室を飛び出して、そのまま帰ってこなくなったなんてこともある。

「くそっ!」

 雅樹が廊下の壁を殴りつける。

「きゃっ」

 と、後ろで短い悲鳴が上がった。

 振り返った雅樹の目に月宮小羽の姿が映る。

「片倉……くん?」

 そうだ、あの時、優希を救ったのが小羽だった。

 ただ毎日、教室からぼんやりと空を眺めていた優希に気づいた小羽が、優希の教室にやってきた。

 そして、前の席に座ると、優希に言葉を掛け続けていた。

「驚かせて悪かった。

 ――ひょっとして、優希を探してるのか?」

「ええ」

「――医者が、『原因がよく分からない』と言ったのを聞いちまって、飛び出していってしまった」

 小羽が息を呑んだ。

「どっちへいったの?」

 雅樹が指差すと、

「ありがとう」

 と、言葉を残して、小羽が走っていく。

 今の優希には小羽がいる。

 雅樹は、小さな彼女のその背中を頼もしく思った。

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