決意
強い光を受けて、目をしばたかせる。
自分がベッドに横たわっていることに気が付いて、慌てて起き上がった。
体が戻ったのか?
その勢いに驚いたのか、傍にいた女の子が飛び上がる。その姿はメイド服のようで、ぼくは目を丸くした。
病院じゃない?
「ここは?」
「あ、あの、人を呼んできます」
あたふたと、女の子は走り去って行った。
ぽつん、と一人残されたぼくは周囲に目を向ける。ベッドは木でできていて、床は石造りだった。
壁に掛けられたランプの形に見覚えがあり、ぼくは目を見張る。
異界、もう一つの世界……。
ああ、と、ぼくは片手で頭を抱えた。仮面男に捕らえられたファナの姿が脳裏に蘇る。
首の後ろに違和感がして、手を当てると鈍い痛みが残っていた。ぼくの体、実体。
夢じゃなかったんだ。後味の悪い夢、それで終わりにしたかった。
なのに、この世界は確かに存在している。
――とにかく、話ができる人を探さなければ。
ベッドの下を覗くとぼくの靴が揃えられていた。靴を履いて立ち上がろうとした時、男が現れた。ぼくを助けて、地下へと導いてくれた男だった。
「無理をなさらないでください」
年は二十歳後半から三十歳くらいだろうか?
年上の人に敬語で話されることに、むず痒さを覚える。
「自己紹介が遅れましたね、私はセルカ・レックスといいます」
「天野神楽です」
「危険な目に合わせて、申し訳ありませんでした」
ぼくは首を振った。
「ウィンの姫君と会われたのですよね。一体何があったのですか?」
「……一緒に中央都市へ向かうために西の塔へ向かったんだけど、そこには白い仮面の男がいた。それで、ぼくが彼女の足手まといになって彼女が捕まって、その後どうなってしまったのかは、ぼくにも分からない」
シーツをぎゅっと掴む。思い出しながらも、涙が出てしまいそうだった。
「そう、ですか」
彼は真剣な眼差しでそれを聞いている。
「貴方を地下に送り届けてから少し経って、仮面の者たちは撤退を始めました。やはり目的は、この国ではなかったということでしょう。しかし、一体どうして……」
と、セルカが言い淀む。
その先は言わなくても分かった。ファナがここを襲った連中の目的は、ぼくじゃないかと言っていた。
「どうしてぼくが無事で、ファナが捕らえられたのか……?」
男が頷く。
「力を持たないものに用はない。最後にそう言われた気がする」
「力を持たないもの……か。神官の力を殺さずに利用するということでしょうか?
しかし、力を得た神官を取り込むなど、そんな簡単なことではない。そんなリスクを犯す意味がどこにあるのか……」
そうだ、ファナはぼくが余計なことをしたから、あんなに簡単に……。
たった一人で戦況をも覆すという神官の力。それがあれば彼女を救い出すことができるだろうか?
「ファナを助けたい」
「――中央都市へ向かうということですか?」
ぼくは頷いた。
「確かに我々は、そのために貴方をお呼びさせて頂きました。
しかし、貴方にとってそれは、辛い道になるでしょう。
貴方が元の世界に帰ることを望んだとしても、誰も責める事はできないし、その用意もあるのです」
セルカは真摯な眼差しで、こちらを見た。
「うん、でもぼくは行かなければならないと思う」
この世界が真実だというのなら、同調者という存在が真実なら、ぼくはぼくにできることをするしかない。
「ありがとうございます。ならば、もう一晩だけ無理せず休んでいてください。先ほど、中央都市より水の神官がこちらへ向かっているとの連絡を受けました」
「リュシス? ぼくの同調者?」
「そうです。今夜、こちらへ着くそうですから、明朝出発するということで如何ですか?」
「はい」
と、短く答えた。
ぼくはファナを助けてみせる。優希を護るために……。