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存在の理由  作者: りす
第三章 親友
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霊視能力?

 気がつくと、夜が明けていた。

 カーテンの隙間から差し込むやわらかな光が、ぼくの頬を照らしている。

 窓の外から聞こえてくる鳥の囀りに耳を傾けながら、ぼんやりと昨日のことを考えて始めた。

 優希のこともファナのことも、今の状況では何もできない。

 かといって、状況を変えるすべも思いつかない。八方塞だった。

 腕の時計に目を落とす。

 ――時計をしていなかった。

 ベッドに横たわる、もう一人の自分もまた時計をしていなかった。

 キャビネットの上に置かれていた腕時計に気が付いて立ち上がる。

 近づいて見ると、秒針が止まっていた。

 時刻は五時四十二分を示しているが、曜日の表示は月曜日のままだった。

 時間からすると、この時計はあの屋上での出来事があった頃から動いていないことになる。

 ソーラー電波方式だから、電池交換の必要は無い筈なのに……。

 それに、ファナに時計をあげた時には月曜日の夕方の六時を回っていたし、時計は動いていた。

 あの出来事は、やっぱり夢だったのか?

 病室を見回してみると、壁掛け時計があった。

 こちらには秒針はないけれど、時刻は七時を少し回ったところだった。

 いつもならちょうど通学している時間帯、外の明るさから判断しても、それは間違いないだろう。

 優希、学校行ってるかな?

 昨日の優希の様子が気になって、ぼくは学校へ向かうことにした。


 学校に着いたのは、ちょうど一時間目が始まる頃だった。

 火曜日の一時間目は、体育の筈だから下駄箱の片隅で待つことにする。

「神楽っ! おまえ、もう大丈夫なのか?」

 後ろから声が聞こえた。

 この声、雅樹まさきか?

 振り返ると、体操服姿の片倉雅樹かたくらまさきが立っていた。その目は確かにぼくを捉えている。

 隣のクラスの友達だけど、体育の授業は合同で行われている。

 自分の状態を思い出し、驚きに目を見開いた。

「雅樹、こっちへ」

 人目につかない階段の裏へと、雅樹を誘導する。

「ちょ、待てよ」

「ぼくが見えるのか、雅樹」

「何を言ってる?」

 雅樹が、いぶかしげな顔をする。

 口で説明するよりも、見せた方が早いだろうか?

 ぼくは、右手を壁に突き出した。手首から先が階段の壁に飲み込まれる。

「なっ、に……」

 雅樹が唖然とした表情を浮かべる。

「ぼくも、まだ信じられないけど、今のぼくには実体がないみたいだ」

「――そんなばかな」

 ぼくの腕を取ろうとした雅樹の手が、空を切る。

「昨日の放課後に意識を失って、ぼくは病院に運ばれたらしい」

「ああ、それは聞いたよ。救急車が来てたし、結構な騒ぎになったからな」

 自分が救急車で運ばれたのかどうか、ぼくは知らない。けど、きっとそうなのだろう。

 ぼくは頷いてみせる。

「今も、大塚病院の301号室にぼくはいる。そして、どうやらぼくの姿は他の人には見えないらしい。なのに、どうしてお前は見えるんだ?」

「――お、俺に聞くなよ」

 呆然と立ちすくむ雅樹。

 それは、当然の反応だろうが、一つ思い出したことがあった。

「そういえば、霊感強いんだっけ?」

 雅樹が頭を抱える。

「まあ変なものが見えることはある……。だけど、そんなはっきりと見えるわけではないし、声なんて聞くのは始めてだけどな」

 不意に、下駄箱の方でざわめきが起こった。ぼくと雅樹は顔を見合わせると頷き合う。

 下駄箱の一角に人だかりができていた。

「何があった?」

 雅樹が近くの生徒に問いかける。

つかさが倒れたって」

「なに!」

「なんだって!」

 ぼくと雅樹は同時に声を上げていた。高瀬司たかせつかさは、ぼくと同じクラスでぼくと雅樹の共通の友人だった。

 雅樹が人を掻き分け、司の元へと歩み寄る。

「動かさないほうがいい」

 司の肩を揺さぶり、呼びかけている男に言うと、脈に指をあてながら司の口元に手をかざす。

「呼吸はしてる。誰か連絡は?」

 周りの者たちは、みんな互いに顔を見合わせるばかりだった。

「神楽、連絡を頼む」

 雅樹がぼくの方を見て叫ぶ。

「だめ、天野君は来ていない」

 答えたのは小羽だった。

 雅樹が驚いた顔をする。ほくは首を振った。

「携帯を持ってきてる奴はいるか?」

 雅樹の問いかけに、小羽が動いた。

「優希、持ってる?」

 小羽の後ろにいた優希は体操服ではなく制服姿のままだった。その顔色は悪く、倒れた司を焦点の定まらない瞳で見ている。

「優希」

 小羽が優希の手を取って、ようやく彼女が反応した。

「携帯、貸してもらえるかな」

 優希がこくりと頷いて、スカートから二つ折りの携帯を取り出し、開いてから小羽に手渡した。

 ピンク色のボディにラメ入りのハートのシールが二つ付けられている。

 小羽から電話を受け取ると、雅樹は躊躇うことなく119番をコールした。

 それにしても、雅樹のこういうところは流石だと思う。

 冷静でいつも冷めているように見えるけど、他人思いで強い意志を持っている。

 一度動き始めれば、その的確な判断力・行動力を遺憾なく発揮させる。

 ここぞというとき、一番頼りになる存在だった。

 それから五分と経たないうちに、サイレンが耳に届いた。


 司がストレッチャーに乗せられて運ばれていく。

「俺も行きます」

 と、雅樹が後を追おうとして、先生に止められた。

「ぼくが行くよ」

 そう言って、雅樹の代わりに救急車に飛び乗った。


 司が運ばれたのは、ぼくと同じ病院だった。

 治療室の前で待ち続けているが、かれこれ一時間くらいになるだろうか?

 司、そして雅樹。

 修学旅行で、お互いの好きな子のことを、教えあったことを思い出す。

 ぼくが優希のことを好きなことを知っているのは彼ら二人だけだし、司が小羽のことを好きだということを知っているのも、ぼくと雅樹だけだ。

 そういえば、雅樹だけがそんな子なんていないとずっと否定したんだっけ。

 懐かしい思い出に浸っていると、扉の向こうから車輪を転がす音が聞こえてきた。

 扉が開かれ、中から司が運び出されてくる。

 点滴や呼吸器など、これといった処置はされていなかった。

 それほど問題なかったのだろうか?

 ぼくと同じ部屋に運ばれたのを確認して、少しだけ安心する。

 ふぅ、と一息ついた時、強い脱力感がぼくを襲ってきた。

 立っていることができなくなり、膝を付く。

 この何かに吸い寄せられるような感じは……、あの時と同じ?

 立ちくらみを起こしたときのように、視界の端から闇に包まれて視界を失い、ぼくはどこかに引き寄せられてゆく。

 ぼくは身を委ねるように目を閉じた。

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