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存在の理由  作者: りす
第三章 親友
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翳る太陽と優しい月

 俯いて、その瞳に悲しい色を湛えた女の子の横顔。

 吸い込まれそうな黒い瞳のかげりに胸が締め付けられる。

「優希」

 と、ぼくは呼びかけた。

 目の前にいる女の子は、ぼくらと同じ学校の制服を着ていたからだ。

 しかし、彼女からは、何の反応も返ってはこなかった。

 あたりはシンと静まり返っていて、いくら放心していたとしても、聞こえないとは思えない。

 どうして優希が、これほどまでに暗い表情を浮かべているのか……。

「優希」

 と、もう一度呼びかける。

「――神楽」

 弱々しく、消え入りそうな声で彼女が呟いた。

 普段の彼女からは、想像もできないような声だ。

 優希が視線を上げる。

 つられるように視線を上げて、ぼくはその場に凍りついた。

 優希の見つめる、その先……。


 ぼくが……、そこにいた。


 純白の布団に包まれ、横たわっているぼくの体。

 息をするのも忘れて、もう一人の自分の姿を、食い入るように見つめた。

 リュシスだろうか?

 同調者が鏡写しというのなら……。と、考えてから、ぼくは左右に頭を振る。

 ファナは行方不明と言っていたけど、こんなところにいる筈が無い。

 その体の元へと近づこうとした時、部屋のドアが開けられた。


 月宮小羽つきみやこはね。優希といつも一緒にいる女の子だった。


 肩まで伸びた艶のある黒髪、透き通るような乳白色の肌。

 物静かで、優希とは対象的な女の子だけど、しっかり芯の通っている子で、優希をたしなめているような場面を見たこともある。

 優希が太陽というなら、小羽は月のような存在だった。

 優希の影にいて、普段はあまり目立つことはないけど、ぼくの友達の中にも小羽のことが好きだという男がいる。

「優希」

 小羽の呼びかけに、優希が振り返る。

「――小羽」

 力のない優希の言葉を聞いて、小羽もまた顔を曇らせた。

「そろそろ面会時間が終わるよ。家の人も心配してる」

 優しい声だった。ぼくはこの場所に小羽がいてくれることに感謝した。

 小羽ならきっと、優希に笑顔を取り戻してくれるだろうから。

「もう少し……」

「――わかった。外で待ってるから」

 小羽はそう告げると、部屋を後にした。彼女がいなくなり、再び部屋に沈黙が戻る。

 周囲を見渡すと、パイプ作りのベッド、折りたたみの椅子、小さなキャビネットが目に入る。

 飾り気のない部屋だった。

『面会時間』

 ――小羽の言葉が頭に蘇る。

 ここは病院なんだ。そして運ばれたのは、ぼく自身。

 だとすれば、あの屋上での出来事の後ということだろうか?

 最後の記憶は優希そっくりな女の子、ファナと一緒にいたこと。

 そしてファナは、ぼくのために仮面の男に捕らわれたのだ。

 そのことを思い出すと、再び悔しさがこみ上げてくる。

 あれは、夢だったのだろうか?


「わたしのせいで、こんな……」

 優希の言葉に、ぼくの思考は遮られた。

「違う、きみのせいじゃない」

 ぼくは首を振った。でも、その声は彼女には届かない。

 優希は、ゆっくりと立ち上がると、鞄を手に取った。

「神楽、ごめんね」

 最後に一言残して、入り口の方へ歩いてくる。目の前にいる筈のぼくに気づいた様子はない。

 さっき、小羽と話しているときもそうだったし、小羽もまた、ぼくの存在に気づかなかったのだ。

 優希の体が近付き、肩がぶつかりそうになった。

 でも、ぼくは避けなかった。ぶつからない。そんな予感がしたからだった。

 彼女の肩とぼくの肩が重なり合った瞬間、背筋がぞくりとする。

 しかし、優希の方は何事も無かったかのように、ぼくの肩をすり抜けて部屋を後にした。

 自分の体に視線を落とす。

 幽体離脱、精神体。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 そんな……、嘘だ……。

 自分の体に戻れないかもしれない、という恐怖が襲う。

 横たわる自分の体に近づき、震える手で自分の手を取ろうとした手が空を切る。

 頭の上に手をかざしてみても、おでこを近づけてみても、何も感じるものはなかった。

 その場に呆然と立ち尽くす。

 どうすればいいのか、分からなかった。


 どのくらいの間そうしていたのか、ふと顔を上げて窓の外を見る。

 病院の出入口から優希と小羽が出ていく姿が目に映った。

 このままここにいても、どうにもなりそうもない。

 ぼくは、二人の後を追うことにした。


 優希と小羽は、門を出たところにあるバス停の近くで立ち止まったまま、話をしていた。

「大丈夫だよ」

 と、小羽が胸の前で握り拳を作ってみせる。

「――うん」

「馬鹿は死ななきゃ直らないって言うし」

 いや、なぜそうなる?

 思わず突っ込みを入れたくなったが、ぼくの代わりに優希が、きっと顔を上げ、

「死んだら、困るの!」

 と、反論した。

 してやったり、とばかりに小羽が笑顔を作る。

「やっと、顔、見せてくれたね。大丈夫よ、彼は」

 優希の目を見つめ、子供を諭す母のように優しい声で囁く。

 小羽の想いに気づいて、優希が泣き笑いを浮かべた。その切ない笑顔に胸が締めつけられる。

「――ありがとう」

 そう言うと、優希はバス停に止まっていた白い乗用車に向かって歩き出した。

 その足取りは、病室を出たときよりも、幾分確かなように感じられた。

 助手席から降りてきた女性が、彼女を迎える。

 恐らくは、彼女の母親なのだろう。落ち着いた容姿をしていたけど、並ぶとよく似ている気がした。

「なんとかしてあげなきゃ」

 小羽が、二人を見つめたまま呟く。

 優希と話をしていた女性が、小羽へと視線を向けた。

「小羽ちゃん、優希のことありがとう。家まで送るわ」

 小羽は少し考える様子を見せたが、

「はい」

 と、笑顔でそれに応じた。

「ありがとう、小羽」

 彼女に聞こえていないと分かっていても、そう言わずにはいられなかった。

 車が出るのを見送った後、あてもなく病室へと戻る。

 今日はなんて長い一日なのだろう。

 押し寄せてくる疲労に負け、そのままゆっくりと目を閉じた。

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