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存在の理由  作者: りす
第二章 姫と人質
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障壁

 ファナと二人で通路を歩いて行く。

「もしかしたらだけど」

 ぼくは、さっきから考えていたことを口にすることにした。

「風の神官っていうのは……」

「今、歩いてるわよ、あなたと一緒に」

 ファナがさらりと言った。

 神官の力は、戦況を覆すと彼女は語った。

 だとしたら彼女は、とんでもなく強い、ということになるのだろうか?

「上で起こってる争いは止められないの?」

「――奴らの狙いは、たぶんあなただと思う。

 でも、これが単なる国同士の戦争であるなら、わたしには介入できない。だから今は、あまり表立った行動はとれないの」

「それで、こんな場所に?」

「ええ、リュシスなら神官としての力を使わない、ということもできたのかもしれないけど」

 なんとも歯がゆそうに、ファナが答えた。

「それに今は、あなたを無事に送り届けることを、最優先にしなければならない」

 彼女もまた、本当は争いを止めたいのだという気持ちが伝わってきた。

「力を得るのは大変なの?」

「簡単……ではないわ。

 かつて、本来は力を得るべきでない者が、力を手にしてしまうということがあった」

 彼女が俯き目を伏せた。

「今は、その対策がほどこされている。もしかしたら、あなたは永遠に力を得ることはできないかもしれないし、その方が幸せかもしれない」

 辛そうに語る彼女の顔を見て、それ以上のことを聞くことができなかった。


 ほどなくして、道は行き止まった。

 壁に埋め込まれた鉄芯、通路はそこから上に向かって伸びている。

「先に上るけど、覗かないでね」

 ぼくは顔を真っ赤にして首を振った。

「それなら、ぼくが」

「それは、だめ。安全かどうか分からないんだから」

 彼女に諭されて、口を閉ざす。

 ファナがぼくを護りたいのは、ぼくがリュシスの同調者だからだろうか? それとも水の神官だからだろうか?

 ぼくだってファナを護りたいと思うけど、今のぼくには何もできない。

 ファナが先に梯子を上り、ぼくはその後に続いた。


「大丈夫よ」

 ファナの声が聞こえて、外へ出る。周囲は背丈ほどの茂みと木々に囲まれていた。

 井戸のような場所を想像していたけど、周りと同じような草でカムフラージュされた板で蓋をされているだけだった。

 外から開かないようにするためか、取っ手のようなものも付いていない。

「西の塔へ向かう。そこから、中央都市の外れまで飛べる」

「飛ぶって、それも魔法?」

「大規模な魔法陣と、大きな魔法力を必要とするスペルだから、個人レベルで使うことはできないけど、塔には転送の魔法陣が敷かれ、国中から集められた魔法力が流れ込んでいるの」

「さっき鳥を出してたけど、魔法を使うには魔法陣が必要なの?」

 ファナが首を振った。

「魔法陣に描かれているのはスペルのイメージよ。魔法陣を使えば、魔法力を流し込むだけで、自分が理解していないスペルでも発動させることができる」

 へぇ、とぼくは感心した。

「ランプに燈す光の魔法のように、誰もが日常的に同じ場所・同じ条件で術を発動することが分かっている場合には便利だけど、スペルの質が魔法陣の精巧さと大きさで決まってしまうから、スペルを理解しているなら自分で発動させた方が断然いいわね。

 まあ、転送のスペルなんかは誰が生み出したかも記録に残っていないから、なんらかの手段で魔法力を集められたとしても、魔法陣なしでは誰も扱えないでしょうね」

 小走りで駆けていく彼女の後を追う。

 円柱の塔が視界の中で徐々に大きさを増してくる。

 その塔の周囲だけ、ぽっかりと土地が開けている。

 茂みが途切れる手前で一旦立ち止まると、ファナがぼくを手で制した。

 影から先を覗くと、白い仮面を付けた者が立っている。

 鎧姿だった黒仮面とは違い、漆黒のローブを身に付けただけの軽装だった。

 見た目には魔法使いを連想させるけど、纏った存在感は全く違う気がした。

 力強い、何者も寄せ付けはしないといった感じがする。

「ここにいて」

 ファナが茂みの陰から歩み出る。

 男の眼が、それをとらえた。

「風の障壁。こんなところで、お目通りできるとは光栄ですね」

 仮面の下から、男のくぐもった声が聞こえる。

 暗く、嘲笑を含んだ口調だった。

「あなたたちの目的は何?」

 ファナが男を睨みつける。

「この国の王様が嫌いでね、ちょっと侵略に……。そう答えれば貴女は見逃してくれますか?」

「ふざけないで。土の都を襲ったのも、あなたたちでしょう?」

「そうですけど、そっちの王様もあまり」

「だとしたら見逃せない。あの場所で土の神官は殺されている。それにあなたは『障壁』という言葉を使ったわね。全て嫌いだと言って、神への道を開いて世界を手にするとでも言うつもり?」

 ファナが首にかけられたペンダントを握り締めた。

「ヴァン」

 その言葉に応じて、彼女の手の中に美しい細身の剣が生まれた。

 ペンダント付いていた碧の宝石が剣の根元に埋め込まれ、淡い緑の刀身が光を放っている。

 続いてファナが腕を掲げる。

「ラファル」

 彼女の周囲で風が巻き起こる。

 風は腕へと舞い上り、それを解き放つように腕を突き出した。

 横に飛んだ男のローブの端が切り裂かれる。

 刹那、身を低くして男に詰め寄るファナの姿が視界に入った。

 先に見た兵士よりもずっと速い。ファナが剣を横へ薙ぐのを男が距離を取ってかわす。

 追って放たれた突きも、体を捻らせながら少し横へと動いて避け、剣は虚しく男のローブを貫いただけだ。

 剣を引こうとしたファナの手が止まり、顔色を変える。

 突き抜かれた男のローブの下は見えないが、剣を抜くことができない様子だった。

 咄嗟にファナが腕を突き出すと、舌打ちして男が距離を取る。

 それを見たファナは、しばらく間をおいて腕から魔法を解き放つ。

 不意に、がさりと音を立てて、男の背後の茂みから、幼い少女が飛び出してくる。


「っ、避けて!」


 ファナが悲鳴に近い叫びを上げる。

 仮面の男はその場を動かず、少女の前に腕を伸ばした。

 腕にまとわり付いていたローブが引き裂かれ、下から金属製の小手とかぎ爪が現れる。

 助けた? 女の子を?


「あ、ありがと……」


 少女がお礼の言葉を述べるが、仮面の男が振り返るのを見て、息を呑むのが分かった。

 恐怖に顔を引きつらせて、身を硬直させる。

 その時、ぼくの脳裏に一つの映像が浮かんだ。

 こんな時に悪役がすることといったら……。

 そう思ったとき、ぼくの体は動いていた。

 茂みの中を移動して、できるだけ少女に近づいたところで飛び出した。

「カグラ!」

 ファナが、ぼくの名を叫んだ。

 ぼくは男の横をすり抜けて、少女に腕を伸ばした。

 ――つもりだった。

 後ろから首に強い力が加わえられて喉が潰れる。

 咳き込みながら、自分の首に腕を掛けられているのを見た。

 頭の横から、金属同士がぶつかり合う音が聞こえる。

 なんとか首を捻ると、視界の隅にファナの太刀を男が受け止めているのが映る。

「自分の立場を分かっていないようだな、異界の少年よ」

 耳元で男が囁いた。

「小娘一人など、何の人質にもならん。しかし、今のお前はこの国、いや世界で最も効果的な人質になりえるというのに……」

 男が腕に力を加えてると、ぼくを羽交い絞めにしたままファナに向き直る。

 自分の愚かさを呪っても遅い。

 ぼくは、ファナの目を見ることができなかった。

「武装を解いてもらおうか? 風の障壁」

 男の腕が締まり、息ができなくなる。

 ファナが距離をとって、剣を消滅させた。

 手には、元の形のペンダントが握られている。

「投げろ」

 ファナがこっちに向かって、ペンダントを投げ捨てた。

 ぼくのせいで、彼女の身が危険に晒されようとしている。そんなこと、あってたまるか。

 腕を外そうと必死にもがくが、どうにもならない。

 意識が朦朧とし始めたとき、少しだけ腕の力が弱まった。

 変わりに喉に爪が突き立てられて痛みが走る。

「やめて」

 震える声でファナが叫んだ。

 自分の浅はかさと、惨めな姿に涙が滲む。

「シェイド」

 仮面の男の声と共に、ファナの足元から這い出した黒い影が、彼女の体を縛り付ける。

「やっ、やめろ」

 絞るように声を出した。

「力を持たない障壁に用はない。また逢える時を楽しみにしているよ」

 !?

 首の後ろを強打され、ぼくの意識は途絶えた。

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