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存在の理由  作者: りす
第八章 天使
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 広間の奥にある扉には、四つの魔法陣が掘り込まれていた。

 そのうち一つは、ペンダントの石に刻まれているのと同じ魔法陣だった。

 手を当てて、「ヴァッサ」と唱える。

 青白い光が魔法陣の窪みから漏れて、その形を浮かび上がらせて、扉は音もなく開いた。

 石を剣へと変化させ、足を踏み入れると、冷たい空気が流れ込んでくる。

 先の広間と同様に、物音一つしない空間だった。

 広間の奥の方から漏れている光は、壁のランプから発せられるものではなかった。

 地面に大きく描かれた魔法陣そのものが、白い光を放ち、左右に置かれた翼を持った天使の彫像を浮かびあがらせている。

 左の男性象が剣を掲げ、右の女性像が盾を手にしていた。

 美しい天使の彫像、少ない布で体を覆った女性の曲線美……。

 しかし、それよりも魔法陣の奥、正面に存在している氷の塊に、ぼくの目は釘付けになった。

 風の神官であるファナが、その中に閉じ込められるようにして、眠っていた。

 慌てて、彼女の元へと走り寄る。

「ファナ……」

 彼女は左の掌を、内側から氷の表面に当てた姿のまま、目を閉じて身動き一つしていない。

 そっと彼女の掌に、自分の手を合わせた。痺れるような冷たさが痛みに変わり、すぐに手を放す。

 彼女の腕に巻かれた腕時計の秒針は止まり、その機能を失っていた。


「気に入って貰えたかな?」

 振り返ると、リュシスがそこに立っていた。

「これで、彼女の美しさは、永遠だ……」

 体中の血が沸き立つ。

「助けるんじゃなかったのか? 彼女は、きみにとっては大切な人じゃなかったのか?」

 ぼくは叫んでいた。

 ファナは、あんなにもリュシスに会いたがっていたのに……。

「きみが仲間になってくれれば、こんなことをしなくて済んだ。彼女を殺したのはきみだ。きみの心の弱さだ」

 ぼくは拳を握り締めた。確かに、その通りかもしれない。

 だけど、リュシスのしたことを、許すことなどできなかった。

 彼は、土と火の神官、司を殺し。ぼくに優希を殺させた。

 犠牲になった兵士の数だって少なくない。

「きみが何を考えているかなんて知らない。ぼくは、きみを止める」

 最後に生き残った神官は、命の繋がりを超えて、神の元へと辿り着ける。

 リュシスが、神に何を願うつもりでいるのか?

 言葉通り、巫女のシステムを消すことなら問題ないのかも知れない。

 しかし、火の神官ルルドの言うような、神官の神格化を望んでいるのだとしたら……。

 どちらにしても、今のリュシスを信じることはできない。

 彼に力は渡せない。もう迷う必要はなかった。

 ぼくは挑むように、リュシスを睨み付けた。

「いい顔になったじゃないか、神楽。だけど、僕も後戻りはできない」

 リュシスが剣を実体化させる。ぼくもまた、剣を構えた。

 互いに間合いを詰める。背中から振り下ろしたぼくの一撃をリュシスが受け止める。

「神楽、お前は世界に何を望む!」

 ぼくは答えない。

 ぶつかり合った剣を横へと弾いたリュシスが、顔を歪めた。

「逃げるのか、見ない振りをするのか?」

「巫女のシステムと命の共有を無くす、本当にそれだけなのか?」

 リュシスの剣をくぐり、身を屈ませながら剣を横に薙ぐ。

 距離をとって交わすリュシスを追従して、さらに一撃を叩き込もうとする。

 リュシスが右手を突き出した。

 スペルがくる! と、反射的に横に飛ぶ。

 しかし、リュシスは舌打ちしただけで、術を発動させない。

「ああ、それだけを願って、今まで生きてきた」

「そのために、人の命を奪ってもいいのか……」

「土の神官も、火の神官も、願うなら自分達の都合のいい世界に作り変えようと言ったからだ」

 リュシスが距離を詰めて、連続して攻撃を仕掛けてくる。

 剣技と体術を織り交ぜた攻撃は、ティアや優希とはまったく違っていた。

 荒々しく、強く、それでいて早い。

 これにスペルが加わるとなると、分が悪いのはあきらかだったが、さきほど構えただけでリュシスはスペルを一度も使ってはこない。

「無関係な者だっていた筈だ! 失った者の悲しみが、お前に分かるか!」

「きみこそ、ぼくがどんな思いで、ここまで来たか、分かりはしない!」

 ティアとの戦いを思い出す。相手の反応速度を超えるんだ。

 もっと早く、もっと強く。お前の全てを見せてみろ。ぼくはリュシスを倒す!

 自分自身に言い聞かせる。

 距離を詰めて、リュシスの一撃をかわすと同時に、体を反転させて、逆方向から剣を薙ぐ。

 ティアと戦ったときに使った方法だった。

 しかし、リュッシスは、こともなげに受け止めていた。

 すぐさま、わき腹を狙った蹴りが飛んでくる。

 片手を剣から離して左腕で受け止める。腕に痺れが走った。

 剣を持ち直す左手に力が入りきらない。

 ぼくは、リュシスとの距離を大きく取った。リュシスはそれを追いかけてこない。

「どうした? その程度なのか? カグラ」

 気がつくと、体の下に光を放つ魔法陣があった。

 魔法陣の上では戦わない? 戦えない? 何かしらのスペルが発動するからか? 

 と、思いかけて、はっとした。ぼくの後ろには、ファナを捕らえた氷塊が存在していた。

 ファナがいるからか?

 リュシスのファナを想う気持ち、それは嘘ではなかったということだろうか?


 今一度、周囲を見回してみる。この空間の天井はさっきまでの場所と違って低かった。

 リュシスとの間合いを一気に詰める。

 リュシスの一閃を身を低くしてかわし、そのまま地面を転がって、体の位置を入れ替える。

 起き上がりを狙って放たれたリュシスの追撃を、後ろに飛んでかわす。

 一撃、また一撃と、後ろの壁に追い詰められるようにして、じりじりと後退していく。

 三メートル、二メートル。

 リュシスの攻撃を弾きながら、背後に迫る壁に神経を研ぎ澄ませた。

 一メートル。

 リュシスの一撃を後ろに退いてかわすと、背後の壁を蹴ってさらに上へと飛び上がる。

 体を反転させて、天井を蹴った。

 全体重を込めた渾身の一撃を放つ、ぼくの剣はリュシスの剣を押し切って、彼の肩を浅く切り裂いた。

「リュシス!」

 着地すると同時に、体の中心を目掛けて剣を突き出す。

「カグラ!」

 リュシスが目を見開くと、同じように彼もまた突きを繰り出していた。

 ぼくの剣がリュシスを貫き、リュシスの剣がぼくを貫く。


 リュシスが血を吐き、その場に倒れた。

 ぼくもまた、喉の奥底からも込み上げるものを感じて、吐血する。

「引き分けか……」

 それなら、それで悪くない。

 そう思ったとき、

「どうかな?」

 と、リュシスが苦しげに呟いた。

「命は……、どんな力で繋がっていると思う?」 

 言葉と共に、ファナを捕らえていた氷塊が砕けた。

 解き放たれたファナが、倒れることなく自らの足で地に踏みとどまり、ゆっくりと目を開けた。

 目の前で起きていることが、信じられなかった。

 生きてる、ファナが?

「魔法力……、その流れを止めることができればどうなるか」

 その言葉を残して、リュシスは倒れた。

 彼女の体は淡く輝き、その背から透き通った翼が伸びていく。

 翼は徐々に白みを帯びて形をなす。

 ファナが翼を広げた。彫像よりも、遥かに美しいファナの姿に言葉を失った。

 天使……。

 時間が止まったかのように、眠り続けていたファナが……。

 時間が止まる? 時を止めるスペル?

 脳裏に初めてファナに会った時のことが甦った。

 腕時計の針が静止していたのは、彼女の周りの時間が止まっていたから?

 リュシスの水のスペルで……。ぼくが、優希と戦う以前から?

 消えてゆく意識の中、ファナが切ないほどに優しい表情で、ゆっくりと微笑む姿を見た。

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