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存在の理由  作者: りす
第七章 狂戦士
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風の神官

 雅樹は眼前にそびえ立つ、塔を見上げた。


 優希と共に降り立ったこの世界。

 雅樹と優希は風の都で、神楽の言っていたことが、嘘ではなかったと知った。

 この世界の成り立ち、そして八人の神官の存在。

 そして、優希もまた神官の一人だということ。

 神楽と合流し、事件の首謀者を倒せば、それで終わらせられる。雅樹はそう思っていた。

 中央都市に着いて最初に耳にしたのは、火の神官ルルド・ステファンが打ち倒されたという話だった。

 ほっとして、

「神楽を探そうか」

 と、優希と話をしていた矢先、一人の兵士長シウォンの証言で事態は覆された。

 その話を聞いて、雅樹と優希は愕然とした。

 ルルド・ステファンを打ち倒した、水の神官リュシスこそが事件の首謀者であり、神楽もまたリュシスと共に姿を消したというのだった。

 事件の首謀者が闇のスペルを使用したという情報について、調査していたシウォンは、闇のスペルを違法に教えたという男に会った。

 水の神官であるリュシス・グランフォートの元に案内したところ、神楽を見た男は彼にスペルを教えたと語った。

 そして、姿を現したリュシスから闇のスペルを受けて意識を失い、目が覚めたときには、リュシスや神楽の姿は無かったのだという。

 その後、各地に向けて捜索隊が放たれ、ヘブンズゲートへと続く回廊で彼は見つかった。

 水の神官のどちらか一人……。リュシスなのか、神楽なのかは判らない。

「男は近づくもの全ての命を奪う悪魔だった」

 逃げ帰った兵士の一人は、そう語った。


「神官としての力を解放し、彼を止めて欲しい」


 この世界の人々からの願い。

 優希はその願いを受けた。真っ直ぐな眼差し、強い思いで……。

 彼女らしい強さを取り戻した優希を目の当たりにして、雅樹の心に嬉しさと同時に不安が広がった。

 その優希は今、塔の中にいる。神官としての力を解放するために。


 一時間、二時間が過ぎても、雅樹はその場を動こうとはしなかった。

 雅樹できること、それは、ただ待つことだけだった。

 三時間が過ぎようとした時、塔の後ろに昇った月が、出てきた人物の影を浮き上がらせる。

 そのシルエットで、雅樹は優希であるということを感じた。優希は制服姿のままだったのだ。

 しかし、その足取りが、おぼつかない。

「優希」

 と、雅樹は駆け寄った。

 彼女の目は赤く充血し、雅樹の方を向いてはいても、焦点を結んでいない。

 その体からは生気が感じられず、今にも倒れそうでさえあった。

「駄目、……だったのか?」

 優希が力なく首を振った。

「――ち、がうの」

 彼女の瞳に涙が滲む。

 優希はそれを隠すように、うつむき雅樹の胸に顔をうずめた。

「っ、ごめんなさい」

 それが誰のための謝罪なのか、雅樹には分からない。

 ただ、胸の中で声を殺して泣く優希が愛おしく、抱きしめたいという衝動に駆られた。

 彼女の背に回しかけた手を、雅樹はじっと見つめる。

 そのまま拳を握り締めて、腕を降ろした。

 雅樹は、空に浮かぶ月を見上げると、ゆっくりと目を閉じた。


 いつの間にか、二人の周囲に集まっていた兵士たちが、かしずくように膝を折った。

 その先頭にいるのは、兵士長のシウォンだった。

 優希の肩を、そっと支えて立たせると、雅樹はシウォンの前に立つ。

「彼女に何があった?」

 雅樹は、シウォンの胸ぐらを掴んで立ちあがらせた。

「――封印を、解かれました」

「どういうことだ? 神官の力の封印を解くとは、なんだ?」

「力を得るには……、巫女の命を引き換えにする必要があり……」

 雅樹が目を見張る。全身の血が逆流するのを感じて、雅樹は唇を噛む。

 怒りにわななく拳で、力任せに、シウォンの顔面を殴りつけた。

 倒れたシウォンに馬乗りになる。

 幾人かの若い兵士たちが、雅樹に掴みかかった。

「やめてっ!」

 優希の悲痛な叫びがこだまする。

 唇から流れる血をぬぐい、シウォンは再び膝を付いた。

「申し訳ありませんでした。しかし、他に方法が無いのです」

「そんな大事なことを隠しておいて、彼女一人に全てを背負わせて、それがこの世界のやり方か!」

 シウォンが大きく頭を振り、雅樹を見上げた。

「あなたは神官の力を知らない。我々の力ではどうしようもできないのです」

 苦しげにシウォンがうめきを漏らした。

「わたし……、行きます」

「優希っ!」

 雅樹には優希の言葉が信じられなかった。

「こんな奴らの……」

「案内……、してください」

 雅樹の言葉を遮って、優希が頭を下げる。雅樹は言葉を失った。

 彼女の顔は、青白いままだった。

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