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存在の理由  作者: りす
第六章 闇
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迷い

 優希を待つ間、ぼくはリュシスと共に治癒院まで戻ってきていた。

 巫女を犠牲にするシステムを終わりにするには、神官の力が必要になる。

 神官としての力を得るためには、巫女の犠牲が必要になる。

 優希には、あんな辛い思いをして欲しくない。

 ぼくは、どうすればいいのだろう? どうするべきなのだろう?

 考えても、考えても、頭の中はぐるぐると回るだけで、答えを見つけられない。


 扉がノックされる。

 人に会いたい気分ではなかったけど、

「どうぞ」

 と、答えた。

 部屋に入って来たのは、闇のスペルの習得者について調べていた、若い兵士だった。

「リュシス殿は?」

「少し前に、出て行ったみたいです」

「そうですか」

「何かあったんですか?」

「今回の事件とは関係ないかもしれないのですが、報告しておこうかと思うことがありまして」

 兵士の後に続いて、一人の男が入ってきた。四十代から五十代くらいの中年の男性だった。

 やや小太りで髭を生やした男は、ぼくの顔を見るなり大きく目を見張る。

「こっ、この男だ!」

 と、いきなり指をさされて面食らう。

「この男が、わしにスペルを教えるように要求してきた」

 スペルって、……まさか?

 彼が調べていたのは、闇のスペル習得者。

 それはつまり、リュシスがスペルを違法習得しているということだろうか?

「ばかな」

 と、兵士もうろたえる。

「本当に、彼が貴方に闇のスペルを教えるように言ったんですか?」

「ああ、そうだ。間違いない」

 ――もし、闇の力を使い、ファナを捕らえたのがリュシスだったとしたら……。

 事件が起きたときから、リュシスとルルドが通じ合っていたとしたら……。

 ルルドの『裏切り者』という言葉が、あの場でのやりとりに対して発せられたものでないとしたら……。

 ぼくは脳裏に浮かんだ想像を否定しようとした。

 そんなこと考えてはいけない。しかし、そう考えずにはいられなかった。

 全身が粟立つ。

「ぐっ」

 と、くぐもった声がして、中年の男がその場に倒れこんだ。

 今までの彼とは違う、氷のような瞳のリュシスが、そこに立っていた。

「リュシス殿!」

「シェイド!」

 力ある言葉とともに、黒い鞭が兵士を襲う。

 闇のスペル。ファナを捕えた、あのスペルだった。

 まるで生きているかのように襲いかかる闇を、兵士が切り裂く。

 しかし、闇は消滅することなく幾つにも枝分かれして、兵士の体を絡め取る。

「リュシス殿! あなたは? あなたが!」

 リュシスは動きを封じられた兵士に近づくと、頭を鷲づかみにした。

「シュラフ!」

 言葉と共に兵士が、がくりと首を落とす。

 兵士を縛っていた黒い闇が消えると、彼はその場に崩れ落ちた。

 背筋が震えて、頭が痺れる。

「ヴァッサ」

 身に迫る危険を感じて、ぼくは胸の石に力を伝えて、具現化させた。

 リュシスもまた、剣を構成する。

「リュシス、本当にきみだったのか? 土の神官を殺したのも、ファナをさらったのも」

 その問いには答えず、リュシスは男に視線を落とした。

「まったく、余計な事をしてくれたな。一生遊んで暮らせるだけの金は与えてやったのに……。今更、正義感にでも目覚めたか」

 と、吐き捨てるように言った。

 冷たい瞳が、ぼくを正面から見据える。

「神官の統治する国などいらない。神など必要ない。カグラ、ぼくはただ、この世界の歪みを正したいだけだ」

「――ぼくは、きみの思い通りにはならない」

 ただ、許せなかった。今までずっと、騙されていたことが……。

 あの時、彼がぼくを殺さなかったのは、ぼくと命を共有していたから……。

 それなら、リュシスは優希を殺した後で、ぼくを殺す気でいるのかも知れない。

 最後の一人になって命の繋がりから開放されれば、世界は自分の思いのままに変えられる。

 彼と優希とを合わせてはいけない。ぼくは、剣をリュシスに向けた。

「本当にそれでいいのか? きっと、きみは後悔することになるぞ」

 優希に辛い思いはさせたくない。

 今、ここで彼を倒せば、優希が力を得る必要はなくなる筈だった。

 でも、それは自分自身の死を意味する。そして、巫女は救われない。

 突きだした剣の先が震える。

 いつ死んだって構わない。そう思ってた筈なのに……。

 ティアは、命が消えると分かっていても、あんなに強かったのに……。

 思いを振り切るように、ぼくは斜めに剣を振り下ろした。

 乾いた音と共に、剣は横へ弾かれる。

 弾かれたのとは逆の方向に影が見えて、体を仰け反らせた。

 空気を切り裂くような蹴りが、目の前を通り過ぎる。

 一歩後ろに足を引いて、体勢を持ち直したときには、リュシスの姿を見失っていた。

 足下から伸びた闇が全身に絡みつき、背後から肩の上に剣の切っ先が置かれる。

 ――力の違いに愕然とした。

「『迷うな、目的をしっかりと見据えろ』と言ったことを覚えているか? カグラ。そんな、迷いだらけの心で、僕を止められると思うか? 僕は迷わない。たとえ全てを失うことになったとしても……」

 迷いは判断力を鈍らせる。神官同士の戦いで、それは致命的となる。

 そういうことか……。

「イルズィオン!」  

 リュシスの言葉と共に、視界が歪むのを感じた。

「カグラ、きみには門番となって貰うよ」

 目の前を闇が覆い尽くし、頭が痺れる。

「殺せ! ヘブンズゲートに近づく者全てを……。たとえそれが、誰であろうとも……」

 薄れていく意識の中、リュシスの震える声を耳にした。

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