表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
存在の理由  作者: りす
第六章 闇
16/25

火の神官

 治癒院のベッドで目が覚めた。

 ティアと出会った昨日の夜は、布団に入ってからも、なかなか寝付くことができなかった。

 疲れと眠気に、うとうとし始めたのは、夜が白み始めた頃だったと思う。

 その夜、ぼくは自分の世界に戻ることはなかった。

 それでいい、と思った。もう迷わない、迷いたくない。

 と、天井を眺めながら考える。

 ファナを助けるにはどうすればいいだろう? ぼくに何ができるだろう?

 まずはリュシスを手伝って、情報を得ることか。

 相手の目的が神の力を使うことなら、いずれ向こうの方からやってくる。

 それまでに少しでも情報を集めて、先手を打つ。ぼくに思いつくのはそれくらいだ。


 突然、地鳴りのような轟音が響いて、ベッドから跳ね起きた。

 部屋の壁が震えている。ベッドから降りて窓の外を見た。

 さほど遠くない場所、白い外壁の建物から煙が立ち上っている。

 建物の周囲に、人々が集まっていくのが見える。

「カグラ、起きているか?」

 部屋の扉を勢いよく開けて、リュシスが飛び込んできた。

 その顔には焦りと戸惑いの色が浮かんでいる。

「神官長たちがいる聖堂で、爆発が起きたらしい。仮面の男を目撃したという情報もある。僕は、今からそこへ向かうから、ここにいてくれ」

 ぼくは首を振った。じっとしてなんていられない。

「ぼくも行くよ」

「戦いになるかもしれない」

 覚悟があるのかと問いたいのだろう。でも、ぼくはもう迷わないと決めた。

 ティアの命を引き替えにしてまで、力を手にしてしまったのだから。

「分かってる」

 と、ただ一言、決意を込めて答えた。

「――そうか、いこう」

 ぼくとリュシスは部屋を出て、走り出した。


 建物の周囲を、十人以上の兵士たちが取り囲んでいた。

 皆が一様に、白を基調とした服を身に纏っている。

「リュシス殿」

 兵士の一人が声を上げた。

「状況は?」

「仮面の男が、神官長を人質にしていて、手出しできない状態です」

 リュシスが顔を歪めた。

「何か要求は?」

「神官をここに集めるようにと……」

 兵士が困惑した表情で答える。

「僕とカグラと……。他に異界から召還されてきた者はどうしている?」

「火の神官は中央都市に着いたばかりで、まだ封印を解かれていません。風の神官は、水の都から術師を招いて、無事に召還されたと聞いています」

 その言葉を聞いて、はっとした。

 リュシスの同調者であるぼくが、ここにいるということは、ファナの同調者である優希が、ここに来たということではないのか?

 だとしたら、彼女もまた、ぼくと同じ思いをすることになる。

 止めなければ、と思った。

 ぼくの勝手な思いでしかないかも知れない。でも、力を得る方法を優希が知ったら、彼女は力を手にすることを望む筈がなかった。

「異界の火の神官に、呼びかけを行っているか?」

「はい」

 兵士が頷く。

「先に二人で入る。到着次第、一人で中へ入るように伝えてくれ」

 リュシスは兵士に指示を出して、こちらに向き直った。

「カグラ、昨日も話したとおり、奴らも危険を冒してまで、神官と戦うことは考えないだろう。おそらく何らかの誘いを掛けてくる。僕がその誘いにのるから、きみもそれに合わせてくれ」

 リュシスの提案に、ぼくは同意した。

 深く呼吸すると、リュシスが扉を開けて中へ入る。ぼくもその後に続いた。

 急な事態に心臓の鼓動が早まるのを感じた。

 建物の中、入ってすぐの広間には廊下を中心として左右に椅子が並んでいる。

 教会のようだ……と思った。そして、その部屋の奥に仮面の男が立っていた。


 白い仮面、黒いローブの男……。


 左手を白髪交じりの老人の首に回して、右手から伸びるかぎ爪を首に押し当てている。

 その姿が、自分の姿と重なり体が熱くなった。

 ぼくらの姿を見て、老人が呻き声をあげる。猿ぐつわをかまされていて、声が出せないようだ。

 周囲を見渡すと、他に二人の老人が地面に倒れ伏しているのが分かった。

 二人とも身動き一つしない。

 また、別の一人は椅子に仰向けに倒れていて、椅子の下へと血をしたたらせている。

「ようこそ水の神官たち。リュシスと……、異界のきみはカグラくんといったかな?」

「お前たちの目的はなんだ?」

 リュシスが問いかける。

 ふっ、と仮面の下で男が笑った。

「世界を、我ら神官たちの手で再建する」

 男が右手のかぎ爪を、胸の前で掲げた。

「神の力を使用する気か?」

「この世界は歪んでいる。そうは思わないか?

 リュシス、お前も神官長たちのことを、よく思っていなかっただろう?

 人の命を犠牲にするシステムを作り上げた彼らを……」

「巫女のシステムを正す。それだけか?」

 リュシスが仮面の男に問い返す。

 仮面の男が何を考えているか? それはぼくにも気になるところだった。

 全員の同意が必要となれば、自分だけが違う考えを隠し持っていたとしても、その思いは受け入れられない。

 だとすれば、本当に世界を正そうとする意志でぼくらの説得を試みているか、後でぼくらを殺すことを考えているか……。

「神官による絶対的な統治国家を作る。そうすれば、神の力に頼ることはなくなる」

「神官の神格化か?」

「そうだ」

 と、男が答える。

 そんな願いが聞き届けられるのだろうか?

「神官全てを説得できると思っているのか?」

「――気づいているのだろう? 火の神官なら、ここにいる。風の神官も私の考えに同意した。リュシス、きみが仲間になってくれるなら、後は異界の三人だけだ」

「ルルド・ステファン。やはりきみか……」

 行方不明だった火の神官。それが仮面の男の正体……。

「いいだろう、だが、一つ聞きたいことがある」

「なんだ」

「ファナはどこにいる?」

「証を見せてくれたなら答えてあげるよ」

「証?」

「きみが僕の仲間になってくれるという証だ」

 ルルドは首を回すと、老人をリュシスの前に蹴り出した。

 起き上がろうとする男の背中を右足で押しつぶす。

「この男を……、神官長を殺せ」

 血の通わない冷徹な声で男は言った。

 神官長がリュシスを見上げ、助けてくれと目で訴えている。

 仲間になるふりをするとは言ってたけど、ここまでは予想していなかったのだろう。

 リュシスの額に汗が浮かぶ。


「――ヴァッサ」


 長い沈黙の後、リュシスが剣を具現化させた。その手は震えている。

 神官長が目を見張り、涙をうかべて首を振った。

 リュシスが剣を逆手に持ち替えて、高く掲げる。それ以上、見ていられなくて、ぼくは目を背けた。

 金属が地面にぶつかる音がして、男の呻き声が漏れる……。

 おそるおそる視線を戻すと、老人の体に突き立てられた剣を抜き放つリュシスの姿があった。

 静寂に包まれた空間に、仮面男の乾いた拍手が冷たく響く。

「風の神官なら、ヘブンズゲートの先で待っているよ」

 そして、今度は、ぼくに視線を向けてくる。

「さて、こちら側の神官は、これで全て私の仲間となったわけだ。カグラくん、きみも私と一緒に来て貰おう。自分とは関係のない世界で、みすみす命の危険を味わう必要はないだろう?」

 関係がない? 本当にそうだろうか?

 命の繋がりを考えるなら、まったくの無関係とはいえないのではないか?

 もし彼らが、その権力を元に大きな戦争でも引き起こしたら……。

 たとえ、演技だとしても、この誘いに簡単に納得してみせてもいいだろうか?

「きみには他の神官たちを説得して貰いたい。私の同調者もこちらに向かっているだろうからな。それとも、きみら異界の神官だけで、我らに戦いを挑むか?」

 戦い慣れた彼らと、ぼくらの世界からの三人。到底、勝てるとは思えない。

 なにより、優希を戦いに巻き込むことなど想像したくもなかった。

「わかった。言うとおりにするよ」

 と、答える。

「それで? これからどうする? 風の神官はまだ、召還されて間もないと聞く」

 リュシスの問いかけに、ルルドが腕を組んだ。

「カグラくんが火の神官を説得してくれたら、異界の火の神官をヘブンズゲートへ連れて行く。きみたち二人は、そのまま風の神官が来るのを待って貰おう」


 背後から聞こえてくる足音に気づいて振り返る。

「司?」

 ぼくと雅樹の前で意識不明になった、高瀬司がそこにいた。

 同じ病室で意識の戻らないままの司。

 やはり、司もまた神官だったということか……。

「神楽か、お前も?」

 数日、姿を見なかっただけなのに、久しぶりに会った気がする。

「ああ、そうだ」

 近づく司の肩に手を置いた瞬間、ぼくは背筋が凍りつくのを感じた。

 ぼくの背後、脇の下から生えてきた剣が、司の胸を貫く。

 ぼくら二人は、ただ呆然とそれに目を落とした。

「リュシス、貴様!」

 ルルドが声を上げた。

 ぼくは、目の前で倒れそうになった司を受け止める。

「司!」

「俺を裏切るのか?」

 ルルドの叫びが、空気を振るわせた。

「最初から仲間になる気などなかった。そうだろ、カグラ?」

 回らない頭で頷いてから振り返る。ルルドが腕を前に掲げた。

 スペルを発動するつもりか? 本能的に危険を感じる。

 司をおいて逃げるわけにもいかないし、スペルの対処法なんて、ぼくは知らない。

 言葉を発しようとした、ルルドの動きが止まる。血を吐き、胸を抑えると、その場に崩れ落ちた。

 リュシスが、司に視線を移す。

「カグラの……、知り合いだったのか……」

 苦しげに顔を歪め、目を充血させていた。

「でも、分かってくれ……。火の神官を倒せば、同じ結果を招いた」

 目の前で起こったことが、まだ飲み込めなかった。

 リュシスは……、ルルドを殺すために司を?

 リュシスの言うことは、確かに間違ってはいないだろう。

 だけど、だけどこんな。

「司を呼んだのは、この為?」

「――神官長たちの決定で、異界の神官を召還したのには、こういう理由も含まれていた。

 裏切り者が分かった場合に、相手がどこに潜んでいようと、抹殺する方法」

「だけど、司には何に罪もない」

「その通りだ、カグラ。同調者という命の共有もまた、忌むべきシステムだと僕は考えている。終わらせよう、僕らの手で……。今夜には、最後の神官がここに到着するだろう。その子を説得して欲しい。そして、ファナを迎えに行こう」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ