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存在の理由  作者: りす
第五章 死と告白
15/25

崩壊

 その日、雅樹が登校したのは、いつもより遅い時間だった。

 昨日の神楽の言葉が気になって、あまり眠れなかったからだ。

 そして朝も、ぼんやりと考え事をしながら登校した。

 教室に入るなり雅樹は違和感を感じた。いつもよりざわついている。

 席についた雅樹の前に、一人の男子生徒がやってきた。

「雅樹、聞いたか」

「いや」

 雅樹が短く返答すると、男子生徒は興奮気味に切り出した。

「昨日、学校の前で交通事故があったらしいんだけど、うちの生徒が巻き込まれたらしい。

 隣のクラスの、月宮って知ってるか?」

 雅樹の頭の中が真っ白になる。

 勢いよく席を立ち上がった為に、後ろの机に椅子がぶつかり大きな音を立てた。

「それで月宮は?」

「意識不明って話らしい。大塚病院に運ばれたとか」

 教室を飛び出した雅樹は、すぐさま隣の教室を開いた。

 その目に優希の姿が映る。

 彼女は女生徒数人と話をしていたが、大きく目を見張った。

 小刻みに震える体。

 大きくかぶりを振ると、優希は教室から飛び出していた。

「優希!」

 その後ろ姿に雅樹が大声を掛けた。

 優希が振り返る。

「どこへいく?」

「――病院」

 うめくように彼女が言葉を漏らした。

 悲痛な叫び。

 その姿を見て、自分には止められないと雅樹は判断する。

「病院まで走っていく気か?」

「……」

「俺が連れてってやる、自転車置き場で待ってろ」

 雅樹は優希を追い越すと階段を駆け降りた。

 自転車置き場に無造作に並べられた自転車を、一台一台確認していく。

 雅樹も優希も家が近いから、自転車通学は許可されていなかった。

 でも、学校の敷地内で鍵を掛けていない奴なんて、探せば幾らでもいる。

 うまい具合に、自分の知っている人物の自転車に鍵が掛かっていないのを見つけると、雅樹はスタンドを蹴った。

 自転車置き場に近い校舎の出入り口から、それを見守っていた優希の隣につける。

 優希が荷台に腰を掛け、雅樹の腰に手を回した。

「いいか?」

 優希が頷くのを確認すると、雅樹はペダルを踏みこんだ。

 雅樹は背中に優希の温もりを感じながら、このまま彼女を連れていってどうするつもりかと自問する。

 だが、今の優希を静止することなど、雅樹にはできなかった。


 病院の門をくぐり、玄関前で雅樹が速度を落とすと、優希は自転車から飛び降りた。

 前につんのめり倒れそうになるのを踏みとどまり、優希は入り口へと走る。

 雅樹もその場に自転車を横倒しにして後を追う。


「月宮小羽はどこにいますか?」

 取り乱したままの優希に、受付の看護婦が戸惑った顔のまま硬直した。

「落ち着け」

 雅樹がその間に割ってはいる。

「月宮小羽。昨日の夕方、救急で運ばれたと聞きました。同じ学校の同級生です」

 女性がファイルを開くと顔を曇らせた。

「311号室になりますが……」

「ありがとうございます」

 話を最後まで聞くこともなく優希がエレベーターへと走った。

 後を追い、閉じようとしていた扉を雅樹が蹴り開けると、二人は中へと滑り込む。

 ボタンを押してもすぐには閉じない扉に雅樹はもどかしさを感じる。

 これなら多少時間が掛かってでも、階段を使っていた方が精神的に楽だっただろう。

 幸いなことにエレベーターは二階を素通りした。

 三階に着き、扉が開くと同時に優希が駆け出す。

 部屋のプレートを確認しながら走る優希が、足を止めて扉を開けた。

 一歩踏み入れたところで、優希が動きを止める。

 後に続いて部屋の中を見た雅樹の視界にも、それは映った。

 ベッドに横たわる女の子。

 その顔には白い布が掛けられていた。

 それは意識不明という噂が、既に過去の情報でしかないという事実だった。

 雅樹が身を引いて、部屋のプレートを確認する。

 311号室、そして月宮小羽の名前がそこにあった。

 今の優希にとって、一番の支えが小羽だった。


『あいつを支えられるのは、もうお前しかいない』


 昨日の神楽の言葉が思い出されて、雅樹は背筋がぞくりとするのを感じた。

 その言葉の意味を想像すると同時に、雅樹の心に怒りがこみ上げる。

 神楽が、こうなることを知っていたかのように思えたからだった。

 だとすれば、神楽はそれを知っていながら、優希の元に居ようとはしなかったということだ。


 どんっ、と雅樹の体に衝撃がはしる。

 虚をつかれて、雅樹はその場に尻餅をついた。

 優希が雅樹を突き飛ばして廊下に走り出していた。

「くそっ」

 立ち上がり、雅樹はすぐさま後を追うと、階段に差し掛かった所で優希の腕を掴んだ。

「離してっ!」

 雅樹の方を見ようともせずに優希が叫ぶ。

 今、離しては駄目だと、雅樹は直感していた。

「どうしてよ、あなたには関係ないじゃない」

「離せない、今のお前を一人になんかできるかよ」

 優希は、もう一方の手で雅樹の指を外そうとした。

「俺じゃ、お前の支えになれないのか?」

 優希が動きを止めて、雅樹を見上げる。

「どうしてわたしに構うの、ほっといてよ」

 瞳から溢れた涙が優希の頬を伝う。

「俺は、お前のことが好きだ。だからほっとけない。一人で苦しまないでくれ」

 雅樹は神楽が許せなかった。

 神楽の事を認めていた、だから神楽が優希を好きだと言った時、何も言わないでいた。

 なのに……、神楽は裏切った。

「あいつは、もう戻ってこない」

「どうして? どうしてそんな事が言えるの?

 ――あなたは神楽の友達じゃないの?」

 優希が強引に腕を引っ張って振り解く。

 しかし、そのままの勢いで彼女が踏み出した先はもう、階段だった。

 雅樹は慌てて優希の腕を取り直す。支えきれないと思うと同時に、雅樹は廊下を蹴った。

 優希の腕を引いて、抱きかかえる。

 そのまま、二人は階段の踊り場へと落ちていった。


 いつまで経っても襲ってこない衝撃。

 雅樹は、落ちていた筈の自分の足下に、確かな地面の感触があることに気づいて、目を開ける。

 石造りの広々とした空間、足下に広がる巨大な二重の円と、その内に描かれた幾何学的な模様。

「なに?」

「はっ、離してよ」

 雅樹は、優希を胸に抱きしめたままだった。

 それに気づいて、慌てて体を離す。

 お互いに顔を赤らめるが、視界を遮っていたものがなくなり、優希もまた周りの異変に気づいた。

「ここは? どこ?」

 困惑した表情で、辺りを見回す優希。

 しかし、雅樹には一つだけ思い当たるものがあった。

 神楽が話していた異界のことだ。

「異界……なのか?」

「どういうこと? 何か知ってるの?」

 詰め寄る優希に、雅樹は困ったような顔をする。

「ああ、ここがあいつの言っていた場所だと言うなら……」

「あいつって?」

 雅樹はしばらく躊躇った後、その名前を口にする。

「神楽だよ……。あいつはきっと、この世界にいる」

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