世界と繋がる力
ティア……。
異界の水の封印を守護する巫女。そして……、小羽の同調者。
ぼくは確かめなければならなかった。
雅樹の家へと続く道、その足取りは重い。
魂の抜けた人形のようにふらふらと歩くたびに、ティアと小羽の姿が交互に思い浮かんだ。
雅樹の家を見上げる。
ここまで来たものの、それ以上、足を踏み進めることができなかった。
確かめることが怖かった。
「神楽?」
後ろから声が聞こえて、ゆらりと振り返った。
ぼくの姿を見て、雅樹が息を呑む。
ティアの血で真っ赤に染まった腕と服。でも、この世界でこの血を洗い流すことはできない。
それは、ぼくがもうこの世界の住人ではないと宣告するかのように、ぼくに心にのしかかっていた。
「神楽!? お前、大丈夫か?」
「……ぼくの血じゃない」
腕の傷だけは自分のものだった気づいた。が、今はその痛みを感じなかった。
それよりも……。
「雅樹。行方不明の……、行方不明のあの男はどうなった?」
すがるような思いで訪ねる。
「一体どうしたんだ?」
雅樹は眉間に皺を寄せて、困惑した表情を浮かべた。
「答えてくれ」
「――あの男性は見つかった。でも……、亡くなっていた」
「そう……、か」
「同調者か、お前が言うように、本当に異界があるってことなのか……」
信じられなかった。信じたくなかった。
ぼくはその場に崩れ落ちた。
「雅樹の言う通り、あの時引き返していればよかったのかも知れない」
「今からでも、遅くはないんじゃないのか。異界でのことなんだろ、俺たちには関係ないじゃないか」
うなだれたまま、首を振る。
「無関係なんかじゃない。もう、戻れない」
「――今朝、優希は学校に来なかった。あいつは、どうしても自分に抱え込んでしまうところがある。そんなあいつを、このまま放っておくのか?」
優希の姿と、それを見守る小羽の姿を思い描く。
「今のぼくは、きっと優希の顔を見られない」
雅樹にティアの事を話さなければならない。なのに、ぼくはティアの事を話せないでいた。
自分のした事を責められることを恐れた。
「あいつの気持ちが分からないのか? お前には優希より大事なものがあるのか?」
雅樹が拳を震わせる。
「お前がいたから俺は……」
「雅樹?」
普段の雅樹がこれほどまでに他人の行動に口を挟むことはなかった。
そうか、そういうことだったのか。雅樹の焦りと怒り、それは彼女のため……。
思い返してみれば、思い当たる節が幾つもあった。
驚きと共に、安堵の気持ちが広がっていく。
「雅樹……、優希から目を離さないでいて欲しい。お前になら任せられる。いや、お前にしか頼めない」
「勝手なこと!」
言葉と同時に、ぼくは自分の存在が揺らぐのを感じた。
その場にいるという感覚が、薄れていくのが分かる。
引き寄せられているのだ、異界に……。
ぼくを最後までこの世界に引き留めていた力。それが、今、消えようとしているのかも知れなかった。
「神楽っ!」
雅樹もそれを感じ取ったのか、とっさにぼくの体に手を伸ばした。
ぼくは首を振って、雅樹に告げた。
「お前なら、かまわない」
体から力が抜け、ぼくの視界は闇にのまれた。