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存在の理由  作者: りす
第四章 優しい嘘
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彼女の行方

 リノリウムの床に足音を響かせて、小羽が廊下を走っていく。

 隣の教室の前に立ち止まると、呼吸を整えてから教室を覗き込む。

 小羽は、一人の男の姿を捕らえると、ドア付近にいた友達の女の子に声をかけた。

「ごめん、片倉くん、呼んで来てくれないかな?」

 他のクラスへの出入りは禁止されている。とは言っても、実際にそれを守っているものは少ない。

 廊下を走ってきた小羽であったが、それ以上に規則を破ろうとはしなかった。

「あれ? 小羽って、片倉くんと知合いだったの?」

「最近、ちょっとね」

 彼女の友人が、不敵な笑みを浮かべる。

「へぇ~、意外と小羽も……」

 不穏な空気に気づいた小羽が、口を挟むより早く、

「片倉くん、かわいい彼女が呼んでるわよ」

 と、教室に声が響き渡る。

 雅樹を含めた何人かが、小羽たちの方に目を向ける。

「そんなんじゃないって」

 雅樹と目が合った小羽は顔を赤くして、教室の入り口から姿を消した。

 雅樹は首を傾げると、周りの冷やかしに動じることなく、その後を追う

 廊下の角を曲がった所で、小羽は待っていた。 

「あの、さっきのは友達が勝手に……」

 小羽が、あたふたしながら話し始めるのを見て、雅樹が笑う。

「わかってる。それより、何かあったのか?」

「うん、優希が……」

「優希が?」

 小羽の表情から、あまり良い知らせでは無い事を察知すると、雅樹はその表情を険しくした。

「学校に来てないの。優希の家に電話してみたんだけど、いつも通りに家を出た筈だって」

「病院は?」

「一度、来てたみたい。だけど、そこから先が分からないの。昨日、片倉くんが優希の幼馴染だって言うのを聞いたから、何か分かればいいなと思って……」

「くそ、どうしてそんなに自分を責めるんだあいつは」

 雅樹は歯噛した。

「月宮さん、一緒に来てくれないか?」

「場所が分かるの?」

 小羽が問い返す。

 雅樹が顎に手を当てた。

「――そうだな、一つだけ心当たりがある。行こう」

 差し出された手を見て、小羽が面食らう。

「今から? でも、学校は?」

 小羽は雅樹の言動が信じられないといった様子だ。

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ」

 雅樹が一瞬鋭い視線を向ける、が、その後すぐに緩やかに笑みを作った。

「友達なんだろ? 俺があいつを見つけたとしても何もしてやれない。きみなら彼女を連れ戻せる。頼む、一緒にきてくれ」

 小羽はしばらく黙っていたが、一つ小さく頷いた。

「わかった。私も一緒に行く」


 校舎を出てからも、小羽は暗い表情をしたまま歩いていた。

「やっぱり戻るかい?」

 と、雅樹が優しく問い掛ける。

「ううん、優希のこと、放って置けない」

 小羽は雅樹に向かって精一杯の笑みで答えた。

「ありがとう」

 それに応じて雅樹もまた、微笑み返す。

「優しいんだ、片倉君って。すごく優しくて、すごく友達のこと大切にしてる」

 再び小羽が笑顔を浮かべた。

 今度は無理に作ったものではない。心の底からの笑顔だった。

「そんなことはない」

 雅樹は狭い路地の手前で立ち止まり、その奥へと目をやった。その奥には公園がある。

 大塚病院と学校との間に位置する公園。雅樹も優希もこの近くに住んでいる。

「昔は、よくあの公園で遊んでたんだ。優希の家に連絡したらなら、この場所も探しに来てるかも知れないけど……」

 二人が路地を進んでいくと、制服姿の少女が一人、俯いたままブランコに座っている。

 顔は見えないけれど、優希に違いなかった。

 錆びた鉄の擦れる音が僅かに耳に届く。二人が来たことにも気づいていないようだ。

「優希!」

 小羽が優希の元に駆け寄り、優希が視線を上げる。

 雅樹は優希に見つからないよう、石づくりの門の影に身を隠す。

「小羽? どうして……?」

「それは、こっちの台詞」

 優希の漏らした言葉に、小羽は鋭く答えると、優希の目をじっと見据える。

「何やってるのよ、こんな所で」

 優希が逃げるように視線を落とす。

「優希、あなたが居るべき場所は、ここではないでしょ?」

「わかってる、けど、わたし……どうしていいかわからない」

「学校へいって授業を受ける。それがあなたにできる最善のことよ」

 なかなか手厳しいな、と雅樹が呟いた。

「わたしのせいで、神楽はあんなことに……」

「もしそうだったとしたら、なおさらあなたは、学校へいかなければならない。彼のために授業のノートをとるとか。できることはたくさんある筈よ。

 あなたたがいなくなって、どれだけの人に心配かけているのか、分かっているの?」

「そんな人なんて……」

 小羽が首を振った。

「ばかっ、目の前にいるわ。それだけじゃない。あなたの両親、病院や学校の先生、それに……」

 小羽は、横目でちらりと公園の入口を見ると、

「あなたの事が好きな人」

 と、小声で言った。優希が顔を上げる。

「わたしのことは放っておいて」

 ブランコから降りて、優希は公園の外へと歩いて行く。

 雅樹の存在に気づいて、きっ、っと睨み付けると、そのまま走り去る。

「嫌われたもんだな」

 その後ろ姿を見つめながら、雅樹は人差し指で頭を掻いた。

「優しい人なのにね」

 その横に歩み寄った小羽が言う。

「少し、強く言い過ぎたんじゃないのか?」

「ううん」

と、小羽は首を左右に振り、雅樹を見上げた。

「優希はそんなに弱くない。大丈夫、必ず学校へ帰ってくるわ」

「そうだな。ありがとう、月宮さん」

「小羽でいいよ」

 と、じっと雅樹の瞳を見上げる。

「ねえ、雅樹君って、優希のこと……」

「さて、俺たちも帰るか、学校抜け出してきたから大変だぜ」

 言って雅樹が駆け出した。

「あっ、待って」

 慌てて小羽も後を追った。

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