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存在の理由  作者: りす
第四章 優しい嘘
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旅立ち

 昨夜、雅樹の家を飛び出したぼくは、近くの公園で眠り、水の都で目を覚ました。

 用意してくれていた衣装に着替えて、セルカと共に石畳の通路を歩いている。

 水の都ウォルタの王が、ぼくに会うというのだった。

「セルカさん、ありがとう」

「ん?」

「最初に会った時、ぼくを助けてくれた事。お礼、まだ言ってなかったと思って」

 セルカが静かに笑い、

「それが私の役割ですから」

 と、答えた。

 大きな争いが起きたとき、最前線で常に生き残っていられる兵士は、どれほどいるだろう。それでも兵士たちは戦う。

「――聞いてもいいかな?」

「どうぞ」

「戦うことは怖くない?」

 ぼくらの国でも、何十年か前までは戦争をしていた。しかし、今となってはその記憶を持つものも少なくなった。ぼくには、誰かの為に命を掛けるということが想像できない。

「死ぬことは怖い。ですが、私はこの国の為に尽くすと心に決めています。たとえ、自分の命を失うことになったとしても、王を護り、国を護る為に戦う。それが、後の国にとって意味があると、そう信じるのみです」

 強くて迷いの無い言葉だった。

 彼はいつ頃、それを決めたのだろう。たった一つの道を信じること。

 自分の生き方、兵士として生きる道を……。


 見覚えのある場所に出た。

 赤い絨毯、壁に掛けられた国の旗、玉座。地下通路への入り口があった謁見の間だ。

 あの時と違って、絨毯の両脇には、整然と並ぶ兵士たちが控えている。

 セルカに誘導されて、絨毯の上を緊張しながら歩いていく。

 兵士たちの好奇の目に晒され、どこに視線を向ければよいのか分からなかった。

 王の為、国の為に命を掛ける兵士たち。

 彼らから、それほどまで慕われる王という存在。

 一国を束ねる者というのは、一体どんな人物なのだろう?

 合図とともに兵士たちが傅き、ぼくもそれに倣った。

 徐々に足音が近付いてくる。

「異界の神官、カグラよ」

 声をかけられて、顔を上げる。

 その顔が視界に入ったとたん、その衝撃に思わず目を落とした。

 と、父さん?

 そんな不意打ち、反則だ……。

 思わず肩が震えて、まっすぐに見ることができない。

「無礼な!」

 王の脇に控える兵士の一人が腰の剣に手を当て、冷や汗が流れた。

 もう一度、気を落ち着けて顔を見る。髭を長く蓄えているが、その顔に間違いなかった。

 セルカたちと同じように、青を基調とした衣装を着ているが、その端々には金色の糸で刺繍が施されている。

 考えてみれば、リュシスはファナと幼なじみなんだから、それ相応の家柄である筈なのだ。

 同調者が真実であり、科学的な遺伝が真実であるならば、この可能性は十分に考えれた事だった。

 つまりリュシスは、この国の王子という訳だ。

「まあ、落ち着いて」

 通路の方から聞こえてきた声が、兵士を制止させた。

 まだ若い声だった。

 振り返った先にいる者は、ぼくと同じ衣装を身に纏っている。

 そして、ぼくと同じ顔をした青年だった。

 リュシス……。彼が、ぼくの同調者。

「自己紹介は、必要ないみたいだね」

 そう言って、笑いながら近づいて来る。

 不気味だった。ぼくはそんな風に笑ったりしない。

 それに、姿は同じなのに声だけは違って聞こえる。

 昔、録音した自分の声を聞いて違和感を感じたことを思い出した。

 あの時は声変わりをする前だったと思うけど、今の自分の声はこんななのか……。

「異界で同じ顔をした人を知っていた。そうでしょう?」

 リュシスの言葉に、ぼくは苦笑いで答えた。

「確かに、同じ服装で並ばれては見分けがつかんな」

 父の姿をした、ウォルタ王が笑う。

「カグラよ、こたびは、こちら側の争いに巻き込んでしまったことをお詫びする。そして、力を貸してくれると言ってくれた事に感謝する」

 ウォルタ王が深々と頭を下げた。

 思いもよらない腰の低い行動に戸惑い、

「もっ、勿体無きお言葉」

 と、咄嗟に思いついた言葉を口にする。なんだか恥ずかしくなって、顔を赤くした。

「そんなに畏まることはない。今回の件、こちらでは未だ事態の把握さえできずに、中央都市からの報告を待つばかりでな。まずは中央都市で力を解放して、情報収集にあたって欲しい」

「はい」

「それから、リュシス。カグラの身にもしもの事があれば、お前も身を滅ぼすことは聞いているな」

「心得ています、お父様」

 お父様……か。ぼくはそんな風に父を呼んだことはない。

 羨ましいような、面倒くさいような、微妙な気持ちになる。

「カグラの事、よろしく頼むぞ」

「はい」

 リュシスは一礼すると、ぼくに向かって手を差し伸べた。

「よろしく、カグラ」

「こちらこそ、よろしく。それから……、ファナの事、ごめん」

「半分は僕の責任だよ。僕がもっと早く戻ってこれていれば、彼女がここへ来ることはなかっただろうからね。

 それに、起こってしまった事を嘆いてもしかたないさ。力を解放しない限り、いや解放したとしても僕らもまた、ただの人だ。間違いや失敗はするし、それを引きずっていては先に進めない」


 パキン、と天井で乾いた音がして、ガラスの破片が降り注いだ。

 瞬時に兵士たちが、腰を落として臨戦態勢を整える。

 見上げると、体から淡い光を放つ美しい鳥が舞い降りてきた。

 ファナが見せてくれた魔法鳥と同じだ。

 鳥は、ぼくの前まで降りてくると、そのまま翼を羽ばたかせて、滞空し続けている。

「カグラ」

 リュシスが、腕をL字型に突き出す動作をして見せた。

 その意図に気づいて、同じように胸の前に腕を突き出してみる。

 鳥は、それを待っていたかのように、ぼくの腕にちょんと止まった。

 流れるような美しい動作で、片翼だけを広げる。


『カグラ、仮面の男が使ったスペル。あれは闇のスペルよ。

 気を付けて、あなたは闇に取り込まれないで……』


 ファナからの伝言……?

 話を終えた鳥は翼をたたみ、入れ替わりに逆の翼を広げた。

 ――待っているのだろうか?

「ファナ、きみを助ける」

 そう口にした。

「僕もだ、ファナ。きっと助けに行くから」

 リュシスが言葉を繋いだ。

 魔法鳥が翼を羽ばたかせて舞い上がる。その姿を広間にいる者、全員が見送っていた。

「闇のスペルの使い手ですか……」

 セルカが顎に手を当てる。

「厄介ですが、これでターゲットが絞れるかもしれませんね」

「どういうこと?」

「闇のスペルには、人を眠らせたり、束縛したり、暗示に掛けたりといったものがあるんです。治癒院を営む者の間で必要とされていますが、使い方次第では悪用できてしまうものも多く、スペルを学ぶ為には、国家への申請が必要なんです。違法習得者の可能性もあるでしょうけど、調べてみる価値はあるかもしれません」

 王が頷いた。

「セルカよ、習得者のリストを元に所在確認を行ってくれ。リュシスは中央都市へ報告して、各国に協力を仰いでくれ」

「はい」

 リュシスが胸に手を当てて答えた。

「行こう、カグラ」

「うん、リュシス」

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