王妃さまの離婚
ふと思いついたお話しです。コメディなので、笑ってやって下さい。
カーテンが開けられ、眩しい朝の光が入ってきました。
「陛下、もう起きて下さいませ。」
「ううん…。もう少しソフィーも寝ようよ。」
寝ぼけた声で国王陛下エドワードが答えます。
「陛下、もうお時間でございますよ。」
「そんなこと言わないで、もう少しだけ…。」
エドワードはそう言って、声の主をぐいっとベッドに引き寄せます。
ぐいっと引き寄せられた声の主は驚いて、ベットに倒れ込みながらも叫びます。
「おやめ下さい。私は王妃さまではございませんよ!」
その叫び声に驚いたエドワードが思わずその声の主を確認すると、愛しい妻である王妃のソフィーではなく侍女長のクララでした。「わっ!クララではないか…。な、なんでここにいるんだ?」
クララはベッドから体を起こしながら、
「それはこちらのセリフです。陛下がなかなかお目覚めにならないから、王妃さまから起こしてくるようにと言いつかったのですよ。」
「えっ!じゃあ、ソフィーはどこに行ったんだ?昨夜は一緒に寝たのに…。」
すっかり目が覚めたエドワードがキョロキョロとして妻を探します。
クララがため息をつきながら、
「王妃さまはもうお支度をなされて、食堂においででございます。今日は大事な日ですからね。さ、陛下もお支度なさいませ。」
「そんな…。僕をおいて行くなんて。クララ、支度するから、女官を呼んでくれ。」
エドワードが仕方なくベットから体を起こし、立ち上がりました。
「もうすでに控えております。さあ、こちらに来て陛下のお支度をお願いします。」
クララがそう言うと隣室に控えていた女官たちが次々と衣装を持って現れて、あっという間にエドワードの支度が整いました。
支度が終わったエドワードがクララに、
「食堂にいくぞ。ところでクララ、今日は大事な日とか言っていたが、何があるのだ?王妃の誕生日にはまだ早いが…?」
「陛下はやっぱり、忘れておいでなのでございますね。」
クララが不機嫌そうに答えます。
「忘れるとは、どんなことなのだ?はて、心当たりがないが…。」
エドワードが首をかしげながら思いだそうとしますが思いつきません。
「恐れながら陛下、食堂に行かれましたらお分かりになることでございます。さあ、参りましょう。」
クララがそう言って陛下を食堂へ案内します。
「そうか、まあ行けば分かるのだな。」
エドワードはあまり気にとめることなく愛しい妻の待つ食堂へ向かいました。
その食堂で、食べ物が喉に通らないほど驚くようなことが待っているとも知らずに…。
エドワードが食堂に到着すると、王妃のソフィーを始め、一人息子のアーサー王子、母の王太后、弟のアルフォンソ王子が勢揃いで待っていました。
「おはようございます、陛下。お待ちしておりました。」
ソフィーが代表して挨拶をしました。
「おはよう。遅くなってすまない。さあ、食べようか。」
エドワードが遅くなったせいか気まずそうにそう言うと、それを合図に朝食を食べはじめました。
ソフィーはエドワードを案内してきたクララを呼び寄せて、小さな声で労いました。
「クララ、ご苦労でしたね。」
「とんでもございません、王妃さま。」
クララはお辞儀をして嬉しそうに答えます。そして、ちらっとエドワードを見て、
「陛下、覚悟なさいませ…。」
と呟きました。
「母君がこちらにいらっしゃるなんて珍しいですね。何かあったんですか?」
別殿に住んでいるはずの王太后が王宮に来ているので、不思議に思って、スープを口にしながらエドワードが尋ねます。
「陛下、もしかして、何の日か、覚えていらっしゃらないんですか?」
王太后が焼きたてのクロッワサンを手にしながら不機嫌そうに答えます。
「はい、母君。さっきクララが大事な日だと言っていましたが、何の日なのですか?ここに来れば分かるとのことでしたが…。」
エドワードがわけのわからない様子で尋ねます。
それを聞いた王太后がため息をついて、複雑そうな顔でソフィーに目配せををします。
ソフィーも複雑そうな顔をしています。
そして、仕方なさそうにエドワードに向かって、
「ええ、陛下。今日はソフィーが王宮を去る日ですから、最後にお目にかかりたかったものですから…。」
それを聞いたエドワードはあまりのことに、思わず持っていたスプーンを取り落としてしまいました。
「な、な、なぜですか?去るとはいったい…。」
驚愕の表情でエドワードが絶句しています。
「何を言っているのかしらね。ソフィーとは契約で結婚したんじゃないの。今日でその契約が切れる日じゃないの!ソフィー、陛下にあの契約書を見せてちょうだい。」
王太后が呆れたように言います。
「はい、義母さま。陛下、こちらが契約書でございます。」
ソフィーはエドワードを少し睨みつけて契約書を陛下の目の前につきつけます。
その契約書には確かに、5年前にエドワードとソフィーが5年間の契約結婚をする内容が書かれていて、お互いの署名がありました。
その契約書を見たエドワードははっきりと思い出しました。
5年前、当時まだ王太子だったエドワードが隣国の伯爵令嬢ソフィーに何度も求婚したのですが、失恋したばかりのソフィーはとてもそんな気になれずにきっぱりと断っていました。どうしても結婚したかったエドワードが、じゃあ5年間の契約でいいから結婚してくれと無理に押し切ったのでした。エドワードは5年の間にソフィーを口説き落とすつもりでしたが、国王になって忙しくなり王子も生まれたこともあり、安心したのかすっかり忘れていたのでした。
エドワードは契約書を持つ手が震え、顔が真っ青になってしまいました。
忘れてた…。ソフィーは5年の前のことを覚えてたのか!
エドワードはそんなことを思いながら、妻のソフィーをそろそろと窺うと、麗しい笑みを浮かべています。
少しホッととして、「あの、ソフィー…、その契約書のことなんだけどなかったことに出来ないかな?ほら、アーサーもいるしさ…。」
それをニコニコと聞いていたソフィーですが話しが終わるなり、バンっとテーブルを叩きました。
「冗談じゃありませんわ、陛下。国王陛下ともあろう方が妻たる私に嘘をつかれるのですか?」
その妻の迫力にすっかり怯えたエドワードでしたが、
「ひっ、待ってよ。そんなつもりはないよ~。だって、アーサーはまだ3歳なんだよ。両親が離婚したら可哀そうじゃないか!ねぇ、ソフィー?」
それを聞いたソフィーは、
なんでこの男は別れたくないから言えないのよ。子供をだしにするなんて…!
と思い、ふつふつと怒りがこみあげてきて、眉間にシワをよせながらにこやかな顔で、
「大丈夫ですわよ。アーサーは義母さまがお育て下さるそうですから。ねえ、義母さま?」
「ええ、もちろん任せてちょうだい。大事な跡継ぎですからね。アーサー、明日からおばあちゃまと一緒に過ごしましょうね。」
王太后はエドワードに冷たい視線を浴びせながら、かわいいさかりの孫のアーサーに優しい笑みを浮かべます。
それを聞いていたエドワードは頼みの綱のアーサーに、
「アーサー、お母さまがいないと寂しいよな?お父さまは仕事で忙しいし、な。一緒にお母さまを引き留めないか?」
エドワードは、
頼む!ソフィーを引き留めてくれ
と祈るような気持ちでアーサーの返事を待ちました。
そしてそのかわいらしい口が開くと、
思いがけない言葉が飛び出しました。
「ううん、僕、男の子だから、おかあたまがいなくても寂しくないよ。だって、おばあたまもいるしね。」
ニコニコとアーサーが答えます。
その答えに呆然としたエドワードは言葉を失ってしまいました。
「よく言ったわ、アーサー。それでこそこの国の王子に相応しいわ。お母さまは、ちょっと寂しいけどね。」
ソフィーは微笑んで息子のアーサーの頭を撫でます。
するとアーサーはソフィーの耳元に何かをささやきました。
ソフィーはニッコリ笑って小声で何かを言ったあと、アーサーを抱きしめました。
そして、エドワードに笑顔でこう言いました。
「そういうことですから陛下、私は朝食をいただいたあと王宮を出ていきますわ。言うまでもないでしょうが、アーサーのことよろしくお願いしますね。」
エドワードは妻の笑顔を見れたのはうれしいのですが、あまりのことに、テーブルに顔を伏せてしまいました。
心なしか泣いているようにも見えます。
さきほどから黙って聞いていた王弟のアルフォンソがククッと思わず笑い出してしまいました。
それに気づいたエドワードが、ガバッと顔を上げてアルフォンソを睨みつけて、
「アルフォンソ、笑ったな!いったいどういうつもりだ!」
「申し訳ございません、兄君。つい…。」
やばいと感じたアルフォンソは神妙な顔をして謝りました。
「兄君ではない、陛下と呼びなさい。それに、ついとはどういうことだ?」
エドワードは八つ当たりのように、謝ったにもかかわらずアルフォンソを責めます。
「陛下、もうよいではありませんか?アルフォンソも謝っていることですし。それに、ここには家族しかおりません。名前で呼んでもさしつかえないでしょう。上に立つ者は寛容でなくてはなりませんよ、陛下。」
見かねた王太后が諭します。
「はい、母君。分かりました。アルフォンソ、以後気をつけつけろ。」
エドワードがしぶしぶこの場をおさめます。
「陛下、それより私、アーサーのこともありますし、別殿から王宮に移りますわね。これから忙しくなるわ。」
王太后はもう決定事項のように、エドワードに話します。
「いや、しかし、母君…。あの、ソフィーを止めてはいただけませんか?」
エドワードは情けない顔でしどろもどろに母に頼みます。
その姿を見た王太后は困った顔をして、
「何をいうかと思えば…。その契約は陛下から言い出したことでしょう。ご自分で解決なさい。」
そう言うと王太后はちらっとソフィーの顔を見ます。
ソフィーはデザートに手をのばしながら、エドワードに期待を込めた様子で見つめます。
「そんな母君、王妃が城を出ていくのですよ…。王太后として、解決してはいただけませんか?」
エドワードが上目遣いに王太后に尋ねます。
なんて子かしらね。女心を分かってないわね。まったく…
王太后はそう思って、ため息をついて、
「それは無理ね。陛下に出来ないことをこんな年寄りに出来るはずないでしょう。」
そうエドワードに冷ややかに言い放ちました。
そして王太后は立ち上がり、
「じゃあ、私はこれで失礼するわ。ごちそうさま。それからソフィー 、食事がすんだら私の部屋に来て下さるかしら?王妃の公務の引き継ぎをしなくてはね。」
「かしこまりました、義母さま。もう、私も食事はすみましたから、これからうかがいますわ。ではお先に失礼いたします。ごちそうさま。」
ソフィーは複雑そうな笑顔で、そう言うと立ち上がりました。
「あらそう?じゃあ、一緒に部屋に行きましょうか?クララもいらっしゃいな。今後のこともあるし、ね。」
王太后がにこやかな笑みで話しかけます。
「はい。ご一緒させていただきます。誰か、アーサーを部屋にお連れ申し上げて。」
ソフィーはそう言うと、わが子アーサーに微笑みます。
「お母たま、僕、一人でもお部屋に行けます。」
かわいらしい笑顔でアーサーがおとなびた様子で言います。
「まあ、アーサーはしっかりなさって…。でも、王子なのですから、供も連れずに行動するなどなりませんよ。」
ソフィーは笑ってアーサーの頭を撫でました。
そして、王太后とソフィーはアーサーとは違ってエドワードに向かって冷たい視線を浴びせて、食堂を出て、王太后の部屋に向かいました。
残されたエドワードは呆然としたままガックリと肩を落として、
「なんでこんなことに…。何したって言うんんだよ。」
ポツリと呟きました。
「だから問題なんですよ、兄君。」
アルフォンソがたまりかねてエドワードに言います。
「何が問題だって言うんだよ。」
エドワードはイライラして、アルフォンソを睨みつけます。
「いまのは兄君が悪いですよ。義姉君に謝っておかれないと、義姉君を失うことになりかねませんよ。」
アルフォンソはさきほどとは違って、兄にきっぱりと忠告をします。
「うるさいっ。分かったようなことを言うな…。」
エドワードは分かってはいたのですが、弟にまで言われて素直になれずにそう言うとそのまま逃げるように執務室に向かいました。
その後ろ姿を眺めていたアルフォンソは、
「義姉君が怒るのも無理ないなぁ…。僕の結婚式はどうなるのかな。」
最後に残されたアルフォンソは、ため息をつきながら呟きました。
王弟であるアルフォンソの結婚式は翌月に控えているのですが、どうもそれどころではない雰囲気が王宮に包まれてしまっています。
そして、王妃さまが実家から差し向けれた馬車に乗って出て行く時間が差し迫りました。
執務室でイライラしながら執務を行っていたエドワードにもその知らせが届きました。
「何だと!あ、あ、あいつは、本当に出ていくつもりなのか…。」
思わず立ち上がったエドワードは絶句してしまいました。
側にいた宰相は、呆れたように、
「陛下、本当でございますよ。いま行かなければ王妃さまを失いますぞ!」
まるでエドワードを追い詰めるように宰相は話しかけます。
さすがにエドワードもあわてふためいて、
「宰相すまぬ。しばらく席を外すぞ!」
そう叫ぶと執務室を飛び出して行きました。
「果たして間に合いますかな?ま、陛下にはいい薬かもしれませんが。」
宰相は陛下の後ろ姿を眺めながらニヤリと笑いました。
王宮の玄関にエドワードがやっとたどり着くと、ソフィーはクララをはじめ何人かの侍女と共にいま、まさに出ていくところでした。
「ま、待ってくれ!ソフィー!行かないでくれ…。」
エドワードが恥も外聞も忘れて叫びます。
その叫び声に気づいたソフィーが思わず振り向き、わが夫の初めてとも言える必死な姿を目にするのです。
その姿を見たソフィーは思わず立ち止まり、微笑んで、
「陛下、お見送りに来て下さいましたの?」
「違う。ソフィー、僕が悪かった!頼むから行かないでくれ。」
エドワードが必死な様子でソフィーに頼みます。
「陛下、何を悪いと思っておいでなのですか?私は契約でここを去るだけですのに…。」
ソフィーは夫が私の気持ちを分かってくれたのかしらと期待を込めて、半信半疑で尋ねます。
「そ、その契約のことだ…。5年前、ソフィーとどうしても結婚したくて、契約を交わした。5年の間に本当の結婚をしようと口説くつもりだったのに、即位したりしてすっかり忘れてしまっていて…。」
エドワードは情けない表情でしどろもどろで話します。
それを聞いたソフィーはピクッと眉をひそめて、
「忘れていたと…。陛下にとって、私はそれだけの存在ですの?」
エドワードは涙ぐみながら、
「違うんだ。ソフィーは大事な妻だ。頼むから行かないでくれ!」
それを聞いたソフィーは微笑んで、
「本当ですの、陛下?じゃあ私はここにいてもいいですよね。」
「もちろんだ。ソフィー、私の愛をあなただけに捧げよう。だから、あらためて結婚して欲しい。」
エドワードはひざまづいてソフィーにプロポーズしました。
それを見たソフィーは涙ぐみながら、
「ありがとうございます、陛下。私、そのお言葉をずっと待っておりましたのよ。うれしいですわ。」
そう言うとソフィーはエドワードの手をそっと握りました。
エドワードは情けない顔から一変して笑顔になり、
「ありがとう、ソフィー。大切にするからね。」
そう言ってソフィーの手を握り返しました。
これで国王陛下夫妻が仲直り出来たとそこにいる誰もが思った瞬間、ソフィーが爆弾発言をしました。
ソフィーはキラキラと輝く笑顔で見つめて来るエドワードを少し困った顔で見つめて、
「あの、陛下、お気持ちは分かりましたわ。でも、わざわざ実家から迎えが来ておりますから一度あちらにもどりませんと。」
「へっ!」
エドワードは何が起こったのか、わからない顔で、硬直しました。
「あの、陛下。顔を見せたらもどりますから。」
ソフィーは困った顔でエドワードに話しかけて、その手を離しました。
エドワードはハッと我に返り、
「待ってくれ!すぐ帰って来るんだよね?このままもどらないことはないよね?」
「必ずもどってきますわ、陛下。大切にするって、約束忘れないで下さいませね。」
ソフィーはそう言うと、迎えの馬車に侍女とともに乗り込み、王宮を出ていってしまいました。
その馬車をエドワードは見えなくなってもその場に立ち尽くしていました。
陛下を追いかけてきた宰相が、さすがに見かねて、
「陛下、いつまでそちらにおいでになります?執務が滞っておりますゆえ、お早くおもどり下さい。」
それに気づいた陛下が、この世の終わりのような暗い顔で、
「そんなもの、宰相がやってくれ…。」
そうつぶやいて、そこから動こうとしません。
その姿に哀れを感じたものの、宰相はたまった執務をなんとかしなくてはならないので、
「何を仰せられます?王弟殿下の結婚式も控えておりますゆえ、執務は目白押しにございますぞ。王妃さまはおもどりになるとおっしゃられたではありませんか。さあ、参りましょう。」
そう言うと、控えていた護衛にエドワードを執務室までお連れするようにと指示を出しました。
エドワードは暗い表情で執務室で執務をこなしました。
ソフィーを思いながら。
しかし、すぐもどると言ったはずのソフィーは半月たっても王宮にもどってきませんでした。
隣国のソフィーの実家は2日で着く距離ですから、あまりに日にちがかかりすぎています。
さすがに執務だけはこなすもののエドワードは、それ以外の時間は私室にこもりきりとなり誰にも逢おうとしませんでした。
ただ一人のわが子アーサーにもです。
ぶつぶつと独り言を言って、お付きの侍女たちも腫れ物にさわるように仕えていました。
そんなある日、アルフォンソの結婚式があと一週間に迫ったある日のことです。王太后が朝食の席で、どんよりと暗い顔をしたエドワードに向かって、
「陛下、あともう少しでアルフォンソの結婚式ですわね。今日、花嫁が王宮に参ります。楽しみだわ。」
それを聞いたエドワードは、
母君は人の気も知らずに楽しそうだなと思いながら、
「ああ、そうでしたね。確か、午後に広間で挨拶を受ける予定だったかな。ところで、わが国から、誰が迎えに行ったのかな?」
うつろな表情でどうでもいいことのように呟きます。
「ええ、迎えの使者にはこれ以上ない身分のものを行かせましたわ。先方も感激して、きっと安心して花嫁を託したことでしょう。午後の謁見が楽しみですわ。陛下も楽しみになさって下さいましね。」
王太后はにっこり笑って答えます。
「それはそれは。はぁ…。アルフォンソ、良かったな?」
エドワードはため息まじりに答えます。
弟は幸せなのに、なぜ私は…。
「もう、陛下は!そこで思いがけない人に出会えるかもしれませんのに…。必ず出席なさって下さいね。では、私はお先に失礼します。ごちそうさま。」
王太后はそう言って食堂を出て行きました。
陛下、きっと驚きますわよ。うふふ、楽しみだわ…。
そして、午後になり王宮の広間で花嫁の謁見が始まりました。
「申し上げます。王弟殿下アルフォンソさまの婚約者マリアさま、ご到着でございます。」
侍女が花嫁の到着を告げます。
「そうか。通すがよい。」
エドワードが威厳のある態度で許可しました。
そして使者とともに
花嫁が入ってきました。
その使者はなんと、ソフィーでした…。
「お久しぶりでございます、陛下。ただいま、王弟 殿下アルフォンソさま婚約者マリアさまをこうしてお連れして参りました。」
遠慮がちにはにかんだ笑顔で、ソフィーがエドワードに伝えます。
その姿を見たエドワードは驚き、思わず玉座から立ち上がりソフィーのそばに駆け寄っていました。
「ソフィー…!逢いたかった。」
そう言うと、エドワードはソフィーを抱きしめていました。
抱きしめられたソフィーは恥ずかしそうに、
「陛下、うれしゅうございますけど、人目がございますので。」
はたと気づいたエドワードが周りを見渡すと、そこには重臣をはじめ、たくさんの人間がいました。
エドワードはソフィーから体を離して、わざとらしく咳をしました。
そばにいた花嫁も突然の出来事に恥ずかしく俯いています。
「おほほ…。失礼を申し上げました、マリアどの。陛下は久しぶりに王妃に逢えたのでうれしくて仕方ないのですよ。お許し下さいましね。」
王太后がその場の空気を一変させるように、笑い飛ばしました。
「まあ、そうでございますか。私は何も気にしておりませんので…。」
はにかんだ笑顔で花嫁のマリアが答えます。
「ありがとう。さあ、陛下、席に戻られてマリアどのの挨拶をお受けなさいませ。」
王太后がエドワードをちらっと見ながら、席にもどるように促しました。
促されたエドワードは久しぶりに逢った愛しい妻ソフィーの手をそっと握り、
「ソフィー、一緒に…。」
一緒に席にもどるように伝えました。
玉座の隣には王妃の席も用意されていました。
ソフィーはコクッと頷いて、一緒に手を握って席に移りました。
「はじめてお目にかかります、陛下。オルティス国の第三王女マリアでございます。このたび王弟殿下との婚約の儀が整い、罷り越しましてございます。よろしくお願い申し上げます。」
突然の出来事に戸惑いつつ、マリアが挨拶をしました。
「遠いところよく参られた。お疲れであろうから、今宵はゆっくりくつろがれよ。」
エドワードはソフィーの手を握ったまま答えます。
ちらっと横目で王太后がエドワードを見て、苦々しい顔で、
「陛下、手を離しなさい。結婚前のマリアどのの前ですよ。」
エドワードは仕方なく、不満げに手を離しました。
「ごめんなさいね。マリアどのを迎えには、年の近い王妃の方が何かといいかと思ったのだけど陛下が寂しがってね。」
王太后が取り繕うようにマリアに話しかけます。
「まあ、お気遣いありがとうございます。お優しい王妃さまとご一緒に参れて心強かったですけど、陛下には申し訳ないことをいたしました。」
マリアがはにかんで答えます。
「いや、それはなによりでした。王妃を迎えにやった甲斐がありました。」
エドワードは微笑んで話しかけます。
「恐れ入ります、陛下。両親も王妃さまがお迎えに来ていただいて感激しておりましたわ。」
マリアが嬉しげに話します。
「それは良かった。長旅で疲れたでしょうから、部屋で休まれよ。女官長、マリアどのをご案内せよ。明日、アルフォンソが公務からもどるゆえ歓迎会を催そう。」
「ありがとうございます、陛下。明日、殿下にお逢いできるのを楽しみにしております。失礼いたします。」マリアがお辞儀をして、謁見は終了しました。
お付きのものも出て行き、王太后、エドワード、ソフィーの三人が残されました。
待っていたようにエドワードが王太后を睨みつけ、
「母君、企みましたね?」
「あら、何のことかしら?」
王太后がわざとらしく扇を広げて、とぼけます。
「迎えの使者のことですよ。何もソフィーに行かせることはないでしょう?迎えの使者は重臣が普通でしょう。」
不満そうな様子でエドワードが尋ねます。
「そんなことはありませんよ。この縁談は隣国の国王つまりソフィーの叔父君が仲人になって進めたお話しですもの。ソフィーが迎えに行ってもおかしいことはないでしょう、ねえ、ソフィー?」
王太后がソフィーにも尋ねます。
「はい、義母さま。ごめんなさい、エドワード。義母さまに口止めされて言えなかったのよ。」
ソフィーが申し訳なさそうに答えます。
それを聞いたエドワードがムッとして、
「やっぱり母君が企んだことじゃないですか!」
「何言ってるの!だいたいエドワードが王妃を大切にしてないからこんなことになるんじゃないの!自業自得よ。離婚されないだけでも有り難いと思いなさい。」
王太后がジロリと睨んでエドワードを叱り付けます。
「母君、そこまで言わなくてもいいじゃないですか…。ソフィー、離婚なんてしないよね?」
エドワードが隣のソフィーに恐る恐る尋ねます。
ソフィーはにっこり笑って、
「はい。でも、私を大切にして下さる約束を守ってくれるならですわ。」
エドワードはそっとソフィーの手を握って、
「もちろんだよ。ずっと大切にするからね。」
「本当でございますか、陛下?」
ソフィーが上目遣いにエドワードに尋ねます。
「本当だよ。僕はソフィーだけなんだから!」
デレデレとした笑顔でエドワードが答えます。
「まったく付き合いきれないわ。私は部屋に戻るわ。」
王太后は二人のラブラブぶりに呆れて、広間を出て行こうとしました。
ドアを開けると乳母に手を引かれたアーサーがそこにいました。
「まあ、アーサー。もしかして、お母さまに逢いに来たの?」
王太后が笑顔でアーサーに尋ねます。
「うん。お母たま、お帰りなさい!」
アーサーはそう言うと、ソフィーのところに駆け寄って行きました。
「アーサー、久しぶりね。いい子にしてた?」
ソフィーはアーサーを愛おしそうに抱き上げました。
わが子とはいえ、邪魔をされたエドワードは不満顔です。
それに気づいたアーサーは、
「お父たま、お母たまと仲直りしたの?」
「うん、まあ。そうだな…。」
エドワードが照れたように答えます。
「よかった。お父たま、しっかりしてよね!子供に心配かけないでよ。僕もいろいろ忙しいんだからね。」
アーサーが大人びた様子でエドワードに言います。
「生意気言うなよ。誰に似たんだ?」
エドワードがアーサーの頭を撫でながら尋ねます。
「もちろん、ソフィーよ。こんなしっかりした王子がいたらわが国は安泰だわ。ほほ…。」
王太后が笑って答えます。
「ソフィー、こんな息子だけど見捨てないでちょうだいね。」
王太后はソフィーにそう言うとウインクしました。
「もちろんでございますわ。こんな陛下、私以外の誰が妻になれましょうか、ねぇ、陛下?」
ソフィーは笑って、エドワードの頬にキスをしました。ソフィーは笑って、エドワードの頬にキスをしました。
王様はきっと王妃さまに一生頭が上がらないことでしょう。




