きしむ扉と白き石の歌
ミスティアの深緑林は、昼でもうす暗く、木々の葉がやさしくささやく森だった。
その森の奥に、世界で一番最初に現れたといわれる塔――**はじまりの塔**は、静かに空へと伸びていた。
その塔のふもとに、小さな家がある。
そこに住む少年ルカは、今まさに困っていた。
「……また鳴る!」
ギィィィィ……。
部屋のドアノブを回すたびに、耳をつんざくような音がするのだ。
「なんでこんなにうるさいんだよ……普通のドアだろ……?」
ルカは眉をしかめる。
だが、その音はただのきしみではなかった。
そのとき、窓の外から声がした。
「その音、ただのドアじゃないよ」
振り向くと、双子の少女が立っていた。
そっくりな顔、そっくりな笑顔。でも、どこか雰囲気が違う。
「わたし、アニー」
「わたしも、アニー」
「いやどっちもアニーなの!?」
ルカは思わずツッコんだ。
「双子だからね」
「でも大事なのは、名前じゃないの」
二人は同時に言う。
「“つなぐもの”が動き出してるの」
「……つなぐもの?」
すると、森の奥から、低い振動が響いた。
ゴゴゴゴ……。
地面がわずかに震える。
「来るよ」
「グラニス・ストーンハート」
現れたのは、巨大な石のドラゴンだった。
岩でできた身体がきしみ、目だけが赤く光っている。
「うわああああああ!!」
ルカは叫びながら木の陰に飛び込む。
「なんで森にドラゴンがいるんだよ!!」
「封印がゆるんでるから」
「塔の中の“あれ”が目覚めかけてる」
「“あれ”って!?」
双子は指をさした。
はじまりの塔の上空に、黒い霧が渦巻いていた。
「あそこに、閉じ込められてるの」
「魔王、ノクス・ヴォイド」
その名を聞いた瞬間、ルカのドアノブが、また鳴った。
ギィィィィィ……。
今度は、明らかに森全体に響く音だった。
「その音が鍵なんだよ」
「扉が開こうとしてる」
「いやオレの部屋のドアなんだけど!?」
「世界とつながってるんだよ」
「たぶん」
「たぶん!?」
その間にも、石のドラゴンがゆっくりと近づいてくる。
「どうすればいいんだよ!」
すると、アニーの一人がポケットから小さな白い石を取り出した。
「これを使うの」
「ルミナ・セラフィス」
それは、ほんのりと光る、聖なる白い石だった。
「これで……歌うの」
「え?」
そのとき、森の奥から歌声が聞こえた。
やさしくて、どこか懐かしい旋律。
――アメージング・グレース……
振り向くと、一人の旅人が立っていた。
マントを羽織り、静かに歌っている。
その歌声が森に広がると、石のドラゴンの動きが止まった。
「……歌?」
ルカがつぶやくと、双子がうなずく。
「つなぐのは、力じゃない」
「声と、心」
旅人は歌いながら、白い石に手をかざす。
すると、石はさらに強く光り、塔へと光の道を伸ばした。
「ルカ!」
「え!?」
「ドアノブ、回して!」
「ええええ!?」
言われるままに、ルカは家のドアへ駆け戻る。
「頼むから静かであれ……!」
ぐるり、と回す。
ギィィィィィィ――!!
だが今度の音は、ただの騒音ではなかった。
光となって空へと昇り、塔へと吸い込まれていく。
その瞬間、黒い霧が弾けた。
ゴォォォォン……!
塔の中で、何かが再び封じられる音が響く。
石のドラゴンは、その場で静かに崩れ、ただの岩へと戻った。
森に、静けさが戻る。
「……終わったのか?」
ルカが息を整えながら言うと、双子が笑った。
「うん」
「ちゃんと閉じたよ」
「ドアで?」
「ドアで」
「マジで?」
そのとき、ルカの家のドアが、そっと閉まった。
……カチ。
今度は、まったく音がしなかった。
「……直ってる」
ルカはぽかんとする。
旅人は歌い終え、静かに頭を下げた。
「ありがとう」
「いや、オレ何もしてないけど!?」
双子はくすっと笑う。
「したよ」
「回したでしょ」
「それだけで世界救えるの!?」
「たまにね」
そう言って、双子は森の奥へと歩いていく。
「またね」
「次の“音”のときに」
「次!?まだあるの!?」
ルカの叫びは、森にやさしく吸い込まれていった。
その夜。
ルカはそっとドアノブを回してみた。
……カチャ。
音は、しなかった。
「……まあ、静かなのはいいか」
そう言ってベッドに入る。
遠くで、あの歌がまだ響いている気がした。
やさしく、世界をつなぐように。




