『僕』の日記
※フィクションです。
架空の人物である『僕』が急に夜に考え込むだけの話です。
ある日、ふと自らの掌を覗き込んだ時に嫌悪感を感じた。
自らの掌はこんなにも醜かっただろうか?そんな問に答えられる人など自分以外居らずその自分でさえ分からないというのだからどうしようもない。
だが、分からないからと投げ出そうにも何故か気になってしまう。
そこで、何故こんなにも掌に嫌悪感を感じたのか考えることにした。
その時の僕の掌は血色が悪く、血管が無数に見えていた。そこで、無数の血管を見たことにより集合体恐怖症にでも陥ったのかと考えたが、別に僕は紙に同じ大きさの小さい無数の点が途方もないほど書かれていたとしても特になにも感じないので違うとその考えを否定した。
ならば、血管自体に嫌悪感を感じたのではないかと考えを変えた。すると、自分でもびっくりするほどに腑に落ちた。
では、何故僕は血管に対してそこまで嫌悪感を感じていたのか。
ここまで考えたら直ぐに答えが降りてきた。
僕は生きていると実感させるものが嫌いだということ。
この答えが降りてきた時、自らに対して世間一般で言う厨二病が拗らせただけの妄言ではないかと自分で思ってしまったが、考えれば考えるほどに腑に落ちた。
僕は、ぬいぐるみが好きだ。
言葉を喋らず、持ち主に都合のいい解釈をされ乱暴に扱われても何一つ文句を言わない。なにより、生きていない。
生きていないということは、死なない。
当たり前のことだろうが、僕にはとても重要なことなのだ。
小さい頃は、生きているものがとても好きだった。図画工作中に手元が狂い指が切れた時、流れ出る血に生を感じとても興奮したものだ。
しかし、近頃は違う。
身長や体重という自らが感じやすい生に恐怖を感じてしまった。生を感じすぎてしまったのだ。
何時しか、変わることを拒んだ。
生を感じすぎてしまったが故に、その先にある死を感じ取ってしまったのだ。
どれだけ拒もうと、時は進む。
血は巡り、僕に生を感じさせる。
血が流れなければ僕は死ぬ。
しかし、血が流れていくのを感じる度に僕は死を身近に感じる。
青々とした掌の血管は、手に張り巡らされ赤い血を通している。
大丈夫、きっと明日も僕は生きている。
きっと…。
きっと…。
きっと…。
…おやすみ。




