9.最速検挙
車へと乗り込むと容疑者宅へと向かう。律に容疑者が在宅かどうかを確認する。
ちゃんと監視しておけと指示をしていたので、その点はちゃんと抜かりなかったようだ。
「証拠を押さえた時点で昨日の巡査長へ連絡してます。身柄を抑える様にと」
ほんっとにかわいくない新人だ。仕事ができすぎる。
複雑な気持ちを抱えながら外を眺めると通勤の車の窓が朝日を反射させ、定期的に眩しい光を放ってこちらを挑発している。
俺は自分のやり方で犯人を検挙してきた。それを認められてここまで昇進してきたんだ。
こっちだって負けねぇよ。車は住宅街へと入り、容疑者の家の前にゆっくりと停車した。玄関前には交番の巡査長と巡査が通せんぼしている。
「お疲れ様です。ありがとうございます。大人しくしてました?」
「最初は抵抗してましたが、諦めたようです」
玄関には座り込んでいる犯人がいた。下を向いて項垂れている。逮捕状を開いて提示する。
「逮捕状が出ている。有阿 折斗。殺人の容疑で逮捕する」
両手を掴み電子手錠で拘束して車のドアを開け、俺と律で挟んで乗り込む。署へと車を発進させる。発進した車の中で有阿は急に口を開いた。
「アイツが悪いんだ。僕の女に手を出そうとするから」
何を言い出すかと思えば、殺した動機を白状しようとしているようだ。だが、何があろうと殺人は殺人だ。
「あの時も僕の女の家を訪ねてきたんだ。もう寄り付くなと言ったら、そっちこそ手を引けっていいやがった! なんで僕が手を引かなきゃいけない! ふざけるな! だから、もう近づけないようにこの世から消したんだ」
「どんな理由があろうと殺人は犯罪です。それに、証拠をゴミに捨てた女性も証拠隠滅等罪にあたります。同じく逮捕されます」
左隣に座っていた律が冷静に、冷徹に犯人へとそう告げる。
「はぁ? ふざけるな!」
「ふざけてません。あなたのせいですよ」
逆上した犯人は律の首へ手をかけた。すかさず律がSVで電子錠に指示を出す。
──ぐあぁぁぁっ
有阿は体を震わせて呻き声をあげるとシートに沈んだ。
この電子錠はこういう時のために、操作すると電気ショックが発せられるようになっている。
その様子を見ていた俺はため息をついて苦言を呈す。
「わざわざ挑発するな。放っておけばいいものを」
その言葉に目を吊り上げて「悪者は許せません!」と口を尖らせて俺へとぶつけた。
悪者が許せないのは良いが、挑発して相手が牙を剥いたら罰を与えるのは違うだろう。
律の気持ちは理解できる部分がある。悪は成敗されるべきだろう。だが、それは司法で裁かれるべきであって俺達が裁くべきではない。
警察官は犯人を逮捕するのが職務だ。実際に死刑だの懲役だのを決めるのは裁判官のやること。
現場の俺たちが実際に手を下すべきではないと考えている。しかし、中には暴力で抵抗してくるものがいる。そういう輩には痛い目を見てもらう他ない。
そういう時は仕方がない。しかも、公務執行妨害という大義名分が付くからな。署へ着くと懺悔した時の音声と、有阿の身柄を起訴班へと渡して俺と律は自分の部署へと戻る。
部署へと戻ると刑事部長しかいない。自分の席へ座り、対面へ律が座る。
報告書を作成しようとすると部長からお声がかかった。
なんだ?
説教か?
刑事部長の所へ行くと俺だけに聞こえる声で「なんだその顔は? 今日は帰れ」という。
まだ昼間だが、なにやら律に気を使っているようだ。新人だからいきなり徹夜するようなのは気を使えということか。「了解です」と小声で返事をして律の元へ行き座っている隣に立つ。
「なんですか? 早く報告書書いて下さいよ」
この新人、ホントに可愛くねぇんだけど。なんなんだコイツと悪態をつきたい気持ちをグッとこらえた。
「刑事部長から、今日は帰って休めとのことだ。命令だからな。帰るぞ」
「お疲れ様でした」
即座に立ち上がり、帰っていく律の背中を見てやっぱり可愛くねぇと思ってしまった。
この気持ちは晴らさなければいけない。署を出ると昼間からやっている居酒屋へ足を向ける。
行きつけの店の暖簾をくぐると、カウンターの中にいる大将へビールを注文しドカッとカウンター席に座る。
「珍しいね。昼からやるたぁ」
「こっちは徹夜っすよ。犯人の検挙祝いっす」
いつもここの大将は気さくに声をかけてくれる。昔から世話になっているから俺の成長を支えてくれた一人でもあるのだ。
ここの店はつい最近相棒と来たが、雰囲気が好きで入り浸ってしまう。そこへ会いたくない人物が店へと入り、隣に座ってきた。
「おう。殺人犯の倅がこんなところにいるたぁなぁ」
「きやがったな。クソジジィ」
この白髪の彫の深い爺さんはいつも俺の父のことを殺人犯と呼び、俺のことをその倅と呼ぶ。
この前相棒にも胸ぐら掴まれたのにこりねぇようだ。せっかく気分がよかったのに台無しだぜ。
この爺さん何を知っているのかわからねぇがいつも嫌味を言ってくる。大将が「てっさん、ウチの常連さんにイチャモン付けるなら帰ってくれ」といつも追い払ってくれる。
それを聞くと帰るときもあるのだが、この日は食い下がってきた。ビールを頼むと隣へと座った。
自分の眉間に皺が寄っているのがわかる。嫌悪感を露わにして睨み付けているのだが、それをお構いなしに半分ほど飲み干すとこちらに顔を近づけた。
「お前のとこの新人、気を付けろ」
「はっ。言ってろ。大将ごちそうさま」
大将が悲しそうな顔をしていたので胸が痛んだが、気分が悪い。家で静かに飲み直して祝杯をあげるとするか。ここから家までは徒歩十分ほどだ。
すぐに家へと帰りたい一心で自然と署のそばに家を借りていた。みんな似た様なものではないだろうか。
煙草に火をつけ紫煙を燻らせる。消えゆく紫煙を眺めながらさっきの爺さんのセリフが頭に繰り返される。
「お前のとこの新人、気を付けろ」
一体何に気を付けろという意味なのか。そもそも俺のところに新人が来たことと、新人が律だということをわかっていっているようだった。わかって言っているのだとしたら……。
「いやいや。真に受けるな。……ふぅー。ただのクソジジィだ」
紫煙を胸にたまった尖った気持ちと一緒に吐き出す。あのジジィは俺が殺人犯の息子だということを最初から知っていた。
たしかに一時期、俺は有名だったが、警察官になる頃にはみんなの記憶から消え去っていたと思う。
だから、今となってはほんの一部の人しか知らない事実なのだ。
一体何者なんだという考えがグルグル回りながらも近くのコンビニで焼酎を買い、家路についた。
ようやくの休息だ。
酒飲んで寝るとしよう。
この時間だと……アイツがいるかな?




