8.一時の休息
車が到着するとアナウンスが鳴り響き、その音で目を覚ました。
変わらず寝息を立てている律へ「起きろ! 仕事だ!」というと目を開けてなんでもないかのようにこちらを見つめ、言い放った言葉が「別に寝てません。目を閉じていただけです」だった。
本当に可愛くねぇガキだな。先ほど可愛いと思った自分を恥じた。
署へと入ると朝早いながらも既に出てきている人たちもいた。午前七時過ぎだからだろう。
今になって腹が減ってきた。
鑑識班の所へ出向き、採取してきたワイシャツとスニーカーを提出し、DNA鑑定までを依頼する。
一人だけ早出してきている奴がいて助かった。人がそろったら鑑定できるように準備をしておいてくれるという。礼を言うと自分の部署へと戻る。
「あれ? 大我さん、初日から徹夜っすか?」
出勤してきた理久に声をかけられ、大きなため息をついた。
「あぁ。ったくついてねぇよ。けどなぁ、証拠は押さえた。後は容疑者をしょっ引くだけだ」
「はぁ? すげえな。マジっすか? でも、新人、いきなり大丈夫っすか?」
部署内を見渡すとどこにも見当たらない。一体どこに行ったんだろうか。
署内で道に迷っているわけでもないだろうしな。キョロキョロして俺が誰かを探しているのがわかったのだろう。元相棒が教えてくれた。
「近藤警部補なら、さっき仮眠室の場所聞かれたから教えましたよ? だから、いきなり大丈夫ですかって聞いたんすよ」
元相棒に礼を言うと仮眠室の様子を見に行く。すると、鍵がかかっていた。
それはそうかと納得して腹ごしらえしに警視庁を出て近くのコンビニへと駆けこむ。
焼きそばパンとブラックコーヒーを乱暴にとり、レジのボックスへと置き、レジの上にある煙草を取りそれもボックスへ入れる。
金を精算機へと入れて外へと出るとすぐさま煙草へと火をつけた。
大きく息を吸い込み肺へとニコチンが行き渡るのを感じながら、ゆっくりと紫煙を吐き出していく。
この至福の瞬間をよく何時間も我慢したなと自分を褒め称えたい。
コーヒーを流し込み、焼きそばパンを噛みしめる。口に広がる苦みとソースと焼きそばの香ばしい甘み。
ようやくありつけた飲み物と食い物が体に力をみなぎらせてくれる。
「あー。くっそ疲れたなぁ」
ビルの間にポツンとひとつあるベンチへ腰を下ろし、俺の体を照らしてくれる朝日の光を浴びながら項垂れる。
こんなに疲れ果てたのは、新人の頃以来だったかもしれない。
これまで俺は自分のできる最短の時間で事件を解決してきたと自負している。だが、今回の様な事件は、犯人逮捕まで早くても七日くらいかかっていたと思う。
それが今回、律が来たことにより大変な目にあったが、今日犯人を逮捕できれば二日で解決したことになる。
それは、殺人事件の中で最短記録となるだろう。これ以上ないというくらい文句ないスピードだ。こんなスピードありえない。そうありえないのだ。
こんなに短い時間で容疑者を割り出せたことも、犯人へと辿り着けたことも。そして、証拠まで抑えたこともな。
見上げた空は澄み渡っていて、達成感が半端ない俺の心を表しているようだ。ベンチに体を預けて目を瞑ると知らない間に意識を手放していた。
『プルルルル……プルルルル』
左耳に装着しているSVに着信が届いた。ハッと目を開けると太陽が少し高くなっている。
いつの間にか寝てしまっていたようだ。応答すると鑑識からの着信だった。解析が終わったという。
ワイシャツの内側に付着していた皮膚片と国へ保存されている容疑者DNAが一致したという。
この国は犯罪が起きた時、このように迅速な犯人逮捕に踏み切れるように生まれた子供のDNAをすべて採取し、国の機関が保存しているのだ。
使用するのはこのように犯罪の起こったときが殆どだが。付着していた血液も被害者の物と一致したらしい。これで証拠は出揃った。
残っていたコーヒーを一気に飲み干し、署へと戻る。仮眠室へと直行し、ノックする。一回のノックではでてこなかった。
二回、三回、仕舞いにはどこかの取り立て屋の様にドアを叩く。
「うるせぇなゴラァ!」
中から出てきたのは直属の上司だった。思わず直立になり、敬礼をする。
「近藤警部補が使用していると思っての行動でした。申し訳ありません!」
とっさに素直に謝ったが、ギロリと睨みつけられる。
「新人には優しくしろバカが!」
そう言い放ち、上司は勢いよく扉が閉めてまた仮眠へと戻って行った。
なぜ律が使っていないんだ。最初から使ってなかったのかと疑問が頭を渦巻いている。
「なにやってんですか?」
後ろからとてつもなく冷めた目でこちらを見ているのは、先ほどまでこの仮眠室にいたと勘違いしていた新人である。
どこにいたのかと問い詰めると仮眠室が使われていたので、取調室を借りて横になっていたんだとか。
親切な先輩がマットと毛布を貸してくれたという。そんなやつもいるんだなと感心していると、後ろから後頭部を叩かれた。
「あんたねぇ、女の子と一緒なのにいきなり徹夜するとかバッカじゃないの? 少し考えなさいよ! これ、逮捕状!」
頭を抑えながら振り返ると俺と同期の気の強い女、田中真理が目を吊り上げて睨んでいた。
「ったく、真理はうるせぇなぁ」
小声で反論する。コイツは口答えすると倍返しの様にコテンパンに言い返してくるから嫌いなのだ。
関わるとロクなことにならないので「律、行くぞ」とそれだけ伝えると逮捕状をひったくってその場から逃げた。
後ろで「毛布とマットありがとうございました」と言っていたのを聞き、おせっかいを焼いたのはあいつだったかと少し心の中でお礼をいう。
決して面と向かっては言わない。アイツとは高校からの腐れ縁だ。俺の事情も良く知っている。
気にかけてくれているだと思うが、色々とうるさいのだ。おふくろよりうるさい時がある。
とりあえず、容疑者の所へ行くぞ。
あとは、しょぴくだけだ。




