6.上機嫌
夕陽の差し込む車内では上機嫌の律が鼻歌を歌っている。明らかに機嫌がよくなった。というのも、昼ごはんに連れて行った行きつけの店、そこのオムライスをいたく気に入ったようなのだ。
これには店主に影でお礼を伝えた。その店はAIロボの作る料理の店ではなく、人間の店主が作っているところなのだ。他の店と比べても格段に美味しいと思っているし、味にブレがあると思ったことなど一度もない。
「容疑者は自宅にいるみたいです。帰宅してから外出した様子はありません」
「そうか。じゃあ、ゆっくり話を聞けるな」
俺の見立てではこの容疑者が犯人であるとふんでいる。刑事の勘というやつだが、俺の勘は良く当たると自分では思っているし、元相棒のお墨付きもある。
自分の脳内で容疑者から話を聞くプランを練りながら現着するのを待った。
車はスピードを落としてゆっくりと止まった家の前で車を降りると家を観察する。
これは昔から行っているクセの様なもの。逃げるなら窓からだが、奥へ行くには塀があるようだ。登るのは一苦労だろう。横の家へは逃げられるかもしれない。
逃げられた場合、奥に逃げられなければ追えるから問題ない。そこまで考えをまとめると呼び鈴を鳴らした。
応答した男の声からは警戒心が伝わってくる。「警察です。お話を伺えますか?」告げてすぐに逃げることなく玄関が開けられた。
意外と冷静な犯人のようだ。やっていないということか、はたまた自分が捕まることはないという自信の表れか。出てきた人物は、若干緊張しているように見える。呼吸が早い、手も若干震えているようだ。
「警察が一体何の用ですか?」
「三つ隣の駅、その近くの公園で殺人事件があったことをご存知ですか?」
「えっ? それは知らなかったなぁ」
声が震えている。明らかに動揺しているなと容疑者を問い詰めようとしたが、邪魔が入った。
「それは嘘ですよね。だって昨日の夜、公園の近くを通っているじゃないですか。この後通ったのは朝ですよね? それなのに知らないんですか?」
律が容疑者へと詰め寄り、問い詰める。朝通っていること知らないことにした方がよかったと思うが、律に言っても仕方ないか。この子を制御できていない俺が悪いのだろう。
「公園の横を通りましたけど、気が付きませんでした。まだ警察とかは来ていませんでしたよ」
この人の言った通り、通ったのは七時二十三分。通報があったのは、八時十一分だ。あの草と木に覆われている現場であれば普通に通っても気が付かないで通り過ぎるだろう。
実際、発見したのは犬とボールを投げて遊んでいた人なのだが、間違って飛んで行ってしまったボールを拾いに行ったことで遺体が発見されている。この人の主張としては間違ってはいないだろう。
「そんな嘘──」
「──嘘だなんて失礼しました。この子新人なんです。勘弁してください」
律が詰め寄ろうとするのを制止し、謝罪する。こういう人は恐らくゴリ押しで行くと口を開かなくなるタイプな気がする。だから一度律を止めた。
こちらが頭を下げればあちらも「あぁ。新人さんですか。嘘だなんてひどいですよぉ」と少し警戒を緩めるきっかけとなる。すかさず俺は自分のプラン通りに質問した。
「では、あちらの公園の付近を通ったのはなぜですか?」
「友達の家へ遊びに行ったんですよぉ」
相棒へ目配せするとコクリと頷く。今話をしている最中にどこかの映像から友達の家へ行ったこの男を見つけたんだろう。
律へは一つ指示を出す。「その家の人、ゴミ出してないか確認してくれ」という俺の指示に今回は嫌な顔せずにすごく素直に聞いてくれていた。
これも行きつけの店のオムライス効果かもしれない。ホントにあそこの大将には頭が上がらなくなりそうだ。あれだけでこんなにご機嫌になるとは思ってもみなかったから。
「あぁ。そうなんですね。その友人の方とは親しいんですか?」
「いやぁ。そんなでもないですよ」
「泊まる仲なのにですか?」
「それは、話し込んでいたらたまたま終電逃しちゃって。このご時世、全部AIなんだから電車も全自動で運転すればいいのにねぇ。はははっ」
「へぇ。じゃあ、スーツの着替えは友達の家にあったんですね? スーツの着替えがあるなんて、親しい証拠だと思いますけどねぇ。はははっ」
「はぁ?」
「付近のカメラの映像を見ると着替えてますよね?」
こうやって話しながらも律からSVで検索した映像や情報が俺のSVへと送付されてきている。それを脳裏へ映し出しながら話しているところだ。
この速さで情報を集め、さらに的確な情報となるものを俺へと送ってくる手腕は律の優秀ぶりが発揮されている。そして、決定的となる映像が送られてきた。
この男が泊まった家の主は女性で、今朝この男が家を出た後にゴミを出していることが判明。それは既にゴミ収集ロボットに回収されている。証拠が焼却されてしまうかもしれない。
「な、何を言っているのかわかりませんね」
男はあくまでもシラを切るつもりのようだ。モタモタしている場合じゃない。なんでそのことを朝の段階でわからなかったんだ。
「朝はゴミを出している人だけ検索していたので引っかからなかったようです。その家まで特定なりして、出入りしている人まで──」
「──とりあえずいいから。後でまた来ます。逃げても無駄ですからね」
律へ視線を巡らせ、自身の二本指を目に当て、それをこの男へと指す。それだけで理解したようだ。
頷くと何やらSVへ指示したようだ。車へと乗りこむと江戸川第二収集センターへと向かう。パトランプを回し、サイレンを鳴り響かせながら急行した。
ゴミが燃やされていないといいんだが……。




