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人を超えしモノ  作者: ゆる弥


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5.再び不機嫌

 住民と話していた所に、後ろから近付いてきて律が報告してきた。

  

「残りの容疑者の内、オフィスカジュアルの男がゴミを捨てています。この男は医者のようです」


「なぜそうわかった?」


 新人だとしても、憶測でものを話すのは、刑事として良くない。だから、指導のつもりでそう言葉を放った。


「映像に残っている入っていった建物、この住所が登録されている人物が、近くの病院にいました。もう一人のスーツの男は現場の近くの家へと入っていくのが映像に残っています。ですが、こっちの男はゴミを捨てていません」


 裏はしっかり取られているようだ。俺の杞憂だったみたいだな。

 

 今の数分間でそこまで調べられるのか。


 たしかに便利なものだ。だが、結局その男の元へは行かなければいけない。話を聞かなければいけないのだから。


 どうせ聞くのだからそこまで調べ上げなくてもいいのではないかと、そんな意地悪な事を考えてしまう。大人げないなと自分で気持ちをなだめて律へと向き直る。

 

「そうか。じゃあ、医者の男の家へと話を聞きに行くか。その男が確率的には二番目だったよな? それで、家の位置まで把握しているのか?」

 

「もちろんです」

 

 質問に対して胸を張って肯定すると、ツカツカとローファーを鳴らしながら前を歩いていく。俺はその後をついていくだけだ。


 たしかにこのペースで聞き込みをしていけるのであれば、早い段階で犯人へとたどり着けるかもしれないな。


 素直に感心しながら前を歩く少女の後ろ姿を見つめる。


 その背中は小柄で、これからまだ成長するのだろうなと思わせる若さがあるこの少女。


 この自信に満ちた背中は、どれだけの期待と重圧がのしかかっているのか。俺には分からないようなものを背負っているのかもしれない。


 新人で警部補。それが十三歳で任命されたんだ。警察で十年くらい頑張らないと辿り着けない階級のため、妬みや嫌味を言われることも多いだろう。


 絶対に成功させなければいけないと、この事件に対する思い入れは強いのかもしれない。

 

「ここが医者の家です」


 歩ける距離だったことにも驚いだか、家をしっかりと特定していることにも驚いた。


 律は俺の顔を見ると、フンッと鼻を鳴らした。


「顔を認識して、ちゃんと個人登録されている情報を検索しました。そしたら、出ますよね?」

 

「まぁそうか。じゃあ、話を聞くか」


 なんでもない風に話を切って家へと行く。決して悔しくは無いと思いたい。

 

 呼び鈴を鳴らすとインターホン越しに対応された。警察手帳を見せ、お話を聞きたいというとドアを開けて容疑者が出てくる。殺人事件が起きたことは知っていたようで恐怖を感じていたという。


 その事件に関わっていないかと質問すると知らない。絶対に関わっていないという。


 嘘を言っている感じはしないが事情を説明し、靴の裏側をすべてスキャンさせてもらうことにした。


 その男性は家族がおり、今も在宅だというので家族全員へと聞き取り調査を行った。すると、靴はこれ以外にないし、捨てたゴミは普通に燃えるゴミで靴など入れていないという。


 嘘を言っている感じはない。律のSVでも嘘を言っていないと判断されたようだ。


 少し時間を貰い、スキャンした靴の型のデータと足跡を照合するが、一致するものはなかった。家族が嘘をついていないということもわかったので、ほぼシロだと思われた。


 一気にまた律の機嫌が悪くなる。その自分のSVの予想が外れたからと言って膨れるのはやめて欲しいのだが。こういうところがまだ子供心の残っているところなのだろう。


 そう考えると人間味があって可愛いところがあると思えるか。最初の第一印象はAIロボットの様な印象で血が通っているのか疑問に思ったものだが、きちんと感情のある人間だったようだ。

 

「なにニヤけてるんですか? 勝ったと思わないでくださいね」

 

 そんなことを思ってニヤけていたわけではないのだが、その言葉もまた可愛いなと思い笑みを深めてしまった。「別に勝ち負けじゃないだろう」大人の余裕を見せて、そう返答する。


 最後の容疑者の男の元へ行くのだが、今は昼間だ。普通の人であれば仕事に出ている時間だろう。「さっ、行くか」と声をかけるが、無言で目を瞑っている。


 何かをしているようだ。「最後の人は仕事に出ているようですね」SVで調べていたのだろう。


 まったくこの世の中はプライベートとかプライバシーとか、そういった言葉に唾を吐いている。なんでも見ることができる権限を持っているというのはやりやすい面はある。


 だが、それを使われる方の気分は決していいとは言えない気分だろう。俺なら見たやつを殴り飛ばしたいね。勝手に見るんじゃねぇと。

 

「飯でも食うか」

 

 自然と口から出た言葉だった。別に律を誘って親交を深めようとかそういう気持ちがあったわけではない。


 たしかにこのままの気まずい雰囲気で捜査をすればいつか亀裂が入る。それはバディとしては致命的だ。


 こういうなんでもない飯とかを食べるときにコミュニケーションを取って、仲を深めるというのが一般的じゃないだろうか。


 だから、そんなに苦虫を噛み潰したような顔をしなくてもいいと思うのだが、律には不愉快だったようだ。

 

「あなたと一緒に食べるんですか?」

 

「別に無理にとは言わん。けど、食べるなら奢ってやる」

 

「別にお金には困っていません。自分で払います。食べるならオムライスがいいです」

 

 子供か。というツッコミを喉で止めたことを自分で褒めてやりたい。それを言っていたら二度と律と飯を食う機会は訪れなかったかもしれない。


 おもむろに胸ポケットから紙煙草を取り出すと年季の入ったオイルライターで火をつける。


 煙を肺へと行き渡らせ、排ガスの少なくなった綺麗な世界へ、自分の中に溜まった物を紫煙と一緒に吐き出す。


 この相棒とのやりとりは思っていたより心にイガイガしたものを溜めこんでしまうようだ。


 独特の香りを周りにまき散らしながら再び煙草を口にくわえる。昔の骨董品の映画に刑事が煙草を吸うシーンがあった。


 幼い時、そのシーンを見てからというもの、刑事になったら紙煙草を吸うんだと決めていた。実際に二十歳になった時、昇進して警部補になり重大事件を追うようになった。その時に吸った一本目の快感は忘れられない。


 自分の夢見ていた光景と同じことができていると高揚感に浸っていたものだ。


 物思いに耽って遠くを見ていたため、律の顔に気が付いていなかった。ふと視線を巡らせると口を腕で塞いでめちゃくちゃ嫌そうな顔をしていた。

 

「なんて野蛮な。それ、肺細胞を破壊するんですよ? しかも、周りの人にも影響を及ぼすんです。知っててそれ吸ってるんですか?」

 

「正論をどうも」

 

「死に急いでるんですか?」

 

 その言葉に少し心臓が跳ね上がった。たしかに、父親が殺人犯として逮捕され、無実を訴えながらも刑務所で病気により死んでしまったあの日。


 俺の人生はめちゃくちゃになった。どん底を味わうことになったのだ。周りの人から罵声を浴びせられたり、石を投げられたり、AIで色々な事をさらされた人生だった。それもあって嫌いになったのもあるのかもしれない。


 そんな人生だったから別に死んでもいいと思っているのも事実。ただ、父の無実だけは証明して死にたい。それだけを思って警察官になり、色んな目にさらされながらも踏ん張ってきたんだ。


 父は真面目な人だった。ビルの清掃員をしていて、俺は事件当日弁当を届けていたんだ。しかも、事件のあったビルとは違うビル。


 それなのに、別のビルで起きた殺人事件の犯人にされた。絶対に何かおかしい。当時訴えたおれの主張なんぞ、子供の戯言だと一蹴されたものだ。


 あの時を思い出すとドス黒いドロドロした物が心を支配し、破壊衝動に駆られる。


 紫煙を吐き出しながら湧き上がった物をすべて煙にのせる。こんなものを世界中の人が吐き出していたら、世界の空気はすぐに嫌な気で充満するのではないだろうか。

 

「さぁな。オムライスがうまい店に連れてってやる」

 

「私の舌は厳しいですよ?」

 

「ふんっ。言ってろ」

 

 律の言葉を鼻で笑い、携帯灰皿へと短くなった煙草を放り込む。握りつぶして胸ポケットへとしまうと車へと体を滑り込ませた。


 住所を指定し、昔からの行きつけの店へと車を走らせた。これで、律の機嫌が少しでもよくなればやりやすくなる。今から向かう店主へ心の中で手を合わせながら過ぎ去っていく街並みを眺めていた。

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