10.AIへ歩み寄る
こんな生活をしていれば女は寄り付かない。と思うだろうが、なぜかそんなこともないのが不思議な世の中だ。
俺のアパートには三年ほど前に知り合った女も暮らしている。刑事だということは知っているが、過去の事件のことはほぼ知らない女。
半田優というどこにでもいそうな女だ。なぜか俺の部屋に入り浸っている。
「あらぁ? 昼に帰ってくるなんて珍しいわね。昨日帰ってこなかったからかしら?」
「そうだ。徹夜でホシを追ってた。なんとか一区切りついたから帰ってきたわけだ」
ワイシャツを脱いで肌着姿になる。これが開放感があっていいんだよなぁ。
「シャワーにする? ご飯にする? それとも──」
「──シャワー浴びてくるわぁ」
あの質問毎日してくるんだけど、なんなんだろうな。流行ってんのかと不思議になるくらいいつもあの調子だ。
あまり無下にもできないが、優が昼間にいるということは夜勤だったのだろう。看護師をしているから俺とはすれ違うことが多い。
会うといつもああやってジャレついてくる。別にレスなわけじゃない。やることはやっているが、俺にも気分ってもんがある。
今日はそういう気分ではない。頭から降りかかる小さな滴達が、俺の体の汚れとゴミの匂い、汗と共に嫌な気持ちも少し洗い流してくれる。
洗い流されていく泡や汚れの流れていく排水溝を眺めていると、色々なものがぐるぐると混ざり合って一つの出口へ向かっていく。
その様は汚い物と混じり合いながら、なんとか綺麗な方向へと向かっている俺の人生を表しているような気さえしてくる。
はぁぁ。少しナーバスになっているかもしれない。あのクソジジイのせいだな。
「昼飯食ったか?」
シャワーから上がるとちゃぶ台の横に腰を下ろす。
「食べたわよー。カレーあるわよ? 食べるー?」
この酒の入っている胃にカレーを入れるっていうのが少しためらわれるが、あまり優の料理を食うこともないから食うか。
「食う」と返事をするとニマッと笑い、立ち上がって飯を用意してくれた。俺は別の方向へと向かいコップを取ると焼酎を少し注ぎ、ミネラルウォーターを注いでいく。
「私も飲みたいなぁ」
差し出されたコップに同じように注ぎいれ二つのグラスの音を奏でる。一口喉へと流し込むとツンとした風味が鼻から抜けていく。
胃が仄かにアルコールで温かくなり、体が温まってくると血の巡りが良くなる。
血の巡りが良くなると発汗もよくなり体内の溜まっていたものが排出されていく。
気分が良くなってきたところで、カレーを口に放り込む。コイツの作るカレーはひき肉が入っていて結構好きなんだ。
どこを食っても肉が入ってるってのがいい。優は左腕に腕を絡め、体を預けてくる。
柔らかい物が左腕を包み込み俺の体温も一気に上がっていく。こうなってくると俺も嫌なことは忘れたくなる。そのまま優に身を任せ、優しさに包まれて果てたのであった。
優が寝静まった頃、目が冴えて寝ることのできなかった俺が思い出したのは、律のAIを駆使した捜査の仕方だった。あれは本当に早い。
今後はAIをもっと駆使した捜査に移行されるだろう。上はそれを促したいがために律を送り込んできたのかもしれない。
久しぶりに自分のSVと会話する。
『俺の過去はどの程度把握しているんだ?』
『須藤大我様の過去は私が起動された時から蓄積されています』
聞きなれない女の声が聞こえると脳裏に五歳の時の写真が出てきた。
暗い顔をしているのは父のことがあったからだろう。それからだんだんと大きくなっていく。
大きくなるにつれて髪を伸ばして金髪にしたりピアスを開けたり、紙煙草を吸ったりと平成という時代に憧れていることがあった。
今の時代は髪の色なんて何色でも何も言われないし、ピアスも普通だ。誰でもしている。
その変わり、AIは必ず付けなければいけないことになっているだけ。毎日、毎時間、毎分、毎秒。
ずっと監視されている社会だ。プライベートもなにもない。この社会は凶悪犯罪が多くなった令和の時代から徐々に進められ、元号が変わる頃には導入されたという。
十三歳の写真になると急に短髪になり、制服姿の画像が現れる。この時は父の事件を調べていて、その時の証拠写真の画像も残っているようだ。
父の写真も写っている。懐かしいな。交番勤務の時の制服姿の自分と、その時動機で別の交番に配属されていた真理と一緒にいた時の画像も残っているようだ。
この時はたまたま隣の交番だったことを知らず、見回りをしていた時に会ったことがあった。その次には、最初に犯人を検挙したときの理玖との画像も残っている。
アイツは家族の様なものだった。いろんなことを相談したり、俺が教えてやったり。
アイツの家も母子家庭だったから同じ境遇だったこともあり、中が深まったのかもしれない。
理玖とのバディでいた時間は幸せだった。ただ、律も別に使えない新人ではない。むしろ、かなり仕事のできる人材だと思う。
AIがかなりの高性能だということを示していた。それに、ゴミを探す捜査の時はかなりの根性を見せていたと思う。
並の新人では途中で諦めていたのではないだろうか。
『須藤様も初めての徹夜の時は泥のように眠っていました。睡眠時間十五時間でした』
俺の思考を読んでデータを出してくれたのか。こうやってAIを成長させていくんだな。
それを律は五歳の頃からさまざまな知識を覚えさせて学習させていると言っていた。俺のAIもこれから学習させたら役に立つだろうか。
また眠くなってきたな。
『おやすみなさいませ』
その日は、懐かしい気持ちで心地よく眠ることができた。




