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第1話:ニート志望の親王は、二度目の人生では「胃」を壊したくない

舞台は平安末期。

主人公は、歴代天皇の中でも屈指のクセモノ、後白河天皇(雅仁親王)です。

ただし、中身は胃潰瘍で死んだ現代のブラック企業社員。

本人はただ「ブラック労働は嫌だ」「ニートになりたい」「死にたくない」と足掻いているだけなのに、なぜか歴史が、そして源平の英雄たちが彼を「日本一の大天狗」へと祭り上げていく……。

歴史の荒波と、勘違いの荒波。

ダブルの荒波に揉まれる主人公の悲喜劇を、楽しんでいただければ幸いです!

胃が痛い。

 この世に生を受けて二十余年。いや、正確には「二度目の人生」を歩み始めて二十余年。

 雅仁まさひとは、震えるか手で今様いまようの書き付けを握りしめていた。

(嘘だろ……なんで俺の部屋の前に、こんなにガチ勢の武士が並んでるんだよ。ここはサービスセンターじゃないんだぞ。定時どころか人生の終業時間デッドラインが来ちゃうだろ!)

 前世の雅仁は、某ブラック企業のカスタマーセンターで働く「クレーム処理」の専門家だった。

 君ほどカスタマー向きの人材はいないと祭り上げられて、来る日も来る日も、受話器越しに理不尽な怒号を浴び、謝罪の言葉を積み上げる日々。そんな生活の果てに待っていたのは、極限のストレスが引き起こした巨大な胃潰瘍による吐血――そして、静かな死だった。

(今度こそ……今度こそ、誰の責任も負わず、誰にも怒られず、ただ好きな歌だけを歌って、ぬくぬくとニート生活を全うするんだ……!)

 そう決意して転生したのは、平安時代の第四皇子。

 皇位継承などという面倒な椅子取りゲームからは最も遠い、まさに「勝ち組ニート」の指定席のはずだった。

 だが、現実は残酷である。

 目の前には、父の鳥羽上皇の寵臣で自らの養育者でもある信西(藤原通憲)と、いかにも「話の通じないクレーマー」のオーラを放つ有力貴族たちが、雅仁を逃がさぬよう畳を囲んでいた。

「雅仁親王。近衛の帝が崩御された今、次代の器としてあなたを推す声が……」

「お言葉ですが通憲殿、この雅仁様は日頃から今様にうつつを抜かす放蕩者。帝の器にあらずと、私は考えますな!」

 貴族の一人が、雅仁を指さして罵倒する。その声は、前世で「上の者を出せ!」と叫んでいた悪質クレーマーのトーンと完全に一致した。

(やめろ……。その声、その理不尽な指さし……。俺の胃に悪い……。脳が……脳内の受話器が、外れそうだ……!)

 雅仁の視界が、パチリと白黒に反転した。

 極限のストレスが閾値を越えた時、彼の精神は「生存本能」という名のオートモードに切り替わる。それは、相手を沈黙させるまで止まらない、クレーム処理の怪物モンスターの覚醒だった。

「雅仁様! 何かおっしゃってください!」

 詰め寄る貴族に対し、雅仁はゆっくりと顔を上げた。

 その顔を見て、信西は息を呑んだ。

 雅仁の口角は、三日月のように美しく吊り上がっている。

 一見すれば慈愛に満ちた、非の打ち所のない微笑。

 しかし――その「目」だけが、冷え切った冬の池のように一ミリも笑っていなかった。

「……あは、おっしゃる通りです。私は、器ではありませんねぇ」

 雅仁は、鈴の鳴るような声で笑った。

 だが、その微笑の奥にある「虚無」の凄まじさに、罵倒していた貴族の背筋に凍りつくような戦慄が走った。

(内心:うわあああ! 怒鳴っちゃダメだ、穏便に済ませるんだ俺! 相手を刺激せずに退散させる『営業スマイル』で行くんだ!)

 オートモードの裏で雅仁本人の内心は必死だった。

 だが、その極限状態で繰り出された「目が笑っていない笑顔」は、百戦錬磨の信西にさえこう思わせた。

(なんという……不気味な底知れなさ! 我ら如き有象無象など、このお方にとっては『感情を揺らすに値しない』というのか。この笑顔……これこそが、乱世を統べる王の『絶対零度の慈悲』か!)

 この時、雅仁が浮かべた異形の笑顔は、のちの世において、見る角度によって怒りと悲しみが入れ替わる能面『泥眼でいがん』や『不和若ふわじゃく』のモデルになった――という伝説が生まれることになるのだが、今の彼に知る由もない。

「ひ……っ。も、申し訳ございません!」

 圧倒的な威圧感(と本人は思っているスマイル)に耐えきれず、クレーマー気質の貴族は腰を抜かして這うように退散していった。

「……雅仁様。御覚悟、しかと拝見いたしました」

 信西が深々と頭を下げる。

 雅仁は引きつった笑顔を維持したまま、心の中で絶叫した。

(違うんだ信西! 追い返したかっただけなんだ! なんでそんな『主君を見る目』で俺を見てるんだ!? 違う、僕はあなたに養ってもらいたいんであって、主君になりたい訳じゃないんだ。嫌だ……働きたくない……胃が痛いよぉぉぉ!)

 こうして、平安最大の「勘違い皇帝」の幕が上がったのである。

歴史検証についてはゆるゆるのガバガバです。一応大学で歴史学を学びましたが、学問としての歴史学の厳密さで小説を書けるほどきちんと染み付いてはいません。

それ以前の問題で前後関係などもガバっているところもありますが、よく似た別世界ということでおおらかに見ていただけると楽しめると思います。

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