ハンカチ
「お願いです、アルフレッド殿下。夜会へご一緒させてください。」
私はとても焦っていた。
王宮の馬車の行先は乙女ゲームの主人公がいない夜会。
ここで、アルフレッド殿下はイザベラを連れて行かないことで、私の婚約候補の立場が怪しくなり、私の破滅への道はより濃くなってしまう。
「イザベラ、申し訳ないが、今回は一人で行く。悪いうわさを立てたくない。」
乙女ゲームと同じセリフ。
アルフレッド殿下は馬車に手をかけた。
どうにか、一緒に行けないのかな…
でも、私の言葉はアルフレッド殿下にとっては雑音でしかない。
タッタッタッ
と雨音にまざって、走る足音が近づいてくる。
足音の方向を見ると、いつもの通り侍女の格好をびしょ濡れにした主人公がいた。
なぜここに?夜会には主人公は参加しないはず。
「イザベラ様、サロンにハンカチをお忘れでしたよ。」
ハンカチ?
たかがハンカチのために雨に濡れてここまで来てくれたの?
「あ、ありがとう。」
主人公の行動に戸惑いながらハンカチを受け取ると、主人公はいつものようににこりと笑った。
「あら、イザベラ様、ドレスが濡れてしまいますわ。早く馬車へ」
そういって、アルフレッド殿下から馬車の扉を引き受け、私を馬車へと促す。
断るすきもなく、殿下と私は馬車に乗せられ、主人公は馬車の扉を閉めた。
馬車から主人公を見るとにこりと笑いながら手を振っていた。
「してやられた。」
アルフレッド殿下が頬杖をつきながらこちらを見ずに小声でつぶやいた。
その顔は少し嬉しそうだった。
馬車に乗せられたアルフレッドとイザベラの姿が、見えなくなるまで、少し離れたところで様子をみていた。
静かな雨の中、びしょ濡れの侍女だけが、満足そうに手を振っている彼女がその場を離れようとする一瞬前、
彼女に近づいた。
「ずぶ濡れになってもすることか?」
後ろから話しかけると、彼女は笑顔のまま振り向いた。
「あら、おかげで二人は馬車に乗れたのですよ」
またにこりと笑って、彼女はお辞儀をして去っていく。
彼女は何かを企んでいる。
いつもにこりと笑い、多くを語らず、どこにでも現れ、スッといなくなる。
何か目的があるに違いない。
それが何かはわからないが、難解な謎を解くような、
しばらく遊べそうなおもちゃを見つけた感覚。
楽しそうじゃん。
あんなに憂鬱だと思った夜会への行き道ですら、笑顔がこぼれた。




