Chapter33 「アサシン米子の大学受験と卒業」
Chapter33 「アサシン米子の大学受験と卒業」
2月6日、米子は代々木の『慶優大学』キャンパス内の3号館で第一志望の慶優大学の入学試験を受けた。慶優大学は共通テストではなく独自の試験で合否が判定される。合格発表は2月16日だ。第二志望以下の大学の2校は共通テストで合否が決まる。共通テストは1月中旬に既に受験しており、合格発表は2校とも2中旬である。米子は試験問題が思ったより簡単だと思った。英語の翻訳問題と化学の問題で一部戸惑ったが数学と物理についてはスラスラと問題を解き、見直しをしても時間が余るほどだった。
試験終了後は許される範囲でキャンパスの中を歩いてみた。慶優大学は明治33年に設立された大学でキャンパスも125年の歴史を持っている。代々木キャンパスには6つの学部の3年生と4年生が通っている。大学正門から続くポプラ並木が有名で、キャンパス内に貴重な蔵書を保管する慶優図書館や大講堂を中心に1号館から12号館までの受講施設が存在する。学生食堂やカフェテリアも複数あり、キャンパスの中心にある『遊学の広場』が学生達の憩いの場となっている。米子はキャンパスを歩きながら大学生活を想像すると希望に胸が膨らんだ。高校入学当時は大学への進学などまったく考えていなかったが、学力テストの偏差値が高かったため、教師達に進学を強く勧められ、興味を持つようになったのだ。特に宇宙に関する勉強ができる学部があると聞いて、大学進学を本気で考えるようになったのだ。桜山学園の大学進学率80%だったが殆どが地方の国立大学か首都圏の中堅大学への進学であった。桜山学園の教師達は米子の高い学力に驚愕し、東京大学への進学を進めた。今までに桜山学園からは現役で東京大学に合格した生徒はいなっかたのだ。米子が東京大学に合格すれば学校の宣伝にもなると考えたのだ。米子は慶優大学を第一志望にしたので教師達は残念に思ったが、それでも現役で慶優大学に合格する事は桜山学園にとっては喜ばしい事であった。
米子は受験の翌日登校した。桜山学園では高校3年生は1月中旬から3月中旬までは受験があるため自由登校であった。米子が席に着くと浜崎里香と岸本きらりが近寄って来た。
「沢村さん、昨日って慶優の受験日だったんでしょ? 試験どうだった?」
浜崎里香が訊いた。
「家で自己採点したら500点満点中488点だったから多分大丈夫だと思うよう。数学と物理は全問正解だったと思う。英語と化学は少し間違えたちゃったよ」
「凄~い! 合格間違い無しじゃん。沢村さんなら東大もいけたんじゃないの? もったいないよ」
浜崎里香が言った。
「慶優に行きたいからいいんだよ。宇宙工学の勉強がしたいけらね。浜崎さんは結果待ち?」
「そう。明痔と駒谷と関東文化だから合格発表待ちだよ。明痔のスポーツ科学が第一志望だけど共通テストの自己採点だと厳しい感じだよ。他のふたつは大丈夫そうだよ」
「二人とも大変だね。私は専門学校だから調査書と面接だけなんだよ」
岸本きらりが言った。
「ファッション関係だよね? きらりみたいにやりたい事が決まってる方がいいよね」
浜崎里香が言った。
「でも大学は4年間遊べるじゃん。私なんて2年だよ。課題とかも多くてたいへんみたいだし」
岸本きらりが言った。
「そういえば、瑠香と美里が来てないね。2人とも共通テスト組なのに」
「この時期は来てる方が少ないよ。来たって殆ど自習だし」
「そういえば卒業旅行どうする? 沖縄でいい? もう申し込んじゃうよ」
浜崎里香が言った。
「いいんじゃない? 美里も瑠香も里香に任せるって言ってたよ」
「じゃあ沖縄だな。スノボと迷ったんだけど、沖縄の方が旅行っぽいよね。沢村さんも来るよね? 卒業旅行」
浜崎里香が言った。
「いつ?」
米子が訊いた。
「3月の後半だよ。3泊くらいの予定だよ。沢村さんが来てくれると盛り上がるよ」
「そうだよねー。私、旅行中は沢村さんのメイク係やるよ」
岸本きらりが言った。
「私メイクはあんまりしないし、大変そうだからメイクはしなくていいよ」
米子が言った。
「じゃあ来てくれるんだね?」
浜崎里香が言った。
「記念なるし、行こうかな」
米子は言って自分の言葉を不思議に思った。まさか自分がクラスメイトと卒業旅行に行くとは思っていなかったのだ。
「沢村さんはよくても、私がメイクをしたいんだよ」
岸本きらりが言った。
「実験台だよね」
浜崎里香が言った。
「そう、将来は芸能関係のスタイリストになりたいから練習したいんだよ。沢村さんなら元が美形だからメイクの効果がハッキリ分かるんだよね。いろんなパターンを試したいよ」
岸本きらりが言った。
「まあ顔なんて気にした事ないから別にいいけど、あんまり変なのはイヤだよ」
米子が言った。
「沢村さん相変わらず自分の美貌に関心が無いんだね。まったく羨ましいっていうか、勿体ないっていうか。まあ、そこがいいんだけどね」
浜崎里香が言った。
翌日の夕方、米子は西新宿の事務所に顔を出した。
「米子、試験どうだった。理工だから一昨日だったよね。私は政経だから昨日だったんだよ」
ミントが言った。ミントの第一志望は慶優大学の政治経済学部の政治学科だった。
「多分合格すると思うよ。自己採点488点だったから」
米子が答える。
「さすがだね。私は英語と社会は8割くらい取れたけど、小論文が微妙だよ。第ニ志望の『立京』は共通テストの自己採点で合格してると思うよ。『聖城』もいけてると思うんだけどね。なんとか慶優に合格して米子と同じ大学行きたいよ。任務以外でも米子と一緒にいられるのがいいんだよね」
「小論文は自己採点が難しいもんね。でも2教科が8割以上ならきっと大丈夫だよ」
「そうだといいけどね」
「私も楽しみだよ。キャンパスライフを楽しもうよ」
米子が言った。
米子は合格発表日の午後、自宅で『慶優大学』のホームページを見て合格している事を確認した。嬉しいとは思ったが、飛び上がるほどではなかった。合格した事はミントと浜崎里香にLINEメッセージで知らせた。知らせる約束だったのだ。翌日はミントの慶優大学政治経済学部の合格発表だった。米子は自分の発表より気になっていた。ミントは任務を実行しながら必死で受験勉強をしていたのだ。西新宿の事務所でも空き時間はノートパソコンを使って勉強をしていた。
スマートフォンが振動してLINEメッセージを受信した。米子は緊張してアプリのアイコンをタップした。
『合格したよ~ん! 努力は報われるから頑張れるんだよね。4月からは同じ大学だね。楽しみだよ。サークルとかどうする? 学校帰りはどこで遊ぶ? キャンパスの周りのお店も調べておこう!』
ミントからのメッセージは合格の知らせだった。米子は嬉しいと思うより胸を撫でおろしたい気分だった。
米子とミントは木崎の席の前の椅子に座って大学合格を報告していた。
「2人とも合格おめでとう。慶優大学だったよな。東京7大学の中でも私立では和巣田と並んでトップクラスの大学だな。慶優は幼稚舎出身の付属から来る金持ちも多いからオシャレなイメージだ。学費と家賃は組織が全額持つが、服装とか金が掛かりそうだな」
木崎が言った。
「オシャレは関係ありません。私が慶優を選んだのは宇宙工学の研究が国内でトップだからです」
米子が言った。
「私だって慶優の政治経済に興味があったんだよ。経済学は『マル経』でも『近経』でもなくて行動経済学やサステナブル経済学を取り込んだ融合型現代経済学が学べるんだよ。政治学も情報戦を前提とした政治理論だから興味があるんだよね」
ミントが言った。
「お前達、なんだかアカデミックになってるな。まあ元々訓練所にスカウトされるのはIQ120以上の中学生だから地頭はいいはずだ。それにしても慶優大生のアサシンっていうのも今までいなかっただろうな」
「勉強はいいけど、制服が無いのがきついです。高校はずっと制服でよかったから楽でした。制服は女子高生の象徴っていうだけじゃなくて経済的なんです」
米子が言った。
「たしかに私服だとお金が掛かりそうだね。任務を頑張ってボーナス貰うしかないね」
「まあ頑張ってくれ。予算がたっぷり余ってるから成果を出せばボーナスは出せるぞ。早速だがボーナスが出そうな任務があるぞ」
「待ってました! でもどんな任務なの?」
ミントが言った。
「赤い狐の拠点と訓練施設が判明した。その破壊が任務だ。ただし拠点への攻撃はSATが主体となって行う。内閣情報統括室は支援任務になる。訓練施設は自衛隊の精鋭部隊が主体となって行う。これについても支援任務が発生するかもしれない」
「支援任務って何をすればいいんですか?」
米子が訊いた。
「攻撃対象の周辺の警戒になるだろう。内閣情報統括室の戦闘チームと俺達暗殺チームが合同で実施する」
「拠点と訓練施設の場所と敵の戦力を教えて下さい」
「会議室を使おう」
米子達は会議室に移動した。
「赤い狐は日本国内にいくつか拠点を作っている。その中でも本部的な役割を持っているのが大塚にある8階建てのオフィスビルだ。表向きはダミーの貿易会社になっているが、1階から8階までの全てのフロアが赤い狐の所有となっている。今回の任務目標はサーバールームからデータ装置を持ち出す事とサーバールームの破壊だ。敵の戦力はまだ調査中だが、戦闘要員が10名程度だろう。非武装の事務員も20名ほどいるだろうが、邪魔なら排除して構わないそうだ。敵の武器は拳銃と予想されている。サブマシンガンと手榴弾くらいは持っているかもしれないな。」
「訓練施設の情報はありますか?」
「訓練施設は丹沢山系近くのゴルフ場跡地だ。元は3コース54ホールある大きなゴルフ場だ。現在は戦闘訓練用に改造され、塹壕や簡易的なトーチカが複数あるようだ。クラブハウスだった建物はそのまま残され、管理棟や宿泊棟として使ってる。地下通路も確認されている。この場所には通常時は教官が5名、警備部隊が1個分隊で16名が常駐している。訓練時は40名程の訓練工作員がいるようだ。今回の攻撃目的は管理練の破壊と教官の殺害だ。教官も警備部隊も訓練兵も元スペツナズや人民解放軍の特殊部隊出身者が多いようだ。かなり手強い相手だ」
木崎が説明した。
「訓練施設での戦闘は野戦になりますね。だとしたらロケットランチャーが必要になるかもしれません。『SMAW』やカールダスタフが必要です。手榴弾も必要です。C4も有るとありがたいです」
米子が言った。
「我々の任務はあくまでも支援だ。それも本部の戦闘チームがメインだ。だが念のため準備しておこう。何しろ予算はたっぷりあるから調達金額については本部にお伺いを立てなくても大丈夫だ」
木崎が言った。
「ロケットランチャーに手榴弾って戦争みたいだね」
ミントが言った。
「任務というよりは小規模な戦争だな。想定した手順通りには進まないぞ」
「任務はいつ頃になりそうなの?」
ミントが訊いた。
「3月20日~3月31日の間が濃厚だ。5日前には指令が出るだろう」
「あーあ、大学に合格していい気分だったのに早くも任務か。ボーナスは嬉しいけどもう少しゆっくりしたかったよ。せめて入学式の後にしてほしかったね」
ミントが言った。
「この任務が終了すればしばらくは大きな任務はないだろう。任務を無事終了させてキャンパスライフを楽しめ」
「そういえば木崎さんって大学の頃はどうだったの? 結構遊んでたの? それとも暗くてオタクだったとか?」
ミントが興味深そうに訊いた。
「俺は特殊な大学生活だった。もっとも正確には文部科学省管轄の大学じゃないけどな。大学校だ」
「大学校ってどこだったんですか?」
米子が訊いた。
「防衛大学校だ。防衛省管轄で全員が学生舎で4年間集団生活をするから自由はなかった。平日は外出禁止だし、土日の外出時も制服の着用義務があったんだ。そのかわり学費はタダで給与が貰えたんだ」
「学生なのにお給料が貰えるの?」
ミントが訊いた。
「ああ、だが厳しいぞ。毎朝の点呼から始まり、ランニング、筋トレ、水泳訓練がある。8kmの遠泳もあったな。もちろん座学もあるし軍事的な訓練もある。指揮官としての基礎も徹底的に叩き込まれる。それに上下関係が厳しかった。上級生には絶対服従だ。1年生は食堂で上級生の食事の配膳をするんだ。各上級生の白米の量も覚えてよそわなきゃならない」
「強い自衛隊員になるための学校なの?」
ミントが訊いた。
「指揮官になるための学校だな。俺は2年生で陸上要員に任命された。陸上自衛隊への入隊が決まったようなもんだ。本当は航空自衛隊に入隊したかったが自分では選べないんだ。だから訓練では野戦築城、歩哨・斥候、各種武器扱い、通信の実技なんかもやった」
「昔の陸軍士官学校みたいな感じだね。確か『りょうちゃん』が陸軍士官学校に入ってたんだよね」
ミントが言った。
「りょうちゃんって、榊先生か?」
「そうだよ。卒業前に終戦なったって悔しがってたよ」
「頼むからその呼び方止めてくれ。榊先生をそんな風に呼べるのはこの国でお前達くらいだ!」
木崎が言った。
「木崎さんも大変だったんですね。普通の大学生みたいに遊べなかったんですか?」
米子が言った。
「ああ、防衛大学校の生徒は学生だが特別国家公務員なんだ。おおっぴらに遊ぶ事はできない。一般のナンパ学生みたいな事は出来ないんだ。あくまでも硬派路線だな」
「だから女性にモテないっていうか、苦手なんだね。でも私たちは中学時代が訓練漬けだったし、高校時代は実戦任務を覚えるのに必死だったから大学では少しは遊びたいよ」
ミントが言った。
「任務さえこなせば多少は遊んでもいいだろう。だが組織の秘密は絶対に漏らすな。羽を伸ばしすぎてスキを作ると命に失う事になるから気を付けるんだぞ」
木崎が言った。
「へえ、沖縄か。言った事ないなあ。私の学校はクラスメイトが卒業旅行で韓国に行くって言ったよ。誘われたけど、断ったよ。海外はなんか疲れそうなんだよね。パスポートも取らなきゃならないし。ウチの組織って任務以外では海外に行くの禁止だし」
「そうなんだ。でも私も4泊5日ってちょっと長いなあって思ってる。せいぜい2泊だよね」
「だよねー。私も沖縄に行ってみたいよ。そうだ、私が単独で行くから沖縄で合流しない
? 米子も1日くらい単独行動できるんじゃないの?」
「そうだね。ミントちゃんと観光するのも楽しいかもね。どっか行きたい場所とかあるの?」
「沖縄ってけっこう古いお城の跡があるんだよね。琉球王国以前のお城だよ。沖縄の琉球王国時代の歴史って興味深いんだよね。それに太平洋戦争の激戦地だったから戦跡巡りとかしたいなあ。ハクソーリッジとか、シュガーローフヒルに行ってみたいよ」
ミントが言った。
3月7日、米子は体育館で催された卒業式が終わって教室に戻った。教室では高校生活最後のショートホームルームが終わり下校時刻になったが、それぞれ仲の良いグループが集まって名残惜しそうに話し込んでいた。
「沢村さん、16日は羽田の第2ターミナルの6番の時計の下に6時30分だからね。チケットはその時に渡すよ」
浜崎里香が言った。
「ありがとう。3日目は自由にしていいって言ったよね? 実はバイト先の友達もその日に沖縄に行くから一緒に回ろうと思ってるんだよね」
米子が言った。
「へえ、私もその日は1人でブラブラしようと思ってたんだよ。琉球空手の道場を見学するんだよね。館長の知り合いが師範やってるんだよ。琉球空手ってかなりガチらしいから興味あるんだよね。バイト先の友達ってもしかして彼氏? 沢村さんの彼氏なら見てみたいよ」
浜崎里香が言った。
「違うよ、女の子だよ。3年間バイト先でずっと一緒だったんだよ」
「沢村さんって何のバイトしてたの?」
野沢瑠香が訊いた。
「聞かない方がいいと思うよ。怖いバイトだから」
米子が言った。
「わかった、なんか聞くのが怖い。沢村さんが怖いって言うと洒落にならないもん」
野沢瑠香が言った。
「その友達も一緒に夜ご飯食べようよ。ホテルはどこなの?」
浜崎里香が言った。
「ホテルは聞いてないけど、誘ってみるよ」
「沢村さんの友達って興味あるよ」
大屋美里が言った。
「そうだよねー、沢村さんミステリアスだもん。プライベートが気になるよ」
野沢瑠香が言った。
「とにかく楽しい卒業旅行にしようよ。最後だもんね」
浜崎里香が言った。
「みんなとお別れって寂しいよ」
岸本きらりが言った。
「たまに集まろうよ」
野沢瑠香が言った。
「当然だよ。私達はいつまでも仲間だよ!」
浜崎里香が大きな声で言った。米子は不思議な気分だった。学校はアサシンとしての隠れ蓑で、友達をつくるつもりが無かったが、いつの間にか浜崎里香達と仲良くなっていた。浜崎里香達は学年で一番成績が良く学校一の美人の米子と近づきたかった。誰とも関わらない孤高の米子と仲良くなる事はある種のステータスだった。実際に米子と仲良くなる事で浜崎里香達のグループは一目置かれ、スクールカーストも一軍となった。




