Chapter31 「除夜の砲弾」
Chapter31 「除夜の砲弾」
【東京都目黒区東京大学駒場キャンパス野球場】
12月31日23:45。作業着を着た男達が6人、暗いグランドの外野に集っていた。
2人がLED懐中電灯でタイヤの付いた黒い塊を照らしていた。
「方位と仰角はいいな? 計画した座標に合わせるんだ」
ベージュの作業着の上に紺色の作業ジャンパーを着た大柄の男が言った。
「はい。大丈夫です」
しゃがんで小さなハンドルを調整していた青い作業着に白いヘルメットを被った男が答えた。男の足元には座標が描かれた地図が広げてあった。
「方位を2度ずつ変えて4発撃て。訓練通りにやるんだ」
作業ジャンパーの男が言った。
「おい、弾込め頼んだぞ、俺が合図したら弾を落とすんだ」
白いヘルメットの男が黄色いヘルメットを被った男に言った。
「わかった」
黄色いヘルメッの男が緊張した声で答えた。
「よし、撃て」
作業ジャンパーの男が言った。
「弾を落とせ!」
白いヘルメットの男が大きな声で言った。黄色いヘルメットを被った男が両手で握っていた砲弾から手を放した。
米子とミントは明治神宮の南参道にいた。初詣客が参道に立錐の余地がないほど並んで立ち止まっていた。参道の横にある暖色のライトが、さざ波のように揺らぐ初詣客の頭を照らしていた。米子はブルーのデニムパンツにアイボリーのダウンジャケット、ミントはライトグレーのウールのズボンに薄ピンク色のダウンジャケットを着て首にネイビーのマフラーを巻いていた。
「全然進まないね」
ミントが言った。
「入場制限してるんだよ。0時になったら動き出すよ」
「いかにも年越しって雰囲気がいいよね。こんなに沢山の人が新年を祝って祈るために並んでるんだよ。それにしてもオリオン座が綺麗に見えるね。東京の真ん中なのに不思議だよ」
「年末年始は生産活動が止まるから空気が澄んでるんだよ。さっきも三日月が綺麗に見えたよ。早く年が明けないかな。ここのお参りが終わったら湯島天神にも行こうよ。一応私達は受験生だよ。電車はずっと動いてるみたいだし」
米子が言った。
「初詣のハシゴって大丈夫なのかな? なんかバチ当たりそうな気がするよ。でも学問の神様にもお参りしたいよね。受験生でいっぱいだろうけどね」
ミントが言った。
「大丈夫だよ。初詣なんてあくまでもイベントだよ。自分の運命は自分で切り開くしかないんだよ。どんなに神頼みしても勉強しなければ志望校に合格しないよ」
「そりゃそうなんだけどさ。まあ、米子は頭がいいから余裕だよね」
「そんな事ないよ。あと5分で新年だね」
「今年もいろんな事があったよね。でも生きて新年を迎えられるんだから良かったよ」
ミントが言った。
「生きてる事が大切だよね。生きてればいい事もあるよ。来年も生き続けないとね」
「私はお母さんが生きてて、妹がいた事がわかっただけでも今年はいい年だったよ。生きてる意味があったよ」
ミントが言った。
「うん、私も色んな事にケリがつけられたし、生きてこそだよ。私達、死に近い所にいるからね」
「もうすぐ年が明けるよ。カウトダウンしようよ」
ミントが笑顔で言った。
『ヒュ~~~ シュシュ シュシュ シュシュ』
『ドガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!』
凄まじい爆発音と衝撃波が周囲に広り、煙が勢いよく広がって宙に人が舞い上がった。米達の30m前方で爆発が起きたのだ。
「キャーーーーーーーー」 「うおーーー」 「キャーーー!」「痛い!」 「キャーーー!」 「助けて~!」 「うわーーー!」 「痛いよーー!」 「逃げろ~」
悲鳴と怒号が飛び交った。
「何!? 何なの? 爆発!?」
ミントがしゃがみながら大きな声で言った。
「そうみたい! 前の方で爆発したよ!」
米子もしゃがもうとしたが、周りの人間が伏せたり走り出して転び、将棋倒しのようになった。
「米子、どうする! 人に潰されるよ!」
「とにかくしゃがん様子見よう! 頭を守って!」
『ドドーーーーーーン』
先ほどより遠い場所で爆発音が響いた。南参道はますますパニックになり、入口の原宿方向に逃げようとする者で参道はごった返し、転んで踏み潰される者も大勢いた。
『ドドーーーーーン』
さらに遠くで爆発音がした。
「逃げろーーー」 「爆弾だーーー」 「きゃーーーー」 「逃げろーーー」
「逃げろ~」 「やだーーー」
米子は1回目の爆発は自分達の30m前方で、2回目の爆発は右100mの場所で3回目は200m先の北参道で発生したと感じた。左右の指を首の後ろで組んで頭を守るようにしゃがんでいる米子とミント周りを大勢の人間が激しく移動していった。
『ドーーン』
4回目の爆発音が遠くで響いた。3分ほどすると人の密度薄くなった。米子とミントは立ち上がって前方を見た。ライトは一部消えていたが、まだ煙が漂い、大勢の人間が影のように倒れているのが見えた。米子とミントは20mほど前に歩いて周りを見た。ポケットから出したハンカチで鼻を覆った。悪臭が漂っていたのだ。硝煙と砲弾の破片の焼けた金属の臭いに血や焼けた髪の毛、皮膚、脂肪の臭いが濃く混ざっていた。
「米子、どういう事? 爆弾テロ? 酷い、手や足がいっぱい転がってるよ!」
米子達の周りには千切れた手足や胴体がいくつも転がっていた。中には晴れ着を着た胴体もあった。
「爆弾だよね?」
ミントが言った。
「砲撃かもしれないよ」
米子が言った。
「砲撃!?」
「爆発の直前に飛翔音がした。北海道の訓練所にいた時、時々近くの演習地で自衛隊の演習を見せてもらったんだけど、その時聞いた事のある迫撃砲の飛翔音だったよ」
「迫撃砲って昔の戦争映画に出てくるあれだよね?」
「人がギュウギュウ詰めだったからそれが盾になって私達は爆風をモロに受けずに済んだんだよ。とにかく原宿駅の方に行こう。ここじゃ暗いし状況がわからないよ。臭いも酷い」
米子が言った。
「そうだね。退避して木崎さんに連絡しよう」
米子とミントは南参道を原宿方面に向かって歩いた。
1月1日1:30、神宮橋から原宿駅前は立ち入り禁止となり、警察車両、消防車両、救急車が道路を埋め尽くすように並び、赤色灯を輝かせていた。救急車と消防車のサイレンが鳴り響く中、米子とミントは表参道ヒルズのショウウィンドウにもたれ掛っていた。地下鉄の表参道駅もJR原宿駅も混雑して入場規制になっていた。米子は木崎に電話を掛けたが、通信が混雑してるようでなかなか繋がらなかった。
「ネットのニュース速報でも取り上げ始めたね。でも明治神宮で爆発事故としか書いてないよ。報道車両が集まり始めたからその内テレビ中継も始まるよ」
ミントがスマートフォンの画面を見ながら言った。
「この騒ぎと駅の入場規制でこの辺の人が一斉に電話してるから電話回線が混んでるんだろうね。明治神宮の参拝客は三が日で300万人以上、元旦だけも100万人だって」
米子もスマートフォンを見ながら言った。
「さすがに深夜は寒いね。でも動きが取れないよね。駅には入れないし」
ミントが手の平に白い息をかけながら言った。
「とにかく木崎さんに連絡が取れるまで待とうよ。指令があるかもしれないよ」
米子が言った。
木崎への電話は十数回目でやっと繋がった。
『木崎だ、米子か? 今どこだ?』
『表参道にいます。初詣の最中でした。ミントちゃんも一緒です。明治神宮で爆発がありました。おそらく迫撃砲による砲撃です』
『明治神宮だけじゃない! 川崎大師と鎌倉の鶴岡八幡宮でも爆発があった。幕張の年越しライブでもだ。正月早々悪いが明日の7時に事務所に来てくれ、緊急招集だ』
『わかりました。行きます』
米子は通話を切った。
「7時に事務所に集合だって。他の場所でも爆発があったみたいだよ」
「7時って今2時半だよ。駅は入れないし、タクシーも捕まらないよね。帰って寝る時間がないね」
ミントが言った。
「事務所まで歩こうよ。ここからなら1時間かかないよ。事務所で木崎さんを待とう」
「そうだね。歩けば少しは体も温まるかもしれないね」
米子とミントは原宿から西新宿まで歩いて事務所に入った。途中でコンビニエンスストアに入って飲み物や朝食を買った。
1月1日5:00、米子とミントは事務所の応接室でテレビを見ていた。テレビの緊急特別報道番組では同時多発爆破事件の報道をしていた。テレビの情報によれば明治神宮と川崎大師、鎌倉の鶴岡八幡宮、幕張メッセの人気アーティスト20組による年越しライブ会場で爆発テロが発生したとの事だった。被害状況は徐々明らかになってきており、米子達のいた明治神宮では死傷者が80人以上出ているとこ事だった。
「明らかに爆破テロだよ。それも同時多発だよ。元旦を狙ったのは何か意図があるんだろうね。私達も危なったよね。明治神宮も酷い状況だったもんね」
ミントが言った。
「赤い狐の可能性があるね。あの爆発はやっぱり迫撃砲だよ。木崎さんが本部から情報を聞いてるはずだよ」
米子が言った。
「迫撃砲って、いったい赤い狐は何を狙ってるんだろうね? 木崎さん早く来ないかな。なんか落ち着かないよ」
ミントが言った。
「今回は直接的な破壊より心理的効果を狙ったんだと思うよ。だからわざわざ元旦を選んで、初詣なんかの一般市民が多く集まる場所を狙ったんだよ。それにアナログ兵器だから
猶更厄介なんだよ」
「なんで厄介なの?」
「迫撃砲はレーダーやセンサーなんかの電子機器による補足ができないし、小型トラックなんかで運べば人目に付かないし、構造が簡単だから発射技術の習得も簡単だよ。それに東側からの入手も簡単だと思うんだよね。ウクライナの戦場なんかにいっぱい転がってるだろうし」
「私、ミリタリーとか戦争映画が好きだけど、まさか街中で迫撃砲を使うなんて考えてもいなかったよ。爆弾やロケットランチャーならわかるけどさ」
「ミントちゃんはミリ女だもんね。迫撃砲はやっぱり意外なの?」
「そりゃそうだよ。こんな古い兵器なんて映画の中だけだと思ってたよ。でも今でもウクライナとか紛争地帯で使われてるんだよね。それだけ信頼性の高い兵器なんだよ」
「自衛隊が装備してるのは知ってるけど、昔の日本も使ってたんだよね?」
「旧日本陸軍も使ってたよ。しかも擲弾筒っていう他国には無い特殊な小型迫撃砲も使ってたんだよ。重量が5kgくらいで1人で携帯できる超小型の迫撃砲だよ。射程は数百メートルだけど、接近戦では効果があったんだよ。熟練した兵士だと百発百中で、米軍兵士を震え上がらせたんだよ」
「へえ、超小型ってどれくらいの大きさだったの?」
米子が訊いた。
「自転車の空気入れを少し太くしたくらいだよ。砲弾はミニペットボトルくらいの大きさだから手榴弾くらいの威力かな。一般的な迫撃砲は口径が60mmから150mmまであって、大きいやつだと重量が300Kg以上あるんだよね」
「今回のはきっと大きな迫撃砲だよね、被害が大きかったよ」
「新年早々酷い光景だったよ。思い出したくないよ」
ミントが顔を顰めて言った。




