Chapter3 「男達の反攻 米子ファンクラブ」
Chapter3 「男達の反攻 米子ファンクラブ」
米子は大場の営む東上野の骨董品店『戦士の寝床』に顔を出した。
「あの、大場さんいますか?」
「あっ、沢村さんだよね。カワイイから名前覚えちゃったよ。なんかさ、若い頃のガッキーに凄く似てるんだよね。俺、ファンなんだよ。俺の名前は高橋聖人っていうんだ、大学生2年生だよ。仲良くしてよ、美味しい物奢るからさ、何が食べたい? イタリアンかな?」
レジに座って漫画雑誌を読んでいた若い男がテンションの高い声で言った。
「あの、大場さんはいないんですか?」
米子が冷めた声で言った。
「インターフォンで呼ぶから待ってて」
高橋が寂しそうに言った。
米子は狭い階段を降りて地下の大場の作業部屋に入った。
「米子ちゃん、大丈夫なのか?」
米子が挨拶をする前に大場が言った。
「何がですか?」
米子はしらばっくれた。
「何がじゃないだろう? 何をやらかしたんだ? 噂が飛びかってるぞ!」
「噂って私の懸賞金の事ですか?」
「そうだよ、いろいろと噂になっている。俺も商売柄裏社会とは繋がりがあるからイヤでも耳に入るんだ。理由は知らないが米子ちゃんに懸賞金が掛かってるそうじゃないか?」
「そうみたいですね。だから弾を買いに来たんです」
米子が言った。
「わかった、有るだけ売ろう。この店に無い物は早急に仕入るよ」
「助かります」
「しかしあんまり出歩かない方がいいんじゃないか? 殺し屋とかヤクザや半グレが狙ってるんだろ?」
大場が心配そうにいった。
「大丈夫です。狙ってくる相手なら遠慮なく撃てます。ヤクザや半グレなんて銃に関してはセミプロです。こっちはプロです。むしろ狙わせてカウンターに出るつもりです」
「不意打ちを喰らうかもしれないぞ。米子ちゃんに会えなくなるのは寂しい。葬式なんか行きたくないからな」
「それも大丈夫です。私達に葬式なんかありません。最初から存在しなったかのように社会から消えるだけです。普段使ってる掃除屋さんが焼却炉か薬品を使って綺麗に消してくれます」
「想像したくないな。そういえば妙な噂を聞いたよ。三輝会本部から配下の組や組織に、米子ちゃんを襲った者は絶縁処分にするっていうお触れが出たらしい。懸賞金目当てに若い女の子を殺すなんて極道の風上にも置けないっていう事らしい」
米子は権藤正造のおかげだと思った。権藤正造は日本最大の広域暴力団三輝会の会長で米子達と交友があるのだ。権藤は米子、ミント、樹里亜、瑠美緯を孫のように思っている。
「たぶん会長の権藤さんだと思います。友達みたいな関係なんです。向こうは孫だと思ってるみたいです」
「権藤正造と懇意なのか。それは凄いな。権藤会長が発信元なら三輝会系列の組織はもちろんの事、三輝会と揉めたくない他の組織も従うだろう。だがフリーの殺し屋や半グレ集団は狙ってくるぞ。2億円の魅力は大きい」
「2億円の代わりに鉛の弾をお見舞いします。9mmのフルメタル100発、ホローポイント100発、357SIG弾を100発、45ACP弾50発、500マグナム弾30発でお願いします。あと、9mmのAP弾もあれば30発ください」
「全部あるよ。フルメタルとホローポインと45は1000円でいいよ。357SIGは2000円。500マグナムと9mmAP弾は3000円だ」
「この前のより安いですね。ありがとうございます」
「銃は何を使うんだ?」
「SIGの226と229と365にMEUとS&Wの500です。ベレッタ92もあります」
「そうか、226とベレッタのマガジンを1つずつサービスしよう。拳銃だけで大丈夫なのか?」
「ライフルは無いですか? アサルトライフとか」
「この店にアサルトライフルは無い。だがマシンピストルならあるぞ」
「マイクロウージーかMP7なら欲しいです」
「その2つは無いが、スコーピンならあるぞ」
「古い銃ですね。弾は32ACP弾ですよね? 威力が不安です」
米子が言った。
「VZ61じゃなくて9mm仕様のVZ85だ。中古だがメンテンナンスは万全だ。ボルトのスプリングとトリガーのバネを良いヤツに変えてあるから撃ち心地はマイルドで命中率もいい。吸音材入りのサプレッサーのもあるから街中で撃っても目立たないぞ。特別に30万円でいいよ。予備の30連マガジンも1つ付けよう」
「でも9mmっていっても東側のマカロフ弾ですよね?」
「いや、東の9×18mm マカロフ弾じゃなくて西の9×19mm パラベラム弾仕様にバレルとチェンバーを改造してある。マカロフ弾は手に入りにくいからな。威力も弱いし。9mmパラベラムなら幾らでも手に入るし西側の拳銃と互換があるからな」
「いいですねえ! じゃあそれを下さい。そしたら9mmのフルメタルを100発追加でお願いします」
「いいだろ。そうすると全部でえーと・・・・・・」
「103万円ですよね」
米子が言った。
「さすが計算が速いな。IQ200だっけ? ミントちゃんが言ってたよ。キリがいいところで100万円でいいよ」
「IQは160です。200は調子がいい時です」
米子は言いながら肩掛けカバンから帯の付いた100万円の束を出すと大場に渡した。米子は東風会の木島に教えてもらった仕手株で儲けた500万円を元手に株のオンライン取引を始め、含み益を含んだ取引口座は850万円になっていた。昨日、その内の300万円を決裁して通常の預金口座に振り込んで、今朝銀行窓口でおろして来たのだ。
「どっちにしろ凄いぞ。アインシュタイン並みじゃないか。その頭脳があるのにこんな事で命を落とすのは勿体ないぞ」
「ノイマンには負けます。それに戦いは頭じゃなくて胆力です」
「女子高生のセリフとは思えないな。スコーピンはすぐに準備する。上のバイトに袋を持ってこさせよう」
大場は内線電話でバイトに紙袋を持ってくるよう指示を出した。
「上のバイトの人は大場さんが銃を売ってる事を知ってるんですか?」
「ただのバイトだ。薄々俺が怪しい事をやってるのは気付いてるだろが、高い時給を払ってるから口は堅い」
米子は大場の店の帰りに秋葉原のミリタリーショップに寄り、タクティカルベスト、弾帯、マガジンポウチを複数購入した。ミリタリーショップの客や店員は制服姿の女子高生がサバゲー装備を買うのを珍しそうに見ていた。
米子はタブレットPCにミントから貰ったミニSDカードを刺してPDFファイルを開いた。 阿南誠、54歳。階級は警視監。出身は岐阜県。東京大学法学部卒業。1995年に公務員第一種試験(現公務員総合職試験)に合格して警視庁に入庁。いわゆるキャリアだ。公安調査庁に出向後、警視庁に配属となり、外事課長と人事課長を経て公安部部長に就任。住所は東京都調布市つつじが丘2丁目。趣味は登山と将棋。剣道2段で英検準1級。小学生の頃より秀才と呼ばれ、学業は常にトップだった。高校時代は登山部に所属した。大学時代は東洋歴史サークルに入った。大学時代も成績が優秀で、ゼミの先輩の勧めで官僚を目指す事にしたのだ。第一志望の大蔵省(現財務省)は不合格となるが、警視庁に採用され入庁した。入庁後から権力に憧れを抱き、国際政治や組織論に興味を持つようになった。妻は麻由美52歳。子供は息子の『仁』26歳と『敦』22歳。仁はメガバンク『ほまれ銀行』に勤務。敦は国立大学の4年生である。阿南は家庭を顧みることなく仕事中心の生活を送ってきた。そのため妻の麻由美との関係は冷え切っており、息子達と会話する事も殆ど無く、家族は極めてドライな関係となっている。
平日の20時、5人の男達が新橋の貸し会議室に集まっていた。
「米子ちゃんにアメリカ商務長官暗殺をやらせたのですか?」
原田が訊いた。
「そうだ。だが失敗した」
神崎が応えた。
「暗殺の実行犯の射殺体が豊洲運河で発見されましたが、あれは偽物ですよね? 米子ちゃんじゃありませんよね?」
川島が訊いた。
「そうだ、ダミーだ。沢村米子はまだ生きている」
「何で我々は呼ばれたんですか?」
杉浦が不安そうに言った。
「神崎さん、私はもう降りたい。いくらアサシンとはいえ、元部下の娘を暗殺に利用するなんて出来ない。いったい公安の上層部は何を考えているんだ!? アメリカの高官を暗殺するなんて公安の仕事とは思えない! それに私はもう警察官ではない」
原田が意を決したように言った。
「私も協力できません。もう離島にでも何でも飛ばして下さい! こんな事をやるなら島の駐在にでもなって釣りをしてる方がましだ。いい大人が集まって何をやってるんですか?」
川島がはっきりと言った。
「私は東北であの娘に命を救われた。野宿をして一緒に戦ったんだ。一瞬とはいえ仲間だった。この件にはこれ以上関りたくない」
藤谷が怒ったような声で言った。
「君達に集まってもらったのは沢村米子を支援する為だ」
神崎が低い声で言った。
「えっ? 支援?」
「どういう事ですか?」
「話を聞かせてください」
「訳がわかりません」
4人が一斉に反応した。
「今回のゼニゲーバ商務長官暗殺の糸を引いていたのは阿南部長だ。いや、その上の赤い狐だ」
「赤い狐・・・・・・やはり阿南さんは赤い狐に取り込まれているのですね?」
原田が訊いた。
「これから話す事は他言無用だ。関わりたくないのなら部屋を出て行ってくれ」
神崎の言葉を聞いて席を立つ者はいなかった。みな事の真相を知りたいのだ。
神崎は今回の暗殺事件のからくりと阿南の野望について話した。米子に懸賞金が掛かっている事、壊滅した『夜桜』に変わって『闇桜』という実行部隊が設立された事についても明言した。
「阿南さんはそんな恐ろしい事を考えているのですか?」
杉浦が驚いたように言った。
「『闇桜』って・・・・・・」
藤谷が思わず声を漏らす。
「『闇桜』と裏社会の懸賞金って、米子ちゃんを消すつもりですか?」
川島が訊いた。
「何で神崎さんがそんな話をするのですか? 米子ちゃんを支援するってどういう風の吹き回しですか?」
原田が被せるように訊いた。
「私は阿南部長にはこれ以上ついていけない。恐ろしくなったのだ。だがあの人の暴走を止めなければならない。その手段の一つとして沢村米子を支援する事にした。あの娘に『賭けたく』なったのだ」
神崎が答えた。
「なるほど、そういう事ですか」
原田が神妙な表情で言った。
「私の考えに賛同できないものは無理に付き合う事はない。私一人でも実行するつもりだ」
神崎が低い声で言った。
「具体的に何をすればいいのでしょうか?」
原田が訊いた。
「阿南の力は強大だ。表立って逆らえばすぐに潰される。だから従う振りをするんだ。『面従腹背』というやつだ。そして沢村米子に情報を流すんだ。彼女には生き残ってもらいたい。願わくは阿南を倒して欲しい。闇桜は公安2課に配属された柳瀬警視正が指揮を執るようだ。私はなんとか公安1課の課長に席を置いているが、それもあと僅かだろう。阿南は私を良く思っていない。私が1課の課長である間に出来るだけの事をしたい」
「なるほど、米子ちゃんを助けるのですね。あわよくば阿南さんを倒してくれないかと。しかしそれは我々が米子ちゃんを利用する事になりませんか?」
川島が言った。
「沢村米子は放っておいても阿南を倒しに行くだろう。そうしなければ自分が生きられないからだ。だが阿南は全力で沢村米子を消しにかかる」
「阿南部長の事を監察室に伝えたらどうですか? 明らかに不正行為です。国家に対する
反逆です」
杉浦が言った。
「監察室も信用できない。『新しい力』にいる有力者が続々と赤い狐に鞍替えを始めている。警察機構だけではない。ある者は弱みを握られ、ある者は金を掴まされ、ある者は脅され、ある者は赤い狐の思想に感化されている」
「じゃあどうすれば・・・・・・」
杉浦が呻くように言った。
「俺は『夜桜』にいた。多くの仲間が護衛任務の途中で赤い狐の襲撃で命を奪われた。19人だぞ! 俺だけが生き残った。だが死んだ仲間は不慮の事故扱いで処理されたんだ。本来ならば殉職だ! 特進するはずだ! それなのに『闇桜』の構築だと!? 赤い狐に取り込まれた? ふざけるな! 阿南は俺達の上司じゃないのか? 本来なら赤い狐への報復の先頭に立つべきだ。俺は阿南を許せない」
藤谷が怒りを込めた声で言った。
「藤谷君、君は公安第2課に異動になるだろう。阿南部長の希望だ。君は秋田からの護衛任務で沢村米子と深く関わった。だから沢村米子も心を開くかもしれないと思っているようだ」
神崎が言った。
「ふざけた話だ。阿南は人を駒としか思っていない。それにあの娘はただの女子高生じゃない。驚くほど頭が良くて恐ろしく強い。俺はこの目で見た。いいさ、2課に潜り込んで闇桜の情報を掴んでやる。俺もあの娘に賭ける」
藤谷が言った。
「神崎さんはなんで急に米子ちゃんの味方になったんですか? 敵視していまいしたよね? 阿南さんについて行けなくなっただけですか?」
原田が訊いた。
「私はこの前沢村米子に会った。正確には待ち伏せされた挙句に尋問された・・・・・・君達は最近、警察官になった時の事を思い出した事があるか? 初めて警察手帳を手にした任命式の時だ。この国を、この国に生きる人々を守ると心に誓った時だ! 私は思い出した。あの娘が思い出させてくれたんだ。我々はいつから組織の駒になったんだ? いつから自らの保身と組織防衛の事しか考えなくなったんだ? 警察官になった時の志はどこに置いて来た? 警察官としての矜持はもう消えてしまったのか? 違うはずだ! 我々だってまだまだ正しい事をやれるはずだ! この国の人々を守る為に戦えるはずだ!」
神崎が熱く語った。神崎の体から熱い何かが迸るようだった。
「私はもう警察官ではありませんが協力させてください。神崎さん、なかなか演説が上手いですね。警察手帳の重みを思い出しましたよ」
原田が言った。
「これでも中学と高校時代は生徒会長だったんだ」
神崎が遠慮がちな笑顔で言った。
「私だって警察官の端くれです。離島に飛ばされたと思ってやってみますよ! 米子ちゃんの支援なら亡くなった沢さんに顔向けができる」
川島が言った。
「あの、私も仲間に入れて下さい。沢村米子には殴られたり、耳を切られたりしましたがなぜかあの娘を憎めません。それに電話番号とメアドの交換をしました。現役女子高生の友達が出来たたんだから喜べって言われましたよ」
杉浦が言った。
「よし、阿南の野望を阻止する為にも沢村米子を支援するぞ。敵が『闇桜』なら我々はその花びらを食い荒らす『闇夜のカラス』だ」
神崎が言った。
「いいですねえ、『闇夜のカラス』。公安の闇の中で飛び回ってやりましょう」
原田が愉快そうに。
「とにかく沢村米子抹殺に関する情報を集めるんだ。阿南の次の動きも探れ。きっと何か大きな事を企んでいる。外部にこのメンバーのメールグループとスレッドを作ろう。情報はそこに集めるんだ。くれぐれも怪しまれないように動くんだぞ」
神崎が言った。
「外部にスレッドを作るのは任せて下さい。セキュアな仕組みを作ります。このメンバー専用のVPNです。それと組織のメールでこの件に関するやり取りはしないで下さい。メールは監視されていますし、履歴がログに残ります」
杉浦が発言した。
「早く異動の辞令が出ないかな。阿南達を潰せば仲間達の弔になる。それにこの国を守る事にもなるんだ」
藤谷が独り言のように言った。
「なんか私達、米子ちゃんのファンクラブみたいですね? 米子ちゃんカワイイもんな」
川島が笑顔で言った。
「ファンクラブか。女子高生1人を巨悪と戦わせる訳にいかないだろ。我々は大人だ。大人としての良識と責任がある。そして警察官としての良心と誇りがある」
神崎が言った。
「私はかつての部下を守れなかった。その娘が戦っているんだ。家族の遺体が転がる部屋に3日間も1人で座っていたあの娘を守るのが部下への贖罪なんだ」
原田が目頭を押さえて言った。
原田は荒川区にある自宅に帰る途中で和菓子屋『屁煮須堂』で妻の好物だった『よもぎ豆大福』と『すあま』を買った。古い5階建ての団地の階段を4階まで昇る原田の足取りは軽かった。原田は部屋に入ると仏壇の前によもぎ豆大福とすあまを供え、線香に火を着けて立てると手を合わせた。
「沢村の娘を助ける事になった。憶えてるだろ? 米子ちゃんだよ。警察官としてやり残した事をやれそうだ。『芳恵』、力を貸してくれ」
原田は8年前にこの世を去った妻の位牌に語り掛けた。




