Chapter27 「関東 VS 関西 格闘対決 十津川村」
Chapter27 「関東 VS 関西 格闘対決 十津川村」
米子達は講義の後、格闘訓練場で自重筋トレとストレッチを行っていた。服装は模擬戦闘の時から着ている紺色の戦闘服だった。瑠美緯の提案で風呂に入る前にひと汗かくことにしたのだ。格闘訓練場は柔道の道場に似た造りで床は競技用の畳だった。
「ほう、さすがやな。出張に来ても体を鍛えとるんか」
オリーブドラブの戦闘服を着たニヤニヤ企画のメンバーが格闘訓練場に入って来た。茶色の戦闘服を着た中学生の訓練生達も一緒だった。
「お風呂と食事の前にひと汗かこうと思ったんだよ」
ミントが言った。
「戦闘はボロ負けやったけど、ウチら格闘は強いんやで。めっちゃ訓練しとるからな。格闘やったら負けへんで。あんたら別嬪やし、沢村さんなんか頭はいいかもしれへんけど、メチャ美人で綺麗な顔しとるから『どつき合い』なんかした事ないやろ?」
松井明日香が言った。松井明日香は米子達が格闘に弱いと思い込んでいた。自分たちが厳しい訓練をしているという自負もあった。何よりも松井明日香はフルコンタクト空手関西大会の女子の部で優勝したとうい事実に裏付けられた自身があった。
「じゃあ軽くスパーリングしてみる?」
ミントが言った。
「スパーリングやなくて試合や。真剣勝負や!」
松井明日香が言った。
「ルールはどうするの?」
米子が言った。
「総合ルールやな。KOかギブアップするまで戦うんや」
松井明日香が言った。
「米子先輩、私がやります。1級工作員の試験の為に本部で格闘訓練を沢山受けたから試してみたいっす」
瑠美緯が言った。
「それやったらウチが相手するわ」
井上乃愛が言った。
「あかん、あいつら格闘の試合するつもりや。木崎さんどうします? ウチのメンバーは格闘訓練に力を入れてるんですわ。演習で敗けたからリベンジしたいんやろな。本気でいくかもしれませんわ」
松原が監視モニターを見ながら言った。木崎と松原は教官室で机を挟んで談笑をしていたが、監視カメラの映像で双方のメンバーが集まっているのが目に入ったのでモニターの前に移動したのだ。
「かまいませんよ。ウチのメンバーもそれなりに強いんでお互いにいい訓練になるんじゃないですか」
木崎が言った。
「ウチの松井は去年、フルコンタクト空手の関西大会の女子の部で優勝したんです。本気でやったらそちらのメンバーに怪我させてしまうかもしれませんわ」
「いいですよ怪我くらい。緊張感があっていいんじゃないですかね」
木崎が言った。
瑠美緯と井上乃愛が向かい合って構えた。2人とも黒いオープンフィンガーのグローブを着けている。
「訓練生、廊下を見張っとるんや。松原さんや教官らが来たら教えるんや。美玖、スマホで動画撮るんや。勝った証拠にするんや」
松井明日香が訓練生達に命令した。訓練生達が扉を開けて入り口に立った。森口美玖は小さなショルダーバックからスマーとフォンを取り出して構えた。
「よし、始めや!」
松井明日香が言った。
井上乃愛がいきなり右の上段突きを出した。瑠美緯は右に回ると左ジャブを打って続けざまに右ストレートを打った。井上乃愛のガードに瑠美緯右ストレートが当たって『ゴツ』と音が鳴った。
『ボスッ』
瑠美緯の体が左に素早く動くと左ボディーブローを放った。左ボディーブローが綺麗に井上乃愛の脇腹に入った。米子直伝の左ボディーブローだ。井上乃愛は腹部に激しい痛みを感じたがなんとか耐えた。もう一発喰らったら終わりだと思った。井上乃愛が飛び込むように体を前に動かすと同時に右手が素早く飛び出した。指が伸び、拳が握られていなかった。
「痛っ!!」
瑠美緯が声を上げて両手で顔を押さえて膝を曲げた。
「ちょっと待って!」
米子が叫んだ。井上乃愛の動きが止まった。
「なんや!?」
松井明日香も大きな声が言った。
「瑠美緯ちゃんちょっと見せて」
米子が瑠美緯に駆け寄って顔を覆った瑠美緯の手を外して左目をこじ開けるように開いた。
「これはあかん。音声拾いますわ。ウチのメンバー模擬戦闘で負けたのがよっぽど悔しかったんやろな。すんません」
松原が言いながらモニター音量ダイヤルを回した。
「これ、目潰しでしょ! 反則だよ!」
米子が大きな声を言った。瑠美緯の左目の白目が赤くなって内出血していた。
「何が反則や! 遊びと違うんやで! 避けなかった方が悪いんや!」
松井明日香がキツイ声で言った。
「訓練なんだから目潰し有りならフェイスガード着けるのが常識でしょ!」
米子も負けずに大きな声で言った。
「米子先輩、避けられなかった私が悪いんです」
瑠美緯が言った。
「東京モンはビビりやな。ウチらアサシンやで。目潰しくらい避けな仕事にならへんわ。今のが実戦やったらやられとるで。次は誰や?」
松井明日香が言った。
「私がやるよ」
ミントが言った。
「ほな続けよか。こっちは誰がいくんや?」
「ウチがいくわ」
横井真帆が手を挙げて言った。
ミントと横井真帆が向かい合った。ミントは柔道の構えのように手を開いて力を抜いて構えた。横井真帆は両手の先を頬のラインまで上げて半身で構えた。フルコンタクト空手によくある構えだった。
「よし、始め!」
松井明日香が言った。
ミントが相手を警戒しながら時計回りに動く。横井真帆が右のミドルを出すと同時にミントが相手の懐に飛び込んで襟を掴んだ。ミントが相手を崩しながら右足で相手の両足を刈ろうとした。ミントは組技が得意だった。自分の体が小さい事を気にして、技を磨くために柔道の道場に通っていた。
「ううっーーー!!」
ミントが悲鳴を上げた。横井真帆の右手に握られた小さな黒い棒がミントの肩に食い込んでいた。米子が脱兎のようにミントと横井真帆の間に割って入り、横井真帆の右手首を掴んだ。ミントは肩を押さえてしゃがみ込んだ。
「何なのこれ! タクティカルペンじゃない! 総合ルールって言ったよね? こんなのおかしい! 武器使用は反則でしょ!」
米子が叫んだ。
「飛び道具はあかんけど、近接戦闘用の武器は許容範囲や。これは実戦を想定した訓練なんや。遊びやない言うてるやろ」
松井明日香が言った。
「そんなの聞いてないよ! これって訓練だよね? ルールは事前に共有するべきだよ。
まあ、何でもありならそれでいいよ。横井さん続きやろうよ、私が相手だよ」
米子が低い声で言った。
「米子、私は大丈夫だよ。だからあんまり怒らないで」
ミントが言った。ミントは米子が怒った時の声を知っている。そして怒った米子の怖さを
知っているのだ。
「えっ、あんたとやるんか?」
横井真帆が不安そうな声を出した。その目は明らかに怯えていた。
「近接戦闘だから飛び道具以外はありなんだよね? じゃあナイフ格闘やろうよ。アサシンなら当然訓練してるよね?」
米子が言った。
「ナイフ格闘か。面白いやないか。美玖、持ってくるんや」
松井明日香が言った。
森口美玖が格闘技場の隅に置かれたロッカーを開けて黒いトレーニングナイフを2本持って来た。トレーニングナイフはブレードの部分が硬質ゴムで出来た格闘訓練用のナイフだ。持って来たナイフはサバイバルナイフの形でブレードの長さが20cmだった。森口美玖が横井真帆と米子にトレーニングナイフを渡した。
「何これ? 本物持って来てよ。そっちこそビビってんじゃないの?」
米子が森口美玖に言った。
「えっ、でも・・・・・・」
「いいから持ってきて! 遊びじゃないんだよね!?」
米子が強い声で言った。
「ええやろ。教育棟の備品倉庫にあるはずや。持ってくるんや」
松井明日香が緊張した声で言った。
「あかん、あいつら本気や。木崎さん、止めてきますわ!」
モニターを見ていた松原が言った。松原の声を聞いて格闘教官の小田切と射撃教官の新見が席を立ってモニターの前に移動して来た。
「もう少し様子を見ましょう。まさか殺し合いにはならないでしょう」
木崎が言った。
「それやったらええけど・・・・・・」
松原は不安そうな顔をして言った。
米子と横井真帆が刃渡り18cmのコンバットナイフを右手に握って向かい合っていた。銀色の刃が鈍く光っている。横井真帆の握り方はコンバットグリップだった。米子は右腕を下に垂らすようにしてコンバットナイフの切っ先を下に向けていた。
「ルールはどないするんや?」
松井明日香が訊いた。
「1分後に立ってた方が勝ちだよ」
米子が低い声で言った。
「わかった。始めや」
松井明日香が言った。横井真帆がナイフを構えて腰を落とす。米子が左足を一歩踏み出すと下に垂らしていた右手を素早く上げて横に素早く振った。
『カツ~~ン!』
米子の右手から放たれたコンバットナイフが勢いよく飛んで格闘訓練場の壁の木の柱の部分に刺さった。見ていた全員が驚いた表情になった。
「ナイフは邪魔なんだよね。私、手加減できないから首とか刺しちゃったら洒落にならないし。そっちは使っていいよ」
米子が言った。
「なんや? 素手で闘うんか?」
森口玖美が言った
「どうしたの? アサシンならアサシンらしく刺してきなよ」
米子が言った。横井真帆が不安そうに松井明日香を見た。
「真帆、関西の意地みせたれや! 東京モンに負けたら許さへんで!」
松井明日香が大きな声で言った。横井真帆が構えていたナイフの柄を握って米子を睨みつける。
「木崎さん、これはあかんわ! ホンマあかん! 止めに行きましょ! ウチのやつら完全に冷静さを失っとる! ホンマに刺してまう!」
松原が焦った声で言った。
「沢村なら大丈夫ですよ。戦車でも持ってこないと米子は殺せませんよ。戦闘ヘリも必要かもなぁ」
木崎が呑気な声で言った。
「あの、さすがにナイフと素手はまずいん違いますか? プロの格闘家でもナイフを持った相手とは戦わないらしいです」
格闘教官の小田切が言った。
「ほんまに刺してええんか?」
横井真帆が言った。
「いいよ。刺せるもんなら刺してみてよ。実戦を想定した訓練なんだよね? 実戦では相手が本気で殺しに来るんだよ。だからこっちも本気で殺しにいく。でも、関西の田舎者のナイフなんか怖くないから。なんか緊張感がないんだよね。あんた達、漫才やってる方が似合ってるよ。でも、ぜんぜん面白くないんだよね、関西の漫才って。『でんがなまんがな』言ってるだけじゃん。街もソース臭いし」
米子が挑発するように言った。
横井真帆が踏み込んで右手を突き出す。米子が体を右にスライドさせた。コンバットナイフと横井真帆の腕が米子の体と左腕の間を通る。米子が脇を閉めるようして横井真帆の前腕を脇の下に挟んだ。米子は素早く体を右斜め下に捻ると同時に横井真帆の傾いた頭を右手で上から押した。横井真帆の右腕は逆関節になって体が左側に下がり、左膝を床に着きそうになる。
『ガコッ』
米子の右膝蹴りが横井真帆のこめかみに炸裂する。
『ビシッ』
米子の右手刀が横井真帆の右首筋に打ち込まれた。右手からナイフが床に落ちる。
「うっ」
横井真帆が一声上ると床に崩れ落ちた。米子が倒れた横井真帆の頭に踵落としを入れた。
「真帆、大丈夫か?」
松井明日香が声を上げる。ニヤニヤ企画の他のメンバーと訓練生達は硬直したように動かない。松井明日香は米子の予想外の強さに驚いていた。何よりもナイフを持った相手を前にして毅然とした態度を貫いた米子の度胸に驚嘆した。
「ナイフ格闘は相手がプロの場合は突いたらダメ。切るの。相手のガードした腕や、太腿の内側を狙って切る。何度も切るの。突いたら腕を取られるから」
米子が言った。
「米子先輩さすがっす!」
瑠美緯が声を上げる。
「強いなあ~」
森口玖美が思わず声を漏らす。
「凄い! 今の何や? ナイフが刺さったと思ったわ。どうやって逆転したんや?」
松原が驚いて言った。
「脇でナイフを持った腕を挟んで絞めたみたいやな。体を捻って逆関節にして相手をコントロールしとった。偶然ではできん技や。ニコニコ企画さんはこんな訓練しとるんですか?」
小田切が訊いた。
「沢村は特別です。生れ付いての戦闘マシンです。本人はそう言われるのをイヤがってますけど、訓練所の訓練が彼女の潜在能力を覚醒させたんです」
木崎が言った。
「ウチと勝負や! 手加減せえへんで!」
松井明日香が叫ぶように言った。
「いいけど、総合ルール?」
米子が松井明日香を見て言った。
「打撃や、どっちかがKOされるまでやるんや」
「よかった、私、打撃得意なんだよね」
米子が微かに微笑んだ。松井明日香は米子の微笑み中に輝く瞳を凝視して恐怖を感じた。瞳の中に死の闇を見た気がしたのだ。本気で行かないと殺される。松井明日香の頭の中に警鐘が鳴り響いた。
松井明日香は足の幅を肩幅に開き、左足を前に出して拳を軽く握った両手を顔の位置に挙げていた。オーソドックスなフコンタクト空手の構えだ。米子は左半身に構え、左手を前に出して右手は顎の高さに置いていた。
松井明日香の左下段蹴りを出した。キックボクシングのムチのようなローキックと違い、力を込めて上から打ち下ろすのが空手の下段蹴りだ。米子が右足の膝を外に向けて上げるようにしてブロックした。『ゴツ』という脛と膝がぶつかる音が格闘技場に響いた。松井明日香が左右のストレート連続して出した。米子は上半身を回すようにして躱した。米子は、松井明日香のパンチは突きに近く、威力がありそうだと思った。しかし格闘技大会で戦ったプリンセス・エリカのパンチに比べればスピードもキレも無いと感じた。
松井明日香は間髪を入れずに右の上段回し蹴りを出そうとした。米子が全身のバネを使って右足を上げかけた松井明日香の懐に飛び込んだ。
『ベキッ』
米子は前傾させた頭を固定させたまま松井明日香の顔面に衝突するように叩き込んだ。米子の額の生え際の部分が松井明日香の鼻を直撃した。松井明日香は後ろにのけ反った体を慌てて戻そうとしたところに米子が右ストレートを打った。松井明日香がブロックをするために左腕を上げる。
『ボスッ!』
松井明日香の右腹に米子の左ボディーブローがヒットした。モロに肝臓に入った拳の衝撃が松井明日香の内臓に激しい衝撃を与えた。右ストレートはフェイントだった。
「うう~~」
松井明日香が右手で腹を押さえてその場にしゃがみ込もうとした。両方の鼻の穴から血がだらだらと流れている。
『ガコッ』
米子の右踵落としが松井明日香の頭頂部にヒットして松井明日香が仰向けに倒れた。
「どうする? まだ続ける?」
米子が言った。
「まだや、まだ負けたわけやない。そやけど頭突きとは卑怯やな」
松井明日香が仰向けのまま言った。
「じゃあ立ってよ。頭突きも立派な打撃技だよ。目潰しやタクティカルペンがありなら頭突きなんて全然OKだよね。いつまで寝てるの? 寝技で勝負する?」
米子が言った。
「今立つ、立てばええんやろ」
松井明日香が言いながら立ち上がったが俯いた顔面が汗で濡れていた。
「じゃあ行くよ」
米子が言いながらその場でピョンピョン跳ねた。松井明日香は米子に接近したいが米子の素早い攻撃が怖くて間合いを詰める事ができない。米子が跳ねるのを止めて時計回り動き出すと松井明日香が追いかけるようにして左右の中段突きを出した。米子は動くのを止めて敢えて中段突きを腹で受けた。体力を消耗してダメージの残る松井明日香の中段突きは威力が落ちていたため、米子の硬くしなやかな腹筋に弾き返された。お互いに足を止めて向かい合った。松井明日香の鼻からは血が流れ続け、オリーブドラブの戦闘服の襟が赤黒く染まっている。ギラギラした目が米子を睨みつける。
米子が素早く左ハイキックを出した。松井明日香が両手を使って受けた。
『ガコッ』
米子が着地した左足に瞬時に力を込めて飛び上がって横から回すように膝蹴りを出すと松井明日香の左こめかみに右膝がヒットした。松井明日香の脳が横に激しく揺れて意識が飛びそうになった。松井明日香は倒れまいと必死に米子に組み付いた、と思った瞬間体が急に軽くなり、米子の体が見えた次の瞬間に格闘訓練場の壁と天井と蛍光灯が見え、体が強い遠心力で回っているのを感じた。
『ドシン!』
受け身が取れなかった松井明日香は背中を畳に激しく打ち付け、体全体に衝撃が伝わった。米子の巴投げだった。伸ばした左足を松井明日香の腹に当てて支点とし、袖を強く引いて梃子の原理を使った強い円運動で松井明日香を一瞬にして投げ飛ばした。米子は素早く立ち上がったが松井明日香は動けなかった。
「早く立ってよ、もう終わり? 関西の意地とか、東京モンがどうとか、そういうの下らないよ。バカじゃないの」
米子は容赦なかった。自分の仲間に事前の通告も無しに目潰しや凶器攻撃をされた事が許せなかったのだ。
松井明日香がゆっくりと立ち上がって構えた。立つのがやっとの状態だった。
『バキッ!』
『ビシッ!』
米子の右ローキックが松井明日香の左の太腿に、左ローキックが左足の膝の裏側に炸裂した。松井明日香は本能的に反撃しようと思ったが、軸足の左足が痺れ、バランスを崩した。
『ガコッ!』
米子の後ろ回し蹴りの踵がバランスを崩した松井明日香の右頬に入った。松井明日香は斜め後ろに吹っ飛んで仰向けに倒れた。
『ガツッ』
倒れた松井明日香の額に米子の踵落としが入った。松井明日香は失神して動かなくなった。ニヤニヤ企画のメンバーと訓練生達が息を飲んだ。
「打撃系が聞いて呆れるよ。寝てばっかりじゃん。さっさと立ってよ」
米子が呆れたように言った。




