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Chapter21 「復讐のレクイエム」

Chapter21 「復讐のレクイエム」


 ダッシュボードに置いたスマートフォンが鳴った。『闇夜のカラス』のグループLINEメッセージが着信したのだ。神崎は運転中の警察車両の黒いアコードを第一京浜の『北品川』の路肩に寄せて停めると藤谷からのメッセージを確認した。


 『野村の電話相手は恋人の篠田麻衣でした。篠田麻衣は本日勤務先を早退してます。発信は横浜市の埋立地、鶴見区の末広町でした。野村はそこに向かっていると思われます。原田さんと川島さんも車で鶴見区に向かっています。杉浦さんは電車とタクシーを使うようです』

神崎はグローブボックスからベルサーチの黒いサングラスを取り出して掛けた。業者の接待ゴルフコンペの賞品で貰ったサングラスだが今回初めて使うことにした。阿南達と遭遇した時に少しでも顔を隠す為だった。ボタンを押してルーフにパトランプ出すと赤色灯を点灯させて、右ウインカーを出しながらして黒いアコードを走行車線に合流させた。


 米子は篠田麻衣の横にお握りと菓子パンとお茶と水のペットボトルを置いた。米子は手に拳銃を持ったままお握りを食べていた。篠田麻衣はお握りを一口食べたあと、ペットボトルのお茶を飲んだ。食欲は無かったが、食べる事で米子との距離を縮めたかった。


 篠田麻衣は子供の頃から正義感と責任感が強く、学級委員長や生徒会長を何回も任されるほど周りの信頼も厚かった。中学と高校時代はソフトボール部の主将を務め、後輩達の面倒をみる姉御肌の性格だった。度胸もあり、高校時代は通学の電車内で痴漢を2人捕まえた。野村と出会った時は野村の理知的な雰囲気に惹かれたのだが、付き合い始めてからはどこか危うげな野村を放っておけなくなっていた。しかし最近は左翼活動を続けている野村ついていけない思う事も多くなってきた。


 篠田麻衣は冷静に考えていた。恋人の野村雅史が左翼的な活動をしている事は知っていた。野村は世の中の不平等や貧富の差を無くし、理想的な国家を作るという崇高な理念を持っていた。ある種、幼稚なまでの正義感とも思えた。野村はその手段として社会主義革命という活動に手を染めたのだ。篠田麻衣は最近、野村が活動に疑問と矛盾を感じ始めている事を知っていた。しかし篠田麻衣も野村に対する気持ちが変化し始めていた。決して気持ちが冷めた訳ではないが、野村とは同じ道を歩いていけない、幸せな未来を築けないと感じていた。


 篠田麻衣は頭の中を整理する事にした。目の前の少女はかつて野村達に家族の命を奪われたと言っているが、嘘とは思えなかった。野村は過去にかなり過激な活動をしていると話していたのだ。目の前の少女は頭が良さそうだった。荒唐無稽と思われる政府の特殊な組織についても、拉致の手際の良さ、年齢にしては巧みな車の運転、拳銃の取り扱いなどを考えると信じるに値すると思った。何より少女の悲しい瞳がそれを物語っていた。アイドル並の美しい顔の中で、過去を語る時の瞳が深い悲しみを湛えた湖のように見えたのだ。今回はなんとか米子を説得して、野村を殺すのを止めさせ、野村と米子を警察に自首させる方向もっていきたかった。

「ねえ、あなたは私よりも一回り以上年下よね。でもこうして一緒にお握りを食べていると年の離れた姉妹みたいな感じね。私、あなたを守ってあげたくなっちゃったわ。だっていろいろ辛い目にあったんでしょ? 私の事、麻衣ちゃんって呼んでもいいのよ」

篠田麻衣が優しい声で言った。なんとか米子を落ち着かせて取り込みたいと思ったのだ。

「無駄話はしません。もうすぐ野村が来ます」

米子がキッパリと言った。

「ねえ、復讐なんかしたって うぐっ

米子は再び篠田麻衣にタオルで猿轡をかませると腕時計を見て立ち上がって倉庫の入り口まで歩いた。入り口を1mほど開けると80mほど離れたゲートの前にタクシーが停まり、一人の男が降りてくるのが見えた。男は開いたゲートを抜けると倉庫に向かって歩き出した。近づいて来る野村雅史は背が高く、グレーのズボンに紺色の作業用ジャンパーを身に付けていた。肩からは黒いナイロンのショルダーバックを掛けている。


 野村雅史38歳。犯行当時は29歳。住所は大田区大森北3丁目34ビッチハイツ203。職場は大田区蒲田『有限会社テコキ製作所』でNC旋盤工として勤務。栃木県生まれで高校は県内1の進学校を卒業した。幼い頃より機械に興味があったので東京都品川区の国際工業大学に入学する。

大学1年生の時に鉄道研究サークルに入るが、そこは極左集団『真革派』の偽装サークルだった。元来純粋な性格の野村はサークル活動の中で左翼思想に傾倒し、集会やデモ動に参加するようになる。大学卒業後は大手機械メーカー『木立製作所』に入社するも左翼活動を継続し、入社2年目に反政府の暴動に参加して逮捕された事により退職を余儀なくされる。

退職後は活動家として政府施設の破壊活動や企業恐喝などを行うようになったが、徐々に社会主義革命に疑問を抱くようになった。そして生活基盤を安定させる為に蒲田にある従業員30名の『有限会社テコキ製作所』に入社した。現在も時々『真革派』の集会に参加するが、極力活動を押さえ、仕事に注力するようになっている。NC旋盤工としての技術力は高く、頭も良いため、生産及び原価管理などの経理業務の一部も手伝っている。最近では社長の片腕として経営にも参画しするようになった。恋人の野田麻衣は『港西信用金庫蒲田店』に勤める32歳。交際期間は2年半となり結婚も考え始めていた。


 神崎の運転するアコードは横浜市鶴見区の潮風大通りを走っていた。ダダッシュボードの上のスマートフォンが振動した。メッセージではなく電話だった。神崎は運転したままスマートフォンに手を伸ばした。

『藤谷です。野村がタクシーを降りて鶴見区の埋立地にあるヤードの倉庫に入りました。これより闇桜は倉庫を包囲して裏口から中に入ります。沢村米子がいた場合は確保しろとの事です。抵抗した場合は射殺せよとの命令が出ています』

『私は今、鶴見区の潮田町を通過中だ。ヤードに入るつもりだ」

『阿南も合流するようです』

『わかった、引き続き監視を頼む。私は沢村米子を支援する』

『了解です。原田さんと川島さんもヤードの近くで待機しています』


 米子は篠田麻衣の近くに置かれた大きなショルダーバックを引ったくるようにして取ると大きなプレス機の後ろに身を隠した。野村が1mほど開いた倉庫の入り口からゆっくりと警戒するように入って来た。

「んんーー、んんーーーー」

篠田麻衣が必死に声を出そうとする。

「麻衣~!」

野村が篠田麻衣に気付いて駆け寄る。

「麻衣、大丈夫か?」

「動かないで!」

米子がプレス機の陰から歩み出た。右手でSIG―P229を構えている。

「誰だお前は!? お前が麻衣を拉致したのか?」

野村が米子に飛び掛かろうとした。

『バン!』 『バン!』

SIG―P229が火を噴き、9mm弾が野村の左右の耳を掠った。野村は目を大きく見開いて動きを止めた。左右の耳に衝撃と痛み感じた。

「本物です。左右の耳を3mmずつ撃ちました。動いたら眉間を撃ちます」

野村は左右の耳の端を指で触ると指先に血が着いていた。米子の驚異的な射撃技術に驚いた。

「そこに座って」

米子が冷静に言った。野村はコンクリートの床に胡坐をかくように座った。

「お前は誰なんだ? なんのつもりだ?」

野村が言った。

「私は沢村米子」

米子が言った。

「沢村?」

「沢村栄一の娘」

「何? あの公安の沢村・・・・・・確か女の子が生き残ったはずだ・・・・・・まさか?」

「なんで父と母と弟を殺したの!?」

米子が大きな声で言った。野村は黙っていた。

「答えて、何のために殺したの?!」

「革命のためだ。世の中を良くするためだ」

野村が小さく低い声で言った。

「私の両親と弟が死ねば世の中が良くなったんですか?」

「君には悪い事をしたが、革命に犠牲はつきものなんだ」

野村が下を向いて言った。

「それで革命は上手くいったんですか? 世の中が良くなったんですか? 片山は何も答えてくれなかった。だからあなたに訊いてるんです!」

「片山に会ったのか?」

「殺しました」

「あいつはただ活動を利用して暴れたかっただけだ。だが俺は違う。理念がある。思想がある。真の平等を実現したかったんだ。貧富や身分の差が無い社会を作りたかった。それには資本主義に毒されたこの国を一度ぶっ壊す必要があったんだ」

「そんなの無理だって事ぐらいわかるでしょ? 大人のくせにバカじゃないの!? 今の日本は他の国に比べれば十分豊だし自由だよ」

「それは違う。見せかけの自由だ。政府は国民から搾取している」

「だったらあなたが政治家になって国を変えればいいでしょ! 暴動とかテロとか逆効果だよ。ただの犯罪じゃない!」

「そもそも君は何者なんだ? なんで拳銃なんか持ってるんだ?  訓練を受けているな? ただの高校生じゃないだろ?」

「私はJKアサシン! あなたの嫌いな国家に雇われてるの! 13歳から人殺しの訓練

を受けてるの!」

「んーーー、んんーーーーんん!」

篠田麻衣が喋ろうとしているが猿轡で声が出せない。米子は篠田麻衣の後ろに回って猿轡を外した。

「雅史さん、その子に謝って! 理念なんかどうでもいいの! まずは人として正しく生きて。正しい世の中を作るためなら罪の無い人を殺してもいいの? そんな事していい世の中が作れる訳ないでしょ。まずは謝って、お願い!」

篠田麻衣が涙を流しなら言った。篠田麻衣はこの状態が危険だと思った。なんとか米子の気持ちを静めたい考えた。また、米子の境遇に大いに同情していた。

「この子の父親は公安の刑事だった。国家権力の犬だ。俺たちの組織に潜り込んで犬みたいに嗅ぎ回ってたんだ。だから消す必要があったんだ」

「お父さんは優しかった。警察官だから殺したっていうの? じゃあお母さんと弟を殺したのは何で? お母さんと秀ちゃんが何をしたっていうの? 何で殺されなければならなかったの!?」

「そっ、それは・・・・・・仕方無かったんだ。ちょっとした手違いだ」

「そんなの答えになって無い!! 私は押入れの中から見てたの! 全部見てたの! ちゃんと答えてよ!! なんで私はアサシンなんかやってるの!? 答えてよ!! 答えて

よ!! 誰か答えてよ!!!」

米子の両目から溢れるように涙が零れ落ちた。それは9年分の涙だった。あの時枯れたと思った涙だった。野村は下を向いたままだった。

「答えてよ! ちゃんと答えてよーーー!!!」

米子が涙を流しながら叫ぶように言った。米子は今にもその場に泣き崩れそうだった。

「多くの者が幸せになるためには犠牲が必要なんだ。君の父親が公安刑事になんかなったのが間違えなんだ! 国家の犬なんかになったのが悪いんだ! その家族も国家の犬になるんだ! 恨むなら父親を怨め! 警察を恨め! この腐った国家を恨め!」

野村が米子を睨みながら言った。

『バン!』 『バン!』

SIG―P229が2回跳ね上がった。357SIG弾が野村の額に2発撃ち込まれ、血飛沫と脳漿が飛び散って頭の上部が吹き飛んだ。上半分が無いチューリップのような頭部が大きく後ろ傾いて野村の体が後ろに倒れた。

「きゃあ!! イヤーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

篠田麻衣が叫び声を上げる。

米子は『やっと終わった』と思った。しかし心が晴れる事は無く、その気配すら感じる事ができなかった。任務で人の命を奪う事は何とも思わなかった。そこには悲しみも喜びもなかった。ただ任務を遂行したという安堵だけがあった。だが同じ殺人でも復讐を果たせば任務とは違う達成感を感じる事ができると思っていた。9年間心に貼り付いた澱のような何かが綺麗に流されると思っていた。しかし、いざ復讐を果しても虚しいでだけで、野村雅史という人間の命を奪い、その歴史を終わらせたという事実が残っただけだった。米子は銃を構えたまま固まったように動けなかった。


 『こちらオロチ、ターゲットが野村を射殺。こちらはコンテナ上で待機。援護射撃可能。各自状況を送れ』

『こちらヤマカガシ、現在ガラガラヘビと共にターゲットの背後を確保。ネットランチャーの準備完了』

『こちらマムシ、ターゲットの右後方でシマヘビと待機、テーザー銃準備完了』

『こちらジムグリ、ヒバカリ、アオダイショウと共に裏口で待機』

『こちらニシキヘビ、クレーン横で待機』

『オロチより各位、3分後に実行する。アオダイショウを残してジムグリとヒバカリも突入せよ。全員指示を待て』

闇桜の男達が裏口から倉庫の中に入り込んでいた。男達は小型無線機を持って耳にイヤホンを着けていた。

『阿南だ、今現着した。これから倉庫に入る』

イヤホンに阿南の声が響いた。

『オロチ了解です。2分半後に実行です』


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