表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/42

Chapter20 「復讐のインタールード」

Chapter20 「復讐のインタールード」


 10:15、篠田麻衣は勤務先の『港西信用金庫蒲田店』を出て帰宅するためにJR蒲田駅から伸びる都道11号線の『多摩堤通り』を京浜急行の蒲田駅に向かって歩いていた。紺色のハーフコートを羽織り、ベージュの細めのコットンパンツを履いていた。靴は黒いパンプスだった。本来なら勤務時間であるが、住んでいるマンションの管理会社から電話があり、自宅マンションの上層階の部屋でボヤがあり、消火活動の影響で自分の部屋が水浸しになった可能性があるから部屋に帰って被害を確認するよう言われたのだ。上司に事態を報告して早退の許可を得て慌てて会社を出て来たのだ。

「すみません、太田区民ホール・アプリコに行きたいんですけど、道を教えてもらえますか?」

篠田麻衣は前から歩いて来た制服姿の女子高生に話し掛けられた。女子高生は紺色のブレザーに白いスクールYシャツにブルーと紫ストライプのスクールリボンにブルーのタータンチェックのスカートを身に着けていた。靴は黒のタッセルローファーで紺色のソックスだった。ちょうど『呑川』に架る『あやめ橋』を渡り終えたところだった。篠田麻衣は急いでいたが話し掛けてきた女子高生がアイドル並みに美しく、カワイかったので思わず足を止めてしまったのだ。

「ああ、アプリコね。この通りをまっすぐ行くとJR蒲田駅があるから、駅前のロータリーを左に曲がって100mくらい行った

『ボスッ』 『ボスッ』

横を向いて右手でJR蒲田駅の方向を指差した篠田麻衣の鳩尾と肝臓に米子の左ボディーブローがヒットした。米子は手加減をしたが強烈な衝撃と痛みで加山瑠偉は息が出来なくなり、意識が朦朧とした。米子が本気でボディーブローを打てば筋肉の少ない一般女性は致命的なダメージを受ける。特に左ボディーブローは肝臓が割れる恐れがあった。崩れ落ちる篠田麻衣の左の脇の下に米子が素早く右肩を差し込んで肩を貸すようにした。


 米子は動けなくなっている篠田麻衣を引きずるようにして路肩に停めたハイエースのスライドドアを開けた。一番後ろの椅子を取り払って貨物室のようになったハイエースの後部に篠原麻衣を押し込むと自分も乗り込んだ。米子は篠原麻衣を俯せに転がして口から後頭部にかけてタオルをきつく巻き付けて猿轡にすると、ポケットから取り出した手錠を後手に掛けた。

「大人しくしててね」

米子は言った後、外に出てスライドドアを閉めると運転席に乗り込んでハイエースを発進させた。歩道に人影が無くなった間の一瞬の出来事だったので気付く者はいなかった。米子は訓練所で習った拉致の基本を忠実に実行しただけだった。


 米子の運転するハイエースは第一京浜を横浜方面に走っていた。平日午前の第一京浜はスムーズに流れていた。後部の荷台では篠田麻衣が床に静かに横になっている。ハイエースはニコニコ企画所有で防弾仕様に改造してある。米子は西新宿の事務所の駐車所から横浜市鶴見区のヤード跡にハイエースを運び、そこで後部座席を3つ取り外した。


 米子は第一京浜を鶴見川の手前で左折してゴム通りを通り、入船橋交差点を右折して県道6号線を通って埋立地に向かった。埋立地の鶴見区末広町に入って500mほど走るとヤード跡の前で車を停めた。運転席から降りて重いゲートを開けるとハイエースをヤード跡に入れ、土が剝き出しのヤード跡を60mほど中に入った倉庫の前にハイエースを停めた。ヤード跡はかつての半グレ集団『ボンバードラゴン』の拠点となっていた場所だったが、米子とミントがヤードに乗り込み、ボンバードラゴンを壊滅させたのだ。その後ヤードは内閣情報統括室の所有地となり、倉庫を建築した。元々あった地下室は武器庫と弾薬庫として使用している。倉庫の中は工作機械が幾つか設置され、時々技術部が車を改造したり武器を開発する作業場となっているが予備的な施設となっているため、稼働は極めて少ない。倉庫の大きさは幅50m、奥行き60mで、前面の倉庫扉は左右に開く引き戸式で20mの幅があった。米子は闇桜の襲撃を警戒してこの辺鄙な場所を選択した。仮に襲撃を受けたとしても広く平坦な場所なので敵を発見しやすく反撃も容易だと考えたのだ。


 米子はハイエースから篠田麻衣を引きずり出すように降した。

「抵抗したら刺します」

米子が言った。右手には刃を出したコールドスチールのナイフ持っていた。米子は力を込めて大きな引き戸式倉庫扉を1mほど開けた。篠田麻衣を後ろから押すようにして倉庫の中に入ると奥に向かってゆっくり歩いた。


 倉庫の中には5つの12フィートコンテナが並び、手前の2つが2段重ね、奥の3つは1段だった。広い通路を挟んだ反対側には高さと幅が1mの大きな木箱と木枠のパレットが高く積まれていた。米子が篠田麻衣の猿轡を外した。

「そこに座ってください」

米子はコンテナの前のコンクリートの床の上に置いた座布団を指さして言った。

「何なの? 私をどうするつもり!? あなた高校生でしょ?」

篠田麻衣が腰を下ろしながら言った。

「篠田麻衣さん、暫くここにいてもらいます。抵抗しても私には勝てないですよ」

「私の事を知ってるの? もしかして誘拐? 冗談じゃないわ! 誰か~、助けて~!」

篠田麻衣が大きな声で叫んだ。

「いくら叫んでも無駄です。周りは工場と空地だし、この倉庫も防音になってます」

「お願い、助けて。なんでこんな事するの? 私が何かした?」

「あなたじゃ無くて野村雅史に関係する事です」

米子が言った。

「もしかして雅史さんがやってる活動に関係があるの?」

「野村雅史の過去に関係があります」


 米子は復讐を果せば心が晴れると思っていた。しかし片山を殺しても虚しさだけが心に広がった。復讐を果しても両親と弟は戻ってこない。9年という時間が両親と弟の存在を過去ものにしている事に気が付いたのだ。野村を殺しても心の虚しさは埋められないと思った。しかしなぜ両親と弟は殺されなければならなかったのか? 両親と弟が殺される事にどんな意味があったのか? 片山は殺す価値も無い男だったが、実行犯のリーダーだった野村と話してみたいと思った。野村との対話が、両親と弟の死の意味を紐解く示唆となる可能性があると考えたのだ。


 「そんなの私に関係ないでしょ! もしかして管理会社を名乗って電話してきたのはあなたなの?」

「『お世話になっております。私、オーケーホーム物件管理部の鈴木と申します。先ほど、篠田様のご契約のマンション『アーバンレジデンス雑色』の8階でボヤがありまして、消防による消火作業が行われました。消火の影響で下層階に浸水被害が発生しております。被害による保険の適用について調べておりますので、まずは至急、被害状況の確認をお願いしたくご連絡させていただきました』。こんな声でしたか? あなたの事は調べてあります。何回か尾行もしました」

米子が言った。

「やっぱりあなただったのね! どうするつもりなの? こんなの犯罪でしょ!」

「ゆっくり話しましょう。コンビニに行って食べ物と飲み物を買ってきます」

「ちょっと冗談じゃないわよ! 警察に言うわよ!」

『バン! ガキン』

「きゃあ!」

米子がブレザーの内側からSIGーP229を抜くと篠田麻衣の方向に向けて発砲した。弾丸は篠田麻衣の右頬から30cm離れた空間を飛んで後ろのドラム缶に当たり、篠田麻衣が悲鳴をあげた。

「これ、本物です。騒ぐと次は体に撃ち込みます」

米子が言った。篠田麻衣は顔面が蒼白になった。

「なんで本物のピストルなんて持ってるんですか? 私の事殺すつもりですか?」

篠田麻衣が不安そうに言った。敬語になっていた。

「殺すかどうかはあなたの協力次第です。トイレは奥にありますから使って下さい」

米子は篠田麻衣の後ろ手に掛けた手錠の鍵を外し、代わり右足に長さ30mのワイヤーが付いた足枷を嵌めた。ワイヤーの先は鉄柱に結び付けられていて、結び目と足枷は大きな南京錠でロックされていた。


 米子は倉庫の横に停めておいたマッドブラックのKawasakiKLX250に跨るとヘルメットを被ってエンジンを掛けた。KLX250は新品だった。KLX250はすでに生産中止になっているが、メーカーの保管する自衛隊納入用の特別在庫を組織の力を借りて購入しのだ。フィクサー榊の力によって内閣情報統括室に国の特別臨時予算が組まれ、その大部分の20億円がニコニコ企画の予算となった。ニコニコ企画では装備を刷新している最中である。米子が今まで乗っていたKLX250はかなりガタがきていたので代わって新車のKLX250が買い与えられた。米子はバイクを受け取ると旧知の修理工場に出してバイク全体をマッドブラックに塗装した。


 米子はJR鶴見線の鶴見小野駅近くのコンビニエンスストアに入ってお握り、菓子パン、チョコレートバーに、ペットボトルのミネラルウォーターとお茶を2本ずつ購入した。米子は買い物も帰りに闇桜を警戒してヤード跡の周りを走って偵察した。バイクは倉庫の裏の駐車スペースに停めた。


 米子が裏口から倉庫に入ると篠田麻衣は大人しく座っていた。

「これからどうするつもりなんですか?」

篠田麻衣が敬語の怯えた声で言った。

「野村にここに来るように電話してください。京急鶴見か京浜東北線の鶴見からタクシーで来るのが一番速いです。JR鶴見線の『鶴見小野』と『弁天橋』も近いけど電車の本数が少ないです。タクシーを拾うのも難しいでしょう」

米子は言いながらヤード跡の住所を書いた紙を渡した。

「あなたの事をなんて説明すればいいですか?」

「説明しなくていいです。ただ来るように言ってください。来ないと殺されるって。あと、あなたは私より10歳以上年上なので敬語は使わなくていいです」

米子が言った。

「わかったわ。でも今は工場で作業中だと思うから昼休みの時間になったら掛けてみるわ」

「野村雅史とはどこで出合ったんですか?」

米子が訊いた。

「付き合って2年半くらいね。出会ったのは仕事の関係。私、信用金庫で融資係をしてるんだけど、雅史さんの会社にお金を貸してて、そこの社長さんがよく融資の相談に来るの。その時雅史さんも一緒に来てたの。あの人頭いいから会社の財務状態とか今後の事業見通しなんかを説明してくれたの。普段は作業員だけど、雅史さんは社長にとっては知恵袋的な存在なの。いい大学出てるしね。まあ、そうやって会ってるうち食事とかするようになって付き合い始めたの」

「野村は普段どんな仕事をしてるんですか?」

「NC旋盤のオペレ-ターをしてて、航空機の部品なんかを作ってるみたい。ミクロ単位の精度で製品を作ってて、旋盤を制禦するプログラムも組んだりしてるって言ってたわ」

「野村の最終学歴は国際工科大学機械工学科ですね。その知識を活かしてるんですね」

米子が言った。

「あなたと雅史さんはどんな関係なの? そもそもあなたは誰なの? 若いわよね。高校生でしょ?」

「18歳の高校3年生です。12時を過ぎました。野村に電話してください。スピーカーホンでお願いします。余計な事を喋ったら引き金を引きます。警察に連絡したらあなたの事を殺すって野村に言ってください」

米子は右手に持ったSIG―P229を向けながら、左手で預かっていたスマートフォンを渡した。

「私を殺したら雅史さんを呼べないわよ」

「その時は直接野村を殺すだけです。住所も分かってます。野村と話してみたかったからあなたを使って呼び出す事を考えました。殺すのだったら簡単です」


『野村です』

「私だけど、今、いい?」

『どうした、週末の予定変更か?』

「違うの、ちょっと変な事なってるの。知らない女性に倉庫みないた場所に監禁されてるの」

『本当か? 大丈夫なのか? 監禁って場所はどこだ、誰にやられた? 対立するセクトか?』

「今のところは大丈夫よ。相手は分からないけど、雅史さんを呼べって言ってるわ。呼ばないと殺すって。若い女よ」

『その女は何か言ってないか? 条件とか』

「特に聞いてないわ。場所は横浜市鶴見区末広町1丁目でグランドみたいな場所の中にある倉庫。ゲートに『内閣府所有製作分室』って看板が出てるわ。鶴見駅からタクシーで来いって言ってるわ」

『俺に来いって言ってるんだな? すぐ行く!』

「早く来てね」


 デスクの上のスマートフォンが振動した。

『藤谷です。野村が動きました』

スマートフォンに出ると藤谷が言った。

『沢村米子が関係してるのか? 詳しく報告してくれ』

神崎が言った。

『野村の職場に潜入している捜査員から連絡がありました。野村は誰かに呼び出されたようです。勤務中ですが早退してどこかに向かっています。職場のあるJR蒲田駅から自宅の大森とは逆方向の横浜方面の京浜東北線に乗ったようです。闇桜の尾行が2名くっ付いてます。闇桜の他のメンバーは2台のバンに分乗して電車を追うように第一京浜を走ってます』

『行先はわからないのか?』

『行先はわかっていませんが呼び出されたのは確実です。通話相手については通信キャリアに問合せ中です』

『沢村米子に呼び出された可能性もあるな?』

『そうです。私は現在闇桜のメンバーと一緒にバンに乗って追跡中ですが『京急六郷土手』の近くで一旦待機をしてこの電話を掛けてます。ここから先は神奈川県警の管轄ですが、無視して追跡するようです。あと5分で出発します。展開によっては阿南も合流するようです』

『ご苦労さん、引き続き監視を続けてくれ。私もこれから車で横浜方面に向かう』

『了解しました。今後は電話が無理な時はLINEメッセージで状況を知らせます』

『わかった。頼む』

神崎は通話をオフにした。


 「雅史さんはこっちに来るみたい。あなたと雅史さんの関係を教えてよ」

猪田麻衣が訊いた。

「野村が左翼的な活動をしてる事は知ってますよね?」

米子が言った。

「知ってるわ。付き合い始めた頃は知らなかったけど、しばらくして雅史さんが話してくれたの。以前は社会主義革命を目指して活動家としてかなり過激な事もやってたみたいね。彼の理念は素晴らしいけど、過激な活動は止めてもらいたいと思ってるわ。暴力やテロなんかで世の中を変えてもいい事は無いと思うの。それに今の時代に社会主義革命なんか無理よ。私との将来の事も真剣に考えて欲しいの。私、もう疲れたわ。まあ、ああいう組織を抜けるのは大変だと思うし、あの人真面目だから。でもそれがあなたとどう関係するの?」

「野村は9年前、私の両親と弟の命を奪いました」

「えっ? どういう事? 本当なの?」

篠田麻衣が驚いた顔をして米子を見た。

「9年前、私の父は警視庁公安部の刑事をしていました。潜入捜査で『真革派』の『赤い連隊』に潜り込んでいたようです。それがバレて報復として赤い連隊に襲撃されました。その襲撃グループのリーダーが野村でした」

「襲撃って、殺したって事?」

「その日は久しぶりに父親が休暇で家にいました。家族団らんのところを赤い連隊のグループに襲われて父と母と弟は殺されました」

「あなたはどうやって助かったの?」

「私は弟とかくれんぼをして押入れに隠れてました。家族が殺されるのを押入れの中から襖を少し開けて見ていました。母と弟は刃物で刺され、父は刺された上に拳銃で撃たれました。当時私は9歳、弟は5歳でした」

「酷い・・・・・・それは辛かったわね。それで雅史さんに復讐しようと思ったのね。でもどうやって調べたの? ピストルも本物よね?」

「事件のあと私は児童養護施設に入りました。機密事項なので詳しく話せませんが、その後政府の特殊な組織に入りました。孤児を集めた暗殺の為の非合法な組織です。そこに入ればどんな情報も得る事ができますし、非合法の武器も貸与されます。でも復習の為にその組織に入ったわけじゃありません。スカウトされて、生きていくために入りました。事件の真相と野村の事は最近偶然に知りました」

「雅史さんを殺すの? 自首させるんじゃダメなの?」

「今回は野村と話してみたかったからこんな手段を取りました。自首させる気はありません」

「雅史さんもきっと後悔してると思うの。それにあなたが人殺しになる事はないと思うわ。まだ若いから未来があるし、きっと亡くなったご両親も復讐なんて望んでないわよ」

「お説教を聞くためにあなたを略取したんじゃありません。おしゃべりしすぎました。

それに私はもう百人以上殺してます」

米子が答えた。

「あなたも壮絶な人生を送っているのね。まだ18歳なのに」

「もうおしゃべりはしません。野村が来るまで静かに待ちます」

なぜか米子は焦っていた。これ以上話すと篠田麻衣を殺せなくなりそうだと思ったからだ。

「ねえ、せっかく買って来たんだからごはん食べましょうよ。お腹がすいたわ」

篠田麻衣が言った。篠田麻衣は食欲は無かったが何とかして米子と会話を続けて宥めようと思ったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ