Chapter17 「殺戮ライブ 吉祥寺」
Chapter17 「殺戮ライブ 吉祥寺」
ライブハウスは吉祥寺駅北口から徒歩で5分ほどのビルの地下1階にある席数120の『Music Bar Silver Seven Star』だった。米子はわざと遠回りをして尾行を確認した。ブルーのジーンズにグレーのフリースを着た20代の男が30m後方をつけて来ている事を確認した。米子はライブハウスの入ったビルの階段を降りて狭い受付でチケットを取り出して大柄な白人男性のスタッフに渡した。スタッフはパトリックだった。
「一番前の席へどうぞ。応援グッズです。会場内で着て下さい」
パトリックは100円ショップで売っているレインポンチョのような安っぽいグリーンのビニールのパーカーを米子に渡した。グリーンはライブを行うバンドのイメージカラーだった。受付にはライブを行うバンド『ミスター・グリーン・パプリカ』のポスターが何枚も貼られていた。ポスターのミスター・グリーン・パプリカのメンバーの写真はロックバンドというよりフォークバンドのような恰好をした冴えない若者の5人組だった。
「ありがとうございます。あの、クッションか座布団ありますか? お尻に『おでき』ができちゃって痛いんです」
米子が言った。『お尻のおでき』は尾行がいる符丁だった。
「小さいクションならありますよ。後で席にお持ちします。色は何がいいですか?」
パトリックが訊いた。
「色が選べるんですか? 何でも構いませんが、グレーがあればそれでお願いします」
米子が言った。グレーは尾行者の上着の色だった。米子を付けて来たグレーのフリースを着た男も受付に入るとパトリックにチケットを渡した。
「すみません、応援グッズのパーカーが品切れになりました。替わりにこれをお持ちください」
パトリックが男にグリーンの大きな団扇を渡した。男は黙って受け取った。
米子は薄暗い会場の脇の通路を一番前まで進むと最前列の中央に座った。ライブハウスの客の入りは70%といった所で80席程が20代の人間で埋まっていた。両側の通路と後ろは立ち見客が10人程立っていた、男女比率は半々で、みんな上着の上にグリーンの薄いパーカーを羽織っていた。
《こちらマーズ。最前列に着席。これより作戦を開始する。各自コードネームを使用せよ。尚、大きなグリーンの団扇を持った客は尾行者。注意せよ》
米子がインカムで伝える。
《こちらジュピター、照明係の横で待機。暗視スコープで監視してます。団扇を持った男を補足。いつでも撃てます》
樹里亜が状況を報告する。樹里亜はHOUWA1500に暗視スコープとサプレッサーを装着していた。7.62mmNATO弾をチェンバーに1発、弾倉に5発の計6発を装填していた。
《こちらギャラクシー、舞台裏で待機。会場の状況を防犯カメラでモニター中》
《こちらビーナス、最後列に着席。味方のエキストラとスタッフは全員グリーンのパーカーを着用してるから分かり易いね、劇団もやるね》
《こちらマーキュリー、左の通路で立ち見客を装って待機中です》
瑠美緯が報告する。
《こちらサターン、入り口に怪しい人物なし》
木崎、ミント、瑠美緯、パトリックがインカムで状況を報告する。
18:30、ライブ開始の時間になった。会場が真っ暗になり、ステージにスポットライトが当たった。ドラムとベースの音が響きだした。ステージ上には架空のバンド『ミスター・グリーン・パプリカ』のメンバーのボーカルとギターとベースのメンバーが立っていた。
『ヘイ! 今日は来てくれてありがとう! 俺たちの楽曲と熱いパッションを届けるぜ!』
マイクを握ったボーカルが叫ぶように挨拶した。
『破壊したい♪ 破壊したい♪ 破壊したい♪ 破壊したい♪ クラーーーシュ!!』
いきなり激しいビートで曲が始まった。エキストラの観客が立ち上がって拳を振り上げ始めた。シナリオ通りだった。
『この街も♪ この国も♪ このクソみたいな世界も♪ 宇宙さえも破壊したい♪ ワーーーオ!』
歌声が続くがメロディーも歌詞も微妙だった。米子も内心、センスの無い曲だと思った。
『だけど~、僕は~、気だけを守りたい~♪ 愛と呼ぶには軽すぎて~♪ 気まぐれと呼ぶには重すぎるこの想いをどう伝えたらいいのか~♪』
曲はいきなりマイナー調のバラードにメロディーに変わり、観客が席に座った。この流れも仕込みだったが、あまりにも酷い曲に誰もが聴いていられないと思った。ボーカルだけが自分に酔っているようだった。米子はそれを見て作戦を立てた自分が恥ずかしくなった。
人影が4人、階段を駆け降りてきて受付テーブルの前に並んだ。4人ともダークなスーツの上にコートやウィンドブレイカーを着た30代くらいの男だった。
「ライブは始まってます。チケットを見せて下さい」
パトリックが男達に言った。
「警視庁の生活安全課だ。違法薬物使用の通報があった。これから中に入って捜査する」
先頭のチャコールグレーのスーツの上に黒いハーフトレンチコートを着た男が警察手帳の表紙を見せながら言った。警察手帳は2つ折りになっており、開くと顔写真と階級と名前の記載された身分証明証になっているが男はそれを見せなかった。後ろの男がトランシーバーで先に入った尾行の男から米子の位置を聞いていた。先頭のハーフトレンチの男がホールのドアを開けようとしたが鍵が掛かっていた。
「おい、鍵を開けろ」
ハーフトレンチの男がパトリックに向かって言った。
「中はライブ中だ。違法薬物だって? あんた達どこの署だ? 違法薬物は生活安全課の担当じゃないはずだぜ、手帳の身分証明証を見せてくれ。それと捜査令状もだ」
パトリックが冷静に言った。
「いいから開けろ、公務執行妨害でしょっぴくそ!」
ハーフトレンチコートの男が言った。
「わかった、鍵を持ってくる」
パトリックは受付の裏にある事務所に入った。事務所といっても3畳ほどのスペースに小さな机とパイプ椅子が一脚置いてあるだけだった。
《サターンより各位、受付に4人来た。スーツを着てる》
パトリックが小声でインカムに囁いた。
《こちらマーズ、敵はあと5、6人いるはずです。様子を見たいのでゴネて時間を稼いで下さい。様子を聞きたいのでインカムはノイズキャンセル機能をOFFにして下さい》
《サターン了解》
パトリックは受付に戻った。
《こちらギャラクシー、受付のカメラをモニターする》
「早く開けろ!」
ハーフトレンチの男が怒鳴るよう言った。
「わりぃ、鍵が見つからねえ。それにあんた達本当に警察なのか? 人相が悪すぎるぜ。確認したいから所属と階級と名前を教えてくれよ、武蔵野署か?」
パトリックが言った。
「ふざけるな! 早く開けろ、本当にしょっぴくぞ!」
「やってみろよ。令状もねえ、所属も明かさねえってお前らニセ警官だろ」
パトリックが受付を回り込んで先頭の男の前に立った。身長193Cmのパトリックに男は少し怯んだように見えた。
「おい、こいつにワッパを掛けろ! 公務執行妨害だ!」
ハーフトレンチの男は後ろの男に言った。後ろの男達が一斉にパトリックに掴みかかった。
「Get your damn hands off me, asshole!」(手を放せこのクソ野郎!)
パトリックが叫ぶと同時に1人目の男を突き飛ばした。突き飛ばされた男は床に転がった。
「逮捕だ、公務執行妨害で逮捕しろ!」
ハーフトレンチの男が大きな声で言った。別の男がパトリックに殴り掛かった、パトリックは男の拳を右の手の平で受け、そのまま握り込んで大きく捻った。男が横に一回転して床に転がった。ハーフトレンチの男がショルダーホルスターからグロック17を抜いてパトリックに向けた。
「それ以上抵抗すると撃つぞ!」
ハーフトレンチの男が叫んだ。米子はインカムを通して敵とパトリックのやりとりを聞いていた。
《マーズよりサターン、そいつらを中に入れてください。ジュピター狙撃準備》
米子がインカムに囁いた。
「おっと、撃つのは止めてくれ。鍵はポケットにあったぜ。今から開ける」
パトリックが会場の入り口のドアの鍵を開けた。
「隊長より第2班へ、第1班はこれより突入する、第2班も続け! ターゲットは一番前の席にいる制服を着た女だ。制服は紺のブレザーとブルーのチェックのスカート。発見次第射殺せよ!」
ハーフトレンチの男がトランシーバーで指示を出した。男達はスーツの内側からグロック17を抜いた。階段から第2波の男達が駆け下りて来た。
《マーズよりジュピター、尾行者を狙撃せよ》
《ジュピター了解》
『パス』
樹里亜は暗視スコープを覗きながらトリガーを引いた。壁際で立っていた敵の尾行の男が崩れ落ちた。会場に音楽が響いているのでサプレッサーを装着したHOUWAM-1500の銃声はまったく聞こえず、マズルフラッシュも抑えられた。誰も倒れた男にも気付いていない。
《こちらジュピター、ターゲットにヒット。残弾は5発です》
《マーズ了解、これより敵が突入する。指示するまで射撃禁止》
米子が指示を出した。すぐに撃たないように指示をしたのは敵を引き込んでから撃ち、第2波に気付かれないようにするためだった。
《ビーナス了解》
《ジュピター了解》
《マーキュリー了解》
《こちらギャラクシー、敵は2波に分かれて来るぞ。第1波の4人が今突入》
後方の扉が開いて4人の男が会場に入って来て左右に2人ずつ回り込むようにして横の通路に入った。訓練されたフォーメーションだった。
《こちらジュピター、侵入した敵が左右に回り込みました》
《マーズよりジュピター、狙撃、今!》
『パス』 『パス』 『パス』 『パス』
樹里亜がボルトを素早く引きながら連続して発砲した。右側の通路で2人の男がつんのめるように倒れ、左側の通路でも2人の男が次々と倒れた。しかし観客はまだ気づいていななった。
《こちらジュピター、4発すべてターゲットにヒット。弾倉を交換します》
樹里亜はボルトを引いて排莢すると弾丸をチェンバーに1発送り込み、チェンバーに弾が入った状態でマガジンチェンジを行った。
『ギューイーーーーーーン』
『ヘイ! ヘイ! ヘイ! カモ~ン カモ~ン カモ~ン カモーンエブリバディ♪』
ギターが鳴ってボーカルが叫び、演奏が急に激しくなった。銃声をかき消すためだった。
第2波の男達5人が階段を駆け下りて来ると受付の横を通って会場のドアを開けた。
《こちらサターン、敵が5人突入する》
受付の中にしゃがんで様子を伺っていたパトリックがインカムで敵の突入を伝えた。
米子は立ち上がって後ろを向くとSIG-P226を構えた。ドアが開いて第2波の男達が5人突入してきた。米子がP226のグリップに貼り付けたウェポンライトのスイッチを握り込んだ。600ルーメンの強烈な光が30m先のドアを照らす。男達の姿が白い光の輪の中に浮かび上がった。先頭の男2人が光に目を細めて動きを止めた。ドットサイトの中の赤い光点が照らされた男に重なる。
『パン』 『パン』 『パン』 『パン』
米子が発砲した。男2人が頭と胸から血を噴きだして崩れ落ちた。
《マーズより各位、各自の判断で射撃せよ》
「みんな~! 伏せろ~! 伏せろ~~!」
ボカールがマイクに握って叫びながらステージに伏せた。観客達が椅子から滑り落ちるようにして一斉にその場に伏せた。米子が発砲したらボーカルが観客に伏せるように合図をする段取りになっていた。
『ババババババババババババババババ』
『バン』 『バン』 『バン』 『バン』
ミントがFN-90をフルオートで、瑠美緯がV10ウルトラコンパクトを発砲した。突入した男3人が5.7mm弾と45ACP弾を被弾して転がるようにして倒れた。1人が腹に被弾しながらも匍匐前進で受付けに這っていく。
『バン』 『バン』
右横通路で樹里亜に狙撃で撃ち倒された2人の男の頭に瑠美緯がトドメの45ACP弾を撃ち込む。
『バババ』 『バババ』
ミントも右横通路に移動して倒れた2人の男にトドメを刺した。
受付の床を這う男の後ろ襟をパトリックが左手で掴んでも持ち上げる。持ち上げられた男は吊るされたような格好になった。年齢は30代前半くらいに見えた。
「助けてくれ、俺は公安に頼まれただけなんだ!」
男が叫ぶように言った。
「殺し屋なんだろ?」
パトリックが訊いた。
「そうだ、金で雇われただけだ。それに俺は下っ端だ」
《こちらサターン。敵を1人捕まえた。腹に被弾してる。公安が雇った殺し屋みたいだ。どうする?》
パトリックがインカムで言った。
《マーズよりサターン、排除してください》
《サターン了解》
パトリックは大きな右の掌で男の頭を掴んだ。
「やめろ! 何でも話す!」
男が言った。
「口の軽い野郎だな。だから下っ端なんだよ。生まれ変わったら頑張れよ、じゃあな」
「やめ
『ゴキキッ』
パトリックが男の首を捻って頸椎を破壊した。
《こちらサターン。捕まえた敵を排除》
《こちらマーズ、敵を殲滅。ステージ前に集合。サターンは引き続きその場で警戒をお願いします》
《サターン了解》
《こちらギャラクシー、待機中の掃除屋に連絡した。20分後に到着予定。敵の遺留物は劇団が回収する》
パトリックを除く全員がステージの前に集合した。観客役のエキストラは会場の後ろに集まって指示を待っていた。
「敵の尾行者を1名、その他8名を銃撃により排除。1名をサターンが排除、当方は損害無しです」
米子が木崎に向かって言った。
「作戦通りだな。掃除屋が来るから撤収準備をしろ。武藤さん、敵の遺留品の回収はお願いします」
木崎が言った。
「樹里亜ちゃん、見事な狙撃だったよ。全弾命中だね」
米子が言った。
「暗視スコープは初めて実戦で使いましたが上手くいきました、狙撃なら任せて下さい」
樹里亜が言った。
「瑠美緯ちゃんもありがとう、射撃の腕を上げたね」
米子が言った。
「あざまる水産です。米子先輩の役に立てて良かったです。もうV10は私の体の一部です」
瑠美緯が嬉しそうに言った。
「凄かったですね! インカム聞いてましたけど皆さん素晴らしい連携でした。沢村さんの指揮が素晴らしかった。噂通りだ。まるでアクション映画みたいでしたよ。アメリカのSWATや警視庁のSATにも負けません! 遺留物の回収は任せて下さい。加藤君、エキストラを2~3名残して解散させるんだ」
武藤係長が言った。
「僕も聞いててドキドキしましたよ。沢村さんが立ち上がって撃つシーンはカッコよかったです。僕たちが設定した舞台が作戦で使われるのを見れて感動しました! 僕も皆さんの一員になれて嬉しかったです。これからも協力させてください!」
加藤が目を輝かせて言った。
「回収した身分証明証や免許証の現物は確認が終わったらニコニコ企画まで送ってもらえますか?」
米子が言った。
「いいですよ。今夜中にデータ化して現物をすぐに届けします」
武藤が答えた。
「そんなもの何に使うんだ?」
木崎が言った。
「阿南の自宅に送りつけます」
米子が言った。
「心理作戦か?」
「この前の虎ノ門の戦闘と今回の作戦で闇桜の戦力は半減しているはずです。阿南はかな
り焦ると思います。心理的プレッシャーを与えればきっとボロが出ます」
「なるほど。失った闇桜のメンバーの身分証が自宅送られてくれば動揺するかもしれないな」
木崎が言った。
「こっちは阿南の目論見を次々に潰しています。きっと焦って悪手を打つでしょう」
「将棋や囲碁みたいだな」
「遺留物を回収するのはいいのですが、こんな真近で射殺体を見るのは初めてなんで・・・・・・」
加藤が顔を顰めて言った。
「暗殺チームに来れば慣れますよ。八百屋さんが野菜を、魚屋さんが魚を見るような感じです」
米子が言った。
「いやっ、僕はやっぱり劇団がいいよ。慣れるほど射殺体は見たくない。でも、君達は高校生なんだろ? よくこんな作戦を思いついて実行できたね?」
加藤が感心するように言った。
「米子の作戦はいつも成功するんだよ! だから安心して参加できるんだよ。このライブハウスの作戦も完璧だったよ。敵を誘い込んで一気に殲滅できたもんね」
それまで黙っていたミントが楽しそうに言った。
「今回は渉外課や企画課や制作課の皆さんのおかげだよ。予想以上の舞台を作ってもらったからね」
米子が言った。
「だよねー、組織で戦った感じがするよね。私も自分が内閣情報統括室の一員なんだって実感できたよ」
ミントが言った。
「そう言われると嬉しいです。しかし沢村さんの作戦能力は凄いです。IQ200って噂も伊達じゃない。作戦課が欲しがってるわけだ」
武藤係長が言った。
「IQは160です。200は調子がいい時です」
米子が言った。
「それにしても木崎さんの服装はなんなの? その変なプリントは何? 一緒にいるのが恥ずかしいよ」
ミントが言った。木崎は黒いスリムジーンズに黒いトレーナーの上に黒い皮のジャケットを着ていた。靴はヒールの高い白いブーツだった。黒いトレーナーの前面には赤い大きな唇から下が飛び出した絵がプリントされていた。
「これか? ライブハウスに相応しい格好だ、ローリングストーンズだよ! ロックの基本だろ! 俺は若い頃ロックファンだったんだ、当然だろう。武藤さん、そうですよね?」
木崎が武藤係長に同意を求めた。
「いや、私は木崎さんとは同じ世代ですが、ストーンズはもっとずっと前の世代ですよ。それに私はJPOPファンでした」
武藤が言った。
「なんか木崎さんの格好、いみぷーでビジュがキツいです。普段のスーツの方がいいっすよ」
瑠美緯が言った。
「私も新宿駅で集合した時から気になってましたけど思い出さないようにしてました。思い出したら狙撃が外れてたと思います」
樹里亜が言った。
「瑠美緯ちゃんは微妙なギャル語だし樹里亜ちゃん結構毒舌だね」
ミントが言った。
「う~ん、どうやってもジェネレーションギャップは埋まらないようだな」
木崎が寂しそうに言った。
「そういう問題じゃないよ。センスの問題だよ」
ミントがトドメを刺した。




