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Chapter15 「1級工作員 浅井樹里亜 水谷瑠美緯」

Chapter15 「1級工作員 浅井樹里亜 水谷瑠美緯」


 1週間後、樹里亜と瑠美緯は工作員1級の試験に合格した。合格祝いに住友ビルの51階にある寿司屋『仙頭利』に来ていた。夜景の見えるテーブル席のおまかせコースを予約していた。

「樹里亜、瑠美緯、1級工作員合格おめでとう」

木崎が言った。

「ありがとうございます。お寿司を奢って貰えるなんて、合格してよかったです」

樹里亜が言った。

「これでも結構勉強がんばったんですよ」

瑠美緯が言った。

「1級の試験は学科がたいへんだからな。よくやった。これで全員1級になったわけだな」

「1級になったから一人暮らしが出来るんですよね? 何処に住もうかな? 米子先輩って何処に住んでるんですか? 京王線でしたよね?」

瑠美緯が訊いた。

「笹塚だけど、今は神楽坂のセーフハウスに住んでるよ。落ち着いたら笹塚に戻るつもりだけどね」

米子が言った。

「笹塚ですか。新宿に近くていいですね。近くに住んじゃおうかな」

瑠美緯が言った。

「私は築地の近くがいいです。ネット調べたんですけど、築地場外に美味しい店がいっぱいあるんですよ」

樹里亜が嬉しそうに言った。

「いいねえ。でも家賃はタダだけど食費や服や生活用品は自分で払うようになるから無駄遣いはしちゃだめだよ。給料安いしさ、いざという時のために貯金しないとね」

ミントが言った。

「家計簿つけますし自炊もしようと思ってます」

樹里亜が言った。


 テーブルに握り寿司の載った杉下駄が運ばれてきた。

「ヒラメ、イカ、エンガワ、タイです」

店員がネタの種類を説明した。

「うわー、新鮮で美味しそうですね。表面が光ってますよ」

樹里亜が声を上げた。

「本格的なお寿司だからサラダ軍艦とかコーンマヨ軍艦がないんですね。大人のお寿司って感じですね」

瑠美緯が言った。

「お寿司はね、最初は淡白な白身の魚から食べるんだよ。それが大人のマナーなんだよ。あと、醤油はネタの方につけた方が美味しいよ。難しいけど食べる時にネタを下に向けて舌の上に載せるようにするとネタの味がダイレクトに伝わるよ」

ミントが言った。

「でも高級店だからお箸で食べた方がいいんですよね?」

瑠美緯が訊いた。

「好きにすればいい。手の方がネタに醤油をつけやすいから俺はいつの手で食べてるぞ。ミントが言うようにネタを下に向けられるしな」

木崎が言いながらヒラメの握りを手で摘まんでネタに軽く醤油をつけると口に運んだ。みんな真似をするように手でヒラメの握りを口に運んだ。

「お美味しいです。淡白だけど上品な旨味が口に広がります。ネタを下に向けるの大正解です!」

樹里亜が言った。

「やっぱり高級店は違いますね」

米子が言った。みんな遠慮なく握りを口に運んだ。

「このエンガワも美味しいよ。前に米子に教えてもらったんだけど、このコリコリしたのがいいんだよ」

ミントが言った。

「この歯応えいいですね。初めて食べました」

樹里亜が満足そうに言った。みんな緊張が解けたのか遠慮なく握りを口に運んだ。

「私も初めて食べました。エンガワっていう魚がいるんですか?」

瑠美緯が訊いた。

「違うよう。エンガワはヒラメのヒレの筋肉の部分だよ。これも前に米子に教えてもらったんだよ」

ミントが言った。

「イカも細かい隠し包丁が入ってて柔らかくて美味しいです。それに甘みもありますね」

樹里亜が笑みを浮かべて言った。

「タイも弾力があって美味いぞ」

あっという間に寿司下駄の上の握り寿司が無くなった。


 「アジ、赤身、ズケと中トロです」

店員が次の寿司下駄を運んできた。

「アジ美味しいっす。これ大好きです!」

瑠美緯が嬉しそうに言った。

「中トロ美味しすぎですよ、ネタも厚いですし、脂が乗ってます。シャリとのバランスが絶妙です。永遠に食べ続けられます」

樹里亜が笑顔で言った。

「だよねー、回転寿司じゃ味わえない濃厚な味だよ」

「俺はズケが好きだな。これぞ江戸前寿司って感じだ」

「お寿司っていいですよね。日本に生まれて良かったって思います。この国には美味しい物が沢山あります。ラーメン、焼肉、豚カツ、ふぐ。これに慣れたら外国には住めないですよ」

米子が言った。


 「そういえば米子は格闘技大会で優勝したみたいだな。ネットで話題になってたぞ。工作員なんだから目立つ行動は控えてくれ」

木崎が言った。

「すみません。学校クラスメイトが格闘技やってて、そこの道場が大会に出場したんですけど怪我人が出たんで代わりに出てくれって頼まれたんです。私も気晴らしになると思って出場しました」

木崎がタブレットPCで米子の出場した大会を主催したコンテンツの映像を途中から再生した。ミントと樹里亜と瑠美緯が画面を覗き込む。画面には米子がプリンセス・エリカをラリアットで倒し、馬乗りになって肘打ちを顔面に連打しているシーンが再生された。プリンセス・エリカが気を失い、レフリーが米子を羽交い絞め引きはがす。

「これって、米子先輩っすか? プリンセス・エリカに勝ったんですか?」

瑠美緯が訊いた。

「なんとか勝てたよ。強い選手だったよ」

米子が言った。

「凄い! 私、プリンセス・エリカのファンだったんですよ。最近はあんまり試合観てないけど、まさか米子先輩と戦ってたなんて驚きです! 木崎さん、後でこのサイトのURL教えて下さい。家で米子先輩の試合をゆっくり観ます」

瑠美緯がはしゃいだ声で言った。

「プリンセス・エリカって一時期テレビのバラエティー番組にも良く出てたよね」

ミントが言った。

「こっちも凄いぞ」

木崎が画面下のシークバーでスキップさせた。画面には米子とドスコイ松本の試合が表示された。ちょうど米子がドスコイ松本の『ぶちかまし』攻撃を跳び箱を跳ぶようにして避けた場面になった。

「米子先輩凄い! カッコイイっす!」

瑠美緯が声を上げる。

「沢村さん制服で戦ったんですね。アイドルみたですよ」

樹里亜が言った。画面は米子がドスコイ松本の首をぶら下がるように両足で絞めるシーンになった。

「凄いね、プロレスみたいだよ!」

ミントが言った。

「制服美少女格闘家爆誕って、ネットでかなり話題になってるぞ。どうするつもりだ? お前は工作員だし今は懸賞金が掛かって命を狙われてるんだぞ?」

木崎が言った。

「もう試合には出ないですし、しばらくすればみんな忘れますよ」

米子が言った。

「もったいないですよ。格闘アイドルでデビューできますよ。そうすればジョニーズと仲良くなれますよ」

樹里亜が言った。

「お前が強いのは知ってたが、まさかプロの格闘家相手にリングで勝つとは思わなかった。とにかく今は目立つ事はするな」

木崎が言った。


 その後も赤貝、エビ、こはだ、ホタテ、カツオ、大トロ、ウニ、穴子、卵焼きが運ばれてきた。米子達はあっという間に全部を平らげた。

「これでコースは全部だ。この後赤だしの味噌汁とデザートが出るけど追加で握りを頼んでもいいぞ」

木崎が言った。

「じゃあ、いまのコースをもう一周お願いします!」

樹里亜が言った。

「それはダメだ。好きなネタ3貫までだな」

「じゃあエビ3貫と大トロ3貫とウニ3貫お願いします」

「樹里亜、都合のいい計算をするな! まあ、合格祝いだからいいだろう。特別だぞ!」

「じゃあ私はエンガワとコハダとウニがいいよ。1貫ずつでいいよ」

「ミントは通だな」

「私はアジとホタテと大トロがいいっす」

「瑠美緯はアジが気に入ったみたいだな」

「私はエンガワと中トロとウニでお願いします」

「米子はバランスがいいなあ」

米子達は笑顔で寿司を堪能した。


 「樹里亜と瑠美緯が1級工作員になってくれてよかった。これからは赤い狐との本格的に戦う事になる。暗殺よりも戦闘が多くなると思うがなんとか戦えそうだな」

木崎が言った。

「戦闘チームや警察も赤い狐と戦うんですよね?」

米子が訊いた。

「そうだ。ウチの戦闘チームも警察と連携を取る予定だ。警察も警視庁を始め全国の県警を横断した戦闘部隊を作り始めている。自衛隊も対赤い狐の部隊を編制中だ。もう県警や省庁の壁を越えて戦わなければならないほどの状況だ。この前の経団協ビルと霞が関の合同庁舎爆破事件で政府も目を覚ましたようだ。『新しい力』も『古い力』も休戦状態だ。俺達が秋田から護送した外務省の安本さんがロシアと中国から盗見出したデータが決定打になったようだ」

「へえー、あの時の護衛任務が国家の役に立ったんだね。安本さんは元気なのかな?」

ミントが言った。

「安本さんは韓国に行ってる。北朝鮮の情報を集めてるみたいだ」

木崎が言った。

「安本さんも大変だね」

ミントが言った。

「それと公安の阿南が赤い狐と繋がってる事も分かってきた。米子の情報がきっかけだ。近いうち阿南は警視庁の外事課か監察室に拘束されるかもしれない」

「阿南は私が殺ります。闇桜と懸賞金を使って私の事を消そうとしてます。警察の動きを待ってられません」

米子が言った。

「上層部も阿南から情報を取りたいだろう。殺すのはまずいぞ」

木崎が言った。

「そんなの構ってられないよ。米子が危険なんだよ」

ミントが言った。

「そうっすよ、先手を打って阿南と闇桜を殺りましょうよ。米子先輩の脅威を取り除きましょうよ」

瑠美緯が言った。

「阿南は赤い狐の情報を持ってる。捕まえて情報を聞き出す事も大事だ」

木崎が言った。

「どっちが大事かよく考えて下さい。情報さえあれば私はいつでも阿南を狙撃できます。沢村さん、阿南の具体的な行動パターンがわかればいつでも殺れます」

樹里亜が言った。

「やっかいなのは闇桜よりも懸賞金狙いの殺し屋の方なんだよね。正体が分からないし、いつどこで襲ってくるか読めないから防ぐのが難しいんだよ。この前なんかデパートのトイレでおばさんの殺し屋に襲われたよ。だから阿南を殺って懸賞金をストップさせたいんだよ」

米子が言った。

「まあ、阿南は所詮赤い狐の使い走りだ。組織としては認める訳にはいかないが、こっそり殺る分には俺も気づくことができない。大事にならないように上手くやるんだな」

木崎が言った。

「私は木崎さんのそういう所が好きだよ。米子、銃とかディフェンス用の武器は持ち歩いてるの?」

ミントが訊いた。

「うん、拳銃と、折り畳み式ナイフを持ち歩いてるよ」

「やっぱSIGのP229っすか?」

瑠美緯が訊いた。

「今日はディフェンス用にP365を持ってるよ。P365はコンパクトだからコンシールドキャリー(秘匿した状態で携帯する)に最適だよ。9mm弾を撃てるしね」

米子がブレザー内側のショルダーホルスターからSIG-P365を抜くとテーブルの上に置いた。寿司屋のテーブルに出すような物ではないが、まさか制服を着た女子高生が本物の拳銃を所持しているとは誰も思わない。

「へえー小さいね、おもちゃみたいだよ」

「これで9mmが撃てるんですか。ポケットに入りそうですね」

「確かに小さいな。でも護身用にはいいかもしれないな。俺も365は初めて見たよ」

「小さいから反動は大きいですが至近距離なら頼りになる銃です」

米子が言った。

「まあいい、早く仕舞え。寿司屋で出すようなもんじゃないぞ」

木崎が言った。


 デザートの抹茶アイスが運ばれてきた。米子達は笑顔でスプーンで抹茶アイスを口に運ぶ。

「そういえば関西のJKアサシン達との合同訓練の話しが上がってる。近いうちに模擬戦闘を実施するかもしれない」

木崎が言った。

「前に言ってたよね。ニコニコ企画の支店みたいな感じなの?」

ミントが訊いた。

「まあ内閣情報統括室配下のグループ会社って感じだな。会社名は『ニヤニヤ企画』だ」

木崎が言った。

「なんか下品な感じがしますね」

樹里亜が言った。

「その関西のJKアサシン達は強いんですか?」

米子が訊いた。

「まだ活動して3年くらいだから実戦経験は少ないが、かなり厳しい訓練を受けているようだ。だから実戦経験が豊富なお前達と訓練をしたいそうだ。まあ、ニヤニヤ企画も赤い狐との闘いに備えてるんだろう」

木崎が説明した。

「赤い狐との全面戦争が本当に始まるんだね」

ミントが言った。


 米子は新宿にあるチェーン店のカフェ『センズリコ・カフィ』でカンナと会っていた。カンナから呼び出しがあったのだ。カンナはパフェを美味しそうに食べている。

「私は一時帰国をする事になったのだ。新しく日本に来る工作員達にレクチャーするのだ。日本の最新動向も報告する」

「新しく来る工作員って赤い狐?」

「おそらくそうだろう。我が祖国は赤い狐と同盟関係になったようだ」

「カンナもそうなの?」

「そういう事になるな」

「じゃあ私とは敵になるんだね」

「残念だがそういう事になる。だが私は米子個人を敵とは思っていない。むしろ仲間だと

思っている。日本の事をいろいろ教えてくれたし買い物にも付き合ってもらった。一緒に車で伊勢にも行った。楽しかったぞ。何より初めて『友』とよべる存在が出来たのだ。祖国では同じ部隊の仲間はいたが、友などいなかった。一生友など出来ないと思っていた。だから凄く嬉しのだ。その事だけでも日本に来た価値があったと思っている。お前には感謝しているし、出会えて良かったと思っている」

「こっちこそ匿ってもらった事は感謝してるよ。もし戦う事になってもカンナの事は殺したくないよ」

「私もだ。それに私は米子には勝てなかった。射撃と格闘だ。お前は本当に強い。頭もいい。戦いたくない相手だ」


 「日本の事はどんな風に報告するの? やっぱり堕落した国って報告するの?」

「それは違う。日本に来て気づいて事がある。豊かになる事は悪い事じゃないという事だ。

必ずしも資本主義が正しいとは思わんが、経済の発展は必要だ。国民が豊かになる事でゆとりが生まれる。それに自由も大切だ。もちろん秩序や国家に対する忠誠心は大事だが、皆が自由に考え、発言し、そのうえで国家の役に立てばいいのだ」

「カンナ、だいぶ変わったね」

「そうか? まあ、いろいろ外の情報に触れたからな。わが祖国が行っている情報統制は

止めるべきだ。西側ではテレビやインターネットで世界中の情報を何でも知る事ができるのに我が国の国民だけ知る事ができないのはおかしい。人間として不公平だ。私は国に帰ったらその事を上に訴えるつもりだ。みんなが豊かになり、自由で幸せに暮らすために何をすべきかを考えるべきなのだ」

「日本は楽しかった?」

「ああ、楽しかったぞ。食べ物は美味しいし、すべてにおいて便利だ。それに人々が優しい。次に来た時には京都や奈良にも行ってみたいな」

「一時帰国ってどれくらい帰るの?」

「わからん。一カ月かニヵ月かそれくらいだと思う」

「赤い狐はこの国を支配しようとしてるみたいだけど、カンナはどう思う?」

「あまり考えたくないな。この国はこの国で立派に機能している。他国が侵略する必要はない。だが私は一工作員だ。祖国の意向に従うしかないのだ」

「まあ仕方ないよね。私も組織に従って生きてるし。最後に日本でしたい事ある? 行きたい場所とかは?」

「東京をしっかりと見ておきたい。凄い街だ」

「じゃあ展望台に行こうよ。東京タワー、都庁、渋谷SKY、六本木ヒルズがいいかな」

「これから行くのか?」

「まだ1時だよ。御成門、新宿、渋谷、六本木だから回れるよ。高い所から見る東京はいいよ」

「なるほど、良さそうだな。米子ともしばらくは会えなくなるだろうからいい思い出になるな。美味しい物の食べたいな」

「日本の食べ物は気に入った?」

「食べ物に関して言えば夢のような出来事だった。ステーキ、刺身、焼肉、寿司、豚カツ、ハンバーグ、牛丼などだ。それにパフェだ。祖国にいたら絶対に食べられない物ばかりだ。せっかく生まれて来たのだから美味しいものを食べないのは勿体ない。両親や弟にも食べさせたい。きっと喜ぶ」

「北朝鮮も変われば食べられるようになるよ」

「そうだな。豊かで自由な祖国にしたい」


 16:30、米子とカンナは六本木ヒルズの展望室にいた。

「凄い景色だな。東京タワーも新宿の都庁も渋谷SKYも凄かったが明かりが灯るこの時間はまた格別だ。レインッボーブリッジが見えるな。東京タワーも目の前だ」

カンナが嬉しそうに言った。

「もうすぐ夜景になるからゆっくり見ればいいよ」

米子が言った。


 冬の夜が六本木の街に静かに降りて来て東京の街が輝き出した。

「焼け野原だった街がこんなに発展するのだ、人間の凄さを感じるぞ。それに美しい。宝石をばら撒いたようだ」

東京の夜景を見下ろすカンナの目が感動で輝いていた。



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