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Chapter11 「料亭 ふぐ料理」

Chapter11 「料亭 ふぐ料理」


【首相官邸執務室】

榊襲撃から4日が経過していた。東郷首相の執務室の電話機の内線ベルが鳴った。東郷はゆっくりと受話器を取った。東郷は顔色が悪かった。ここ3日ほどまともに眠れていないのだ。

「東郷だ」

「福山官房長官からお電話です」

秘書官が言った。

「繋いでくれ」

『福山です。榊翁が東京に入りました。車での移動です。護衛も付いているようです。事前に通告はありませんでした。突然の来京です』

『どういうことだ!? この前の襲撃の件と関係あるのか?』

『わかりません。とりあえず国家公安委員長の井之頭と警察庁の西郷にすぐに首相官邸に来るよう連絡しました』

『緊急事態だ! 今日の閣僚会議は中止だ! いつでも官邸に来れるように各大臣に待機を命じろ。榊翁の動きを掴め! 公安と内情を使え。一刻も早く榊翁との交渉の席を設けるんだ! 準備は出来ているんだ!』

東郷が声を震わせながら言った。まだ早い、時間が欲しと思った。東郷の腹は決まっていた。あと3日あれば準備ができる。なんとか榊に待って欲しいと思った。


 榊襲撃の情報はその日の内に内閣官房に伝わった。東郷は眩暈がするほど衝撃を受けた。知らせて来たのは榊の秘書の九鬼だった。九鬼の話しでは榊が虎ノ門総合病院の地下駐車場で謎の集団に激しい銃撃を受けたが、榊の親衛隊が撃退したとの事だった。東郷はすぐに榊を襲った謎の集団について調査するように国家公安委員長に連絡した。そして東郷は10日以内に内閣解散して首相を辞任する事に覚悟を決めたのだ。議員も辞めるつもりでいた。家族を連れて故郷の山口県に帰り、余生を静かに生きようと思った。東京で榊への襲撃を防げなかった事を榊は許さない。榊からすれば万死に値する事態だ。自分が責任を取らなければ自分を含め、内閣の何人かが命を奪われると想像した。榊の暗殺部隊は動き出しているかもしれないと思った。


 公安3課の刑事達が榊の動きを掴んで尾行を開始した。榊の乗った『ベントレー ・ミュルザンヌ』と護衛の『ジープ・ラングラー』が赤坂の料亭『菊香月』に横づけした。公安3課の刑事達はすぐに周辺の聞き込みを開始した。


 木崎はニコニコ企画の自席でネットニュースを見ていた。突然電話が鳴り、瑠美緯が電話を取った。

「ニコニコ企画でございます   はい、少々お待ちください   木崎さん、福なんとかって人からから電話です」

瑠美緯が言った。

「わかった」

木崎はデスクの電話機の受話器を取った。

「木崎です」

『内閣官房の福山だ』

「これはこれは、お久しぶりです。どうされましたか?」

木崎は焦った。相手は福山官房長官だった。木崎は福山と1度だけ話した事があった。

『確認したい事がある。君のところの人間が2人、赤坂の料亭に行っていないか? 制服を着た女子高生だ』

『赤坂の料亭ですか? そういえばウチのメンバーが何処かの気前のいい爺さんに料理をご馳走してもらうって言ってました。女子高生2人です』

木崎は米子とミントが楽しそうに話していたのを思い出して言った。

『爺さんじゃない! 榊先生だ! 榊翁! 小田原公! 小田原様だ!』

福山が怒鳴りつけるように言った。

『えっ、榊ってあの榊良介ですか?』

『そうだ、女子高生は君のところの人間なんだな!?』

『はい、恐らくうちの工作員です』

『すぐに連絡して確認しろ! とにかく失礼のないようにしろ! 後で詳細を報告してくれ。東郷首相も気を揉んでおられる!』


 木崎は机の上の電話機で慌てて米子に電話を掛けた。

『もしもし、沢村です』

『木崎だ、今どこだ? 何してる?』

『榊さんとミントちゃんと赤坂の料亭で食事をしてます。『ふぐ』です』

『お前たちは誰と会ってるのか分かってるのか?』

『榊さんっていうお爺さんです。ちょっと厳しい人ですけど『フィクサーっていう会社』

の偉い人です』

『はぁぁ~、やっぱり分かってねえな。いいから丁寧に接しろ。ミントに『さかちゃん』とか『りょうちゃん』とか呼ばせるなよ! 絶対だ! 絶対だぞ!」

『何をそんなに焦ってるんですか?』

『お前たちが会ってるのは南海トラフより恐ろしい相手だ!』

『恐ろしいって、ただのお爺さんですよ。何かされてもワンパンです』

『だからそういうのやめろ! 心臓に悪い! 榊先生の機嫌を損ねたらニコニコ企画なんか爆竹を巻かれたプラモデルと一緒だ! とにかく失礼のないようにしろ! 何かされても笑顔で耐えろ!』

木崎が叫ぶように言った。回線の向こうでミントのはしゃぐ声が聞こえる。

『りょうちゃ~ん、フグの唐揚げのおかわりで勘弁してあげるよ』

『いよっ、さすがりょうちゃん、太っ腹!』

木崎は電話越しにその声を聞いて真っ青になった。あまりの恐ろしさに受話器を置いて通話を切った。

「木崎さん、顔色悪いですよ」

樹里亜が言った。

「お前達、フィクサーって知ってるか?」

「フィクサーですか? たしか女性用ファッションブランドですよ。ミドルエイジ向けで結構高いんですよね」

樹里亜が言った。

「樹里亜先輩、それはフォクシーですよ。昔お母さんが着てました。フィクサーはガンダム00シリーズのキャラっすよ」

瑠美緯が言った。

「やっぱり知らないよな。そうだよな」

木崎が呟くように言った。


 米子とミントは赤坂の料亭『菊香月』の一室にいた。榊の秘書の九鬼から榊を救ったお礼に御馳走すると連絡があったのだ。米子とミントは約束の30分前に来て、料亭の入り口で案内係に榊の招待で来たことを告げて女将にこの部屋に通されたのだ。制服姿の若い2人を見て女将は訝しく思ったが、榊の客とういうことで丁寧に対応した。本来なら制服を着た女子高生などが来る場所ではなかった。この料亭は政界の『裏の会議室』と呼ばれる場所だ。しかし確かに榊の予約が入っていたのだ。この料亭は榊が重要な会合に使っていた。女将は榊がいかに大物で恐ろしい人物か知っていた。総理大臣でさえも榊の前では借りて来た猫のようになり、榊の叱責に額を畳に擦りつけるようにして謝っている姿を何度も目撃している。


 「高級料亭って旅館の部屋みたいだね」

ミントが部屋の中を見回しながら言った。

「うん。中庭が見えて落ち着いた感じだよね。榊さんはまだ来てないみたいだね。早く来すぎたね」

「だよねー、でもどんな料理が出て来るんだろうね。楽しみだよ」

「ふぐだよね。私も楽しみだよ。でも毒があるんだよね。ネットで調べたんだけど、テトロドトキシンっていって青酸カリの1000倍の毒性があるんだよ。だから調理するのに専門の免許がいるんだよね。毒に当たると死ぬから『鉄砲』って言われてて、調理技術が発達してない時代は食べるのを禁止されてたんだよ。秀吉も部下達がふぐに当たって沢山死んだから『ふぐ食禁止令』を出したんだって。それでも美味しいからみんな危険を冒して食べたんだって。ふぐを食べるのを解禁したのがふぐの美味しさに感動した伊藤博文なんだって」

「なるほどねー、調理には資格がいるのか。それで値段が高いんだね。なおさら興味が深いよ。『ふぐは食いたし命は惜しし』って言うもんね」


 「榊先生がお見えです」

女将が襖を開けながら言うと榊良介と九鬼輝樹が部屋に入って来た。

「遅くなってすみせん」

九鬼が頭を下げた。

「私達が早く来すぎたんです」

米子が言った。

「今日は榊先生からのお礼の席です。コース料理を頼んでありますので遠慮なく召し上がって下さい」

九鬼と榊が並んで座った。

「本日はお越しいただいてありがとうございます。榊先生、お久しぶりでございます。榊先生にはご贔屓にしていただいて従業員一同感謝しております。本日は特別に系列の店よりフグ専門の料理人を呼んで新鮮なふぐを仕入れておりますのでフグ料理をお楽しみください。私はここにおりますので何なりとお申し付けください」

女将が挨拶をした後に入り口近くに正座した。女将は榊と女子高生のアンバランスな組み合わせに困惑しながらもどんな関係なのか、どんな話をするのか興味を持った。女子高生は榊にとって玄孫やしゃごくらいの歳だ。


 テーブルの上には米子とミントのジンジャーエールの入ったグラスと榊が飲む日本酒のとっくりとお猪口と九鬼のウーロン茶が並んでいる。

「若狭のトラフグの『てっさ』でございます」

女将が和服を着た仲居に運ばれてきた料理の説明をした。

「花びらみたいに薄くて綺麗だね~」

ミントが言った。その瞳が輝いている。

「盛り付けが芸術的だよ! お皿の模様が透けて見えるね。こんなの初めて見るよ」

米子が笑顔で言った。

「沢村さん、高梨さん、どうぞ、召し上がって下さい」

九鬼が言った。ミントと米子はフグの刺身を箸で口に運んだ。

「薄いのに歯応えがあって美味しいね! これがふぐかぁ~」

ミントが感心するように言った。

「うん、淡泊だけど旨味があるね。薬味と合わさると味に深みが出るよ。ふぐってこんなに美味しんだ。そりゃ危険でも食べるはずだよね」

米子も舌鼓を打つ。

「喜んで頂いて何よりです。先日は本当にありがとうございました。しかしあなた達は強いですね。見事な戦闘でした。内閣情報統括室の警護はレベルが高い」

九鬼が言った。

「そりゃあ訓練してますからね。私も米子も中学生の時から厳しい訓練を受けてます」

ミントが言った。

「ほお、中学生からですか。どんな訓練をされたんですか?」

「射撃に格闘に座学です。フォーメンションを使った戦闘訓練もしますよ。射撃なんか1日に120発がノルマです。米子の訓練所は200発だっけ」

ミントが説明した。

「それは凄い。今回はなぜ榊先生を警護していただいたんですか? 警察からの依頼でしょうか?」

「いえ。この前も言った通り、襲撃の情報を掴んだので私の判断で実行しました」

米子が答えた。


 「沢村米子さんですよね。あなたの事は調べさせてもらいました。凄い経歴です。にわかには信じられないものばかりです。事実なのでしょうか?」

「それにはお答えできません」

米子がきっぱり言った。

「しかし、二和会や金龍会の壊滅、闇バイトの実行犯の排除、丸の内でのテロリストの殲滅、秋田からの外務省職員の護送など興味深いものばかりです。お話をお聞かせ願いたいです。私共も親衛隊を持っていますが、もっと強くするための参考にしたいのです」

「お答えできません。組織の秘密を守る義務があります。それに私達は命を懸けて任務を実行しています。いつも死と隣り合わせです。口の軽さは死を呼び込みます」

米子が言った。

「秘密は守りますので是非とも教えて

「九鬼、やめんか!!」

榊が一喝した。98歳とは思えぬしっかりとした声で、猛禽類が鳴くような鋭い声だ。女将の顔が強張った。

「はっ、先生、申し訳ありませんでした」

九鬼が詫びた。

「バカ者、儂ではなくこの女学生のお嬢さん達に謝るのだ!」

「はっ、沢村さん、高梨さん申し訳ありませんでした。あまりにも興味深かったのでいらぬ事を訊いてしまいました」

九鬼が頭を下げた。

「謝らなくていいです。事実ですから」

米子が言った。


 「儂から聞きたい。あんた達は死ぬのが怖くないのか? どんな気持ちで戦っている? 女学生が鉄砲を撃って楽しいのか?」

榊が訊いた。

「楽しくはないです。死ぬのは怖くありません。これでも国の工作員です。もし命を失ってもそこまで運命です。でも生きている事に意味があると思うから、その意味をわかる日が来ると信じて戦っています。それまでは死ねません。それに、きっとこの国のためなっていると思っているから必死で戦っています」

米子が言った。

「だよねー。大地震とか核ミサイルでいつ死んじゃうか分からないんだから怖がっても仕方ないよ。生きている間に精一杯、正しいと思う事をやって生きればいいんだよ。榊さんは98歳ですよね? 戦争の時は10代のはずですけど空襲とか怖くなかったんですか?」

ミントが訊いた。

「ん。怖くはなかった。国の為に死ねればそれでいいと思っていた。連合国に勝つ事だけを考えていた。だから士官学校に入ったのだ」

「へえ、士官学校か。将校になろうと思ったんですね?」

ミントが訊いた。

「そうだ。だが卒業前に終戦になった。日本は負けた」

「悔しかったですか?」

「ん。悔しいなんてもんじゃない。だが、もっと悔しかったのは戦後になってからだ」

「平和になったのに何が悔しかったんですか?」

「昨日まで正しいとされていた事が間違っていたという事になった。多くの人間が命を捧げて守ろうとした物が悪だったという事になった。悔しくて当然だ。それを有りがたがって受け入れたこの国に失望した」

今日の榊は普段と違ってよく喋った。

「なるほどねー、確かに極端だよね。全てが悪だった、みんな騙されていたってなっちゃたもんね。アメリカが日本を救ってくれたみたいな間違った歴史認識が生まれたのはおかしいしいよね」

ミントが徐々にタメ口になった。

「ほう、最近は学校でそう教えているのか?」

「違うよ。学校では本当の事は教えてくれないよ。戦後教育で自虐史観を植え付けられて、私達はその植え付けられた大人に教育されたんだよ。だから私達の世代も昔の日本は悪かったって思ってるんだよ」

「だがあんたは違うようだな。あの戦争をどう思っているのだ? 正しかったと思っているのか?」

榊が訊いた。

「戦争に正しいも間違ってるも、いいも悪いもないと思うよ。起こるべくして起こった必然だと思うよ。まあ、愚かな手段で悲しい結果を招いたと思うけどね」

「必然か。そうかもしれん」

榊が小さく低い声で言った。


 「あの時代、黄色人種を見下して、アジアを侵略して植民地にしてた欧米列強の傲慢な白人どもをアジアのどこかの国が立ち上がって一発ぶん殴る必要があったんだよ。それが日本だったってだけだよ」

ミントが言った。榊が驚いた顔をしている。

「ミントちゃんこの前靖国神社言った時もそう言ってたよね」

米子が言った。

「あんた達は靖国に行くのか?」

「日本人として当然だよ」

ミントが言った。榊は黙って不思議なものを見るように目でミントと米子を見ていた。

「お話し中申し訳ありません。フグの唐揚げとフグの炭火焼です。炭火焼の方は2回ひっくり返したらお召し上がりください。『てっちり』の準備もいたいますね」

女将が言った。テーブルの上にフグの唐揚げと酢橘の載った中皿が4つと網の載った七輪が置かれた。網の上には醤油ベースのタレが塗られたフグの切り身と獅子唐と椎茸が載っていた。

「わー、美味しそうだね。ふぐの唐揚げなんて初めて食べるよ。炭火焼も美味しそうだよ」

「ほんとだね。盛り付けもお皿も上品だね。七輪がおしゃれだよ」

米子とミントは笑顔で料理を次々に口に運んだ。榊は2人をじっと見ていた。その後、米子とミントは『てっちり』を堪能して、〆のおじやにデザートの『くずきり』とくり抜いた柿の実を器にした『黒みつきなこアイス』も頂き、大満足だった。

「ふぐ、美味しかったね。焼肉とかもいいけど、高級な和食も美味しいね。舌が肥えたよ。料亭デビューだね」

ミントが満足そうに言った。

「そうだね。本当に美味しかったね。器も綺麗だったよね。デザートも凄くお洒落だったよ。セレブになった気分だよ」

米子も嬉しそうに言った。


 「ところで沢村さんは自分の為に榊先生を守ったとの事ですが、襲撃した者達の正体も知っているのですか? 知ってますよね? 話してください」

九鬼が訊いた。その目は鋭かった。

米子は九鬼がこの事を訊いて来ると予想していた。そのためにこの席が用意されたと思っていた。神崎の情報では榊は国家にとって重要人物であるとの事だった。榊の暗殺を阻止すれば赤い狐の侵略を遅らせる事ができ、阿南を追い詰める事ができるとうい話だった。米子は榊という人物の事は知らなかったが、銃を装備した親衛隊を持っている事から、かなりの力を持っている人物だと思った。味方につけて損は無いと思った。賭けではあるが、情報を流そうと思った。


 「確信は持てませんが、警視庁公安部の一部のグループの『闇桜』だと思います。赤い狐とういう国外の組織と組んでいるグループです。私はその『闇桜』に命を狙われています。だから闇桜の目論見を阻止してダメージを耐えるため榊さんの暗殺を阻止しようと思いました」

米子が真実を説明した。

「米子は懸賞金を掛けられて裏社会からも命を狙われてるんだよ」

ミントが言った。

「なるほど、よく分かりました。赤い狐は動き出しているのですね。闇桜というグループは初耳です。早速調査します。しかし沢村さんは何故命を狙われているのですか? 懸賞金とは?」

「それにはお答えできません。私の問題です」

「我々は沢村さんを助ける事ができる、良かったら話して下さい」

九鬼が食い下がる。

「話したくありません」

米子はアメリカ商務長官の暗殺に加担した事を話したくなかった。加担した事よりもその背景にある9年前の家族の惨殺について触れたくなかったのだ。

「このままでは沢村さんが危険です。我々は政財界にも通じています。裏社会なら

「九鬼、しつこいぞ! お前は何年儂の秘書をやっているのだ!」

榊が一喝した。

「人は誰でも他人に話したくない事があるものだ」

榊が続けて言った。


 「懸賞金の事でしたら、三輝会の権藤さんが力になってくれていますので何とかなると思います。それに闇桜は1年以内に私が潰します。九鬼さん達は手を出さないで下さい! 

私の任務です」

米子が言った。

「へえー、ゴンちゃんが力になってくれてるんだ。それは心強いね。なんたって三輝会の会長だもんね。ヤクザは嫌いだけど、ゴンちゃんは別だよ」

ミントが言った。

「ふふっ、権藤正造か?」

榊が言った。

「そうだよ、ゴンちゃんとは仲良しなんだよ」

ミントが言った。

「ふぁっ!! ふぁっ!! ふぁっ!! ふぁっ!!」

榊が甲高い大きな笑い声を上げた。

「先生! どうされました!?」

九鬼が驚いて言った。女将も目を大きく広げてびっくりしている。初めて榊の笑い声を聞いたからだ。

「あの権藤正造が、鬼の権藤正造がこんな女学生の小娘にゴンちゃんと呼ばれているのか? ふぁっ!、ふぁっ!、ふぁっ!、実に面白い。あいつも歳を取ったな」

榊が笑い過ぎたせいで目に涙を溜めている。

「ゴンちゃんの事知ってるの?」

ミントが訊いた。

「あいつが三輝会の組長になったばかり頃、何度か仕事をした事がある。あいつはまだ50代の鼻たれ小僧だったが世間からは『鬼の権藤』と恐れられていた。そして見事に裏社会を制覇した。そんな権藤がこんな女学生の小娘に『ゴンちゃん』と呼ばせている。実に愉快だ。時代は確実に変わっているな。もう儂など必要ない」

榊が笑顔で言った。世間では榊の笑顔を見た者はいないと言われている。

米子のスマーフォンが震えた。米子が部屋の隅に移動して通話をONにした。掛けてきたのは木崎だった。

「さっきから『こんな女学生の小娘」って失礼だよ。花も恥じらう女子高生だよ。輝くJKブランドだよ』

ミントが言った。

「ん。すまん、悪気はない」

榊が謝った。

「榊さんは榊良介だよね。じゃあ『りょうちゃん』って呼んでもいい?」

ミントが言った。

九鬼と女将の顔が引き攣った。女将はこの場を逃げ出したいと思った。

「勝手にしろ」

榊が低い声で言った。

「りょうちゃ~ん、フグの唐揚げのお替りで勘弁してあげるよ」

ミントが調子に乗って言った。

「ん。女将、フグの唐揚げ2つだ」

榊が女将に言った。榊が直接注文をするなど前代未聞だった。

「はい! ただいま!」

女将は高い声を張り上げて立ち上がると襖を開けて厨房に向かって駆けだした。

「いよっ、さすがりょうちゃん、太っ腹!」

ミントがはしゃいだ。しばらくして米子が席に戻ってきた。

「木崎さんからの電話だった。途中で切れちゃったよ」

米子が言った。

「ふーん、何だったんだろうね。それよりふぐの唐揚げ、お替り頼んだよ」

ミントが嬉しそうに言った。

「わー、私ももう一度食べたかったんだよね。ふんわりして上品な味で美味しいよね」

米子が笑顔で言った。


 東名高速を走る『ベントレー ・ミュルザンヌ』の後部座席に榊が座っていた。

「今日は楽しかったな」

榊が言った。

「それはよろしかったですね」

助手席に座る九鬼が言った。

「あの娘達を見ていると、女子挺身隊を思い出す。国の宝だ。大切にしろ」

榊が呟いた。



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