第6話 閑話 告白
「……あの」
縁が不審者を見るような眼差しで、笑顔満面の俺を見上げてくる。
今日の講義は終わり、今は屋内の演習場で訓練の開始を待っていた。
俺の訓練は縁か紗枝さんのどちらかを必ず一人付け、アリサさんが観察、研究しやすいよう屋内でやることになっている。
普通の女生徒達は実力が近い者同士、マニュアルに沿って訓練内容が定められ、集団で行動するのが一般的らしく、俺はこの基地の中では特別扱いという事になる。まぁそれは研究対象だからなんだけど。
「あ、あの。宗一君?」
縁が壊れ物に触れるように呼びかけくる。
「はははっ。なんだい、縁? なんでそんな遠くから話しかけるんだい?」
「だ、大丈夫ですか? ……その……頭……とか」
不気味としか言い様がない俺の様子に、縁がかなり失礼な心配をしてくる。
俺は今、縁が引くくらい超ゴキゲンさんだった。何故かというと、今日は久しぶりに紗枝さんが訓練を見に来くるのだ。先日、男性寄宿舎に行って以来、俺の紗枝さんへの好感度はちょっとヤバイ事になっていた。
紗枝さんに会える! それだけで俺の心は有頂天。このままでは顔を見た瞬間に交際を申し込んでしまうかもしれない。気を付けねばいかんなぁ、あははー。
「お待たせ~」
「……」
しばらく縁にキモがられた後、アリサさんと紗枝さんがやってきた。
相変わらず仏頂面の紗枝さんを視界に捉えた瞬間、俺は一歩前へ踏み出し、この胸の内の感情を言葉にする。
「紗枝さん!」
「? ……なんだ?」
「結婚して下さい!!」
「…………」
女性陣の時を奪う事に成功。皆、一様にそのかわいい口を半開きにしていた。
ほどなくして時は動き出す。
「……縁、あんまり強く殴っちゃダメだろう?」
「え、ええ!? 私ですか!?」
紗枝さんが真剣な表情で縁に責任追求した。
「もう~、また精神鑑定しないといけないじゃない」
アリサさんはとても面倒そうに嘆息した。
「ああ! 間違えた!」
不穏な空気に冷静さを取り戻してみれば、とんでもないことを言ってしまったと気付く。
気をつけようと思っていたのに、交際を飛び越えて求婚してしまったのだ。いや別に交際を申し込む気もなかったけど。
「大丈夫か? 宗一」
真剣な表情で心配してくる紗枝さん。恐らく俺が見た中で一番のマジ顔である。
「い、いや! 違います! 違うんです! 間違えたんです! そう、言い間違いなんです!」
「じゃあなんだ?」
「え? えっと、その……」
しまった。感情を持て余してしまっただけで、別に言いたいことなんかないし。……どうしよう?
「やはりフェイズのイメージで精神をやられたか? それとも縁に殴られすぎておかしくなったか?」
「違いますって! そうじゃなくて! ……と、とにかく違うんです!」
「だから何が?」
「えっと、だから……そ、そう! 俺は紗枝さんが好きってことを言いたかったんです!」
そう言い放つと、やはりまた時が止まった。ピシリと音を立てて。
「あらまぁ。……ムフフ」
最初に復帰したアリサさんが、なにか新しいおもちゃを発見したような表情になった。紗枝さんの復帰はまだまだ遠そうで、呼吸すら忘れてそうに固まっている。縁は状況について来れてないようだった。
しかし俺、すごい事言ってるぞ。引き返さなくていいのか?
「よかったねー紗枝ちゃん。今の時代こんな若い男の子に求愛されるなんて中々ないよ~、ぷぷ」
アリサさんが紗枝さんの肩に手を置いて、うんうんと首を縦に振る。
「ア、アホな事を言うな! こいつは正気を失ってるんだ! 殴って目を覚まさせる!」
「うおお! さ、覚めてます! メッチャ目ぇ覚めてます! 本当の事です! 本当に好きです!」
「や、やめろ……! それ以上アホな事を口走ると喉仏を引っこ抜くぞ!」
「ぐおお……。部位を具体的に指定されると想像力がすごい事に……」
もうこうなればチキンレースである。アクセルを戻さない勇気!
「アハハハハハハハ、紗枝ちゃん顔、真っ赤ーー。かーわーいーいー」
「……アリサは胸を削ぎ落とす事にしよう」
「ハハハハハハ、いやー男にされちゃうー、ハッハハハ、やーめーてー、キャーハハハハハハハ!」
「ぐうぅ……」
紗枝さんの恫喝はアリサさんには全く通じてない。アリサさんは腹を抱えて床をバンバン叩いている。この前やられた仕返しをしてるんだろうか? ものすごい爆笑っぷりだった。
「ん……?」
隣にいる縁の様子がおかしいことに気付く。
俯いて何かを考えている……のか? なんだろう? その表情はものすごく真剣だった。
「国枝基地長」
顔を上げた縁は、言い合いしている紗枝さんとアリサさんに割って入った。
おお、なんか珍しいな。いつも一歩下がってニコニコしてるだけなのに。
「縁? ……どうした?」
「あの、男の子に告白されるのってどんな気持ちですか?」
「お、お前まで言うのか……!」
縁にまでからかわれたと思ったのか、紗枝さんが今日一番のショック顔になる。
別に縁は純粋に疑問をぶつけているだけで、そんな気はないのだろう。それを聞いたアリサさんの爆笑は予定通りだった。
「ひー、ひー……まぁまぁ、紗枝ちゃん、プッ、クク……。い、今の時代、気になるものよ。縁は人工授精の生まれだから、男と会話したのは宗一君が初めてだったしね。ちなみに私も興味あるし」
「むぅ、どんな気持ちと聞かれてもな……。い、いや、だから違う! こいつの頭がおかしいんだ、目覚めてからずっと」
「ちょ、ひでぇ! 紗枝さんがそんなこと言うならもう一度言います。俺は紗枝さんがぶぅ!」
気持ち良くなる程の右ストレートを叩き込まれた。ちょっと調子に乗りすぎたようです。
俺は鼻面を抑えてフラフラと立ち上がり、この騒動の収集をつけることにした。
「すみません、ちょっと暴走しました。人として好きって事ですよ。あ、もちろん縁とアリサさんも」
「え~、つまんな~い。もっと引っ張ろうよ~」
ほっとした表情になる紗枝さんとは対照的に、おもちゃを取られて残念そうになる金髪女。……野郎、最初からわかってやがったな。
しかしこれでようやく事態は落ち着いた。と誰もが思っていたのだが、未だに思い悩んでいる多感な年頃の女の子がそこに居た。
う~んと分かりやすく悩んでいる縁に、アリサさんが声をかける。何故か頭の上に電球が見えた。
「縁、そんなに気になるなら宗一君に告白してもらってみたらどうかしら? どんな感じか体験してみましょう」
「あ、それやってみたいです」
今度は縁をターゲットにして、アリサさんはとんでもない提案を口にする。縁もなんの躊躇もなくそれに賛同した後、ちょこちょこと俺の目の前に移動してきた。
「宗一君。よろしくお願いします」
と言ってペコリと頭を下げる。
え? よろしくって、告白してってこと? マジで?
「宗一君ほらほら。はやく」
「い、いやその。……流石にそれは、お試しでも恥ずかしいというか」
俺そんなプレイボーイ(死語)じゃないし。さっきのは只の失言だって説明したじゃないか。
「練習と思えば大丈夫だって。ほらほら」
なんでかアリサさんに急かされている俺。紗枝さんは興味なさげ……にしながら目線はしっかりこっちである。
縁が俺の顎下くらいしかない身長から、クリクリした目で見上げてくる。その瞳に映る文字はワクワクだった。
「少しいい? 宗一君」
「な、なんですか、アリサさん。そんな真剣な顔して」
「あなたは記憶がないからわからないと思うけど、この世界の女の子は皆、心の中では恋愛したいと思ってるの。でも色んな柵があって満足にできないのはわかるでしょ? だから憧れはいつも胸の中に仕舞い込むだけなの。だからね、縁のそんな普通の女の子の夢を叶えてあげても良いんじゃないかしら? 例えそれが練習でもね」
「うぅ……わ、分かりましたよ……」
真剣な表情で正論(?)を叩き込んでくるアリサさん。というかあんたが見たいだけなんじゃ?
ようし……。乗せられてる気しかしないが、そこまで言うならやってやる。皆、分かっていないぞ、俺がどれだけ縁スキーなのかをな。
ふはははは! 舐めんなよ。告白してやる。マジ告白だ。そのままいっちゃっても知らんぞ!
「縁」
「は、はい」
俺は縁の両肩に手を置き、そのまま少しだけ引き寄せる。
握り潰せそうな程小さな肩に少々戸惑いつつ、縁の目を正面からしっかりと見据える。するとさっきまでの興味津々の態度から一転、目を白黒しだす縁。手を置いた両肩から、その緊張が伝わってくる。
「あ、あの……」
右手で縁の頬を慈しむよう優しく撫でる。左手で縁の体を更に引き寄せ、俺と密着寸前の微妙な位置取りをキープする。
「そ、宗一君?」
俺からは何も言わない。そのまま黙って頭を撫でる。
「うぅ……そ、宗一君? ま、まだ……ですか?」
縁はいつまで経っても発声されない、俺の告白に焦れているようだった。だが、まだまだ。
縁は耐え切れないように瞼をギュッと閉じ、可哀想なくらい顔を紅潮させて、その小さな体を震わせていた。
ふふふ。だからどうなっても知らんと言ったぞ(言ってないけど)。
開き直った時の俺は、自分の照れを押し殺して、相手にダメージを与える事を優先する男なのだ。
つまり照れたら負け、照れさせたら勝ち、という勝手な俺ジャッジ。ふはは、この勝負もらったぜ。いやホントは俺もメッチャ恥ずかしいんだけどね!
「ぐぶぅ!」
「きゃあああ!?」
左方からの足の裏っぽい衝撃に、俺は吹っ飛んだ。
いやまぁ来るとは思ってたけど。
「ちょ、ち、ちょちょちょっとやり過ぎぃ!」
左脇腹を押さえながら襲撃者に目を向けると、意外なことに紗枝さんではなくアリサさんだった。雪のように白い肌が真っ赤に染まっている。
その後ろでは、紗枝さんも真っ赤な顔をして戦闘態勢を取っていた。どうやらタッチの差だったらしい。
「いてて……。何すんですかー?」
「何すんですかー? じゃないわよ! あれのどこが告白なのよーー!!」
「いや、立派な告白ですよ。俺がどれだけ縁の事が好きか伝わったでしょ?」
「宗一君もういいです! もうやめてくださいーー!」
縁が頭を抱えてブンブンシェイクしている。これは嘘なんだと言い聞かしているように。
しかし、この時代の女性は純粋というか初心というか、ライトな事にもすごい照れっぷりだ。縁は照れて当然だけど、紗枝さんとアリサさんは見ていただけなのに。……お、そうだ。
「アリサさん」
「ひっ! ……な、何よ?」
「アリサさんで練習してみてもいいですか?」
「っ!? い、いやーー! 近付くなーーーーー!」
真っ赤な顔のまま逃げていくアリサさん。これは弱点を発見したかもしれない。
周りの過剰な照れを見ていると、いつの間にか俺の照れはふっ飛んでいた。今なら聖夜(俺のイメージによる勝手な名前)みたいなNo.1ホストになれるかもしれない。
俺は未だ座り込んだまま、イヤイヤしている縁に目を付ける。
「縁」
「……ぅぅ」
手を取ると涙目で俺を見上げてくる。
今のクール宗一なら抱きしめるくらいできそうだが、さらに混乱させてしまって可哀想な気もする。頭を撫でるくらいに……え? いけって? マジで? う~ん、お前がそう言うなら仕方ない。脳内の宗一B(No.2 翔)に親指を立てる。
「縁。いま言うのはちょっとあれかもだけど、いつも世話してくれてホント感謝してるんだ」
「え、あ。……い、いえ」
手を握ったまましゃがみ込み、視線を合わせる。縁はもうそれだけでダメそうになった。
「あぅ……い、いえ! き、気にしないで下さい! 指令ですから! そう! 指令、指令のはずです! だ、だだだだから、そ、宗一君がき、気に病む事はないんです、ええ! だからそれ以上、近寄ら……ないで、くだ…………あ、あああ……何で私ちょっと躊躇ってるの~?」
ゴメン、無理だった。テンパイレベルが高すぎる。このまま抱きしめると発狂してしまいそうだ。
でもこれだけは言っておこう。これは俺の偽らざる気持ちだし、恥ずかしいことはなにもないのだ。
「いつもありがとう。俺、縁の事好きだ」
「ひぅ」
よかった。止まってくれた。時が。
「……ふぅ」
一仕事終えた男の顔で立ち上がる。後で思い返すと恥ずかしさで死にたくなりそうだが、今は自分に正直になれた満足感でいっぱいだ。……でも、なんだろう? 何かを忘れているような気がする。
「……宗一」
「は、はいぃぃ!」
今まで存在を忘れていた鬼教官が、後ろから声を掛けてくる。
俺は殴られるのを覚悟して、恐る恐る振り返った。
「そ、そろそろ訓練。始める、ぞ」
キリッとそう言う紗枝さんの顔は、まだ赤かった。