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2 : 8  作者: 松浦アエト
46/46

第46話 偶像


 次フェイズへの移行をありていに言えば、生まれ変わるという表現が最も符合するのではないだろうか。

 フェイズの固有能力がどういったものになるかは、その場所に行ってみるまで分からない。だが逆に言えば、そこに行くと同時に理解しているものでもある。


 手を握る、足で歩く、音を聞き取る、目で世界を見渡す、肌に風を感じ取る、呼吸で酸素を取り込む、心臓が血を巡らせる。


 数え上げればきりが無いが、生まれた時から備わっているその能力に疑問を感じたりはしないし、誰かに使い方を訊くことも無い。フェイズ4の能力はそれらと同じように、そこに触れるだけで俺の常識となった。

 思うように制御できなかったり、訓練しないと満足に使えなかったりするのは、新しい世界への対応に面を食らっているだけなんだろう。生まれたばかりの赤子のように。


「……」


 日課の訓練が終わり、俺は屋内の演習場の真ん中で、一人ぽつんと座って目を閉じていた。外はもう日が暮れている頃だろうか。

 こうやって目を閉じて意識を集中させると、周囲の情報が手に取るように伝わってくる。フェイズの領域を限界まで行使している今の俺の感覚は、屋外の内緒話すら聞き逃さないほど鋭敏だ。


「……く」


 進化フェイズの上限と思われるその地点から、一歩だけ先に進もうと試みる。しかし、本能的な警告によって退くことを余儀なくされた。

 踏み出すその先に足が着く地は無く、暗闇の谷に転落してしまいそうな恐怖が襲ってくる。そこを踏み外す事など、地球から落ちるくらいにありえない事だと理解しているのに。

 怯んでしまうのは、人間の既存本能が邪魔をしているからに違いない。今ある自分を守りたいと思うのは、とても自然な感情だ。

 

 人間の進化の頂上、フェイズ5。

 アリサさんにそれを捉えているかと訊かれた時、俺は肯定を返した。どのくらいの距離かと訊かれた時、俺は閉口した。答えられなかった理由は、その場所がこれまで見てきた景色と全く異なっていたからだった。


 俺はアリサさんに、確実に齟齬が生じると前置きしてそのイメージを言語化した。

 フェイズ4まではその段階毎に広場があり、それらを繋ぐ道があった。そしてフェイズ5も同様に、到達地点だと思われる場所を捉えているのだが、そこは別の位階に位置していた。

 今までは二次元上を走っていた筈なのに、そこはもう一次元増えた位置に存在しているような感覚なのだ。つまり俺が捉えているのは、概念に過ぎない。


 人間が知覚するこの世界は四次元だ。だがそれ以上の次元が存在していることは、既に俺の時代からでも有名な理論である。だが人間の感覚器官でそれを知覚することはできない。

 俺が感じるフェイズ5もそれと同様で、在るのは確信しているものの、どうやってその別位階に足を下ろせばいいのかさっぱりだ。屏風の虎を退治する話とそう変わらない。


 これまでのように訓練を重ねても、恐らく無為に終わる。そこに至るには何かのきっかけ、鍵が必要だと感じた。だがその鍵が何であるかは見当も付かない。

 それが俺のフェイズ5に対する、感覚を主とした考察から導き出した結論だった。


「……?」


 誰かが演習場に入ってきたのを感じ取る。数は二人だ。 

 目で確認せずとも、入ってきた人の纏う空気が尋常ではないことを感じ取る。片方もかなりの手練だが、もう一人のほうはそれに比するまでもなく桁違いだ。それに俺は、この人を知っている。


「佐野さん……ですか?」

「おおっと」


 真後ろまで迫った気配に振り返らず言うと、やはり聞き覚えのある声がした。どうやら正解だったようだ。

  

「ぐえっ」


 驚いたような佐野さんの声の後、首に腕が巻きついてくる。


「何カッコつけてんだコラ」

「ちょ、く、苦しい、誰だ? ……うおっ、まぶし!?」

「……お前、このまま落としてやろうか?」


 いや、違う違う。決してそのハゲ頭に言ったのではなく、照明が目に入ったんだ。嘘だけど。

 演習場に入ってきた二人は、山形の基地で会った男性の軍人。佐野義孝さんと、相沢秀典ことヒデだった。


「いやあ、久しぶりだなぁそうちゃん。電話も繋がらなくなったし心配してたんだよ。元気だったかい?」

「はい、お久しぶりです佐野さん。ヒデも久しぶり」

「ああ」


 三人で同じようにニヤリと笑う。


「突然どうしたんですか? 会議とかですか?」

「はっは、相変わらず間抜けだなぁそうちゃんは。例の作戦の為に、各国から栗原に戦力を集結させているんだよ」

 

 ああ、そうか。ならばフェイズ5である佐野さんが呼ばれないわけが無い。ヒデもフェイズ4だから今回の作戦に入っているんだろう。というか、日本の主要戦力は総動員するとか紗枝さんが言っていたな。


「しばらくこの基地に滞在する事になるから。よろしくね」


 へぇ、そうなんだ。これは嬉しいな。 


「ちっとは強くなったのか、宗一。なんだったら俺が訓練してやろうか?」


 ヒデがニヤニヤした気持ち悪い顔で見てくる。


「あ? なんでそんな上からなんだよ。相変わらずハゲてんな」

「だからこれは剃ってるんだよ悪かったな!」


 やはりどうしてもハゲが気になる。

 


◇◇◇◇◇◇



 西暦2065年、九月。

 佐野さんとヒデ含む山形基地の兵士達を皮切りに、次々と各国の戦力が栗原の基地に集結してくるようになった。今の所、日本を除くとヨーロッパ連合軍がその大半を占めている。

 この時代でも随一の戦力を保有するアメリカも、日本に協力的な姿勢を見せていた。しかしスタンドプレーがお好みな国柄は変わっておらず、この一大作戦をアメリカ主導の元で行いたいと言ってきたり、その辺りで一悶着があったらしいが、まぁ心強い味方だと言っていいと思う。


 中国やロシアは、自国のカーズ拠点への対応に苦慮しており、協力する余裕がないとの事だ。

 国土に拠点が存在しないアメリカはともかく、ヨーロッパも中国やロシアと同じように苦しい状況にあるのだが、イギリスと半島を除く国、特に地中海に面した国の被害はまだ軽微の部類らしい。それでも協力的な姿勢を崩さない点は感謝するべきものだろう。だからといって、中国やロシアの非協力的な姿勢を一概に非難できるものではない。


 自国にカーズの拠点がある場合、当然と言える配慮であり、この攻略戦を行う上でもっとも憂慮しなくてはならない事態がある。いや、あったと表現するべきだろうか。

 

「拠点の独立性……ですか?」

「そうだ」

 

 攻略戦が決まって以来、こうやって度々ミーティングがある。

 時刻は正午過ぎ。アリサさんの部屋に呼ばれ、紗枝さんが教鞭を振るう。二人は忙しいらしいので、大抵は今日のような休日に行われる。この状況、もう何度目になるのか。


「例えば、そうだな。お前がカーズだとして、自分の拠点に危機が訪れたらどういった行動に出る?」

「自分達でどうにもできない状況なら、他の拠点に助けを求める、かな」

「そうだ。それが二十年前のアメリカによる核攻撃でもっとも憂慮された事態だ。初期の爆撃時はまだフィールドの力を甘く見ていたが、最初の核兵器が無為に終わった事で、国連では防衛のコンセンサスが主流となった」


 そう。首尾よく拠点を一つ潰せたとして、他の拠点がそれまでと同じである保証が無い。もしかすると牽制程度の攻勢から一転、全戦力を持って攻めてくるかもしれないのだ。

 今回の作戦でも、中国やロシア、その他自国に拠点がある国は、その憂慮の為に迎え撃つ準備をしないといけない。余力などどこにもないのだ。


「だがそれは杞憂に終わった。『C-16』壊滅後にも他の拠点は沈黙、それまでとなにも変わらないという結果だった。ただし、それは二十年前の史上一度きりしかない出来事だから、今回もそうである保証は無い。……が、私は今回も無いと思っている」

「その根拠は?」


 珍しく楽観的な予想を語る紗枝さん。アリサさんもそれに同感のようで、うんうんと頷いている。


「カーズはP.Iフィールドに絶対的な自信を持っているからだ」


 楽観でもなんでもなかった。


「P.Iフィールドは仲間との通信手段を犠牲にして成り立っている。お前は無敵の仲間をわざわざ助けにいったりしないだろう? だから心配する必要も、連絡を取る必要も無い。各拠点は完全に独立していて、それぞれが一つの国なのだ」

  

 確かに、単純に考えて通信手段が思い浮かばない。電波などフィールドの前には論外だし、そもそも衛星がなければ、直進する電波で地球の裏側との交信は不可能だ。カーズのテクノロジーならそれを可能としてしまうかもしれないが、紗枝さんの言うとおりフィールドがカーズの中で揺るがないものなら、救援の通信など始めから考慮にも入れていないだろう。 


「それを証明するように、各拠点で赤目の傾向に差異が生じている。例えば中国の拠点よりロシアの拠点のほうが遺伝子操作技術の向上が速かったり、その地域独自の形態の赤目が存在するなどが確認されている」


 なるほど。拠点間で情報交換は成されていないという一つの裏づけになる。


「それと一つ良いニュースがある。……いや、お前にとって良いことなのかどうか分からないが」

「なんですか?」

「ノルウェーの拠点を根城としている赤目数体を誘き寄せ、偵察衛星で追跡した結果、中国とロシアの拠点に入る瞬間が確認された。今まではノルウェー、フィンランド間では確認されていた事だが、これだけ距離が離れている拠点間での移動を確認したのは初めての事だ」

「? ……俺に何も関係ないような」

「……アリサ、頼む」

「よしきた」


 えー……。なにそのこいつ馬鹿すぎてもうヤダみたいなの。


「紗枝ちゃん、座ってていいわよ。ほんと、宗一君が馬鹿すぎて嫌になるわね」


 直接言われた……。


「はい、じゃあ分かりやすく行くわよ。あなたは今、ヨーロッパの拠点の鍵を一つ持ってるの」

「……はい」

「でね、ノルウェーとフィンランドはヨーロッパだからその鍵でどちらでも入れるの。でもそれが中国やロシアといった、遠方の拠点の鍵に合うかどうかは今まで不明だった。だから宗一君を餌で釣ってそこまで連れて行きました」

「結果、遠くの拠点にも入れたと」

「はい、だから答えは?」

「…………俺はどの拠点にも入れる……可能性が高い」

「よくできました」


 満足気に頭を撫でてくるアリサさん。

 く……。なんかすごい馬鹿にされている気分だ。


「そこまで赤目を誘導するのは大変だったらしいわよ~。これも宗一君あっての検証だったのよ」

「ということはですね、赤目は何かのイレギュラーが無い限り、自分の拠点を離れないってことですよね。だったら赤目での拠点間の情報交換はほぼ無いに等しいんですね」

「あらどうしたの、いきなり冴えた事言って。何か降りてきた?」


 ふぅ、正解だったようだ。……だから、頭を撫でるな。


「でも少しだけ違うわ」


 違うんかい……。


「ノルウェーとフィンランドの例のように、隣接する拠点同士なら赤目は移動しているわ。ただそれがどれくらいの頻度か分からないほど稀な出来事で、何の為に移動しているのかもハッキリしていないわね」


 赤目の移動を稀に確認することもある、という程度なのか。大規模に移動しているならともかく、少数を衛星だけで追尾観測するのは技術的にも難しいんだろう。

 それ以外に関して言えば、拠点が完全に独立しているというのはかなり精度の高い推測だ。俺が北海道の拠点に入る事が出来たなら、海外の拠点にも適応する可能性が高い。……うん、良いニュースじゃないか。

 俺はここまでの話を整理し、湧き上がった質問を口にした。


「カーズは通信手段を持たないにも関わらず、人類を攻撃する兵器が赤目に収束した理由は何なんでしょう?」


 紗枝さんとアリサさんが少し驚いたように目を見開いた。その直後、


「私を呼んだかね!」


 バァンと勢いよくドアが開き、妖怪すだれ女、もとい西園美香さんがドヤ顔で部屋に入ってきた。


「いや呼んでねぇよ!」


 俺はなんのひねりもなく突っ込むしかなかった。悔しい。

 てかいつから基地に居たの? 廊下の先に立っている筈の監視をどう潜り抜けてきたの? てか絶対狙いすまして入ってきただろ。って、ああ……ベタな突っ込みしか浮かばない。どうしようもなく負けた気分になる。

 

「タツミー中々冴えてるじゃない。もしかしたらさえさんよりもさえてるかもねー、なんちてー、……き、きゃああああああああ! うそだからああああああ!!」


 何が嘘なのかよく分からないが、悪鬼となった紗枝さんに怯える西園さん。って、俺を盾にしないでそっちで処理しろよ!

 

「ふ、ふふん。た、タツミーの質問は中々いいところを突いたわ」


 俺の背で震えながらも言いたいらしい。

 以前のP.Iフィールド発生実験のキーパーソンであった彼女も、今回の作戦に解析方面で関わっているらしい。しばらくは基地に留まるんだろう。


「通信手段もなく、技術交換もできないにも関わらず、なぜ各拠点は並列して同じような道を辿ることになったのか。それはカーズが地球に来る以前から、ある程度の遺伝子操作技術を確立していたからに違いないわ。そして……」

「……ん? いや、もったいぶらんでいいですから」

「それだけが、カーズが有機生命体だという根拠なのよ」

「…………え?」


 適当にあしらう態度を取っていると、西園さんが俄かに信じられない事を言った。あまりにも予想外に過ぎたため、しばらくその言葉の理解に到達しなかった。

 西園さんが口にしたことはつまり、カーズが生命体かどうかすら判然としていないという事実である。


「これでもうタツミーに知らない機密はほぼ無いはずよ。ね、紗枝さん、アリサさん」


 紗枝さんとアリサさんは、少し気まずそうに笑って首肯を返した。

 俺はこの世界に来てから地球外生命体という存在を知り、なんの疑問もなくそれを受け入れていた。

 カーズの姿形、生態。どこの惑星からやって来たのか。宇宙船とはどんなものだったのか。そういった事には興味を持って調べたり、紗枝さんやアリサさん、縁達にも訊いてみたことはある。

 その時の答えは共通して、『地球外生命体ということ以外は不明』というものだった。


 だがそれも無理はない。例えば西暦2012年に北海道に飛来したとされるカーズは、落下後一時間という短時間で半径100kmに及ぶP.Iフィールドを発生させたのだ。

 当然その区域にいた人達は逃げる間もなく閉じ込められ(もしくは消滅し)、目撃情報は出てこない。衛星及びエレクトロニクス系機器は、ジャミングによりその機能を奪われた。だからカーズの情報の一切は不明というのは納得できるものであった。


 しかし実際の所、ある程度は判明しているのだろうと思っていた。只、一般人や軍人程度では知りえない情報なだけで、なんの根拠もなく地球外生命体だと言っているのではないと思っていた。だがそうではなく、本当に全てが不明だったのだ。

 

「実はだな、その、少々言い難いのだが……」

「ねぇ……」

 

 紗枝さんとアリサさんが互いを見やり、苦笑いを浮かべている。二人にしては珍しい。


「私達も知ったのはつい最近のことだ」

「えええ!?」


 基地のトップにいるこの二人ですらそうだと信じ込んでいたらしい。

 

「ふふん。皆ほんとに無知なんだからさー」

「お前も私達と同じだったろう」


 得意気な西園さんが紗枝さんに突っ込まれる。……まぁそうだよな。

  

「そのほうが都合がいいから……ですか」

「普通に考えてそうでしょうね。軍人には、いえ、私達にとっては邪魔にしかならない情報だわ。今回の作戦がなければ知らされないままだったでしょう」


 アリサさんが盲点だったという感じで語る。そして上の判断は正しいと感じた。

 何者に攻められているのかすら分からないなんて、そんなこと公にはできない。人は実像よりも偶像に畏怖や恐怖を抱く。獰猛な獣は確かに怖いが、見えているなら対処の仕様はある。しかし未知の存在、例えば幽霊に対してはどうすればいいのか分からない。

 だから地球外生命体という納得しやすい枠組みが必要だった。事実、俺は今の今までその作り上げられた存在を敵視していたのだ。


「ちょっとタツミー。なんか変な方向に考えてそうだけど、地球外生命体である可能性が一番高いことに変わりはないからね」

「え、そうなんですか?」

「それでさっきの話に戻るんだけど、カーズが赤目という一つの生物兵器に収束したのは、以前よりその技術を持っていたから。つまり自分達が有機生命体であるからゆえの技術発展に違いないわ。例え今が生命体の範疇になくても、以前そうであったという事実は揺るぎません」


 西園さんはきっぱりと述べた。

 それは俺の頭では反論する隙が見当たらないものだったが、やはり推測の域を一つも脱していない。


「現状ではカーズの何が分かっていると言えるんですか?」

「……何もわかっていないらしいわ」


 アリサさんが神妙な面持ちで首を左右に振った。


「分かっているのは西暦2012年から三年の間に、世界各国の上空から黒い何かが落下してきたということだけよ。北海道の場合、カーズの宇宙船が着陸してから一時間後にフィールドが発生したという史実になっているけれど、本当はその区域が観測不能になってから一時間後に、その黒点が膨張してフィールドを形成した、ということしか分かってないの。でもそれも遠方からの目撃情報らしいから頼りないものね」


 なんだ、それ……?

 姿形どころではない。カーズが我々と同じ有機生命体であることも、カーズが恒星間移動を可能とする宇宙船で地球にやって来たことも、カーズが意思を持って人類に敵対してることすら、そのどれもこれもが人間の推測で、確定事項が一つもないということなのか。

 大前提である、カーズは地球外生命体だという推測が覆れば、その後の全ての推測が足元から崩れ落ちてしまうだろう。いや、もっと言えば……。


「カーズが存在しているという確証すら……ない?」


 その場に肯定と同義の沈黙がおりる。

 やはり思い込みだとしても、実像は必要だと強く感じた。地球外生命体だと思っていた数分前までのほうが圧倒的に気分が楽だ。偶像だと理解した瞬間、悪い想像は現在進行形で加速している。


 英語で『cause』。日本語訳で原因、元、種という意味だ。

 何故そんな大雑把で広義的な名前になっているのかと思っていたが、今その疑問がスッキリと解消した。地球外生物、異星人だとハッキリ分かっているならば『Extraterrestrial《E.T》』でいいんだ。それがもっとも分かりやすい。

 何故そうしなかったのかは単純明快。カーズはまさにその名の通り、『原因』以外の意味を持っていないからだ。全てにおいて不明だからこそ、それ以上の具体性を名前に持たすことはできなかった。事実を知るものにとっては名詞ですらない。


 カーズは地球外生命体ではなく、宇宙からの未知の現象、災害という可能性も否定できないのだ。または細菌タイプの宇宙ウイルス、ナノテクノロジーの一種と仮定したらどうだろうか。それともP.Iフィールドそのものが、コンピューターAIのような知能を持ったシェルターだとしたらどうだろう。


 いや……根本的に発想を変えてみれば、カーズは地球外からのものではなく、地球上から発生した災厄だと仮定することだってできる。であるならば、それはどこから端を発するのか?

 遺伝子操作を可能とし、高度な科学技術を有し、男女を対立させるという人間的思想を持つ。それらに該当する、地球上でもっとも可能性の高い存在とは、つまり――。


「ストーーーップ!」

「っ!」


 はっとして顔を上げると、前髪をかぶった西園さんの顔が目の前にあった。


「どこまで考えてたか大体分かるけど、それでも私はその答えを否定するわ」


 西園さんが学者の威信を賭けたとばかりに言う。

 冷静になれば、俺の憶測は根拠が乏しすぎる。包括的に証拠を積み上げていけば、カーズが地球外生命体という結論に辿り着くのが一番自然になるだろう。

 遥か上空の宇宙から黒い何かが地球に落下した事。カーズの遺伝子操作技術とP.Iフィールドが人類にとってオーバーテクノロジーである事。そして遺伝子を操作すること自体が、我々と同じ有機生命体の技術である事を示唆している。そしてP.Iフィールド発生装置と、俺が入れられていた試験管、(のようなもの)は、明らかに自然物ではなかった。

 逆にそれくらいの根拠がなければ、カーズを地球外生命体だと公表しても、すぐに疑念を持たれていただろう。事実、俺は今まで疑いもしなかった訳で……。


「……そうですか。まあどっちでもいいですけど」

「ええ!?」 


 西園さんがオーバーに驚いて仰け反る。いやそんな大ショックみたいな顔されても。

 俺自身カーズの正体はとても気になるが、そんな議論は五十年以上もの間、頭の良い学者達が飽きるほどやってきただろうし、それでも答えの出ていない謎をここでいくら考えても無駄でしかない。

 敵対する以上、抵抗するしかないし、俺達はそれだけを考えていればいいんじゃないかな。


「ふっ」


 紗枝さんが可笑しそうに吹き出した。


「ああその通り、どうでもいいことだな。では望み通りお前に特別訓練を課そう」

「え、ちょ、今の会話で俺がいつそんなものを望んだというのか!?」

「佐野が自分の企画でお前の訓練をしたいと言うものでな、じゃあ好きにしろと言っておいた。詳細はあいつに聞くといい」

「だから何故俺でもないのに俺を好きにするのか!」

「遅れるが、私も参加する事になっている」


 なん……だと……? 


「今度の作戦の予行演習というか、まぁそんな感じだ」

「ちょ、それだけはやめてええええええ!」


 心の底から咆哮した。

 しかし叫びながら俺はどうしようもなく理解していた。そんなことをしても酸素の無駄遣いでしかないと。



◇◇◇◇◇◇



「どうしたのタツミー。何の用?」

「ええと」


 アリサさんの部屋を出た後、俺は西園さんと人目に付かない食堂の裏手で話をしていた。


「少し訊きたいことがあって」

「なぁに?」


 西園さんが小首を傾げる。すだれのような前髪も引力に従ってなびいた。

 俺が彼女に訊きたい事は、今度の作戦で俺が首尾よくフィールドを突破した後の成功報酬のことだ。各国の貴重な戦力を投入して、ただ通り抜けて終わりだなんて事は絶対に無い。それ相応のリターンを得られる展望があるからこそ、どの国も協力的な姿勢を見せているのだ。

 俺のフィールド突破から人類の利益を抽出するのは、彼女含むあらゆる分野の学者達の知恵に他ならない。俺にとって重要なのは、その利益が具体的にどれほどの価値に相当するのかということ。


「ん~?」


 なかなか切り出さない俺に、さらに首を傾ける西園さん。

 そういえば失念していた。人目に付かない場所といっても監視の人がいる。こんな機密を含む話なんてできそうにない。

 本当はアリサさんの部屋で聞けば良かったんだけど、俺はあの二人に詮索されることをなんとなく嫌った。


「……あー、すみません。やっぱいいです」

「えー、なにそれー」


 以前のフィールド生成実験の成果もまだ得られてないらしく、現状では時期尚早の質問だ。

 あの時はフィールドが現出した瞬間に、周辺の精密機器がすべてダウンしてしまったので、情報の取得がかなり限られてしまったようだ。事前にそうなると予想されてはいたのだが、西園さんの苦笑いは印象的だった。

 

「はっ! も、もしかして私に告白する気だったとか? え、ええ~、うっそぉ~。まいったなぁ、うふふ~」

「……は?」


 俺が煮え切らない態度を取っていると、西園さんが不気味に喜びだした。よだれをすするような音が聞こえたのは気のせいか。


「ちゃんと聞いてあげるから~、早くお姉さんに言ってごらん。うふぅ」


 西園さんがずずいっと乗り出してきて、喜色満面の顔を目と鼻の先まで近づけてくる。とてつもなくうざかった。

 ちょっと、本当に近いから離れてくれませんかね? 監視の人達に勘違いされるだろう。角度によってはキスしてるんじゃないかと思われるかも、しれ、な……。


「え……」


 いつのまにか近くあった人の気配に振り向くと、そこには驚愕した表情の縁が立っていた。

 な、なんでこんな所に……。


「あ、あの、その……わ、あわわ……」


 俺と目が合った途端、縁は顔を赤くしてあたふたしだした。

 あー……これは、あれですね? この後、男が誤解だーって叫びながら女の子を追いかけるシチュエーションが展開されるわけですね? まぁ俺はそんなベタな展開が嫌いだから、芸人のプライドに賭けてしないけどさ。

 

「ご、ごめんなさい! そ、そういちきゅんのうしろ姿を見かけたので、その、追いかけてきちゃら、その……しょの……お、お構いなくーーー!」


 縁は噛みまくった挙句に遠慮するという、わけの分からない日本語を展開した後、猛スピードで走り去っていった。


「ご、誤解だああああ!」


 そして俺はベタな男に成り下がったのだった。悔しい。 

 

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