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2 : 8  作者: 松浦アエト
42/46

第42話 変容


 基地に戻ってすぐ、変わった出来事が起きた。それは俺に宛がわれる部屋がいつもの病室では無くなった事。今は新しい部屋に移る為、持っていく物を選別している所だ。

 私物といえば皆に貰ったギターくらいで、他に持って行きたい物なんか特にない。只、このギターを持っていく許可は降りないかもしれない。


 俺もそこまでアホではないので、この引越しが何を意味するか分かっている。俺は今まで以上に、囚人のように管理された生活を送る事になるだろう。

 図らずもP.I フィールド突破という偉業を成し遂げてしまい、その結果、下がり続けていた俺の研究価値は飛躍的に高まったのだ。今までのように比較的自由を許される存在ではなくなり、もう基地内すら自分の意思で歩く事ができないだろう。


 この扱いに対して俺自身、文句が無いわけではないが、同時に仕方ないという達観した思いもある。

 もしかしたら対カーズの突破口になる可能性が出てきたのだ。その道具に、厳重な管理を強いるのは当たり前だ。何かのイレギュラーでも無い限り、俺は実験動物のモルモットのように死ぬまで管理された生活を続けるのだろう。 


「ん?」


 ベッドの下を漁っていると、一冊のノートが出てきた。以前、ヒデに貰った相沢正の日記だ。

 俺や遼平以外にこの日記を見せたくなかったので、ベッドの下に隠しておいたのだ。


「……っ」


 もう何度も読み返したその日記を捲っていくと、強烈な頭痛に襲われる。だがその痛みは捉えた直後、まるで錯覚だったかのように影すら残さず消えていた。



◇◇◇◇◇◇



 変わった事はもう一つある。それは俺の訓練内容が激変した事だ。

 以前の訓練といえば、フェイズを進める事に重点が置かれたイメージトレーニング。それについていけるように、体力を向上させる基礎訓練。簡単に言えばその二つが主だった。

 当たり前な話、戦場に行くことの無い俺に、実戦的な戦闘技術は必要とされていなかったのだ。縁達との立ち合いもあったけど、今思えばあんなものお遊びに過ぎなかった。


「……が、ぁ」


 折れたか? ガードした左腕の感覚が、痛み以外まったく捉えていない。

 場所は屋内の演習場。倒れている俺を見下ろしくる、第一防衛線第七小隊副隊長という肩書きを持っている彼女が、今の俺の訓練相手だ。第一防衛線を死守する部隊、つまり彼女は戦場の最前線で戦っているフェイズ能力者ということになる。


 訓練前、紗枝さん立会いのもと、さらっと自己紹介された情報によると、彼女は領家冬りょうけふゆ、二十四歳。160を少し上回る背丈で、細身のスレンダーな女性。あまり手入れされてなさそうだが、それでも艶を損なっていないロングストレートの黒髪。俺に向ける鋭い眼光は天然ではなく、後天的な要因でそうなっているものだと分かる。

 どう見ても非力な印象しか受けないその細い体で、強化して防御した俺の左腕を易々と折るほどのパワーを持っている。

 彼女のフェイズは4-S。俺は彼女とここ一ヶ月、ずっと戦い続けている。

 

「……お前、よほどぬるい訓練を受けてきたんだな」 


 そして、彼女は本物の男性嫌悪者だ。俺を見下ろす目は、同じ人間に向けるものではない。紗枝さんの厳命がなければ、腕の一本くらいで済んでいないだろう。

 

「確かにお前の強化能力、自己干渉能力は、身体強化の面ではかなり高い水準なのは認める。だが、単純なパワーがいくら強くても相手に当たらなくちゃ意味が無い。操者であるお前がまったくのど素人では、高性能な武器もなまくら同然。筋肉の動かし方、攻撃の緩急と強弱、適切な対処と予測、視覚情報以外の配慮、相手の能力を考察する思考力。全てにおいてダメダメね」


 倒れている俺に、次々と欠点を指摘をしてくる。


「言っておくけど、私はフェイズ4の能力なんて一切使ってない。身体強化に関して、私よりあんたの性能が上だとしても、私は強化能力だけであんたを殺せる。これが何を意味してるか分かる?」

「…………」

「だんまり? ……というより喋れ無さそうね。まぁいいけど、お前悔しくないの? なんでなにも言い返さないの? あんたみたいな下種を見ていると吐き気がするんだけど」

「ぐっ!?」

  

 うつ伏せで苦しんでいる俺の腹に、無慈悲に蹴りを叩き込んでくる。こんなのは既に訓練でもなんでもない、只の暴力だ。


「…………」


 無言で次々と蹴りを叩き込んでくる。何発喰らったのか数れなくなるほど意識が頼りない。

 や、やばい……。このままでは、本当に殺される。強化してガードしても、彼女の蹴りを吸収しきれない。彼女は俺のガードの隙間、つまり強化を集中させていない部分を見極め、的確に攻撃してくる。

 蹴られるたびにギシギシと体中の骨が軋む音が耳に届いてくる。俺の切り札である自己干渉能力は、もう使用限界時間を越えてしまっている。打つ手がない。そしてなによりも不快なのは、この頭の中に纏わり付く異物。


「がっ!」


 もう痛みも感じなくなってきた頃、俺以外の苦痛の声があがった。

 顔を上げると傍に紗枝さんが立っている。俺を蹴っていた領家は、この広い演習場の端まで弾き飛ばされていた。


「領家、勘違いするなと言っておいただろう」

「はっ」

    

 鼻血をボタボタ落としながらも、その場で膝を折り、紗枝さんに平伏する領家。


「他の者も、よく聞け」


 紗枝さんは周囲に待機している兵士を見渡す。今まで傍観していた女性達に向けてだ。

 彼女達は訓練には介入してこないが、干渉で建物の耐久力を向上させる為に、壁際に規則正しく配置されている。そうしないと頑丈な造りのこの建物ですら、フェイズ能力の為にいとも簡単に破壊されてしまうからだ。十人ほどの能力者で、この演習場全体を干渉で覆っている。

 だが、例え俺があのまま殺されようとも、彼女達は動きはしなかっただろう。


「お前達の任務は辰巳宗一を強くする事だ。誰がストレス解消道具に使えと言った? もう一度同じ現場を発見したら、相応の処罰では済まないと覚悟しろ」

「し、しかし、この男をいくら強くした所でなんの意味もないではないですか」

「納得できる理由など欲するな。お前はその程度もわからない童ではないだろう」

「……はっ、失礼しました」


 ここにいる女性達全員は、俺が今どういった立ち位置にいるかを知らされていない。

 せいぜい紗枝さんや上層部のお気に入りくらいの認識で、その辺にいる男と同格に扱っているのだろう。


「立てるか? 宗一」

 

 そう言いながら、俺に肩を貸してくれる紗枝さん。フラフラとだがなんとか立ち上がる。

 珍しく優しいと判断してもいいんだろうか? いつもなら放っていきそうなもんだが。

 

「……つまんない男」


 領家の呟きが遠くから聞こえてくる。俺は何故かそれに怒りを感じるでもなく、妙に共感してしまった。

 頭の中の異物は消え失せ、もう痛みは感じ無い。同時に、理不尽に暴力を振るわれた事にすら何も感じなくなっている。

 頭痛を代償に、憎しみを全て洗い流してしまったような、そんな不自然で不快な凪が俺を覆っていた。

 


◇◇◇◇◇◇



 別にあの病室に愛着があった訳ではないのだが、いざ違う場所に移ってみると些か以上の違和感を感じてしまう。

 俺に新しく用意された部屋は、単純に一言で言うならば、牢獄に近い。と、言っても、それは俺の印象の話だ。


 部屋に関しては、質素であるものの一通りの家具は揃えられている。広さも八畳ほどはあり、男一人が普通に生活するなら充分だ。だがそれとはまた違った要素が、俺に別の印象を与える。

 部屋の内壁は普通のものではない。見るからに頑丈そうな壁は、恐らく破壊されないよう作られたのが簡単に伺える。そして窓一つなく、テレビやラジオの類、病室にはあった電話すら無い。与えられた携帯電話も通信制限のロックが欠けられて、こちらからは特定の相手にしか連絡が取れないようにされた。


 そしてドアの外に昼夜問わずある、複数の人の気配。考えるまでも無く、それは護衛という名の監視。さながら囚人を管理する看守そのものだ。

 今の俺はまさに、飛ぶ事を禁じられた籠の鳥。自分の足で歩く事すら、誰かの許可を取らなくてはいけない。 


 食事はその日の見張り番の人が運んでくれる。トイレは部屋にあるので、病室の時のようにわざわざ外に行かなくてもいい。この部屋から外に出られるのは、訓練か紗枝さんに呼ばれた場合だけだ。

 この現状の改善を、何度か紗枝さんに要望してみたものの、一切取り合ってはくれなかった。

 

「宗一、体の調子はどうだ?」


 夕食後、部屋に紗枝さんが尋ねてきた。


「問題ありません」


 まぁ問題ないことはない。左腕はぶら下がっているんだからな。


「そう、か……」

「…………?」


 何故か気まずい沈黙が流れる。いつもなら用件だけパパッと言って、なんのそっけもなく帰っていくのに、今日は何かを戸惑っているように見える。もしかして、この待遇を課した事に罪悪感を感じているとか? いや、まさか。アリサさんならともかく、紗枝さんに限ってそれはないだろう。


「北海道に行く事になった」

「……は?」


 え? 今、なんて言った?


「北海道に行くと言った。お前が」


 聞き返す前に、俺の表情を見た紗枝さんが先手を打ってくる。お前が、にはしっかり指差しが付属していた。


「は? ええ? ええええええええええええええええ!!?」


 多分俺の驚きは、人生の中で第一位になるものだっただろう。


「はあ!? いつ!? どうやって!? なんで!?」

「す、少し落ち着け。宗一」


 それから紗枝さんは少し時間をおいてくれた。

 そうだ、落ち着け。落ち着かないと進まない。しっかり紗枝さんの話を聞こう。

 

「まだ詳細な日時は決まっていないが、年内に北海道にある第一種危険指定区域『C-14』に、人類側から攻勢を仕掛ける事が決定した。目的は『C-14』における北海道のカーズ支配からの解放……ではなくてだな」

「違うんですか? というかそれ以外に何があるんですか?」


 攻勢を仕掛けるときたからには、占領されている北海道を奪還だと思っていたのに、紗枝さんは先回りしてそれを否定する。


「お前がP.Iフィールドを通過できるかの検証だ」

 

 予想はしていたが、それでも耳を疑った。自分に訪れたあまりの急展開に現実味が感じられない。 

 年内ということは後八ヶ月あまりで、俺は生まれ故郷の地を踏むという事なのか。


「お前は確かに、先の実験でそれを証明してみせた。だが、それがカーズ拠点のP.Iフィールドにも適応するかどうかはやってみないと分からない。そして選ばれた場所にも理由がある。この地球上にある24箇所のカーズ拠点から、もっとも突破の可能性が高いのは『C-14』だという結論が出ている。これは『C-14』の保有する戦力が拠点別に見て下位であることも考慮されたが、一番の決め手はお前が北海道出身の日本人であり、お前の第一発見場所が樺太であることだ」 

「遺伝子の生体認証が深く関わっているということですか」

「そうだ。もし認証システムが登録制ならば、お前に一番関連性の深い北海道にある『C-14』がフィールド突破の可能性が一番高い。逆に言えば、海外にある拠点等には適応しないかもしれない。これは論を持たない所だ」


 理屈は通っているが確証はない。だから検証してみるということなのだろうが、そのためには多大な犠牲を払わなければいけないだろう。防衛で精一杯の相手に打って出るなんて、一体どれほどの被害を被ってしまうのか。栗原の戦力だけでそれを成すなど不可能なんじゃないのか?


「当然この作戦は日本が主導して行うが、今はヨーロッパ連合軍の協力を得ることが決まっている。その他、アメリカや中国の諸外国にも要請している最中だ。まぁ詳しい事は、具体的に決まってから伝えよう」

「……分かり、ました」


 なんてことだ……。それしか現状を打開する方法がないとはいえ、たった一人に全てを懸けるような策を取るしかないなんて。しかし、成功報酬の期待値は大きい。


「……すまない」

「え?」


 今度こそ聞き間違いだと思い紗枝さんの方を見ると、目を伏せて少しだけ頭を垂れていた。


「何に、謝っているんですか?」


 そう問いを投げてみるが、彼女は何も喋りだそうとせず、沈黙が降りた。

 紗枝さんが謝るなんて意外すぎてつい訊いてしまったが、責めるような感じになってしまったかもしれない。でも、何に謝ったのか本当に分からなかったのだ。


 囚人のような生活を強いている事だろうか。それとも、もう俺の意志を聞くことができない事か。思い当たる事は多々あるが、それは紗枝さんが悪いという訳ではないだろう。

 もしかして、あの約束の事だろうか。北海道に連れて行ってくれると言った、星空の下で交わした約束。でもそれを謝るということは、今回のこれは紗枝さんの思っていた形ではなかったという事なんだろうか。

 

「明日は休みだ」


 空気を切り替えるように、紗枝さんは顔を上げて言う。

 う~ん……。よく分からなかったけど、追及する気にはなれないのでこちらも切り替えよう。


「これからはいつものように週一回は休日とする。一ヶ月もぶっ続けで訓練してきたが、そろそろ限界だろう」

「……いえ」

「何?」

「明日も訓練できませんか?」


 そう言うと、紗枝さんは眉をひそめて怪訝な表情を向けてくる。そして、やれやれとため息をひとつ。


「勝手にしろ。ただし、休日に兵士を駆り出したりはしない。明日は縁、有原、立川の三人に付き添わせる。まぁ、本人達が良いと言うのならな。それでいいか?」

「了解っす」


 ひとしきり俺を観察するような目で見た後、踵を返して部屋を出て行った。  

 基地に戻ってから一ヶ月。俺は遼平やリナどころか、あの三人とも一切会っていない。というか会えない。訓練や護衛はあの三人を意図的に除外されているし、俺の意思でこちらから出向く事すら禁止されている。

 紗枝さんは譲歩してくれたんだろうか? 何かの計算だったら恐ろしいが、好意的に解釈しておこう。


 それにしても、北海道か。一体、いつ振りになるんだろう? もう遠い遠い過去の事のようだ。

 もう滅ぼされている故郷に帰って、一体何がしたいんだろうな、俺は。


「……ふわ」


 体中の疲労感がそれ以上思いを馳せる事を許さず、暖かいベッドが俺の意識を奪っていった。



◇◇◇◇◇◇



「よっ」


 監視を引き連れて屋内の演習場に入っていくと、縁、有原、立川が待っていた。声を掛けつつ手を挙げる。顔を見るのすら一ヶ月振りだ。

 俺を発見した途端、パァと顔を綻ばす三人。いや、二人か。有原は何か引きつったような顔になっている。別に会えたのが嬉しい訳じゃないんだからね! って書いてあるように見えるのは、俺のうぬぼれなんだろうか。


「有原、会いたかったよ」

「な、なんで一番に私なの? ここは縁ちゃんでしょ。いやそれ以前に、会話の流れがおかしくない?」

「別におかしくないぞ。久しぶりだし、俺はお前に会えて嬉しいんだ」

「くっ……。はいはい、うれしいわー。わたしもそういちにすごくあいたかったのー」


 からかわれているのに気付いたのか、小馬鹿にするような態度を取る有原。顔の赤みを抑えきれてないので、態度と逆の印象しか周りに与えていないのがなんとも残念だった。縁と立川も良い人の顔になっている。

 そこで俺に同行していた兵士が、外にいるという言葉を残して演習場から出て行った。気を遣ってくれたのだろうか? 

 監視二人が出て行くと同時に、入れ替わるように誰かが入ってくる。その意外な人物に、俺は目を剥いた。


「そ・う・い・ちーーーー!!」

「う、うおお!?」


 リナの強襲、フライングローリングソバットをしゃがんでかわす。勢いあまって一人吹っ飛んでいった。どうやらあの小動物は興奮気味のようだ。って、お前じゃない。その後ろに穏やかな表情で立っている、とても意外な人物。

 

「た、多田さん」

「こんにちわ、辰巳君」


 防衛戦の時お世話になった多田香奈枝さん。ちょくちょくお見舞いに通っていたので、あの時の怪我が順調に回復していたのは知っていたが、しばらく会わないうちに出歩けれるほど回復していたのか。

 多田さんと確認してすぐ目を引かれたのは、無くなっていた筈の左腕。それが今はちゃんと存在し、動いている。この時代の医学の凄さを見せ付けられているようだ。……でも、治りきっていない部分もある。


「ん? ああ、これ? 流石に眼球を培養してつくれないからね。義眼にしようか考えてるんだけど、今はこうやって眼帯をつけてるの。見苦しくてゴメンネ」

「そんな、見苦しいだなんて思いませんよ」

「そう? 辰巳君的にこの黒一色の眼帯ってどうかな? なんか怖いよね? 女の子っぽくないよね? どこの歴史上の人物だって感じだよね? でも女の子っぽい眼帯ってどんなのって感じだし、仕方なくこれにしたの。あ、髪も短いところに合わせてショートにしてみたんだけど、どうかなぁ? え? 似合ってるって? ほんとに? も~、辰巳君は口がうまいんだからぁ」

「ちょっと……待って、おくれ……」


 この人と話していると、返信する前に完結してしまうのは何故だろう。

 

「あ、辰巳君。これからよろしくね」

「え? 何のことですか?」

「あれ、まだ聞いてないのかな? 私、多田香奈枝は、辰巳宗一専属の医師として、これから付き添うことになりました」

「そ、そうなんですか?」

「うん。最近の本格的な訓練でよく怪我してるでしょう? だからこれからは度々訓練とかお部屋にお邪魔するからよろしくね」

「はあ……」


 そういえば多田さんは外科治療が得意なフェイズ4-Sの能力者。アリサさんも外科治療ができないわけではないが、精神干渉という希少な能力を行使するのを専門にしていて、あまり外科のほうには関わっていないらしいから、そのフォローといった感じだろうか。


「宗一さん、どなたですか?」


 後ろから袖をくいくい引っ張ってくる立川。俺の真後ろに身を隠して人見知り全開発揮中だった。

 いや、どなたですかって……防衛戦の時いただろう。


「ム・シ・す・る・なーーー!」


 リナが反対側の腕を引っ張って、相手をしろと抗議してくる。

 せめて一人一人相手させてくれ……。いやまぁ、こうやってジャレるのも久しぶりで楽しいけどね。

 

「あらあら、辰巳君モテモテね。で、どの子が辰巳君の言っていた本命の子なの?」

 

 多田さんがニコニコと言い放った言葉に、ビシィと空気が凍った気がした。特に俺の後方が。

 そうだった、多田さんにはおもいっきり相談したのだった。いやな予感に従い、そーっと首だけを回し、俺から見て一番後方にいる縁に目を向けると……めちゃ固まっていた。

 さっきまでニコやかな表情で皆を見ていたのに、今は直立不動で息をする事すら忘れているようだ。


「あ、そうか。井上さんってあの時言ってたよね。へぇ~、凄いお似合いじゃ」

「くんれんしませう!!」

「ぅひゃあ!?」

 

 縁が今まで見たことも無い真っ赤な顔のまま、今まで聞いた事も無いでかい声で叫んだ。驚いたというか、気圧された多田さん。そしてその場にいる全員がビクゥと全身を震わせた。もちろん俺も震えた。

 というか、その、多田さん……。今の俺と縁はかなり微妙な関係なので、しばらくそっとしておいて欲しいんですが。もう手遅れだが、後で釘を刺しておこう。しっかり奥まで。


「く、くくくんれん、くんれんくんれん! くんれんしましましししましょう!」

「わ、分かった! 分かったから! こ、怖いから!」


 シュコーと焼け付きそうなブレスを吐きながら、ジリジリ迫ってくる縁。俺ちびりそうです。


「そ、そうね! 訓練しましょう! じゃあ私は端っこで見てるからね~」


 怪我したら任せて~、と言って早足で遠ざかっていく多田さん。声、裏返ってたし、俺には逃げたようにしか見えなかった。

 いつの間にか俺を盾にして、リナと立川が後ろで震えていた。頼みの綱の有原は空気に向かって正拳突きをぶつけている。恐らく防衛本能がそうさせたのだろう。

 俺はこの空気を切り裂くよう、気持ち大きめの声で提案する。


「訓練の相手は立川にしてもらいたい!」

「わ、私ですか?」


 今この縁と訓練したら色んな意味でヤバそうだ。

 立川で試したい事もあるしな。  


 そんなこんなで、興奮気味の縁を顔色の悪い多田さんに押し付けて、立川と演習所の真ん中で対峙。

 俺たちの手に握られているのはどこにでもある果物ナイフ。そのナイフの刃と刃を、力を込めずにそっと合わせる。

 

「いくぞ」

「ええ、いいですよ」


 立川の返答を合図にナイフに干渉していく。目的は相手のナイフの切断。無機物であるナイフに、自分の意志を込めるよう切れ味を増大させていく。

 自分の干渉と同時に、立川の持っているナイフも干渉能力に包まれていくのを感じた。見た目でも分かるほど研ぎ澄まされていくその切先。こんなおもちゃのようなナイフで、鉄をも両断できる確信を抱かせる鋭さを感じ取る。


「くっ……」


 ピキッと刃が欠けた音。俺のナイフ、いや、俺の干渉が押されているのが分かる。

 交差している刃先が欠けてしまったのは、俺のナイフだけ。同じ切れ味である果物ナイフでも、優劣は明確についている。それはナイフを持つ二人の優劣と同義だ。


「……」


 必死な俺とは違い、涼しげな顔でナイフを見下ろしている立川。  

 今、立川が意識しているのは、俺のナイフを切らないよう注意する事だ。俺の切断できる限界値を見極めて、それに合わせる作業だけに没頭している。そうしないと、俺のナイフは一瞬で両断されてしまうだろう。

 しかしこちらからでは、立川が何割の力でその作業をやって退けているのか把握できない。『切断』に特化した能力者に、同じ土俵で俺の力がどこまで通用するのか試すのが目的だったのだが、顔色一つ変えないのを見ていると、どうしてもそのすまし顔を歪ませたくなる。


 ――切れろ。切れろ。切れろ。切れろ。切れろ。切れろ。切れろ――!


 意識が全てナイフに集中していく。無機物のナイフが体の一部のように手に溶け込んでくる錯覚に陥る。キキキキと、耳を塞ぎたくなるような不快な音を立てて擦り合う二本のナイフ。


「……く」


 パキンという音と共に、俺の持っているナイフが両断される。

 やっぱり敵わないか。土俵違いとはいえ、もうちょっとなんとかなると思ったんだけどな。

 そう悔しがっていると、立川が自分のナイフを怪訝な表情で見下ろしているのに気付く。


「どした?」

「……宗一さんの適正判定は、物質干渉ではないんですよね?」

「あ、ああ。一応、判定では身体能力全般だと言われたな。干渉も肉体強化にしか使った事ないし」

「その割には、こう……」

「なんだ?」

「……なんでもないです、ふん」


 え? 何故そこでそっぽ向いて怒る? 俺、何かした?

  

「立川、ちゃんと説明してくれよ。た、頼むからさ」

「知りません。ぷんだ」

「あ、それかわいいな」

「よく聞いて下さいよ。一回しか言いませんからね」

「お、おう」


 釣れた。


「宗一さんの切断能力は、かなり高い水準にあります。解説すると、私の力を100と仮定すると、宗一さんは20といったところでしょうか。以前より格段に干渉能力が向上していますね」

「20……って高いのか?」

「もちろんです。そうですね、どのくらい高いのかというと、物質干渉の得意ではない涼子ちゃんなら5、他者干渉に優れている縁さんでも10が限界でしょう」

「……暗に自分は凄いと言ってないか?」

「こんの、バカモノがぁああああ!!」

「ぎゃあああ?!」


 歌舞伎よろしく、平手を前に突き出して、俺に干渉を叩き込んでくる立川。

 体全体が痺れてしまい、情けなく悲鳴を上げてしまった。

 

「な、なにすんだコラ!?」

「ふむん。愚者とは学無きものよ。いや、それを考慮できなかった我こそが浅はかということかの、ふぉふぉ」

「それなんのキャラだよ? 基本的に滑ってるし」

「お、お黙り!」

「うげらああああ!?」


 立川は滑っていると突っ込まれてかなり悔しそうだった。珍しく顔が赤い。

 

「か、畏まって聞け、先見持たぬ凡夫よ」

「……はい」

 

 どうやらそのキャラを押し通すみたいだ。可哀相なので好きなようにやらせる事にした。


「……えっとですね。フェイズには適正というものがあってですね」


 普通に戻った。飽きたらしい。


「適正能力は、他の適正ではない能力と比べると、愕然とした差が生じます。つまり、適正がある私の切断能力を100とするならば、適正を持っていない宗一さんの切断力は10前後が限界になります。ところが、宗一さんは20という高水準の切断力を発揮した。……で?」

「いや、で? って言われても」

「もう、分からない人ですね! 腕相撲をしましょう!」


 脈絡という漢字をご存知ないのでしょうか、このこけしは。

 カモン、りょーこちゃん! と欧米風に有原を呼び寄せる立川。嫌そうな表情を隠しもしない有原が近寄ってきたところで、ノリノリの立川がさくさく場を進行させる。


「じゃあ机が無いので地べたでやりましょう。二人ともうつ伏せで寝転がって、手を握って…………そうそう。それからお互いの顔をしっかり正面に置いて、目を瞑って下さい。……そうですそうです。で、そのまままっすぐ顔を前に持っていってください……うん、いいですよー。あ、二人とももう少し顎を上げたほうがいいですね」

「って! なにさせる気なのよ!」

「……ちっ」


 我に返った有原が叫んだ。立川がやんわりとした笑顔を貼り付けたまま舌打ち。てか途中で気づけよ有原、素直に従いすぎだろう。

 というか、こいつは縁の見てる前でなんて事させようとするんだ。やりたい放題すぎるだろ……。まぁ縁が見て無くても、一途な宗一君はそんな事ぜってーしねーけどな!(自分に言い聞かす) 

  

「じゃあいきますよ。レディー……」


 気を取り直してもう一度手を合わせる。今度は茶化す気はないようだ。


「宗一。それ、大丈夫なの?」


 ぶら下がっている左腕が少し邪魔だが、まぁなんとかなるだろうと首肯して有原を納得させる。

 こいつと腕相撲か。同じ土俵同士だし、これは負けたくないな。手を合わすまでは嫌そうにしていた有原も、今は挑発するような不敵な笑みを浮かべている。……よし、勝負だな。


「あ、ちょっと待って下さい」


 がくっ。なんだよほんと、この前髪パッツンは。と思ったが、当然の配慮を忘れていたことに気付く。

 俺と有原が置いている肘の下。つまり床の破壊を免れる為に、縁、多田さん、立川の三人で、床の耐久力強化を頼む。


「あんまり得意じゃないんだけどなぁ……たはは」

「私もです」


 苦笑いしながら床に手を当てる多田さんと縁。

 リナは参加できないのが悔しいのか、隅っこのほうで体育座りして拗ねている。フェイズ2だから干渉能力を使えないのは仕方ない。今は放っておこう。


「合図はしないので調節しながら力を入れていってください」


 床に手を当てながら、促してくる立川。

 なるほど。合図と同時なら、どこまでが限界なのか把握しづらいからな。さっきのナイフと同じだ。

 目の前の有原に視線を飛ばして意思疎通。俺より一回り小さな手をしっかりと握り、徐々に力を込めてく。


 まずはフェイズを使用せず、自然体の力。その後フェイズ1を起動。全体的に向上した身体能力が、腕力を向上させる。その限界が見えてきたところで、フェイズ2の強化能力を起動。頭の中に浮かび上がった広大な領域を感覚で捉える。その薄く広がった領域を、針穴のような只一点の大きさに、小さく濃く、収縮させていく。


「……く、ぅ」


 最初に苦しげな声を漏らしたのは、俺や有原ではなく、床に干渉している三人だった。

 肘をついている床がギシギシと嫌な音を奏で出す。だが……まだだ。こんなもんじゃない筈だ。俺も有原も。


「っ!」


 カッと目を見開く有原。その瞬間、体ごと持っていかれそうになる負荷が右腕に圧し掛かった。全開モード突入の合図だ。

 最初の勢いで傾いてしまった右腕に、練った強化能力の全てを使って立て直す。この小さな手から、質量にして十数トン、いや、それ以上の負荷が俺の右腕一本に掛かっている。なんとか真ん中で膠着している状態に持っていけたが、握っている有原の手からはまだ余力が感じられる。対して俺は、結構限界だ。

 

「ふ……ふふふ……。そう、いち……こ、こんなもん、なの?」

  

 冷や汗をダラダラ流しながら、無理矢理な笑みを浮かべる有原。この負けず嫌いめ。

 どれくらいの時間だったか正確には分からないが、その膠着状態は恐ろしく長く感じられた。それで分かったのは、パワーは有原が少しだけ上だという事。なんとか中央で堪えていられるのは、俺が先の分の体力を惜しみなく吐き出しているからに過ぎない。

 

「ぐが、が……あ、ぎ……」


 徐々に倒れていってしまう右腕。くそっ、これは負ける。……いや、待てよ。

 敗北を確信したところで、まだ使っていない能力があることを思い出す。でもこれは使っていいものなのか、なんか反則な気がしないでもない。……が、しかし、ここで負けるよりはマシだ!

 そう勝手に意気込んで、自己干渉を発動。本来、外れてはいけない人間の限界。そのリミッターを解除する。


「ぷきゃ?!」


 すると勝負は一瞬で終わった。なんとも可愛らしい声をあげて、右手と共に横倒しになる有原。長いポニーテールが、ふわっと宙を舞った。


「ちょ、ちょっと、なんか今おかしくなかった!?」


 すぐさま体を起こして抗議してくる有原。まぁ、普通そう感じるだろうし、そのフィーリングは大正解。でも勝ったことに変わりないのである。


「ふははははははははは! 俺の勝ちだ! 有原もたいしたことないな!」

「く、くそ……このぉ……」

「宗一君、反則負け」

「ですよねー」


 あっさり縁に見破られてしまい、俺の勝利は反則負けという裁定が下された。

 ですよねー。俺もそう思ってましたー。


 それで結局、立川が何を言いたかったのかと言うと、この二人の特性と俺とを見比べると、不自然な点が浮かび上がってくるらしい。フェイズ3ではトップクラスの切断力を持つ立川と、同じくトップクラスの腕力を誇る有原。

 有原の腕力を100とすると、俺は90。となれば、俺の切断能力は立川の100に対し、10以下の水準でなければ不自然とのこと。


「もしかして……俺って万能?」


 自画自賛してみた。


「どちらかといえば器用貧乏です」


 しかし見事に切り返された。


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