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2 : 8  作者: 松浦アエト
26/46

第26話 可決


「はあぁぁぁ~~」

「……うぜー」


 俺の深い溜息は、対面の遼平にかなりのストレスを与えているようだった。

 鬼ごっこから一週間。国枝紗枝企画のフェイズ連続維持訓練でぼろぼろになった俺は、今日という休日を男同士の気安い空気の中ダラダラしている。


「なんでもいいからここ出ようぜ」


 五分前に来たばかりなのに、もう帰宅の意志を見せる遼平。

『ここ』とは食堂の脇にある喫茶スペースなんだけど、休日の昼過ぎということもあり、談笑している女性達が99%を占めている。たった二人の男に、それはもうなんとも言い難い視線の嵐が吹き荒れている。渦中の一人である(にされた)遼平が辟易するのも無理はない。

 まぁ、ここを選んだのはわざとなんだけどな。

 

「何が目的でここなんだよ?」

「ここに男が二人いますよーって感じかな」

「……で?」

「それだけ」

「……」


 すっごい呆れた顔をされた。いや、完全なるアホを見る目だった。

 遼平はもう諦めたような溜息を一つ。安っぽいコーヒーを飲みながら俺に話を振ってくる。


「それで、正月はいけるのか?」   

「うっ。……はぁあぁぁぁぁあああ」

「だからそれうぜーって。……結局ダメなんだな」


 そうなんだよなー。鬼ごっこ負けたしなー。もう一度お願いできるほど厚顔ではないし。

 紗枝さんに迷惑掛けるし、これは諦めるしかないかな。男性街、行ってみたかったなー。


「あああああああ! いたああああああ!!」

「ん?」


 沈みつつある顔を上げると、リナがビシッと俺を指差していた。


「よう。チクリ……リナか。今日も幼いな」

「なにそのリアクションに困る挨拶! それにちくりん言いかけた!!」


 キャンキャンうるさいなぁ。そういう所が幼いって言ってんだよ。略してチクリナって呼ぶぞ。


「あんたの病室行ってもいなかったから探してたの! それになんで病室に住んでんの!」

「……なんの用だ?」

「もう忘れてる! 遊ぶって約束したーーーー!」


 そのことか。というか誰に聞いたか知らないけど、あんまり人の住所を大声で叫ばないで欲しい。

 夜這いどころか闇討ちされる確率がアップしまくるだろう。  


「じゃあ、今でいいや。ここに座りな」

「え? いいの?」

「ああ」

「ふふーん」


 コロコロ表情を変化させて隣に座ってくる。今はもう上機嫌というか超機嫌だ。

 しかし俺は早まったかもしれない。二十歳前後の男二人と、どう見ても小学校高学年の少女一人のこの構図は、通報されてもなんらおかしくない気がした。

 


◇◇◇◇◇◇



「でさー」

「えー、ほんとにー」

「あはは」

「……」


 え? なにこれ?

 リナが「そーいちと遊ぶなら呼びなさいって言われてるの」とか言うので、適当に返答しておくとこんな状況になってしまった。

 俺と遼平をぐるっと囲む十数人の女性達。鬼ごっこの時に見た顔ばかりだ。俺の両隣には、現実逃避し始めた遼平と、笑顔満面の仕掛け人リナ。


「……リナ」

「ん、なにー?」

「帰っていいか?」

「え!? ダ、ダメ! 来たばっかじゃん!」


 服の裾をしっかり持たれて、立ち上がるのを阻止して来る。

 俺もこの機会は貴重だと思うし、プラスにしていきたいと思っているんだが、よく考えれば俺って女性が得意という訳ではないんだよな。はっきり言ってこの状況は苦痛でしかない。

 しかし子供ってすごい。好奇心に殉ずる行動を、確執なんか関係なく発揮する。大人になればなるほど、そういった行動を取れなくなってしまう。この変な会合を立ち上げるのはリナでないと難しいだろう。


「でねー」

「うんうん。そうだよなー」

「……」


 頑張って話に参加してみたが、氷河期が訪れただけだった。

 いや負けるな。なんとか普通に話ができるくらいにはなりたい。


「えと……。いやー、みんなかわいいねー、あははー」

「マジかこいつ……」


 俺の無謀な切り込み方に、遼平は頭を抱えた。

 いかん。これじゃあまるっきり合コンだ。マイナス地点からのスタートだから慎重にいかないと。


「俺、辰巳宗一。よろしくな。で、こっちは……ほら」

「……柳遼平」


 全然よろしくな雰囲気を出さない遼平。

 彼女らの風当たりはこの基地ではまだ緩いほうだ。流石に話しかけてはこないけど、雰囲気が悪くならないよう空気を読んでくれている。どうやら鬼ごっこのメンバーは、穏健派が集められていたみたいだ。


「そーいちって彼女いるの?」

「え……?」


 リナの無垢な質問に空気が変わった。周りの女性は俺に直接、聞いてこないものの、興味津々といった感じで静まり返る。

 やっぱり女性が好きなのはこの手の話題なのか。というより物珍しさが大きそうだ。


「いや。いないけど」

「そういえばこの前フラれてたよね」

「いや……あれはそういうのじゃないんだ」

「? よくわかんない」


 リナが不思議そうに聞いてくるが、言葉を濁しておいた。

 あれは当人同士でしか分かり合えない会話だし、ここで違うと言い張っても仕方ない。


「でね、でねー」


 リナは男という存在が珍しいのか、その後も俺や遼平に次々と質問を飛ばしてくる。未知への好奇心で塗り固められたその表情は、なんの曇りも打算もない。ここに来て初めて、こいつをかわいい子供だと思えた。俺と遊びたかったのは、今まで出会った事のない人間だったからなんだろう。


「じゃあね~。男から見て一夫多妻はさいこーなの?」

「む」


 時折、笑いも含んだなごやかな質疑応答だったが、少し難しい質問が来た。その質問に周りの女性達の空気が張り詰める。今までで一番興味を惹いたようだ。

 俺の解答は否であるが、ここは遼平の意見を聞いてみたいな。


「遼平」

「え? 俺かよ。……まぁ、仕方ないんじゃないか? こんな時代だし」  

「そうじゃない~」

「む。……そうだな」

 

 リナが聞いてるのは個人的主観なんだろう。それを遼平も察したようで言い直そうとする。 

 どんな言葉が出てくるんだろう? 少しの不安が胸に広がる。


「俺は、そういうの好きじゃないな。女も辛い立場だよな、複数に数えられるってのは」

「おぉ……。かっけーじゃん遼平。お前なら女なんか知らねーよとか言いそうなのに」

「……っせーな」


 遼平はぶっきらぼうに吐き捨ててそっぽを向く。

 女性どころか男性にも容認されていないのに少し驚いた。昔からならともかく、築いてきた文化を否定しかねない法律は、実社会との齟齬を埋めるのに相当の年月が必要なんだろう。

 いや、しかし……。遼平を見ているとある懸念が湧き上がってきた。


「ちょ、おま、なに俺に褒められて赤面してんだよ? 変な疑いを持っちまうじゃねーか」

「はあ!? 赤くなってねーよ!」

「いやだから赤いっての! 只今絶賛中で赤いっての! 下手したら俺までBでLな属性まで付いちまうじゃねーか、やめろ! まさかお前、本当に……」


 距離を開ける。


「ちがああああう!! お前だって初対面の時、もじもじしながら手ぇ握ってきただろうが!」

「ぐうっ、ぁぁあああ……あ、あの時の俺きめぇええ……。って、もうやめようぜ、同士討ちは……」

「そ、そうだな……」


 本当にかっこいいと思ったのも束の間、話の流れがまずくなり、キモいという感情のみ残った。

 女性陣の一部の目が輝き出す前に切り上げておこう。いや、もう手遅れかもしれない。俺と遼平が、×の前か後かを議論してそうな会話が聞こえてきたが、スルースキルを全開にして対処する。


「ん?」


 ポケットに入れている携帯電話が鳴った。基地から貸与という形で最近受け取った(受け取らされた)ものの、特に用事がないのでほとんど使わない。

 この時代の携帯電話は手の平サイズの小ささだ。カード並に薄っぺらいので持っている感じが全然しない。番号を打つ液晶画面はあるけど、メールと通話しかできない質素な携帯。余計な機能は一切付属されていない。そんなもの軍の通信手段に必要ないんだろう。

 

「……」


 着信はメール。相手は紗枝さんだった。その文言を確認した瞬間、眉間に三本くらいの皺が構築されてしまう。

 その表情のまますぐさま返信する。時間をおくと内容的に電話がかかってきそうだ。


「……リナ。用事ができたから帰るわ」

「ええーー!!」


 なにそれーと言って、しっかりと服の裾を握って制止してくる。    


「ごめんな、また遊んでやるから。……いや、また俺と遊んでくれ。今日はサンキューな」


 むむぅと不満が顔一杯に滲み出ていたが、諦めたように服を放してくれる。あまり他の女性達と会話できなかったが、この機会を作ってくれたリナには感謝している。次の機会もぜひあって欲しい。リナと話すのも楽しかったし、今度はこっちから誘おう。


「じゃあ、また」

「帰るか……」


 遼平と共に立ち上がり、女性達の視線を背中に浴びながら歩いて行く。

『また』の一言にリナは反応してくれたが、その他の女性からはそんな些細な社交辞令すら引き出すことができなかった。同じ空間で時間を共有したとはいえ、彼女達と会話を成立させるのは一筋縄ではいかないようだ。

 男性が近くにいる事を意識させ続ければ、あの異物を見るような目を緩和できるかもしれないが、なんにせよ時間が必要だ。慣れれば会話も自然とついてくるだろう。そう、あの二人のように。


「ふぅ……」


 遼平と別れた後、ひとつ溜息を吐いてもう一度メールを確認する。


『司令部に来い』



◇◇◇◇◇◇



 指示のまま司令部の入り口までやってくると、紗枝さんとアリサさんが待っていた。

 二人の後をついて司令部の中へ入り、会議室のようなある一室に通される。その中には、見るからにこの基地のトップだろうと予想がつく女性達が座っていた。


「座れ」 


 言われるまま部屋の中央にあるパイプ椅子に着席。

 紗枝さんとアリサさん含め、俺の正面をぐるっと囲んで座っている女性は総勢八人。

 確か司令部は、多数決で採決していると聞いた事がある。軍のトップの権力を分散させる事に、どういったメリットがあるか分からないが、俺の時代とは真逆の考え方であるのは確かだ。

 しかし偶数だと、意見が完全に二分してしまう可能性がある。俺のそんな疑問は、次の言葉で氷解される事となった。


「議長」


 そう呼ばれた俺の真正面に座っている女性が、この空間の主導権を握る。

 この会議の議長であるようで、この人は採決には直接関与しないんだろう。という事は実質七人。


「ではこれより、カーズ第十六拠点、以下『C-16』跡で発見された被験者の要望並びに、今後の進退についての議題を採決します。各人、軽挙な発言は控え、意見発言の際は挙手を義務付けます。円滑に会議を進めるべく、甲からの質疑に対し、乙の応答には挙手行動を省くように。その際、丙の介入は挙手後でないとその一切を認めません。尚この会議の秘匿性は……」


 その後も議長の淡々とした開会の定型句が、静寂な会議室全体に響いていく。

 俺を囲む八人の女性は、いずれも二十代後半から、五十代前半までと見受けられる。この中では、アリサさんが一番若い。唯一の外国人でもあり、一人浮いていると言っても良い。アリサさんて実はすごい人? しかし、要望と進退ってのはどういう意味なんだろう。


「ではまず。被験者の基地外出要望について、採決を取ります。賛成の方、挙手を」

「……」


 まさか司令部まで話が通っているとは思わなかった。いや、通ってない情報なんてないのかもしれない。これは間違いなく紗枝さんが議題提出者だな。俺に現実を見せつけようとしているのか、それとも紗枝さんの一存では決定できない事なのか。


 賛成の意志を見せた手は一つ。紗枝さんだけだった。アリサさんは腕を組み、静かに目を閉じている。その他の五人は一言も発する事無く、成り行きを見守っている。


「では反対の方、挙手を」


 その言葉に反応した手は三つ。挙手行動を否定した残りの三人は沈黙を守っている。

 反対者の中にはアリサさんも含まれていた。ちょっとショック……。


「議長」

「蒼井司令。発言を許可します」


 どちらにも手を挙げなかった一人の女性が、発言の為に手を挙げた。

 蒼井と呼ばれた女性が俺に視線を向けてくる。目が合った瞬間、引き込まれるような感覚に陥った。

 彼女の佇まいと醸し出す雰囲気は、人の上に立つ資質を十二分に感じさせた。その落ち着いた雰囲気で向けられた優しげな表情は、それだけで光栄であると平伏してしまう程だ。

 

「辰巳宗一。私の質問、並びにこの会議と各人に対し、真摯であるよう心がけなさい」

「は、はい」


 少し癖のある肩までの黒髪。六対四くらいに分けられた前髪は邪魔にならず、向けられている目を窺うことが出来る。

 一見すると二十代後半だとは思うが、この雰囲気はそんな短い年月では身に付けられそうにない。紗枝さんのような直接的な威圧感ではないが、それ以上の凄みを感じる。


「あなたの基地外出の目的はなんですか?」

「だ、男性街に行く事です」


 くそ、呑まれてしまう。……落ち着け、相手も人間なんだ。


「もう一度、訊きましょう。目的はなんですか?」

 

 どこに行くかを訊いたのではないとばかりに、同じ質問を繰り返す。


「……」

「答えられませんか?」

「……この時代を見に行くのが目的です」


 嘘偽り無く、真っ正直に答える。ここにいる人達が、俺の過去話を知らないわけがない。

 言いたい事を遠慮なく言おう。この人相手に駆け引きなんて無理だ。正面からぶつかるしかない。


「なんの為に?」

「……自分の為です」

「それで何か変わるんですか? あなたやこの世界が」

「少なくとも、自分は変わるだろうと思います。その結果の良し悪しは、今は判断できません」

 

 紗枝さんとアリサさんが呆れた顔になる。「このバカは」と聞こえてきそうだ。でも、なんの発言がまずいのかすら分からない。今はこの人に呑まれないようにするのが精一杯だ。

 蒼井司令は少し間をおいて、質問を飛ばしてくる。


「目覚めてからあなたは色んな物を見てきた筈です。過去からの来訪が本当だとしたら、あるいは記憶障害でも、この時代は様々な点で違って見えたでしょう。そんなあなたが男性街へ行くのは、男女間の確執を危惧していると考えていいですね?」

「はい」

「では今の心境を問います。あなたは『どちら側』ですか?」


 その質問の意味を少し考えてしまったが、分かれば答えは簡単だ。


「人間です」

「……ふふっ、卑怯な解答ね」


 彼女は一瞬きょとんとした表情になり、抑え切れない笑いを零す。

 議長に諌められて「ああ。申し訳ない」と謝辞を述べた後、結論を突きつけてくる。


「あなたの研究は地球外生命体に対抗する為のものであり、社会問題については無関係であり無力です。それはあなたも自覚しているでしょう。興味を持つのは構いませんが、それが基地外出という愚を冒す程のものですか? 無二の存在を、目的外で檻から出す事を、あなたは容認できますか?」

「……」


 いいえ……。と言うしかなかったが、なんとか無言で踏みとどまる。

 ダメだ。まったくもって反論できる所がない。俺はなんて事を紗枝さんに頼んでるんだ。裏での尽力が容易に窺える。普通なら一蹴されてしまう所を、この会議まで捻じ込んでくれたんだ。


「子供のわがままですね。辰巳宗一」

「ぐっ……」


 なんと容赦の無いお言葉。先程までの迫力は霧散し、子犬を見るような表情で俺を見ている。

 ここで悔しい気持ちになるのもまた、子供の証なんだろう。リナの事なにも言えないな。


「これ以上意見が無いようなので、ここで決を取ります。この採決を持って司令部の最終判断とします」  


 しばしの沈黙の後、議長がもう一度挙手を要請する。これでラストチャンスって訳か。

  

「え!」

「静粛に」

「……すみません」


 賛成に挙げられた手は、変わらず紗枝さん。そして何を思ったか蒼井司令。それが意外過ぎて声を出してしてしまった。アリサさんは今度はどちらにも手を挙げず、反対に挙げられた手は二人。

 状況は賛成ニ、反対ニ、保留三と、民主主義で一番厄介な結果になっていた。


「では同票により、司令部規則に則り、被験者の要望を可決します」

「ええ!?」

「静粛に」

「すみません……」


 蒼井司令には驚いたが、同票で可決が出た事にもっと驚いた。

 い、いいのか? 本当に。もうほとんど諦めてたんだけど。というか諦めるべきだと思ってたくらいだ。 

 視線を彷徨わせていると、紗枝さんが溜息を吐いているのが見えた。肩の荷が降りたといった感じだ。


 俺の戸惑いを余所に、可決された外出許可の注意事項を伝えられる。

 逃げない事や揉め事を起こさない事。この辺は夏休み前の校長先生の話みたいだった。違ったのは、信頼の置ける護衛を必ず連れて行く事。居ない場合、外出許可は出せないらしい。その他は定時連絡を入れる、外出期間は一週間、等など。


「では次に、被験者の今後についての議題ですが」


 議長が次の議題に話を進める。これについてはよくわからない。


「現在、被験者の研究価値は下がる一方になっております。これは期待された人類の技術の発展、カーズに対抗する有力な情報、そのどちらも得られない現状によるものです。これに対し、主にアメリカ、中国、ロシアから、日本政府へ身柄の引き渡しが要求されています」


 俺が外国に? これが進退についてという事なのか?


「研究結果や遺伝子のサンプルは他国に開示済みであり、被験者の身柄自体に有用性は少ないと言って良いでしょう。研究技術も世界トップクラスの日本は他国に劣る部分がありません。それらを加味した被験者の引き渡し要求は、政争の具としての意味合いが大きいとの見方です」


 政争の具。つまり俺は、外交カードとして使われている、という事だ。価値が下がったというより、お手上げ状態が正しい。

 もし何か有用なものが見つかれば、度合いにもよるがその国は多大な国際的恩恵を得るだろう。何も無くても「もし」がある以上、その国の注目度は高くなる。

 俺の身柄を確保する事で、新しい情報を隠蔽して自分達のものにできるし、売る事さえできるだろう。全ては俺の発見場所が、それほど異質だったからだ。


「この議題は蒼井司令からの提出議案です。提出時の約定により、蒼井司令にこの場の進行を移譲します」

「はい。このままで申し訳ありませんが、みなさんご清聴を」


 蒼井司令が返答し、皆の注目を引き付ける。

 何に対して謝ったのか一瞬分からなかったが、彼女は立てない事に謝ったのだと気付く。彼女の座っているものは車椅子であり、歩行が不自由であると容易に想像ができる。


「みなさん、この議題を採決した所で、たかが一基地の司令部ごときが、政府の決定に異論を挟めないのはご承知の通り。しかし、我が北日本防衛軍栗原基地において、我が日本国において、辰巳宗一を手放すという意味をよく考えて頂きたいと思い、意志を確認したいという理由で、皆さんの貴重な時間を消費させてしまった事を、ここにお詫び申し上げます」


 座りながらも伸ばされた背筋から優雅に頭を下げる。何故か俺まで頭を下げてしまった。


「この場に居る全ての方に問います。各国からの身柄引き渡し要求に『否』の方、挙手をお願いします」


 そう言いながら、蒼井司令は周りの反応を待たずに自らが手を挙げる。

 こういう時、否定意見から聞くのは一般的ではない。これは彼女のストレートな意思表示だ。もし逆側の意見だとしても、彼女は今、手を挙げろと言っている。保留すら許されない空気だ。

 

「……みなさんの総意。確かに受け取りました」


 挙がらない手はなかった。その場に居た九人、俺や議長も含めた全会一致。

 それで何かが変わったのかと言えば、情勢的には何も変わっていない。でも、その一斉に挙げられた手で得られた一体感は爽快だった。この無意味な議題は、その瞬間意味を持ったと確信できた。

 この一癖も二癖もありそうな人達全員に手を挙げさせるとは、彼女の人心掌握力は半端ではない。あの紗枝さんまでもが引っ張られている感じだ。蒼井司令、恐るべし。

  

 他の人はどうか分からないけど、俺は純粋に反対だった。慣れ親しんだこの基地を離れるのが嫌という、子供じみたも感情あったが、それよりも単純に、俺は日本という国を贔屓した。

 俺から何か有用な情報を得られる可能性が高まるなら、異国に行くべきだと思う。しかし、単なる外交カードで行くのなんてありえない。そうなるくらいなら日本に残る。


 それに国益がどうとかの前に、人類はまず種の生存競争に勝ち抜かなくてはならないんだ。

 俺はその思いを込めた手を、天井に向けて高々と伸ばしていた。



◇◇◇◇◇◇



「あー、つかれたー」

「ですね……」


 会議は終わり、司令部から病院へ帰宅途中、アリサさんと一緒になった。


「そうそう。なんで俺の外出は可決になったんですか? 同票だったじゃないすか」

「あれはねー。一応あそこの七人の権力は同等って事になってるけど、議題によってその決定権が上下するの」

「……なにをおっしゃっているんでしょう?」

「相変わらず頭わるいわねー、宗一君は。例えば戦闘の議題だと、軍部のトップである紗枝ちゃんが一番権力が高くなるの。医学なら私。今回は蒼井司令が一番決定権を持ってたの。それでも一人はニ人に勝てないけどね。同票の場合はその権力多寡で採決」

「なるほど。適材適所ですね」

「まぁ、あの人は司令部のトップだし、どの議題でも決定権は高いわ。この基地の一番は彼女ねー。……いろんな意味で」


 蒼井司令は俺の中で、タイマンになりたくない人ぶっちぎりの第一位に君臨した。あの人の前では、土下座から始めないといけない気にさせられる。


「でもまさか賛成に手を挙げるとはねー。蒼井司令だけはほんとわかんない」

「俺も意外でした。てか、あの人何歳なんですか?」

「えーと。確か、よんじゅう」

「もういいです」 


 ちくしょうめが。俺のスカウターは貧弱すぎる。何が二十台後半だよ。

 もう見た目で年齢を判断しないようにしよう、特に女性。しかし本当に若いな蒼井司令。雰囲気だけは四十でも足りない感じだが。


「ずっと保留してた二人はどうなんですか? 普通、反対でしょう」

「あぁ、彼女らはね、面倒事になるのは困るけど、他国に行かれるのも困るし、死んでくれるのもひとつの手と考えてる。柵がひとつ消えるでしょ? 男性街に行って行方不明にでもなってくれれば万歳するかもね」

「うええ……」

「紗枝ちゃんなら分かるけど、賛成に手を挙げるなんてありえない。でも反対はしたくない。消極的賛成という意味での保留。あまり露骨だと自分の立場が悪くなるしね。……というのが自称勘の鋭い女、アリサ・レイストロームの見解です」


 聞くんじゃなかった。ドロドロしすぎである。俺、暗殺とかされないだろうな?

 カーズやら社会問題なんか何処吹く風。面倒事を起こさない一念で行動原理を形成している。

 組織のトップってのは、何時の時代もああいう人種がいるもんなんだな。まぁ、蒼井司令みたいな人もいたし、バランスが取れてるんだろう。


「そういえば、アリサさんはなんで最初だけ反対だったんすか?」

「ぺっ!」

「おわぁ!?」


 かわいい口を尖らせて、唾飛ばしてきやがった。振りだけだったんで大物は飛んでこなかったが、小雨程度の湿り気が頬に付着する。


「どーせまた面倒な事になるからよ! それくらいその足りない脳でも分かれ、このばーか!」

「……ぁぅ」


 今までこの人にその尻拭いさせすぎていて、なんの反論もありませんでしたとさ。

 

「あーもー、歩くの疲れたー。宗一君、頭わるいしー」

「あ、あの、おんぶとか……しましょうか?」

「いらん」


 優しさ(機嫌取り)はあえなく撃沈。男の欲望を見抜いたかのような視線だった。いや、違うよ?

 そのままアリサさんは「あの時は~」「この時は~」と、過去の文句をリピート再生しながら、病院への道を歩く。なるべく歩調を合わせたが、わざとだろと言いたくなるほど遅い。完全に嫌がらせだと思ったが、根気よく病院まで付き合った。


「怪我して帰ってくるなよ、このバカ」

「は、はい。じゃあアリサさん、ここで」

「ふん!」

「……はぁ」


 別れの挨拶はぷいっと無視されて、俺は本当の病人のごとく大きく溜息。看護士さんがチラ見。

 プリプリするアリサさんは、タイマンになりたくない人第二位にランクされた。

 女性の思い出し怒りって怖いよね。



◇◇◇◇◇◇



 日が変わるまでもう少しの時間。護衛の心当たりに電話を掛ける。携帯じゃなく部屋の電話を使おう。節約になるかは分からんけど。

 普段の護衛とは違うので、ちゃんと説明して返事を貰わないといけない。


『もしもし。なに?』


 まず電話を掛けたのは有原。とりあえず可能性の低い順から当たる事にした。  

 

『無理(ガチャ、ツー、ツー)』

「……」


 要望から無機質な効果音が耳に届くまで、秒なんていらなかった。

 マジで一瞬も考えなかった。ダメだとは思ってたけど、このバッサリ感はどうなんだ。

 最近こいつは俺にまったく遠慮がない。思った事を包み隠さず言ってくれるのは嬉しいが、もう少しオブラート的なものを活用して欲しい。


「くぅ……」


 少し傷む胸を抑えながら、気を取り直して立川に電話する。  


『こんばんは。宗一さん』

「今いいか? ちょっと頼みたい事が……」

『今日は星がよく見えますね』

「え? いや、俺の病室窓すらないんだけど……ってそんな事じゃなく」


 繋がった瞬間、世間話に移行していく。というか誘導されているようだ。

 後の予定もあるし、ここは用件だけで終了しとかねば。


『宗一さん、知ってますか。土星ってコップの水に入れたら浮くんですよ』

「な、なにぃ!?」


 男のロマンである、宇宙雑学ネタで攻めてきやがった。

 いや、でも早めに切り上げないと。この後、縁にも電話するんだし、遅くなっては迷惑だ。


『天の川銀河。つまり私達、太陽系がいる銀河は直径10万光年もあるんですよ』

「10万光年……だと……」

『スプーン一杯で数百万トンの質量を持つ星とかあるんですよ』

「な、なんだそりゃ!?」

『大型のブラックホールは、太陽質量の数億倍あるものもあるんですよ』

「宇宙やべぇ!!」


 すっかりペースを握られてしまった。

 俺も「それで、それで」なんて先を促す始末。立川の宇宙雑学恐るべし。

   

『それは無理です』

「ええええええ!?」


 軽く一時間超えの宇宙雑談の後、本題を思い出して提案したが、答えはノーだった。

 一時間。いや、約二時間を返せと言いたかったが、完全に自分のせいだったので何も言えない。

 有原は男嫌いでわかるけど、立川の理由は少し気になる所だ。


「なにか用があるとか? それとも面倒?」

『いえ。知らない人ばかりだからです』

「それが都合悪いのか?」

『はい。私、人見知りですから』

「どこが!?」


 と言ってみたものの、こいつが知り合い以外と話してるのを見た事が無い。

 違う環境に身を置く不安感もあるだろうし、人見知りなら当然の反応だ。ここは引いておこう。


「無理言って悪かった。じゃあ、おやすみ」


 そう言って通話を終える。また立川ワールドに引き込まれそうなので返事は待たない。

 残るは縁だけだが、ちょっとでも嫌がられたら諦めよう。俺のわがまま100%だしな。

 完全に日が変わった時計をチラ見しながら、最後の頼みの綱である縁に電話を掛ける。

 

『い~ですよ~』


 今度は了承の返事を頂くのに秒を要さなかった。

 あっさりしすぎて逆に俺の勢いが萎んでしまった。


「い、いいのか?」

『それより~、電話遅いです~。……ふわ』

「……ごめん」


 もう就寝中だったようで、間延びした縁の声が受話器越しに届いてくる。    

 

『私も楽しみです~』

「た、楽しみ? ……縁ってなんか変わってるよな」

『そーいち君に~、言われたく~、なぁいですね~』

 

 だんだん酔っ払いと話しているような感覚に陥ってくる。ちゃんと分かってるんだろうか?

 普通この時代の女性なら、いやこの時代じゃなくても、男の巣窟に行くなんて嫌がりそうなもんだが、縁はまるで小旅行に行くかのような口振りだ。


「まぁいいや。じゃあ、よろしくな」

『ふぁ~~い。おやひゅみなさ~……ぃ……』


 と言ったものの、いつまで経っても通話が切れた音がしない。

 耳を澄ますと受話器から縁の寝息が聞こえてくる。


『スー、スー、……スー』


 電話切れよーと呼びかけても反応がない。寝息までも癒しオーラ全開だ。

 そのヒーリングBGMをしばらく堪能した後、礼を言って受話器をそっとおいた。  



◇◇◇◇◇◇



 西暦2064年、12月30日。


「よし、じゃあ行こうぜ」

「……」

 

 出発当日になると、俺も完全に小旅行気分になっていた。決して隣に居る、ニコニコワクワクウキウキ顔の縁に引き摺られた訳ではない。……やっぱりこの子は勘違いしているんじゃないだろうか? 病院まで車で迎えに来てくれた遼平が、変なものを食べた人を見る目で言う。


「不合格」

「え? 何が? どの辺が?」

「……その辺」

 

 遼平の指差した下方には、なんの邪気もない表情の縁。

 指差されて「こんにちわ」と挨拶の縁。「あ、ども」と少しとまどった遼平。

  

「これ?」

「そう。それ」


 笑顔が崩れない縁のほっぺたに、指を突き刺しながら指差す。うん、やわらかい。  


「女なんか連れて行けるわけねーだろ」

「うそ……」

「それにお前もなんで制服なんだよ。軍人ですって宣伝する事になるぞ。私服に着替えて来い」

「うっ」


 失念していた。それはもう色々と。男性街が女人禁制であっても何も不思議じゃない。それと外出用の私服なんかはっきり言って持ってない。制服と訓練用の動きやすい服だけだ。

 ……ん? 服か……。そうだ、それでいこう。


「遼平。男性寄宿舎に寄って服貸してくれ」

「ああ、いいけど。……それは?」

「これもなんとかなる」


 代名詞でしか表現されない扱いを受けても、まだまだ笑顔を保持している縁。

 こっちとしても残念で仕方ないが、あと少しでそのイオン放射の笑顔は崩れてしまうだろう。



◇◇◇◇◇◇



「ぶっ……く、はは、あはは、あーっははははははははははははっ!」

「く、そ、そういち……笑っちゃ……くく」

「……」

  

 縁に男装させてみたが、それはもう爆笑せざるをえなかった。女がダメなら男にすれば良いとの短絡的な考えだったが、男装した縁はガキ大将に変身したのだ。

 服自体は厚手のコートと綿の長ズボン、スポーツシューズと一般的なものだが、顔を隠すためのキャップ帽が嵌りすぎていて、どこの砂場を領地にして、あがりはどのくらいなのか問いたいほどだった。

 手足が短いので裾が余ってしまい、これでもかとちんちくりんなのだ。


「はははははははははは、ひー、死ぬー。あははははは、死んでしまいまする領主どのー。ふははははははははは、年貢は砂の団子で勘弁して下されー」 

「ぶっ、や、やめ。そういち……くはははははは」

「……」

  

 俺と遼平だけではなく、ロビーにいたおっちゃん達も半笑いで良い人の目を向けている。

 縁には悪いけどほのぼのしていいな。男女が混じってるってのに。

 

「宗一くん。……今から訓練しましょう」

「ぅぇえ!? ご、ごめん! 調子乗りすぎましたー!」


 案の定、拗ねてしまった。こうなる事は分かってたのに、学習しない俺は必死に謝る。

 周りのおっちゃん達が「ねーちゃん、今のは怒っていいぞ」とか「二人は恋人なのかい?」とか「宗一君は尻にしかれるタイプだな」とか冷やかしてくる。

 いいじゃんこの空気。さすが全方位型の癒し人間、イヤサー・ザ・ユカリだな。(全然うまくない)


「縁。それかわいいよ」

「ふん。そんな無理やりな褒め言葉いらないです」


 本当にかわいいんだけどな。柴犬のような愛らしさだ。なんで犬耳キャップじゃないんだ。

 観賞用と保存用と実用の三種に分けて持って帰りたい。実用に関しては深く考察しないで欲しい。


「ほんとに似合ってるって。鏡見てみな」

「……」


 といっても全身鏡なんてなかったが、縁は窓際まで歩いて行き自分の姿を確認する。


「ぷっ……くく」

「自分で笑うのかよ!?」


 俺の突っ込みと同時に、遠慮のない笑い声がロビー内に木霊した。

 俺も縁の隣に並び、久しぶりの私服姿を確認する。ジーンズとコート。うん、普通だ。普通過ぎる。このままでは毒にも薬にもならないので、個性をつけるべくイケメン顔を作ってみる。「しゃくれてますよ」という縁の無遠慮なアドバイスを受けて、顎方面の創意工夫は諦める事にした。


「まぁ、それでもいいか」


 遼平がオッケーサインを出してくれる。

 寄宿舎のみんなに見送ってもらい、「いってきます」と一言返して車に乗り込む。


「じゃあ、いくぞー」

「おう」

「はい」


 俺と縁の返答後、エンジンが点火されタイヤが回り始める。ジープの小型版のようなこの車は基地の物であるらしいが、遼平曰く「許可を貰ってるから大丈夫」との事。まぁ、許可が出そうなボロさなのでその言葉に納得した。

 運転は遼平。助手席に俺。後部座席に縁。そのポジションは誰が言わずとも自然にそうなった。


 しばらくするとバリケードに囲まれた基地の出入り口が見えてくる。

 守衛さんに外出許可証を見せてそこを通り抜ける時、防衛戦の事がふと頭をよぎった。

 あの時は暗幕があったので、基地を出た感覚があやふやだったが、今はハッキリと意識できる。この基地の外に行く意味を。

 あの時とはここを出る理由が違う。方向も違う。俺自身も違う。でも変わるものは同じもの。


 今度はどんな西暦2064年を見ることになるのか。どんな世界が広がっているのか。

 不安と期待を胸に抱き、進路は一路南へ。


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