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2 : 8  作者: 松浦アエト
25/46

第25話 フェイズ鬼ごっこ 後編


「ダメだった……」


 飯にありつこうと男性寄宿舎まで行ってみたが、制服を着た女性達がその前で弁当を食っていた。

 恐らくさっきまで見張っていたんだろう。休憩時間だから捕まえに来ないとは思うけど、消化不良を起こしそうなんでやめといた。宿舎の中は何事かと混乱してそうだ。……みんなごめん。


「着いた。疲れた……」


 男性寄宿舎の案を却下して、病院にあるアリサさんの部屋に到着。なにかお裾分けしてもらえないかなと思いやってきた。図々しいのは百も承知だが、俺にとってここが最後のサンクチュアリなのである。


「……でさー」

「あはは……」

「ですよねー」


 ノブに手を伸ばすと、中から話し声が聞こえてきた。

 声からするとアリサさん、縁、立川の三人だろう。すごい楽しそうにお喋りしている。


「ん?」


 話の中に俺の名前が出てきた。……気になる。気になるが、しかし。盗み聞きなんかいかんな。

 それに仲良さそうな三人の話し声で少し癒された。それでお腹一杯にしてここから立ち去ろう。


「宗一さん! いらっしゃい!」

「ひ! うわああああ!?」


 けたたましい効果音と共にドアが開き、立川が俺の手を取って室内に引き摺り込んでいく。

 お前、足痛くないのかよ……。てか何故わかった?


 中に入ると、アリサさんと縁の?顔が待っていた。その次に目に飛び込んできたのは、皆の私服姿だった。珍しい、というか見るのはこれが初めてだ。

 やっぱりみんな女の子なんだなと思える、それぞれの個性を活かしたかわいらしい格好をしている。軍人でもこんな時代でも、服装に気を遣うのはやっぱり女性らしい。物が豊富とは言えないこの基地での精一杯のおしゃれ。なんか目頭が熱くなってくる。


「宗一君、なにやってんの?」

「い、いや、あの。……はは」


 アリサさんが不思議そうに聞いてくる。

 紳士的に立ち去ろうとしたのに、盗み聞きの疑惑を掛けられそうでビクビクする俺。

 やましい事が無い時は堂々としてよう。冤罪の元だから。


「宗一君、鬼ごっこしてたんじゃないんですか?」

「ああ。そうなんだけど、今昼休憩なんだ」

「鬼ごっこ?」


 真横にいる立川が不思議そうに首を傾げているので、説明してやる事にした。


「なんで私を除け者にするんですか!」

「怪我してるからだろ」

「それになんですか! 宗一さんを捕まえると性奴隷に出来るって!」

「そんなこと一言も言ってねぇよ!」

「でも、なんでも言う事を聞いてくれるんですよね?」

「いや、まぁそうだけど」

「……」


 立川は椅子に座り、それきり喋らなくなった。何か神妙な顔つきだ。

 こいつの場合、本気なのか冗談なのかよく分からない。でも防衛戦以降は、何故か一度も「付き合って下さい」と言わなくなった。前から思ってたけど、こいつの付き合うは何か違う事を指しているような気がする。


「で、なんでここに来たの?」

「へ? あ、いや。何か食べ物を求めて……む」


 丁度、昼食中だったようで、机の上に弁当が並んでいる。

 休日に女三人でランチね。この三人がやるとすごく華やぐな。まさに即席のお花畑。その煌びやかな光景に圧倒され、混ぜてなんて言えない小市民代表の俺。


「食べる?」

「いいんですか?」


 アリサさんからおにぎりを受け取る。奴隷の任期は満了したようで、最近は機嫌が良い。

 ありがたく頂く事にしよう。行儀が悪いが、立ったままおにぎりを口に放り込む。


「アリサさん。むぐ……あの約束はまだですか?」

「え? ああ。なんでも言う事聞くってやつ? ……自然消滅を狙うんじゃなかったの?」

「ぶふぉ!!」

「きゃあああ!」

 

 俺の口から噴出した米粒クラスター爆弾が、正面にいた縁に直撃。

 その隣にいた立川の頬にも着弾したが、まったく動じないでまだ何かを考えている。

 

「ご、ごめん。縁」

「うぅ……。もぅ、なんですか急に……」


 髪やら顔についた米の除去作業を手伝う。縁はブツブツ文句を言いながら涙目だ。


「バッチィわね~、宗一君」

「ア、アリサさんが変な事、言うからでしょ!」

「変ってなによー。そう思ってたじゃない。違う?」

「い、いや。だって最近のアリサさん怖いんだもん……。で、でも! 約束はちゃんと守りますよ!」

「ふ~ん……。じゃあねぇ」


 天使の微笑みが小悪魔に変貌した。……何を要求されるんだろう。


「私を守ってね」

「へ? ……何から?」


 小悪魔の微笑のまま、手を祈るように組んで上目使いでお願いしてくる。その表情はいたずら好きな女の子そのままだ。


「だから~、全部よ全部。一から十までの全部から私を守るの。おねが~い。……くくっ」


 これは完全に俺をからかっているな。ひとつも真剣さが感じられない口調だ。でも甘いぜアリサさん。そんな振りは自爆を誘う事になるぜ。


「そんなの当たり前じゃないすか。頼まれなくても、俺はアリサさんを守りますよ」   

「……」

 

 かなり恥ずかしかったが、噛まずに言い切ってやった。三人は箸どころか動きを完全にフリーズ。

 これは紛れもない本心でもあるけど、冗談でもこんな時にしか言えない。もしかしたらキモいとか言われるかと思ったが、しっかりカウンターが成功している。アリサさんの思考はここではないどこかに旅だった。


「宗一さん! 私は!?」

「わ、私は!?」

「ひぃ!? い、いや、お前らは俺より強いだろ!」


 米粒を頬に付けたまま、立川と縁が詰め寄ってくる。

 すごい剣幕に腰が引けてしまったが、そんなことより米を取って欲しかった。  

 

「そんなの関係ないです!」

「わ、わかった! 守ります! 守らせて下さい! お願いします!!」  

「なんか……」

「……違います」


 なにやら納得してくれない二人。いや、違わないぞ? こんなキザな台詞をポンポン言うのは恥ずかしいんだ。さっきも勢いだけだったしな。ここにいる全員と、その他数人に言ったつもりだ。

 それに今の俺がそんな大言吐いても、説得力がないだろう。


「ほんとですか?」

「う、うん。ほんとだぞ、縁」

「…………へへ」

「あ、はは……」


 それを聞いた縁は、少し間を置いて満面の笑顔を見せる。恥ずかしさを押し殺して俺も笑顔を返す。

 もうあまり突っ込んで欲しくないんだが、上目使いの縁には逆らえそうにない。絶対、顔赤い俺。今すぐ顔を覆って奇声を上げて走り去りたい。自分にもかなり危険度の高い技だった。


「わーたーしーはーーー?」

「うおっ、引っ張るな! わかったから! 立川もだから!」

「なんか三人とちがうーーー! いつもちがうーーーーー!」


 完全に駄々っ子になっている立川。

 三人って紗枝さんの事もか? こいつ結構よく見てやがる。でも今は、お前の事も本当なんだけどな。


「……そ、宗一君」

「あ、はい」

「むぅ~……」


 駄々っ子立川を押しやり、アリサさんの呼び掛けに振り向いたが、顔がこっちを向いていない。


「……って」

「え? なんすか?」

「…………け」

「? ……あ、なるほど。壁が宗一って名前なんすね? 人違いならぬ壁違いってやつだね、ははっ」

「で、でで、で、出てけーーーーー!!」

「うおお!? し、失礼しましたーーー!」


 音量増大と共に椅子が吹っ飛んできた。しかし力のないアリサさんでは俺まで届かない。

 さすがにこれ以上滞在するのは諦めて、逃げるように退室する。


 くそっ。この照れ屋さんめ。もしかして縁よりひどいんじゃないの?

 まぁ、おにぎり貰ったし。言いたい事も言えたし。良いもの見れたし。なかなか有意義な昼休憩だった。



◇◇◇◇◇◇



「もらった!」

「くっ!」


 突然、物陰から出てきた女性に、後ろから羽交い絞めにされる。そしてすぐさま、触れ合っている部分から違和感が増大していく。 

 この感じは干渉での直接攻撃。まずい、抵抗しろ!


「ぐ、あああああぁ!!」


 こちらからも干渉をぶつけて抵抗したものの、まだ力負けしてしまう。手加減してくれているだろうが、それでも体中が感電したような激痛が走る。

 しかし一度耐え切れば、次の干渉まで時間が必要になる。次はこっちの番だ。


「うらあ!」

「きゃああああ!」


 腕を強引にほどいて背負い投げ。彼女を失格ラインまで投げ飛ばす事に成功した。


「はぁ、はぁ、はぁー……ぅ、く……」


 なんとか危機を乗り越えたが、もう満身創痍もいい所だ。視界もぼやけてきている。

 太陽に目を向けると、まだ日没までは一時間程の猶予がありそうだった。普段はもっと早いくせに、今日の太陽は怠けすぎである。


 もう何人失格させたのかもよく覚えてない。でもまだ半分以上は残っているだろう。

 やはりフェイズ3の子達が手強い。今みたいに失格させれるのは運の良いほうで、干渉においては完全に不利だ。有原みたいに武器を使わなくても強い子もいるし、立川クラスの特化型能力者がもっといれば、とうに捕まっているだろう。


「うっ!?」


 突然、目の前に現れた女性が、地面の砂を掬い取り俺に投げつけてくる。その砂は干渉により攻撃性を飛躍させていて、さながら散弾銃のように俺を襲う。広範囲に投げられた砂は回避しきれず、防御に集中しても体中に鋭い痛みを残していく。さっきのマシンガンを遥かに上回る威力と速度だった。

 回避できないなら突っ込むしかない。両腕で顔を覆い隠し、砂弾に晒されながらも接近を試みる。


「はあ!」

「くっ!?」

 

 接近途中に上から降ってきた新手が俺に手を伸ばしてくる。それを横っ飛びでなんとか回避。

 俺が寸前まで立っていた地面は、その子が手を添えただけの衝撃で四方にひび割れ、その場所を中心として数mほど陥没していた。


 あれは、外部への干渉破壊。

 フェイズ3の干渉による直接攻撃は大別して二つ。内部破壊か外部破壊。喰らっていたら触られただけで、外部からの衝撃を受けて吹っ飛ばされていただろう。


「おおおおお!」


 もう行くしかない。残りの体力とか考えてたらここで終わる。

 地面に手を着いた子の硬直を狙い、距離を詰めたと同時に腹部に打撃を入れて吹っ飛ばす。


「なっ!?」


 しかし結果は相打ち。インパクトの瞬間、突き出した俺の拳が後ろに弾き飛ばされる。

 腹部からでも外部干渉をぶつけて来たのか、拳の打撃力が干渉の反発力に相殺されてしまった。

 まさに体全体が攻撃性を持つ鎧。迂闊に触るとこっちの手がなくなってしまう。打撃は無意味に思えるが、違う。反応できない速度で攻撃すれば、あの鎧を突破できるはずだ。


「ふっ!」

「!?」


 スピードを最大限に強化してひとつフェイントを入れる。硬直した隙を狙い、もう一度腹部に向けて拳を叩き込む。


「きゃ!」

「っ……」


 今度は干渉がなく衝撃が通ったが、殴った手に鋭い痛みが走る。

 耐久力の強化より、スピード重視で衝撃だけを伝えるようにした。彼女は全く痛くなかっただろう。その攻撃で彼女を失格エリアまで飛ばせた手ごたえを感じ取る。

 殴った瞬間、フェイズを全開にしたまま横移動。もう一人の子に接近する。今の領域は瞬発力八割、耐久力二割。


「え!?」


 干渉に力を割いて砂を投げる体勢になっている彼女では、俺の動きを捉え切れない。でも、その隙は一瞬。すぐさま強化に力を割けば、あっさり追いつかれるだろう。

 しかしその一瞬の隙は、戦場では生死を分ける時間だ。


「く! は、離せ!」

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 後ろから振りかぶっていた腕を掴み、肩を抱いて動きを封じる。

 なんか変態チックになってしまったが、決して故意ではない。今の俺にはこれが精一杯だった。


「わ、分かったわよ。……私の負け」

「あ、ありがとう……」

 

 そう言って、彼女は去っていった。

 引いてくれてよかった。抵抗されていたら完全に負けていただろう。

 もうなんの余裕もない。絶好調の半分の力を出すのも難しいかもしれない。

 

「はぁ、はぁー……くそ。……もう少しだから、頑張れよ」


 自分の体に激励を飛ばす。気を抜くとぶっ倒れそうだ。長時間のフェイズ維持がこんなにきついとは思わなかった。でもここまできて逃げ切れないとかありえねぇ。絶対、逃げ切るんだ。


「辛そうね」

「はぁ、はぁ、あ、有原か……」


 声に振り向くと、今一番会いたくない奴がいた。

 こいつは仲間を呼んだりしなさそうだが、今の俺が走って逃げ切れるとは到底思えない。それほどこいつの身体能力は優れている。


「まさかほんとに逃げ切ろうとするなんて、ちょっとびっくりしたわ」

「はぁ、はぁ、うるせぇな……。お前はお喋りしに来たのかよ!」

「きゃ!?」


 喋っている有原に飛び掛り、右腕を乱暴に掴む。

 誰であろうが敵だ。軽口叩く余裕なんて今の俺にはない。このまま投げ飛ばしてやる。


「ぐぐ……」

「く……」


 な、投げれない……。動かない……。領域を全て開放しているのに、ほとんど互角……いや、劣勢だ。今までは抵抗されても全て勝ってきたのに、こいつはまじで強い。

  

「おまえさ……ぐ、ぬ……ほんとにフェイズ3なの?」

「ふぬ……だ、だから……く……もうすぐ4だっての。こ、こっちが……聞きたいし」


 ということはフェイズ3-Sってことなのか。そういえばいつかそんな事を言ってたな。

 でもこのパワーは、今日集まった子達の中でもズバ抜けている。このままじゃ太刀打ちできない。


「縁の教えを破る! うおおおおおおおおお!!」

「え!? くぅぅぅぅうう!」

 

 耐久力や五感などの必須能力をほとんど遮断する。そして大半の領域をパワーに集中。

 手を引っ張り合っているので押せばなんとかなりそうな気はしたが、ここは勝ちたいと俺の中の男が言う。隙をつかれて殴られたら終わりだが、この引っ張り相撲に有原も参戦してくれたようだ。


「あああああああ! いたああああああああああ!」

「へ? うわああああ!」

「ぶぎゅ!」


 間の抜けた声に力が完全に抜けてしまい、引っ張られるまま有原に突っ込んでしまう。

 激突した際、胸元から蛙が潰れたような声がした。うわぁ……いたそー。

  

「だ、大丈夫か? 有原」

「! っ! ぅぅ!!」


 鼻を抑えて地団駄を踏んでいる。そりゃ耐久力下がってただろうし、痛いだろうなー……。

 でもこれはほんとシャレにならんかも。鼻骨骨折とか止めてくれよ?

 

「ちょ、ちょっと見せてみ?」

「ん~~~~~~」


 衝突で息が届くほど近くにいる有原が、目をギュッと瞑ったまま鼻を見せてくる。

 その仕草が餌をせがむ雛鳥みたいでかわいい。……とか邪まな感情は置いといて、確認した鼻は赤くなってるだけで大丈夫なようだ。


「……!? 近いわ!」

「ごふっ!」


 目を開けた瞬間、鳩尾に正拳突きを繰り出してくる。こんな近距離では避けようもない。こいつが過激派に走る基準もよくわからない。


「ちょっと! 無視すんな!」

「ん? ってなんだチクリンか」

「ち、ちくりん言うなあああああ!」


 俺と有原の衝突のきっかけはチクリンだった。やっぱりこのあだ名は嫌らしい。


「あ、この子。あれじゃない……」

「いや、いいんだ有原。こいつの名前はチクリンなんだから」

「だ、だからそれやめて! ……ぅ……やめてよ~……ぅうわぁぁぁぁああああああああああ」

「ええええええ!?」


 泣かしてしまったー! そしてやっぱり被る俺と有原。


「あ、あんた! なにこんなちっちゃい子泣かしてんのよ! どうにかしなさいよ!」

「あ、いや。悪い。そんなに嫌だとは思わなくて……」

「……ふぅ……ひく……ぅぇ……」


 謝ろうと近くに寄っていくと、制服がかなり汚れているのが分かった。まるで山越えでもしたかのようだ。もしかしてずっと俺を探していたのか? ルール的にはそうなんだろうけど、お前もう失格……。

 うぅ。痛い、痛いぞ……。なんか心がギシギシするぞ。


「ご、ごめんごめん。ほんと悪かったって。なんて呼べば良いんだ?」

「……リナ」

「リナでいいんだな? い、良い名前だな~。ほら泣くなよ。よしよし」

「むぅぅ」


 今度は頭よしよしくらいでは機嫌が治ってくれない。もういやだ、子供って。

 

「……許して欲しかったら、今度の休みにあたしと遊びなさい」

「嫌だ」

「ええ!?」

   

 リナと共に何故か有原までビビる。なんで休みの日に子供のお守りをせねばいかんのか。


「宗一……すごいわね。そこで迷いなく拒否できるなんて……」

「だって嫌だし」

「あたしの誘い断わるなんて……ぅぅ……。みんなあたしと遊びたいって言うのにいいいい!」

「はっ。んなもん、そう思う奴だけやってりゃいいのさ。お前もそう思わない奴がいる事を学べ」


 まったく、なんなんだよこの暴君ぶりは。普段どんだけチヤホヤされてんだよ。どっかの王女様でも中々そんな事言わんぞ。お兄さんは君の将来が心配だ。

 

「あたしと遊べば評判上がるんだから! 男がゴミからゴキブリくらいになるわよ!」

「特殊性癖が付属されるだけだろ? お断りだね」

「ぅぅ……もういい! 捕まえて命令する!」

「いや、おま! だから失格だって!」

「さえならいいって言うもん!」

「ほんとだねー……」


 最後だけすさまじい説得力を持っていた。あの人ならこう言うだろう。「別に良いぞ。そんな子供に捕まるお前が悪い」とかなんとか。 

 しかし子供だからといって楽観できない。こいつのスピードには、今の俺では付いていけないだろう。まぁそれ以前に、もう動けそうにないんだけどね。


「ダメ!」

「え!?」


 いきなり影から飛び出して来た誰かが俺に抱きついてくる。虚を突かれて反応すら出来なかった。

 胴体にしっかりと腕が回されていて、動く事が出来ない。

 

「え? え? え? な、なにしてんの? ……立川」

「……」


 見下ろす頭はどう見ても立川のこけしだった。そして何故か制服を着ている。

 女の子に抱きつかれてテンパった俺は、立川の介入の意味を考える事ができず、柔らかいといい匂いで頭の中の九割が染まっていた。


「え? な、なんだ?」


 立川が俺をヒョイと軽々しく持ち上げる。訳が分からず地につかない足をバタバタさせてしまう。


「いくよ! 涼子ちゃん!」

「へ? え? ええええええええええ?!」

「ちょ、都! なんなのおおおお!?」


 抱え上げられた俺は、時間制限ありのピザの如く、鬼気迫る勢いで運ばれていく。俺を抱えながらも凄まじいスピードで、有原も付いてくるのがやっとのようだ。

 こいつ今日の鬼ごっこの中で一番速いんじゃないのか? チクリ……もとい、リナは呆然とそれを見送っているのが見えた。


「てか足は!?」

「痛いです!」

「ならじっとしてろや!!」


 気付いたが時既に遅し。こいつはこの鬼ごっこに途中参加しやがったんだ。

 

「そんなのありかあああああああ!?」


 理不尽を嘆きながらも、怪我してる立川に攻撃なんてできそうにない。

 立川は俺を運びながら足の痛みに顔を歪めている。なにがそこまでお前を動かすのか……。

 やっぱりこいつは分からない。



◇◇◇◇◇◇



 鬼ごっこは終了した。開始時と同じように、30人程の女性達が集まっている。

 鬼はもとの円の中。太陽は……まだ半分ほど見えていた。つまりは俺の負けである。

 

「……」

「お、惜しかったな」


 へたり込んでいる俺に、紗枝さんが少しバツが悪そうに言ってくる。

 立川の参加を認めたものの怪我の事もあるし、影響は少ないと判断したんだろうが、まさかそれが決定打になるとは思わなかったんだろう。

 

「いいっすよ、別に……」


 どうせあのままでも有原に捕まっていただろうしな。悔しいが完全に俺の負けだ。もう終わった事よりも、手伝ってくれたお礼を言わないといけない。

 俺は立ち上がって、女性達に向き直る。


「みなさん。今日は手伝ってくれてありがとうございました」


 頭を下げて礼を言う。その瞬間、少しだけざわめきが駆け巡ったが、すぐに静まった。

 特にリアクションらしきものはなかったが、別に構わない。俺が言いたかっただけだ。


「だったら! あたしと遊びなさい!」

 

 リナが前に踏み出し、空気を一息も読まず要求してくる。

 周りの女性達はギョッとした表情になり、慌ててリナを引き止めだした。


「ダメよ。今は殊勝でも二人になると獣になるんだから」

「そういう性癖だったのかー」

「ついに法律に触れるのね」

「さっきはちょっと良かったのに」


 女性達は予想通りの言葉を重ねている。

 でもこいつは本当に人気があるみたいだ。頭に手が無い時がない。 


「嫌だ」

「だからなんでえええええ!?」

「お前耳あるのか!? 今まさに呟かれている通りだよ!」

「そんなの知んないもん!」

「はぁ……。大体なんで俺と遊びたいんだ? 可愛がってくれる人と遊んだらいいだろ」

「あたしを可愛がらないからよ! だから遊びなさい! あ、遊べ! 遊びたいの! 遊んでよおおおお!」


 もう懇願になってきた。俺の手を取って左右にブンブン。頭もブンブン。茶髪がブンブン。

 意味わかんねぇ。……あれか? 悔しいからか? 私のかわいさを教えようとかそういうのか? 


「まぁ……。また今度な」

「ほんと!? 今度っていつ!? ねぇ、いつ!?」


 茶を濁す発言は逆効果になってしまった。子供相手に社交辞令は禁句だ。

 それを見ていた女性達が、にわかに色めき立ち詰め寄ってくる。


「二人とか許せないわ! てか危ないわ! 主に貞操が!」

「リナと遊ぶなら私が見張る!」

「わ、私も行こっかなー」

「うおお……」

 

 こいつの人気ぶりを侮っていた。基地のマスコットキャラは誇張でもなんでもなかった。

 しかしこれは俺にとってもチャンスなのかもしれない。いつもの五人以外と話が出来るし、この基地の女性に男性を知ってもらえる良い機会になる。

 リナを利用するようで心苦しいが、前向きに考えたらメリットばかりだ。


「宗一さん……」

「ん? ……ひいぃ!?」

「きゃああああああああ!!」


 立川が恐ろしい程の殺気を放ちながら、抜刀した小太刀を両手にゆっくりと歩いてくる。

 密集していた女性達はその迫力に圧倒されて、蜘蛛の子を散らすように散開。リナは俺を盾にするように背後に回った。

 自分で干渉できるようになってわかったが、あの小太刀はやばすぎる。俺の全力の干渉が10としたら100でも到底届きそうにない。触れなくとも近寄っただけで切断されそうだ。


「私のお願いを、聞いてくれるんですよね?」

「うんうん! お父さん、都のお願いなんでも聞いちゃうぞお! だ、だからそれ仕舞ってくれ!」

「いえ、それはできません。また虫が寄って来ますから。……そこの小蝿のように」

「ひぅ! ……ふぅぅわあぁああぁああぁ」

「やかましいわね……。宗一さん、その小蝿にお仕置きして良いですか?」

「ダ、ダメダメ! 絶対ダメ! お前のは蹂躙ぽいからダメ!」

「びええええええええええええええええ!!」


 背後のリナ号泣。うるさかったが俺も泣きそうなので今は許そう。


「涼子ちゃん」

「な、なに?」


 立川が有原を呼び寄せる。親友である有原すらその迫力に引き気味だった。

 

「では今から、私達のお願いを聞いてもらいます」

「わ、私も?」


 まぁ有原には捕まってて当然だったし、その権利はあると思う。

 しかし一体、何を要求されるのか? 嫌な予感しかしない。


「今から私の質問に正直に答えてください。偽証はこの刃が許しません」

「わ、わかった」


 脅えながらも立川の手にある小太刀に見惚れてしまった。

 想像できる範疇の切れ味ではない。その鋭さは芸術品のように美しく、目が勝手に惹きつけられる。


「では、コホン。……えと……わ、私と涼子ちゃんは……その……」


 途端に勢いが萎んでいく立川。心情を投影したかのように、小太刀は鋭さを喪失していく。

 俺に語りかけるその表情は、不安や脅えの色で染まっていた。


「宗一さんの、中に……えと……入れていますか?」

「なか?」

「あの、お、お三方のように……その……」

「み、都……」


 どういう事だ? 昼の続きなんだろうか?

 いつもは付き合ってくださいとかサラッと言っていたのに、今の立川の緊張ぶりは、これが本当の告白であると言わんばかりだ。

 

「ど、どうなの?」


 有原も緊張した様子で質問の答えを促してくる。こいつも、気になるんだろうか?

 もしかして俺の存在は、俺が思っている以上に、この二人の中で大きくなっているのかもしれない。流石にこうまでストレートに言われると、自意識過剰なんて事はないと思う。……ないよね?

 であるならばこの二人が訊いているのは、俺の中で自分達はどうなっているのかという事。

 自分の特別な存在に、取るに足らない存在なんて思われていたら、それは誰でもがっかりする。そりゃあ緊張もするだろう。 

      

「どうなんですか?」


 中に入っている。お前らはもう、俺の中で特別な存在だ。……そう返そうとしたが、ある疑問が開きかけた口を止めた。


 それを言葉で言っても、信じて貰えるんだろうか?

 少し前までは嫌っていたと言ってもいい態度を取っていたし、この二人もそれを分かっていただろう。今、色よい返事が来るとは思っていないだろうし、俺が正直に答えでも、何割をそのまま受け止めるのかわからない。

 そこまで考えて、はっとした。あの喧嘩をした頃から考えると、こんなことで悩むなんてありえない話だ。あれだけ拒絶していた俺が、どうやったらこいつらが分かってくれるかを考えているなんて。 


「……ははっ」

「な、なにがおかしいのよ?」


 単純に嬉しかった。不安げな表情の二人を置き去りにしたままで悪いが、笑ってしまう。

 理解しあえないと思っていたこの二人が、今はこんなに近くにいる。近付こうとしてくれている。


 男や他人をゴミのように思っていても、その価値観を引っくり返せなくても構わない。それらを頭から否定出来るほど、俺はもう純粋ではない。直接その感情をぶつけなければ、理性的に判断してくれれば、今はそれで充分だと思える。

 遼平を罵倒しなかった有原。他人を迫害しない約束を守ってくれている立川。

 それが形だけでも、時代の歪みでできた溝は徐々にだが、個々の努力で埋める事ができる。それをこの二人は証明してくれているんだ。これが嬉しくないわけがないだろう。


「あ」


 目の前にいる二人の額に手を当てる。

 あの時のように、干渉で伝えよう。でも、ちゃんと伝わるかどうか不安だ。

 だからちゃんと口も動かす。俺は失敗したら学ぶのだ。


「俺と……」

「?」


 いくぞ。恥ずかしいぞ。みんなメッチャ見てるぞ。


「付き合ってください!」


 言葉と同時に干渉を発動する。注意深く、繊細に。今度こそちゃんと伝わるように。

 込めたイメージは真偽の感情のみだ。それ以外、なにもいらない。


「あれ?」

 

 まただ。またあの時の紗枝さんのように二人は呆然だ。やっぱりそんな器用な真似は無理なのか?


「……ぅ……」

「ぇと……その……」


 しばらくすると二人は金縛りから解放されたが、挙動不審に目を彷徨わせている。

 必死に隠そうとしているのは見て取れるのだが、残念ながら二人の表情には喜色がハッキリと浮かび上がっていた。

 

「お、お断りします!」


 二人は赤い顔のまま同時に叫ぶ。いやそれ、俺のパクりだからな? 

 素直に喜べばいいのに、無理に押さえ込んでいるから相当ブサイクになっている。


「……くく」


 いい。すごくいいな、今の二人は。どうやら干渉はちゃんと成功したようだ。


「なに? なんか文句あんの? て、てかもう喋らないでくれる? ううん、これ以上喋るな!」

「そそ、そうです。そーいちさんはフラレたんです。もう、や、やめましょう。お、おおおとこならー、さっぱりとー」


 いやだね。今度は俺からお前らに近付くんだ。勝手に踏み込んで来て、勝手に去るとか許さん。

 お前らの照れ様を見ていると、どうしても一言だけ言いたくなった。というか、今言わなければ、恥ずかしくて今後言えそうにない。お前らも既に相当照れ臭いだろうが、もう少し付き合ってもらうぞ。


「二人とも……」

「ぎゃー!」

「もうダメですぅー!」


 防衛戦以降、何度も言ったが、本当はこの事に対して言わなければいけない言葉だった。それをこの照れ臭い空気の酔いに任せて、今の内に言い捨てておくのだ。って、おいこら、耳を塞ぐな。


「今まで……」


 頑張ってくれて。約束を守ってくれて。優しくしてくれて。仲間だと思ってくれて。

 

「ありがとう」


 ございました!


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