第24話 フェイズ鬼ごっこ 中編
フェイズ鬼ごっこ。
初回、二回目と必死で逃げたもののあっさり捕まってしまった。
この30対1で日没まで逃げ切るのは理不尽な設定だと思っていたが、よくよく考えれば、俺がすぐ捕まるほど不利にしてもなんの訓練にもならない。
主催者である紗枝さんなりにだが、この設定でも俺が逃げ切れる可能性があると思っているんだ。
何故すぐ発見されるか。まずそれを見極めなくては始まらない。ただ逃げるのだけはやめて、基地施設の影に隠れて女性達の様子を観察する事にする。
「いた?」
「ううん」
開始地点からかなり離れているのに、もう二人程俺から見える位置にやってくる。
さっき捕まった時に思ったが、彼女達のチームワークは半端ではない。戦場ではこちらの数が多いからなのか、まず一人で行動はしていない。見つかったら最後、ワラワラとどこからともなく集合してくる。
でも、今のところ見つかってはいないな。……ん?
「…………」
一人の女の子が目を閉じて立ち尽くしている。もう一人の子はそれを黙って見ている。
目を閉じている子の様子は、意識を集中して何かを逃すまいとしてるような……なにやってるんだろう?
「……! はふっ」
俺はその可能性に突き当たり、慌てて口を手で抑える。
まさか……。聴覚を強化して、雑音や呼吸音を聞き取っているって事なのか? もしそうなら心音もまずいのか? いや、それよりも今ので……。
「いた!」
「やっぱりいいいいいいいい!!」
しっかりと指差されていた。二人の視線が俺とバッチリ交差する。慌てて身を翻して逃げようとしたが、一人の女の子の行動によりその足を停止せざるを得なくなる。
指差した子の隣にいる子が、口元に指を持っていく。親指と人差し指を丸にしており、少し隙間を残している形だった。そのまま口に当てて息を吹けば、バカップルを冷やかす武器になるだろう。
俺も練習した記憶がある。できなかったけど……って、まずい!
「この!」
逃走の為に強化していた足を、その行動を止める方向に転換する。
口笛なんて吹かれると、耳の良い方々が一瞬にして集まってくる。
「えっ!?」
20mはあった距離を一呼吸で詰めて、手と口の僅かな距離を無くす時間を上回る。その手を掴むと二人は虚を突かれたのか、完全に無防備になった。
フェイズの感覚器官の一つなのか、掴んでいる手からこの子のおおよその力を感じ取れる。俺が本気で強化して殴ったら、彼女を殺してしまうだろう。攻撃は可と言ってはいたが、重傷はダメだ。
それにこの隙だらけの状態で攻撃なんかいらない。今は……これで充分だ!
「うおりゃああああああああああ!」
「え? ええ!? きゃああああああああ!!」
掴んだ手を引っ張って、力の限りぶん投げる。これなら距離を稼げるし、重傷もないだろう。
「え……? う、うおおおおお!?」
比喩でもなんでもなく、彼女は空を飛んでいた。自分で投げて自分で驚愕してしまった。俺に接触して100m離れると失格というルールを、その行動だけで充分に満たしてしまった。
彼女は地面に無事着地したようで、俺は胸を撫で下ろす。まぁ能力者だし、あのくらいは当たり前か。
「……」
彼女の初フライトを、まだ何もない所を指差して固まっている女の子が一人。
チャンスなので、ちょこっと触って逃げる事にした。
◇◇◇◇◇◇
現在。施設内にある植木の中に身を潜めている。
ここなら葉の擦れ合う音で、呼吸音だけを探知するのは難しいだろう、という思惑だけど……。冬なのでちょっと心許ない。なんとか体が隠れてるくらいだ。
「しかし、まいったなぁ……」
五感を強化できるのは思ったよりやっかいだ。心音まで探知されたらどうしようもない。でもそれは俺にも出来るって事だから、逆にこちら側からも索敵出来るって事だ。
逃げている最中は五感の強化が重要になりそうだ。身体能力の強化は接敵してからでも遅くないだろう。
日没までの時間を考えると、全力なんか出してたらすぐダウンしてしまうから、逃げている時はフェイズの領域を三割程度に抑えるべきだな。五感に二割、身体能力に一割くらいでいこう。状況に応じてだけど。
「どこにどれだけ、か」
紗枝さんの助言はこの事だったんだな。
それと大事なのは、しっかり相手の能力を分析する事。そして自分に応用すればいい。
「ん?」
木の上から見下ろすと、二人組の女の子がやってくる。制服という事は敵だ。
俺は息を完全に止める。心肺機能もアップしている今なら、かなりの時間、息を止められるだろう。
そのまま様子を観察していると、一人の子がまたしても不可解な行動を取りだす。その子は何故かしゃがみこみ、目を閉じて地面に右手を当てた。静かに佇むその姿から、彼女の研ぎ澄まされた精神の緊張が感じ取れる。
「いた! あそこ!」
「えぇ!?」
なんだ!? 今のは本当に分からなかった。……いや、考えてる場合じゃない。
すぐさま木から飛び降りて、二人の前に躍り出る。仲間を呼ばれるとまずい。
「……あれ?」
勇んで出て行ったものの、二人は仲間を呼ぶ行動を起こさない。
不思議に思った俺は、真っ正直に聞いてみる事にした。
「仲間、呼ばないの?」
「え? いや、逃げるならともかく、立ち合いの最中にそんな事してたら隙だらけになるでしょう」
「……そうか。そうだよな」
さっきの二人はまさにそれだったな。逆にこの二人は場慣れしていそうだ。
「二人いるからできなくもないけど、個人的にあんた殴りたいし」
「あっ、私も~。休み潰されちゃったし~」
「……」
初めて会話を交わした女の子に、こんなこと言われて泣かない自分を褒めようと思う。
自画自賛しつつも身体能力を強化する。戦闘の基本は、耐久力に少なくとも三割の領域を割く事。そうしないと、一撃で即死の恐れがある。縁先生の教えその1だ。
「っと」
飛び掛ってきた一人の女の子の拳打を最小限の動作で避ける。相手の能力が未知である時は、認識力と敏捷性を強化して、即応力を高める。縁先生の教えその2。
回避と同時に彼女に手を伸ばす。さっきの動きからして、敏捷性は俺より下だ。小手調べなのかもしれないが、この子にそれほどのポテンシャルは感じない。攻撃で出来た隙を狙い、反撃できる余裕がある。
「っ!」
背中に冷たい物を当てられたような悪寒が走り、その手をすぐさま引っ込める。
寸前まで俺の手があった場所に、何かが高速で上から下へ通過。振り下ろされたそれは地面に叩きつけられ、破壊的な効果音と共にその役割を停止する。
土と砂の地面は、その衝撃でちょっとした発掘現場になっていた。
回避できた事に胸を撫で下ろしつつ、バックスッテップで距離を取る。
離れて二人を見ると、さっき地面に手を当てていた子が、長めの警棒らしきものを持っている。でも警棒にしては持つ所以外、金属バットのように太い。どうやらそれを干渉して攻撃してきたんだろうが、しかし……。
「当たったら死ぬだろ!?」
「え? ……大丈夫よ?」
「疑問系じゃねーか! いや、もういい! それ奪うからな!」
喋ってる暇はない。今の音で誰かが来るかもしれない。
スピードに重点を置いて強化、そして接近。その速度のまま警棒に手を伸ばす。まだ迎撃体勢を取っていない事が有利に働いたか、彼女は俺のスピードに反応しきれていない。
このまま奪取に成功するかと思った矢先、もう一人の子が介入してくる。彼女の方が目標に近かった事もあり、繰り出されてきた蹴りは俺に届くと判断できた。
でも避けない。避けたらさっきの二の舞でなにも進展しない。今は喰らいつつも……進め!
「ぐふ!」
右脇腹にまともに貰ったが、体勢を崩れるのを左足で拒否する。そのベクトル変換で踏ん張っている地面が力に耐え切れず、恐竜の足跡くらいの大きさで陥没する。スピード重視で耐久力が少し落ちてしまい、結構な痛みだったが、歯を食いしばれば耐えられる。
その瞬間、俺は勝ちを確信した。この二人のスピードは俺より下だ。ということは、警棒を左手で奪えるし、右手で脇腹に食い込んでいる蹴り足を掴める。そしてその足を掴んだ人間を、正面にいる子に向かって投げると、どうなる?
「吹っ飛べやあああああああ!!」
「は、はな……ぎ、ぎゃああああああああ!!」
「ぶぎゅ!!」
二人は絡まりながら、言葉に嘘偽りなく吹っ飛んでいった。いや~、しかし飛ぶなぁ~。
警棒を持ってた子が、ぶつけられて潰れたような音がしたのが気になったが、まぁ大丈夫だろう。
「あ」
左手には先程の警棒。奪ったはいいが、勝手に使うのはやめとこう。大事な物かもしれんし。
その場にそっと置いて、立ち去る事にした。
◇◇◇◇◇◇
開始から約二時間が経過。今の所、失格させたのは4人だけ。
やはり五感を強化して行動していると、こちらからも発見できるのでやりやすい。
しかし、さっきの発見のされ方は恐らく……干渉だろう。あの木から伝わってきた違和感は間違いない。
箱の中の物を外から触っただけで当てる訓練。あれの範囲を広げれば、同じように個人や物質の存在を探知できるって訳だ。対策は範囲外に逃げるしか方法がない。地面や壁を伝って来るという事は、浮かびでもしないかぎり回避するのは不可能だ。
今の俺ならせいぜい1~2mな所、彼女は目算で50m以上は干渉範囲を広げていた。もしかして結構凄い子だったんじゃないのか? ってかそうであって欲しい。あんなの全員にやられたら堪らん。
「!?」
耳に届いた風きり音に、進めていた足を急停止させる。
強化している動体視力でも捉えきれない何かが、視界の右から左へ通過する。
着弾した左下に目を向けてみたが、なにもない。確認したそこには人差し指程の穴が空いた地面しかなかった。少し覗き込んで見ても何もない。太陽の光が届かないくらい深く、その小さな穴の底は確認できない。
「な、なんだ?」
軌道から飛んできた方向に目を向けるが、やはり何もないし誰もいない。
不意の攻撃に警戒レベルを上げて、五感に費やす領域を増やすと、1km……いや、2kmにも届くかという遠方の基地施設の屋上に誰かが立っている。そして、その手にはボウガンらしき物が見える。
遠視を強めてよく見ると、その子は外した事が悔しかったのか、舌を打ち鳴らしながらも第ニ射を装填していた。……って、まじで?
「矢でどんだけ長距離射撃してんだよ!? どっかの殺し屋かよ!? 背後に立つぞぼけええええ!」
捨て台詞だけはしっかりと、急いで建物の死角に避難する。
あんな長距離から狙撃されたらどうしようもない。しかしあの遠方から、矢が見えないほど地面にめり込むなんてどんな威力だよ。そういえば一瞬だけ、矢の先端が尖ってないように見えた気がする。
あれで殺さない手加減をしているのか? 本気を出したらあの遠方で金属をも余裕で貫きそうだ。
さっきの警棒の子は打撃、ボウガンの子は射的に長けているフェイズ3の能力者って事か。いや、警棒の子はまだ可愛かったが、あのボウガンはやばすぎる。おそらく立川のように特化した能力者だろう。しかし、銃火器もっと頑張れよと言いたくなる。
「いたわ!」
「げげ!?」
息つく暇もなく、避難してきた先にも待ち構えていた。今度は四人だった。
索敵を怠ってしまい墓穴を掘ったが、嘆いてる暇はない。気合を入れた所で、四人の内の一人が持っている物に目を奪われる。それはどう見ても……連射式のサブマシンガンだった。
止める暇もなく、その引き鉄は無慈悲に人差し指で引かれ、俺に弾丸の嵐が降り注ぐ。
「うおおおおおお!!」
死んだ。俺は死んだ。銃火器舐めてごめんなさい。
「あ……れ?」
謝ってみたが、死ぬどころか痛みすらなかった。
弾丸は確実に俺に当たっている。でも、まったく痛くない。当たっている感触はあるが、消しゴムの欠片くらいだ。
俺の時代では確実な殺傷力を持つ銃がこの弱々しさ。なにか寂しさのような感情が、胸を少しだけ締め付けた。
しかし、効かないと知ってて何故こんな攻撃をしているんだ?
「む」
弾幕に晒されている俺に残り3人の子が突っ込んでくる。手に何も持っていないという事は、フェイズ2の能力者である可能性が高い。気をつけるのは肉体への直接干渉。
しかし、3人はきつい。即応力を高める為、敏捷性強化に比重をシフトさせる。
「ん……? い、いたたたたた!! 痛い! 痛いよ!」
その途端、消しゴムくらいの弾幕が、銀玉鉄砲クラスの威力を持ち始めた。
よく考えなくても当たり前だった。耐久力が落ちるからだ。
「はっ!」
「くっ」
銀玉鉄砲に耐えながら、飛び掛ってきた3人から距離を取る。その間もマシンガンは乱射されている。
これはまずい……。かなり力が制限されるし気が散る。なによりもそのやかましい銃声は敵さんを呼び寄せる。中々いい作戦だと思ってしまった。
「……」
この後が激しく不安だが、ここは全力で対応しなければダメだろう。
弾幕に晒されながら、ポケットに入れている石ころに干渉する。その間、銀玉鉄砲がBB弾くらいの威力になったが耐えるしかない。
干渉を終えたその石を手に握りながら、3人の攻撃に全力で対応する。彼女達はフェイズ2なので攻撃は肉体での直接攻撃だ。回避能力と、耐久力をしっかり強化して隙を待つ。
「よし!」
「!?」
俺と弾幕の斜線にひとりの子を入れるポジション取りに成功する。これで無造作に連射はできない筈だ。攻撃に集中してる子に連射の弾丸が当たると、流石に相応のダメージを与えてしまうだろう。
弾幕が止んだその一瞬の隙を付き、手に握っていた石を目標に投げつける。
「きゃあ!」
「あ」
投げた石はマシンガンを粉々に破壊しただけでは飽き足らず、持っていた子まで吹き飛ばしてしまった。少し心配になったが、直撃ではなかったのですぐ起き上がってくるだろう。その間に、この3人を片付ける。
「おおおおおおおお!!」
フェイズ2を全開にし、身体能力を最大限強化する。
仲間が集まってきたらやばい。瞬きの暇も無く沈黙させてやる!
◇◇◇◇◇◇
「はぁ、ぜぇー、はぁ……」
さすがに4人相手はきつかった。でも、全力を出したらなんとかなってしまった。
まだ強化主体の俺の戦法では、フェイズ2の子達と変わらないと思うが、総合力でかなり有利な印象を受けた。苦手分野が無いって事と関係してるのかもしれない。俺が強化向きって線もあるな。
「おい! 辰巳宗一!」
「うおっ! …………は?」
また見つかったかと思い身が竦んだが、声の方に目をやると縁より小さい女の子がいた。
パッと見、完全に外国人の子供。ブロンドに近い茶色でセミロングの髪。前髪は花の髪留めで七三に分けられている。目の色も黒より灰色に近く、雪のように白い色素の薄い肌。
そして細い、ちっさい。140にも届いてない。でも、制服を着てるって事は敵なのか?
「もうここまでだからね!」
「あ? やっぱ敵なのか?」
「え……? あたしの事、分からないの!? 始める時いたでしょ! ううん。その前にこの基地の常識として知っておかなきゃダメよ!」
いたっけ? いたような気がしたが、この基地って結構外国人いるんだよな。アリサさんを除いても、見かけない日が無いくらいだ。
しかし出会って十秒でもううっとうしい。初見の有原をほうふつとさせるウザさだ。
「……お前、いくつ?」
「12よ! フフン」
「ふ~ん」
「え? それだけ?」
「え? それだけ」
「頭撫でさせてとか、かわいいねとかないの?」
「ないな」
「ふん。やせ我慢はやめたほうがいいわよ。あたしに会う人ってみんなそう言うんだもん。男ならそのしょうどう? が抑えられないって聞いた事あるわ。でもダ~メ。もう安売りはやめたの。いくらこの基地のマスコットキャラでもそう簡単に~……」
クソうざかった。何か延々と自画自賛をのたまっているが聞きたくない。適当に補完しとこう。
まぁフランス人形のような容姿なんで男女問わずチヤホヤされそうだが、知らんの一言しか出てこない。
「でね、でね」
敵さんなのに警戒心ゼロで近寄って来て、服の袖をくいくい引っ張ってくる。
見上げる顔は幼さ全開で、ある特定の趣味の人にバカ受けしそうだが、あいにく俺にそんな属性はない。
俺は子供が苦手なんだ。公共の場で走り回ってるガキに、ドロップキックしたいのを必死に我慢したとか日常茶飯事だった。いや、どちらかと言えば放置する親にだな。こいつもそれと同じだ。甘やかされて自分が何故子供であるかを勘違いしている。
子供が少ない時代の弊害か。……変わらないな。
「――だからね、アリサなんて年増がなんで人気あるかわからな」
「ああん!!?」
「ひやぁ?!」
気付けばお子様にブチ切れていた。お前はタブーに触れてしまったのである。
「おめぇみてぇなチンチクリンが、あの天使と張り合おうとか舐めてんのか? あ?」
「だ、だって……ふぇ……」
「ふむ。確かに嫉妬してしまうのも分かる。なにせ相手は間違えて地上に生まれてしまった人だからな。それほどあの天使クオリティは高い。ほら、言ってごらん。クオリティ」
「く、くおれてい」
「英語できないのかよ……まぁいいが。でもお前が負けたからといって恥じる事は無い。人と天使が争うなど愚かな事だ。だがお前にはまだ可能性が残されている。後十年経ったら鏡をよく見るんだ。その時、自分を客観視できる女に育っていれば、お前は立派に良い女になっている筈だ。あの天使と張り合うのはそれからだぞ、わかるな?」
「ふぇ……ぅぇ……ひっく……。ご、ごめんなさい……ぅぅ……」
いかん。子供相手になに真剣に悟りを説いてるんだ俺は。
お子様が目の端に涙を一杯溜めて充填中だ。このまま爆発されると精神的に居た堪れない。
「わ、悪かった。言い過ぎたよ。ごめんな」
「あ。……へへ」
頭を撫でると途端に笑顔になる。素直なのは子供の良い所だな。
安売りがどうとかの前言を、あっさり忘却している単純さも好感触だ。
「じゃあな」
「うん。ばいば~い」
そして与し易い。これで敵が一人減ってくれた。
「…………あ! ああああああああ!! ま、待てえええええええ!!」
「ちょ、おい!? 100mルール守らんかい!」
「知るかそんなのぉ! あたしの名前くらい聞いてけええええ!!」
「すげーどうでもいい! お前は俺の中でチン・チクリン(12)に決定した!」
「そ、そんなのやだああああああああああ!!」
これだから子供は苦手なんだ。都合が悪くなったらすぐマイルールを採用しやがる。
お前となんか殴りあいたくねぇよ。勝っても負けても俺にダメージしかないだろうが。
しかし12歳でフェイズ2以上か……。お前が戦場に出る4年後には、もう少しマシな世界になってればいいな。
◇◇◇◇◇◇
「ぜぇー、ぜぇー、はぁー。あ、あのクソガキが……。ぐはぁー」
開始から三時間は経過しただろうか。太陽は真上から少し落ちて来ている。
4人を全力で相手した直後にチクリンを撒くのは疲れた。体重が軽いからなのか、とんでもなく足が速かった。既に目的は俺に名前を教える事に変わってそうだが、せめてルールは守って欲しい。
「あ! いた!」
息を切らしながら聞き覚えがある声に振り向くと、有原が一人で立っていた。
そういやこいつもいたな。
「やるじゃない宗一。失格した子が結構いてみんなやる気だしてるわよ」
「はぁー、はぁー、ぜぇー」
「誰も呼ばないから安心しなさい。あんたは私が………」
「ぜはー、ひはー、ぶばぁー」
「………」
「ばふぅー、はぁー、ぜはぁー、ぶはぁー」
「ちょ、ちょっと待ってあげるわ!」
やっぱりこいつは面白い奴だった。
「で、何だ? 人を転ばしといて……」
「や、やめてよ! あんたは出会いを再現したいのか!? 大体転ばしてないし!」
ちっ、乗ってくれなかった。
自分の理不尽振りを思い出しているのか、顔が紅潮していく有原。俺は小さな復讐も忘れない男。
「なんで仲間を呼ばないんだ?」
「わ、私が一人で捕まえるからよ」
「え? ……お、お前、俺に何させる気だよ!?」
一人でという単語にムチの事を思い出し、俺は胸を隠す女性のように自分を抱く。
「え? ええ!? そういう意味じゃないんだけど……」
「い、いやああああああああ! 痛いのはやめてえええええええ!」
「す、するか! そんな事!」
「え? ……どんな事?」
「あぅ……」
適当に怖がってみたら自爆を誘う事に成功した。やはり弄りがいのある奴だ。
何を想像したのか気になるが聞かないでいてやろう。もう可哀想なくらい顔真っ赤だし。
「も、もういい! いくわよ!」
「?!」
話を切り上げて踏み込んでくる有原。三割程度の領域開放ではその動きを目で追い切れない。
以前に喧嘩した時の比ではなく、その踏み込みは速く鋭かった。あの時はこいつも言ってたが、本当にかなりの手加減をしていたようだ。
「ぐ!」
踏み込みと同時に放たれた蹴りを、なんとかガードするも弾き飛ばされてしまう。
腕の防御に領域を集中させた為足に力が入らず、飛ばされた体は基地施設の壁にぶつかるまでその速度を落とさなかった。
「もらった!」
「え? うわわわわ!!」
壁と衝突して顔を上げた途端、目の前にいる有原。
同時に繰り出されてきた拳打を横移動で回避すると、施設の壁が可哀想な事になってそうな破壊音が耳に届く。その音と飛散した大量の鉄筋や壁石で、こいつは生身でビルひとつ壊せてしまうと確信した。
このままでは体勢が悪い。一旦仕切り直そうと、壁際を滑るように逃げる。
「この、ちょこまかと!」
追いかけてくる有原が、俺の目前で体を回転させ背を向ける。
軸足を支点としたそのスピンは尋常な速度ではなく、この瞬間まばたきをしていたら何も変わらず正面を向いているだろうスピードだった。回し蹴りでも飛んでくるかと思ったが、足を振り上げてはいない。
その運動量を伝えられたのは有原のポニーテールだった。降ろすと腰まで届きそうな髪は、縛っていてもそれなりの長さを保っていて、俺の進行方向から弾丸のような速度で飛んでくる。
でも所詮は髪であり、脅威にはなりそうもない。
「っと」
そう思いつつも、反射的にしゃがんで避けていた。
何故、回避したかってのに特に理由はないと思う。あえて言うなら、なんか嫌な予感がしたから。
その予感の正否を確認する為、髪が通過した場所に目を向けると、答えは正だった。
「な、なんじゃこりゃああああああああああ!!」
「ひっ! な、なに?」
俺の恐慌に有原は攻撃を停止。
髪が通過した場所。つまり鉄板で補強された頑強な壁が、髪の軌道そのままの形で無くなっていた。
抉り取られたという表現が一番近いだろうか。プリンを横から食べるとこうなるだろう。
「あ、なんだ……。驚いた?」
「ど、どういう事だ……。髪が武器になるとか」
「教えてあげる前に問題。髪は強化だと思う? 干渉だと思う?」
「え?」
えと、自身の能力アップは強化で、武器の性能アップは干渉で……。
髪は自分? いや、神経が通ってないので自分じゃない? んん? ……わからん。
「答えは。両方よ」
「両方?」
「ちょっと触ってみて」
「え? うわ、堅い!」
言われるまま触れると、まるで鉄線の束に手を差し込んだような感触だった。
「も一回」
「? ……ぷぎゃ!?」
今度は縁に喰らった干渉に似た痺れがやってきた。
「最初のが強化。後のが干渉よ。何の干渉が得意かは相性が重要だからね。爪とかもそうだけど、自分の体の一部はその辺の武器より相性がいいの。髪は自分自身だし、強化と干渉の二つを使い分けられる。良いとこ取りってやつね」
ということは赤目の手であるあの刃も、干渉で攻撃可能って事なのか。
強化なのか干渉なのかをしっかり把握しないと防御できないな。
「いや、でも。武器も使えばいいじゃん」
「私は武器に干渉するのは苦手なのよ。中途半端な威力だと足手まといにしかならないわ。戦場では一撃で殺すのが理想なんだから、色んな装備なんて無駄なだけよ。髪も含む自己強化が私の最大の武器よ」
うん、確かに。こいつの強化能力はやばい。
生身でビル壊せそうな人類なんて、流石にまだ見かけた事がない(赤目は除く)。
解説ご苦労と言いたい所だが、そんな事より俺の腸は煮えくり返っていた。
「なんだよそのしっぽ! 許せねぇ!」
「え? な、なにが?」
「お前は全国のポニーテールファンに喧嘩を売った! かっこ俺含む!」
「は、はあ? 知らないわよそんな事」
「ああ……。ち、ちくしょう……。ポニーテールなんてベタだけど、実は中々してる子がいないレアな髪型なのに……。そんな電気うなぎみたいな凶器だったなんて……くそっ……くそう!」
「ちょ、ちょっと……。よく分かんないけど、元気出しなさいよ」
原因である有原に慰められる。
戦場でも髪を纏めてないのはこういう事だったのか。
「くぅ……。実は認知度に比例せず似合う子も希少なのに……。ちくしょう……。俺内ポニテランキング1位の有原がこんな事に……」
「あ、ありがとう……で、いいのかな?」
「引っ張るのが唯一の楽しみだったのに……。これからは掴む度に恐怖を覚えるんだ……。たまに痺れさせてやろうとか画策してるんだきっと……」
「やらないわよ! 今までもやってないでしょ! てか楽しむな!」
「童顔さも相まってめちゃ似合ってるのに……。このクソ電気うなぎが!」
「ほ、褒めるか貶すかハッキリしろ!」
俺の意味不明な落ち込み方に、有原はどう態度を取れば良いのか決めかねている。
お前には分かるまい。かわいがっていた飼い犬が実は狂犬病だった気分だ。しかも治らないんだこれが。
「あ……」
有原とのやりとりで気が抜けたのか、意思とは関係なく腰が落ちてしまう。
長時間の連戦と追いかけっこで、酷使したフェイズが体に休息を求めている。
「だ、大丈夫?」
しゃがみ込んだ俺の目の前に、有原が心配そうに駆け寄ってくる。
「ちぇ。有原に捕まるのか……。命令は王様ゲームレベルにしてくれよな」
「……いい」
「え?」
「今から一時間あげるから休みなさい。ただし、100mルールは一回だけ見逃してもらうわよ」
「そうか、ならひとつ貸しだな」
「いいわよ別に。もう昼休憩だから」
「え? なにそれ? 初耳すぎる」
「宗一が逃げた後に、国枝基地長が思い出したように言ってたわよ」
く、くそ。あの眼鏡やっぱり抜けてやがる……。
少しマシになってきた足を立ち上がらせ、昼休憩をどうするか考える。
「う、う~ん」
食堂に行ったらチクリンとかにルール無視で襲われそうだし。購買行ってなにか買ってくるのも右に同じな気がするし。病院の昼飯の時間は過ぎてるだろうし。とても食べれそうな状況にないが、かなり腹は減っている。……あそこなら大丈夫かな?
「どうする? 一緒に食堂行く?」
「え? ……いや、いいよ。俺のことは気にしないで行ってきな」
「……そう」
少し不安そうな表情を浮かべる有原。俺が一人になるのを心配してくれてるんだろう。
こいつは最近、本当に優しい。防衛戦以降、それが顕著に感じ取れる。これが本来の有原なんだろう。
気を遣ってくれた感謝を込めたつもりだったが、遠慮せず厚意を受け取るべきだったかな。
「……じゃあね」
「ああ。また後でな」
「あ……。うん」
有原の頭をひとつポンと叩いてありがとうのサイン。
フラつく足を進ませて、思いついた目的地に向かう事にした。