第22話 知識欲
夕方。俺は自室で人を待っていた。
自粛命令で訓練できない暇な時間を使って、ひとつやりたい事があるのだ。
「宗一」
「お、来たか。悪いな」
病室のドアが開き、有原が入ってくる。病院外の場所を出歩きたかったので、護衛を頼んでいたのだ。有原はもう訓練に復帰していて、それが終わるのを待っているとこんな時間になっていた。
いつもは立川と二人セットの護衛になっているが、立川はまだ怪我が治りきっていないのでここには呼んでいない。縁でもよかったんだが、今日は有原でないとダメな理由がある。
「どこに行くの?」
「……え、と」
その前に少し確認しておこうと思い、近くまで寄ってきた有原の手を握る。
「……なに?」
「あれ?」
少し首を傾げて幼さの残る容姿で俺を見上げてくる。自分が父と錯覚してしまいそうだった。
俺の予定では「さわんなボケ! 手が汚染されるわ!」とか言った後、正拳突きか右上段蹴りが飛んでくると思ってたんだけど、有原はまったくもって普通だ。
そんな有原の態度に納得できず、手を握ったまま正面からぶつかりそうなほど接近する。
「だ、だからなによ?」
「あれ~?」
少し狼狽したものの、普通の女の子の反応だった。というより、俺の知り合い関係では一番まともな反応をしている。まともってのは、俺がいた西暦2012年を基準にしている訳なんだが。
他の女性にこれだけ接近すると、奇声を上げるか、神速で逃げていくか、過激派に走るか、の三択になるのがこの時代の一般的行動だ。(俺統計の結果)
「う~ん。人選ミスったかなぁ~」
「ちょ、ちょっと近い! 近いってば!」
そろそろ抱きしめる体勢に移行しそうなほど接近してるのに、ますます普通の態度を見せる有原。視線を下げると、ポニーテールで髪が邪魔にならないうなじがハッキリ見える。
「ぅ……」
女性しか出せない首筋の色っぽさと、漂ってくる訓練後の汗の匂いに俺がクラクラしてきた。
有原は少し恥ずかしそうにだが、特になんのアクションも起こさず、奇怪な物を見る目を向けてくる。
「……なんなの?」
「くっ……。ち、ちきしょーーー!! なんでそんな普通なんだよ! ざけんな!」
「訳わかんないわよ!」
なぜか敗北感が心を支配した。
◇◇◇◇◇◇
人選ミスを疑いつつも、やってきたのは図書館。
学校に付属しているので図書室と言うのが正しいと思うが、規模的には図書館と言って良いと思う。様々な分野が介在しているこの基地では、かなり需要があるのかもしれない。それ相応の専門書が棚にズラッと並んでいる。
俺も何度かここに来ているが、いつも目当てのコーナーに行くと、自然と足が回れ右してしまうジレンマに陥っている。しかし、今の俺はこのくらいでは引かないはずだ。
覚悟を決めて、その一角に足を踏み入れる。
『男なんていらない』
「……」
最初に目に飛び込んできたハードカバーのタイトルはそれだった。
足を踏み入れた一角は、その挑戦的過ぎるタイトルと大差ない本で埋め尽くされていた。
そういった類の本は恐らく、男性不要論、男性批判が理路整然と書かれているんだろう。
少しだけふらついた足を立て直し、目当ての本を探す事にする。
俺の目的は、ああいう主観が満載の、というか主観でしか書かれていない本ではない。歴史書のように、史実だけを淡々と書かれている本が良い。あんなの読むと「ほんとに男いらないな」と、洗脳される恐れがある。
先入観は目を曇らせる。事実だけを知り、自分で判断した上で、あの本を手に取る資格を得る。
この時代の人間ではない、俺にしかできない視点があるはずだ。
「ふぅ……。ん? 何読んでんの?」
「な、なんでもいいでしょ」
目当ての本を探し当てて席に着くと、正面に座っている有原が何か読んでいる。
有原は慌ててカバーを隠そうとしたが、俺にはしっかり見えていた。
「へ~、恋愛小説ね。お前にも興味あるんだな」
「あ、あったら悪いの?」
「……いや」
意外だったが、そういう本は尋常ではない数、この図書館に置かれていたのを俺は目撃していた。
現実では毛嫌いしていようが、女性としての本能なのか。物語の中でそれを満たす行為に甘んじるしかないのか。時代背景が過剰発達させたのか。有原の読んでいる恋愛小説に、少しだけの寂しさを感じた。
あの数の多さは、この時代の女性達の望みの具現化であり、悲しみの象徴なのかもしれない。俺がいたコーナーとの二律背反は凄いものがある。図書館で時代の歪みを感じてしまった。
「好きなのか? そういう本」
「う、うん」
「恋愛はしたいと思ってるのか?」
「え? ……どうだろ」
「うそ、そこで迷うの!? 男嫌いはどうした!?」
「う、うるさいわねさっきから! 黙って本読め!」
実はこの会話も目的のひとつなんだ。
男嫌いである(あった?)有原を連れて来た理由のひとつはそれだ。
「誰かに告白されたらどうする?」
「はあ? 死ね」
「なんだよそれ!? お前、数秒前と同一人物なのかよ!?」
「そんなもん想像しただけで吐き気がするわ!」
「恋愛小説を全否定してるじゃねーか!」
「ほ、本ならいいのよ! テオドールはその辺の男と違うんだから! 彼は人間と判定できる男なのよ!」
何だそのどっかの西洋貴族みたいな名前は? いやズバリそうなんだろうけど。
実在の男は人間にすらなれていないって事かよ。本ならいい……のか? そうなのか?
「じゃあ、本の中の男が出てきたらオッケーなのか?」
「はあ? そこまで具体的に考えた事ないわよ。架空の人物なんだから。それにこんな男、現実にはいないわよ。私にとって現実の男はみんな人間未満」
え? という事は、俺も人間じゃない? いやまさか。最近結構仲いいしそれはないだろう。毎日見舞いに来てくれるし、今日の護衛も嫌な顔ひとつされなかったし。大丈夫だ。大丈夫……だ?
……で、でも一応、確認しておこっかな。
「お、俺は人間のエリアだよな?」
「え? ……う、うん、まあ」
「ほっ」
「む……。ま、まあ、ぎりぎりね。いや、スレスレ? ううん、間一髪? 滑り込み? 際際? ライン上? レッドカード?」
「くぅ……。最後……アウトだし……」
入っていた事に安堵したのも束の間、これでもかと目一杯ぶりを強調されて視界が歪んでくる。今夜は枕を濡らしそうだ。というか空(天井)を見上げてないと、今にもこの水分は溢れ出す。
防衛戦以降、こいつとは仲良くしたいと思って接して来たのに、未だそんなものだったのか。
「はぁ……」
「あ……。ち、違うの。は、入ってる! 入ってるわよ! それはもう、ど真ん中にストリームって感じよ!」
ストライクと言いたかったのか? 俺の頭にはスリップストリームが浮かんだが、どうにも繋がらない。慰めてくれてるみたいだが、なんか無理してる感じが否めない。
こういう場合、必死にフォローされれば逆に空しさが増していくんだよな。
「もういいです……。本当にありがとうございました」
「あ……ぅ……ぅぅ」
これ以上はヘコみそうなので話を切り上げると、有原が泣きそうになる。いや、俺が泣きたい。もう無視して持って来た本を読もう。
こいつとの事は時間がある時に、仲良くなる作戦を考えよう。その時は立川に相談……いや、悪化しそうだから却下。無難に縁に相談しよう。……俺どんだけ縁ママに甘えてんの?
「?」
仲良し作戦を考えながら本を捲っていると、正面にいた有原がおもむろに立ち上がり近付いてくる。そのまま俺の隣の席に座り、椅子を移動させて距離を縮めてきた。その間、終始むくれっ面で無言である。
「……ふん」
肩が触れ合うくらい近くに座っている有原は、そっぽを向きながら恋愛小説の続きを読み出した。
何がしたいのかよく分からなかったが、有原のその行動により、騒がしかった雰囲気は正常な図書館の静けさを取り戻したような気がした。
その緩やかな空気を壊すのは惜しいと感じられ、俺も何も言わずに本を読む事にした。
◇◇◇◇◇◇
「ふぅ」
一通り一冊の本に目を通して間を取り、収集した情報を頭で咀嚼する。
意外な事に、全体的に見れば男性は優遇されていた。何故? と一瞬思ったが、話は簡単だった。要するに、少ないからである。
人間と言う種の存続危機。その原因になっている男性の減少。そこから考えると至極当たり前だった。減られては困るから優遇している。
具体的には、男性が生まれた家庭には国から補助金が出る。男性のみ高等学校までの授業料免除。男性を殺した場合は、執行猶予なしの無期懲役。男性への死刑廃止が発端になり、今では男女とも全面的に死刑廃止。生活保護の申請が女性とは比較にならないほど通りやすい。等など。
しかしそれらは全て国の政策であり、国民の感情を反映したものとは思えない。逆に言えば、生かしておけば人権を踏みにじろうと関係ないって事だ。民間レベルでの扱いはひどいものなんだろう。
ただ、政府が全て男性擁護の考え方ではなく、嫌男性の派閥から出た比較的軽い刑罰もいくつか存在する。縁や紗枝さんが言っていた、セクシャルハラスメントなんかが分かりやすい例だろう。そういった男性から見れば理不尽な扱いも数多くある。
そして恐らく、そっちが女性の本音なんだろう。
頭で分かっていても、優遇されている男性を妬まないわけないし、どこかで憂さを晴らしたい。それが男性に厳しい目を向ける一因である事は間違いない。
男性にしても卑下されながら、そんな飼い殺しのような生活を容認できる人がどれだけいるか。優遇と引き換えに失ったものは、人間らしい生活そのものであると言える。
政治家も苦しいところなんだろう。選挙の時は女性が多い為、男性優遇批判のひとつもアピールしないと当選すらできないかもしれない。そして当選したところで、そんな感情論を挟めるような生ぬるい時代背景でもない。それを国民としても分かっているので尚腹立たしい。双方どうにもならず泣き寝入りだ。
この歪な人口比であって尚、民主主義が採用されているのは、女性達の最後の砦のように感じられた。しかしそれは男性から見ると、女性支配の社会であり……。
「うがーーー!」
「っ! な、なに?」
俺の癇癪に、真横に座っている有原が肩を震わせた。
いかん、頭が沸騰してきた。
「ごめん!」
「……なんでそんなに偉そうなのよ?」
「頭撫でていいか!?」
「だからなんでそんなに偉そうなのよ!?」
癒し。癒しが欲しい。……縁。いや、ウサギとかでもいい。綺麗な景色とか見たい。
でもここには有原の頭撫でしか存在しない。する。俺はする。許可とかいらんし。
「もう……。なんなのこいつ」
「あぁ」
癒される……。
勝手に癒しを求めた手は特に払われる事なく、俺の心を満たしてくれた。
ブスッとしながらも、俺のなすがままになっている有原。いや、そうさせてくれているんだろう。だから癒されるんだな。
そして最近の出来事としては、男性保護法案。男性を隔離して精子を収集すると言う案は否決された。遼平の言ったとおりになったが、再提出される可能性は充分あるだろう。
男性に限り同意なしで遺伝子操作できる国では、高齢者以外かなりの数の男性がフェイズ1になっている。フェイズ1なら常人より遥かに健康を保つ事ができるし、赤目の襲来があっても逃亡できる可能性が跳ね上がる。
決して安価ではない遺伝子操作を許容し、男性保護の思想から始められたが、それが原因で治安が悪化。軍が度々、民間に介入するといったデメリットも抱えている。俺の時代で言うと、銃以上の凶器の携帯を許可するようなものだ。
実施している具体的な主要国は、アメリカ、カナダ、ブラジル、中国、ロシア、シンガポール、中東諸国などで、その流れは世界的な物になっている。EU諸国は今のところ禁止しているが、そこが崩れれば一気に広まるだろうと言われている。
そして、俺の興味が最も刺激された点、――『男性街』
「そ~いち~」
「あ、遼平。おせーよ」
遼平が図書館の入り口から疲弊した顔を見せながら呼んでくる。あらかじめ電話して呼んでおいたんだ。遼平は仕事場以外の基地施設内に入るのがイヤだったらしく猛反発されたが、麻雀の負け分をチャラにしてやるという提案を、たっぷり十分は悩んでから受諾した。
そりゃイヤだろうな。この嫌悪感の嵐に晒されるのは。慣れてる俺でもイヤだし。
まぁ何はともあれ、これで役者が揃った。
「ま、座れよ」
「お、おう。……ん?」
「……」
正面に座ろうとした遼平が、俺の隣に座っている有原を見た瞬間、空気が凍った。
「あっ! こいつ! 後藤のおっちゃんに怪我させた奴だろ!?」
「後藤って名前だったのか……」
「そこじゃねぇ!」
「……」
俺と遼平のやりとりに、有原は本から目を一瞬も離さずガン無視だ。その表情には、内から滲み出るように嫌悪感が現れていた。さっきまで癒しオーラを放っていたのに、今では話しかけるのも躊躇われるほど不機嫌だ。その豹変振りに、俺の腰は少し引けてしまった。
「ま、まあまあ。あの件は終わったじゃねぇか。こいつも反省してるって。な?」
「……」
無視だ。ガン無視だ。いや、無言の恫喝だ。話しかけんなゴミが、と聞こえてきそうだ。
立ち去らないのは有原の最後の良心なのか? てか全然、男嫌い治ってねぇ……。
「ちっ……。で、何の用だよ?」
こっちもこっちで不快感を隠しもしない。一応、着席してくれたものの、短髪の頭をガシガシ掻きながら舌打ちを連打。
会わせただけでこんな空気になるとは、ちょっと予想が甘かった。しかしこんな機会は滅多にない。これが今日の真の目的。
辛辣な言葉を頂きそうだが、覚悟を決めて提案する。
「えと、仲良くして貰いたいと……思って」
「死ね」
ぐおぉ……。シンクロはきつい。せめて個別にしてくれ。
しかし俺という緩衝材を挟む事で、直接罵倒しあわない二人の良心を見込んだ予想は外れていない。
俺だってこんなありがた迷惑な事はしたくないんだ。以前の俺なら絶対やってなかっただろう。でも今は、この時代の男女の会話を見てみたいんだ。多田さんのお見舞いに行って以来、その欲求が止まらない。
この二人には悪いが付き合ってもらいたい。それが良いほうに転べば言う事なしだ。
「じゃ、じゃあ話だけでも。な? な? な?」
「ひ、必死だな」
「なんなのよあんた……」
俺のお願いはなんとか成功したようで、視線は鋭いが二人は互いを認識して向かい合う。
邪魔をしないように、俺は黙ってその様子を見つめる。ようやく二人の会話が始まった。
……。
…………。
………………。
「始まらねぇ!?」
いつまで経っても無言で睨み合っているおかげで、俺が口火を切る事になってしまった。
「お前らなぁ。会話って意味分かってる? 日本語だよ? オケー?」
「うるさいわね。何しゃべれってのよ?」
「自己紹介とかあるだろ?」
「有原涼子。はい、さよなら」
「ぐっ……柳遼平だ。じゃあな」
「ちょっとおおおお!?」
ダメだ。取り付く島もない。
抵抗する遼平をなんとか引き止め、個別に話を聞く事にする。
「有原。お前もう男は大丈夫なんじゃないのか?」
「今日で分かったわ。やっぱりダメって事がね」
「う……お、俺は?」
「……あんたは別」
嬉しいようで、嬉しくないようで……よく分からない感情が湧いてくる。
有原はあの事件以来、男性に会ったのは初めてなのか? 嫌いである事を再確認させてしまった。
幼少より培われてきた価値観は、そう簡単に引っくり返せない。
「遼平。女にも良い奴いるって言ってたじゃん。まだ話してもないのに」
「後藤のおっちゃんにあんな怪我させといて良い奴と思えってのか?」
「うぅ……」
只でさえ女性に友人を殺されている遼平に、おっちゃんを迫害した有原に対するイメージは最悪だ。その本人を目の前にして罵倒しないだけでも、かなり俺への気遣いが窺える。
これはどうしようもなさそうだ。言葉なんかでは二人の心に届かない。でも、それでいいと思う自分もいる。
上っ面だけの薄っぺらい会話をされても気持ち悪いだけだしな。この二人は今、正直に睨み合っている。会話はなくとも、同じ空間での時間を作れただけで今日はよしとしよう。互いの存在を消して生きていくよりは何百倍もマシだ、うん。
「なに笑ってんの? 気持ち悪い」
「まったくだな」
「……」
そういう連携は取れるのね。
「そういえば遼平」
「ん?」
少しだけマシになった空気に喜びを感じつつ、遼平に話しを振る。
「男性街って知ってるか?」
「え? ああ、お前そういや記憶喪失だったな」
「ええっ! なにそれ!?」
しまった……。遼平には記憶喪失設定だった。
この二人にはもう言ってもいいと思うが、俺の一存で紗枝さんに迷惑は掛けたくないし、やっぱり記憶喪失で通すしかないか。しかし有原は驚きすぎだ。
「あ、ああ。俺、今年の四月以前の記憶がなくてな」
「四月って……。じゃあ覚えてるのは八ヶ月間しかないの?」
「そ、そういうこと。でも名前とかは覚えてたよ」
「そう。どうりで……」
有原は何かを納得してブツブツ呟いている。俺の行動はそんなに不可思議だったんだろうか?
「男性街ったらあれだろ? その区画の住民が全員男っていう場所」
そう。遼平が言う通り、男性しか住んでいない区画。社会問題の象徴と言える場所。
その場所は日本全国に点在しており、住人は外部と最低限の接触しか取らずに生活しているらしい。どういった思想で集まっているかの詳細は書かれていなかったが、想像できる範疇では女性社会に嫌気が差したというのが一般的だろうか。
その区画以外に住んでいる男性は、総じて中流以上の富裕層や、なにかのコネクションやポストを持つ者である事。
現在、全人口20%の男性の内、半分が60歳以上である事から、その区画も必然的に老人が多く集まっている。それは現役世代でない事も多分に関係しているだろう。流れ者、庶民層の集まりであるとも言える。
政府もこの区画の対処に困っており、強行に解体させる案を唱える者もいるが、その後の受け入れ先を見つける事が困難で計画は足踏み状態らしい。そこには国から多額の援助金も投入されており、男性不要論が出てくるのも頷ける。
これではダダでさえ少ない男性に触れ合う機会がさらに少なくなってしまう。人口減少に拍車がかかるのも当然だ。
「知ってるもなにも、俺はそこの出身だ」
「なに!?」
調子よく目の前にいた。いや、もしかすると珍しくもなんともないのかも。これはかなり情報を持ってそうだ。
「いや、出身って言い方はおかしいかな。そこで育ったってのが正しいな」
「どういう事だ?」
「女がいないから当然子供も生まれない。俺は子供の頃、離婚した親父に引き取られてそこで育った」
「へぇ~」
興味津々な俺を余所に、有原は恋愛小説に取り掛かっている。特に不機嫌オーラも感じないし、放っておいても大丈夫だろう。いい感じだ。
「正月に休暇の許可がでたから、今年は帰る」
「ええ!?」
い、行きたい。めっちゃ行ってみたい。生で見たい、聞きたい。そこの人達を。
「俺も連れて行ってくれ!」
「え? いや、そりゃいいけどよ。お前、休み貰えるのか?」
「うっ」
「ムリムリ」
というか俺、基地出れるのか?
有原は隣でしっかり聞き耳を立てていたようで、その可能性をあっさり否定する。
でも行きたいな。紗枝さんに頼んで……って、うわ~、断わられてるイメージしか湧かねぇ。
「よし! 紗枝さんに頼んでくる!」
「ちょ、ちょっと待てよ! 俺をここに置いてく気か?」
「あ、そっか。じゃあ一緒に出ようぜ!」
「なんでそんなに元気なのよ……。ムリだって……」
ダメ元でも言うだけならタダって言うしな。当たって砕けよう。
◇◇◇◇◇◇
「ああ?」
「ひいぃ」
全然タダじゃないじゃん。負のオーラに精神ガリガリ削られてるじゃん。体から水分失いまくりじゃん。誰が言ったんだよそんな格言。昔の人は嘘つきだ。
「すまんが、もう一度言ってくれ」
「ひいぃぃぃやぁぁぁぁぁぁ」
おい、有原。ビビりすぎだろ……。
多分、正面の紗枝さんからは見えてないぞ、お前。そんなに怖いなら付いてこなきゃ良かったのに。
背後霊のようにしがみついている有原はさておき、俺は紗枝さんに断固たる決意を見せる。
「正月に基地の外に行きたいです!」
「……はあ?」
「き、基地の外に行きたいです!」
「…………なんだって?」
「き、きき、きちのしょとに……」
「ぅぅ……ぐす……。もうやめて、宗一……ひく……」
嗚咽レベルの有原が、俺の服を引っ張って戦略的撤退を促してくる。
そんな顔見せられたら逆効果だぜ。俺が今その涙を止めてやるからな。
「何か言ったか?」
「くっ……。だ、だから! 一回で聞き取れやこの難聴が! その眼鏡も実は老眼だぶばあぁ!!」
「もうやだああああああああああ!!」
正月まで約一ヶ月。
俺のデターミネーションはまだ折れていない。