第21話 敵
「失礼しまーす」
「ん、来たか。座れ」
まだ昼まで少し間のある午前中。紗枝さんの呼び出しをくらい、病院にあるアリサさんの部屋までやってきた。
アリサさんの部屋は兵舎のような殺風景なものではなく、所狭しと本やら書類が置いてある。研究室の一角をそのまま自室にしているみたいだ。
昨日みんなで墓参りに行った後、俺は一刻も早く訓練に復帰したいという申し出をしたが、紗枝さんに却下される事となった。なんでもまだ司令部の自粛命令が解けておらず、被験者(俺)の心身状態が万全になるまで動けないらしい。
簡単に言えば無理するなという優しげな響きになるが……まぁ絶対違うよね。
「なんか用ですか?」
「ああ。聞きたいことがあってな」
「……なんで私の部屋なのよ?」
「なにか言ったか?」
「いーえ」
アリサさんが書類に囲まれながらボソッと不満を呟いたがあっさり撤回した。
奴隷化計画も俺の全快まで継続するらしい。……視線が痛い。
「宗一。お前、赤目に敵性と判断されたのか?」
「……え?」
何を言ってるんだ? 当たり前じゃないのか?
「はい」
「ほんとか? 間違いないか?」
「……はい」
間違いない……よな?
最初に攻撃されたのはあの二人……。いや、それは距離の問題だろうし。
振り上げた刃は完全に俺への攻撃だったし、その後も……。
「アリサ」
「……はいはい」
紗枝さんに呼ばれたアリサさんが不満気にペンを置き、椅子に座っている俺の隣まで歩いて来る。そして俺の額に手を当てて、不穏な事を言い出した。
「アリサさん俺のせいでごめんなさい。紗枝さんやっぱ眼鏡取ったほうがいいよな。アリサさんあの約束は自然消滅を狙うぜ。紗枝さんてやっぱりどこかボケてるよな。アリサさんの手がすべすべでいい匂い。紗枝さんの手は皺が多そうだ。アリサさんの……って! 何考えてんのよ!」
「えええええええええええええ!?」
マジで!? まさか俺の考えを読み取ったとか言うの!?
そんな事できるなら予告してくれよ! 勝手に読み取って勝手に怒るとか理不尽すぎる!
「このバカは……。あのねぇ、治す事もできて伝える事もできるなら読み取る事もできるでしょ?」
「そ、そう言われてみれば普通のような……」
「でもこれは対象者の深層心理や無くした記憶までは届かないわ。今の宗一君が強く思っている事を、さらに強く浮かび上がらせているだけ。その手伝いをしてる私がそれに触れているだけ。というか、触れないと出来ないから私は強制的に見てしまう。そういう能力だから、思ってない事まで読み取れないわ」
「万能って感じではないですね」
「ちなみに、宗一君の過去話を聞きながらやった事あるわよ。でもそれだけじゃ記憶障害の線もあるし、なんとも言えなかったの。あれだけ詳細だと一考の余地はあるけど、本当でもなんともならないし」
「あ、あの検査漬けの時にそんな事を……」
う~ん。やっぱりなんでもありではないんだな。別の事を考えれば、偽証も可能かもしれない。説明を聞くと、読み取る能力とは一概に言えない感じだ。思ってないと欲しい情報も引き出せない。
そういえば触れられた瞬間、ハッキリそう思ったな。
「おい。……宗一」
きたー!
「ち、ちょ、ま、待って紗枝さん! えと……そ、そう! あの時の干渉で伝えたとおり、俺は眼鏡と髪を降ろした紗枝さんが大好きなんです!!」
「む……防衛戦の時のか? まぁあんな場面であれだけ伝えるとかほんとにバカかと思ったが」
「え? あれ……だけ?」
「そうだが。他に何かあったのか?」
「……ぇー」
「フェイズ3になったばかりでそんな器用な事できるわけ無いだろう。干渉が得意な3-Sでも自分の思ったとおり伝えるのはかなり難しいぞ。あの時は攻撃性を感じなかったから抵抗しなかったが」
紗枝さんの話によると、イメージをしっかりと伝えれるのはここではアリサさんくらいらしい。フェイズ4-Sだった西川さんの精神干渉も、アリサさんと比べるとやはり段違いだった。
フェイズ3では操る所からかなりの難易度らしく、読み取るほうが遥かに簡単らしい。普通に考えたらそうだよね、ははっ。
俺がやったのはイメージではなく、こう思っているとボンヤリと伝えたに過ぎない。しかも間違えて。
これは地味にショックがでかい……。なんて勘違いのプラス思考野郎なんだ、俺は。
「……まぁお前の考えてる事ぐらい分かるがな」
「え?」
「ほら、話を進めるぞ」
「あ、はい」
紗枝さんの言葉で、アリサさんが再度俺の額に手を当ててくる。
「宗一君。赤目と遭遇した所からの全てを、強く思い起こしなさい。……できるわね?」
「はい。できます」
少し不安そうな表情のアリサさんに、これ以上心配をかけないようしっかり頷く。
添えられている手の温もりを感じながら目を閉じ、あの惨状を思い起こす。
「……ぐぅ……っ……」
未だハッキリと覚えている記憶の全てが、さらに鮮明に映し出されていく。
あの光景がすぐ目の前に広がっている。あの血の匂いまで感じ取れるような現実感がある。
あの赤い目が……すぐそこにある。
「はい、終わり。……大丈夫?」
「……なんとか」
受け入れたとはいえ、やはり気分の良い物じゃない。
過去のトラウマを再現VTRで見せられている気分だ。
「どうだ?」
「う~ん。やっぱり敵性として判断されてるわね」
「そうか……」
二人がいつものように悩み出す。
その表情を見るのは何回目だろう? 何度見ても慣れない。
「何かおかしいんですか?」
「……その前に、赤目について説明しないと話が進まんな。お前には戦場へ行く為の講義は省かせておいたしな」
「え? どういう事ですか?」
「フェイズ2-Aになった辺りから、受ける講義や訓練がより実戦的になってくる。宗一が受けてる講義は、ごく一般的な教育だけだ」
「常識的なレベルって事ですか?」
「軍特有の講義もあって、少し一般の学校とは異なる点もあるが、高校レベルくらいだろう。この基地では入隊の年齢資格が十歳からだから、ここにはそういう教育現場も設けられている」
「十歳……。若いですね」
「入隊資格だからな。フェイズの高低に関係なく、戦場に出れるのは十六歳以上と決まっている」
「なるほど」
「実戦的な講義など、戦場に行かない宗一に必要ないだろうという計算で省いておいたが……見事に失敗した訳だ」
「すみません……」
やっぱり紗枝さんは、俺を戦場に連れて行く気は皆無だったようだ。訓練にしても、フェイズを進めたらどうなるかくらいで、実戦的な物ではなかったんだろう。
まぁ、当たり前だ。それを攻めようなんて思わない。
「説明、お願いします」
「ああ」
気持ちを切り替えて、紗枝さんの説明を聞く事にする。
『赤目』
名称の由来は眼球の瞳孔以外が赤く染まっている事から、そう呼ばれるようになった。
知能は総じて落とされていて、理性的に思考する事もできない。あるのは戦闘の知能のみ。感情も絶無であり、まさに戦う為だけの機械人間。
目が赤くなる理由はカーズによる肉体改造の結果であり、赤目の視力は強化しなくても常人を遥かに上回る。遠視や暗視も当然可能で、本来の人間の可視光線ではない赤外線、X線、ガンマ線まで捉えることができると言われている。
聴覚に関しても可聴域を超える超音波。つまり普通の人間では聞き取ることができない周波数も探知可能らしい。
こちら側もフェイズを使用する事で可能だが、赤目の場合デフォルトで装備されているので、フェイズの領域を割かなくても良いということになる。
五感に関してはそのように全て肉体改造が施されている。その過剰な改造により眼球の血流、血管が異常発達し、瞳孔以外が赤く染まるといった現象になるらしい。
「それは……かなりハンデを背負ってますね」
「そうだ。フェイズの領域を五感に割り振らなくて良いということは、他に思う存分使えるということになる」
「じゃあ、もしかして。夜とか最悪ですか?」
「最悪だな。こちらは目を強化して暗視をしなければならない。それと、物陰に隠れてやりすごすなんて事も不可能だ。赤目の視界では赤外線センサーのように浮かび上がっているはずだ」
そして痛覚は総じて喪失しているらしいが、生命維持に支障が出た場合にのみ感じ取ることができるらしい。声帯に関しても完全に喪失しており、発声する赤目の存在は確認されていない。
五感改造の面において、人類も徐々に解明してきてはいるが、まだまだ追いついたと言えるレベルではない。解明できたとしても、それを兵士達に使用するという案は、今のところ政府や議会でも少数派らしい。
その説明を聞いて安堵しかけたが……分からない。遺伝子に手を出した人類が、肉体に手を出さないなんて保証はまったくない。技術が確立し、状況が切迫して来たら、容赦なく法案を通してくるだろう。
しかし両方、赤目での戦争なんて、それはもう人類として自滅したも同然のような気がする。
「遺伝子操作に関しては先天的なものだが、五感改造に関しては後天的なものになる」
「遺伝子の資質はカーズでも変えられないと言う事ですか?」
「そうだ。そんな事できたらもう終わっている。人類の滅亡でな……ククク」
「笑えねー」
そして赤目の形態は大別して二種類。変形型と人間型。
変形型は肉体での攻撃性を高める為、遺伝子操作で強制的に促進された進化により、見た目にその違いが顕著に現れてくる。
俺が遭遇したのは変形型であり、腕にその進化の結果が現れていた。進化の過程が違えば、必ずしもあの形態ではないと言う事だ。そして肉体を強制的に変化させるほどの遺伝子操作技術は、人類にはまだ解明されていない。
「五感に関してだけは肉体改造になる。身体的な変化は遺伝子操作による進化の促進だ。この違いは大きい」
「何故ですか?」
「フェイズでの進化は個々の資質により道が決まっていると言っていい。つまり、個性を充分伸ばすことができ、苦手分野を肉体改造で補うことができる」
「なるほど……」
「人類とカーズの技術はフェイズにおいては互角だが、遺伝子操作での決定的な敗北は肉体そのものの進化。つまり変形だ。 見た目に現れなくとも、例えば筋組織ひとつとっても違う。 どっちのタイプだろうと、身体能力の高さはフェイズを用いなくとも常人を遥かに上回る。 お前も見ただろう? 一番分かりやすいタイプを」
「……はい」
あの腕はフェイズなんか使わなくても、大木を薙ぎ倒せそうだった。
それを強化したら……。そりゃ、ミサイルくらいの威力は余裕なのかもな……。
そして人間型。
変形型とは違い、外見的変化は乏しい。普通の人間と同じであることが多々ある。その場合、外見的特長ではっきりとした違いは目だけということになる。そして変形型よりやっかいな点として、知能が少なからずあると言う事。
「それはまずいんですか?」
「ああ。戦闘に関しての知能は両タイプとも優れているが、人間型の奴らはずるがしこいと言っていい。例えば、戦場で死んだ兵士の服を剥ぎ取り、紛れ込むなんて事もある」
「え? でも、目で分かるから見分けは付くんじゃ?」
「お前は秒以下で生死が分かれる戦場で、いちいち相手の目を確認するのか?」
「うっ……。でも赤目は男しかいないんじゃ?」
「クク、自分で言ってて気付かないのか? まぁそれが要因で、今は滅多にないがな」
そうだ。男性でも同じ服を着ていれば、後姿なんかでは判別しきれないかもしれない。そして味方に男性が混じっていれば、同士討ちになってしまう可能性がさらに高くなってしまう。
服を変えても盗まれたら終わりだ。何かの印を体に付けたとしても、やはり確認する時間が生じるし、死体を見て真似される可能性もある。乱戦の最中でその問題は深刻だ。
「そういう場合は合図をして互いに距離を取るのが有効な対処法だ。仲間の警戒で発見しやすくなるし、距離を詰めてくる者、攻撃してくる者が赤目であると判断できる」
「なるほど……」
単独になるリスクはあるが、即応はできる。
疑心暗鬼に囚われる事も回避できるってわけか。
「そして必ずしもその二つの形態に特徴が分かれるわけではない。常人の形態でも、フェイズによっては変形型より単純な戦闘力が高い場合がある。一番重要なのは、やはり目だ」
男性が軍にいるのが難しいのは、単純に女性の敵視だけではないんだ。
平常時は見分けが付くと言って良いと思うが、戦場になると話は別になる。
それにしても、引っかかるな……。
「紗枝さん、男と女の明確な差はなんですか?」
「はっきり言えば、そんなに無い」
「え? アリサさんが前にあるって言っていたような?」
いつの間にか机に戻り、書類にペンを走らせているアリサさんに視線を送る。
「……あるわよ。ちゃんと聞いてた?」
「え?」
「そんなにって紗枝ちゃん言ったでしょ。少しでも差があれば、良い方を取るのは当たり前じゃない」
「具体的にどの辺りの差なんですか?」
「私は忙しい。紗枝ちゃんに聞けば?」
「邪魔してすみません……」
むくれ顔で却下された。しかしその忙しさの原因は俺だし何も言えない。
と言う事で、紗枝さんの説明を聞くことにする。
「単純な所で身体能力は男性が優れている。これは普通の事だな。後はフェイズだ」
「フェイズに差があるんですか?」
「ここの基地はフェイズ3以上の適格者でないと入隊できない決まりになっている。現在、生誕後に義務付けられている検査では、ほとんどの人間がフェイズ1で止まるという結果になっている」
「辿り着けるかは別として、フェイズ3までの資質がないとダメって事ですか」
「そうだ。統計では、フェイズ3以上は女性の場合で約45人に1人、男性の場合で約33人に1人。差と言えばその二つくらいで、そんなに大きな差はない。しかし、お前ならどっちを取る?」
「当たりの多い男性……ですね」
「そうだろう。そしてそのくらいの差では、こちら側が人口減少で深刻になっている男性を、わざわざ戦場に出すメリットがほとんどない。今はまだ男性がいる基地もあるが、全面的に禁止する案が何度か政府で議論されている」
紗枝さんの言うとおりそんなに差はない。しかし、確かにある。
男女どちらでも出場していい100m走があれば、全員男になるだろう。そんな感じだ。しかし、足の遅い男性は足の速い女性に負ける場合もあるだろう。
個別で見れば、男性より優秀な女性はいくらでもいる筈だ。全てが勝っているという訳ではない。マクロな視点で男性を選んでいるという事か。
「ちなみに、俺のフェイズはどこまでなんですか?」
「通常、フェイズのロックの数でそれを判断する。例えば外せるロック3つ、外せないロック1つの計4つでフェイズ3という事が分かるらしいが、お前の場合それが1つしかなく不明だと聞いている」
「らしい? 聞いている?」
「フェイズの個人情報は重要機密なので知らされない。そもそも私の専門ではないのでな」
やはり一番怖いのは、肉体をも変化させる遺伝子操作技術。無慈悲に行なわれている五感改造。どちらも人類にとっては、技術の遅れや倫理の面で難題となっている。
「カーズは飛来後数年は女性も使っていた。これはまだカーズの遺伝子工学が、今より成熟していない時期の話だ。劣勢だが、兵器でもなんとか対処はできていた」
「人間の研究をして男性の方が僅かながら良いと気付き、自然に男性のみになったという事ですか?」
「最初はそうだろうが、どうかな……。これは私個人の推測だが、もしカーズが男女を対立させる事を目論んでいたとしたら……クク、大成功だな。勝手に自滅してくれるだろうなんて思ってるのかもな。……ククク」
「いや。だから全然笑えないっす……」
やばい……。その推測、当たりなんじゃないのか?
男性だけ減らすウイルスと、2012年の半分になっている人口がそれを物語っている気がする。そして、本気で攻めてこない事も。この時代の男女間の確執も。
女性を混ぜて戦場をさらに混乱させる事も可能な筈なのに、その利を切る行為は意図的なものを感じざるを得ない。
「例外なく目が赤いんですか? そうじゃない奴も混ぜた方が混乱するんじゃ?」
「昔はいたが、今は完全に性別で分かれたからな。味方に男が少ない以上、ちゃんと確認できたら外見で判断が付く。それより今は、戦闘能力の向上を優先させてるんだろう。視覚情報は重要だからな。もしくは……舐められているか、だな」
「……味方に男は全くいないんですか?」
「いや、いるぞ。別基地の部隊だが、男のみの遊撃部隊がこの間の防衛戦でもいた。だが連携は取らない。互いの位置を把握しているだけだ。 同士討ちの可能性を少しでも下げる為、性別で部隊を分けるのは常識だ。男女混合の部隊で人間型に紛れ込まれるとやっかいだからな。まぁそれは男だけの部隊にも同じ事が言えるが」
この前の防衛戦で、俺が護衛部隊に入った時の女性達の動揺はそれだったのか。女性の部隊に男性が混じるのは、普通ありえないんだ。
しかし、紗枝さんの推測に穴が見当たらない。なにか見落としているのかもしれないが、今の俺にはわからない。
「紗枝さん。その推測、当たりですよ……」
「ふっ、何が正解だろうが関係ないだろ。奴らが人類の敵である事に変わりはない」
その通り……だな。
奴らの目的がなんであろうと、敵対する以上戦うしかないんだ。
「どうやって赤目を操作しているか、ということは未だに全容は解明されていない。 一番有力な説は、知能を低下させた上で、脳に直接干渉して強力な暗示を掛けているというものだ。だが操作を解除するなんて芸当は人類にはできないし、解除しても人並みの生活は不可能である事が明白だ」
正気に戻った所で知能の大半は失われている。肉体の変貌もある。
「しかし、殺すのが救い……なんて考え方はやめておけ」
「うっ」
「操作されても、思考できなくても、肉体が変わっても、それでも生きたい。そう思う人間もいるだろう。しかし、そうであってもそうでなくても、私達は殺す。ただそれだけだ。善悪論なんか介入させるな」
「……はい」
その通りだ、くそ……。俺は今、一瞬でも何を考えていた。戦場で何を見てきたんだ。
「そう考える事を攻めはせんがな。考え方は人それぞれだ」
「いえ……殺します。何も考えません」
「……そうか」
紗枝さんは静かに目を閉じて、儚げな微笑を浮かべる。その表情を見ていると、この人に届くことは生涯ないだろうと思わされた。
ここで説明に区切りが付いた。話を大雑把に統括すると。
1. 赤目の外見は普通の人間と、それが進化により変形した2タイプ。総じて眼球が赤い事。
2. 人類を上回る遺伝子操作技術、五感改造技術により、フェイズとは違う優位点を保有。
3. 性別の違いによる資質自体は大差ではない。
4. カーズが男性のみを使うのは、資質の差だけでは材料不足であり意図的。
5. 同士討ちを避ける為、部隊は男女で分かれる。
6. カーズによる赤目の操作は解除できない。
7. 最後に。北に行けば行くほど赤目の数は多くなる。
といった所か。
「それで、俺が敵性であるとかの話は?」
「……まぁ、また今度にしておこう。疲れた」
「ええ!?」
前振りだけで終わってしまった。
「……宗一君」
「は、はい」
話が終わるのを見計らったのか、アリサさんがジト目で呼んでくる。
「このダンボール箱、あそこの棚の上に置いて。私じゃ重いから」
「わ、わかりました」
ジト目にビクビクしながらアリサさんの近くまで行き、足元にあるダンボール箱を持ち上げる。
「……軽い」
少し勢いを付けて持ち上げたてみたが、予想よりあまりにも軽く、つい声に出してしまった。それを聞いたアリサさんのジト目がさらに細くなり、漫画のような血管を額に浮かび上がらせる。
「うるさいわね~。こんなかよわくて清楚で子犬ちゃんのような愛らしい女の子には重いのよ。あ、それから~、あれとあれも移動させといて~。あ、あれもお願いね~、力持ちのそーいちくーん」
「……」
言葉の端々に隠されていない棘が、俺の心をザクザク蹂躙する。要するに手伝えということらしい。 訳の分からない書類にはお手上げだったが、これで手伝う事ができるなら願ってもない。少し嬉しくなった俺は、ニコニコしながらアリサさんの指示通り動く。
「……ちっ、腹立つわね」
「なんでーーー!?」
俺の不気味なニヤケ顔は、どうやら彼女の勘に触ったらしい。でもちょっとジト目が直ってるような?
それをしばらく傍観しているだけだった紗枝さんが、何かを思いついたように言う。
「そういえば宗一、お前にも罰を与えんとな」
「……ぅ」
それはもしかしなくても、俺のわがままで戦場に行った事を言っているよね?
ダンボール箱を抱えながら紗枝さんの表情を伺うと、そこには凄まじい凶兆を孕んだ悪鬼が微笑を浮かべていた。震える体を止められない俺は祈るしかない。どうか悪鬼にも一欠片の良心があらん事を。
「……いいわよ。私のせいなんだから」
「え?」
意外な所から助け舟が来た。どこまで天使なんだこの人は。顔はブスッとしてるけど。
「なに、そう難しい事は言わんさ。お前の休みを一日貰うだけだ」
「休み?」
「お前の怪我が全快して訓練に復帰してからでいい。その一日は、私がお前の体を好きにして良いというものだ。久しぶりにやりたいしな」
「……ぇ?」
その言葉に放心して、俺は抱えていたダンボール箱を落としてしまう。
そして、俺の思考回路は調子に乗った。
体を好きにしていい? 休みの日に一日中? もしかしてデートとか?
いや、響き的にもっとこう……アダルティなものを感じるぞ。欲求不満になった体を抑えきれないわ私、みたいな。
うわ、マジで? そんな、あの、俺なんかで紗枝さんの相手が務まるか不安だ。あ、でも紗枝さんがリードしてくれそうだ。経験豊富っぽい発言してたし。でも、いいのかな?
はっ! もしかして、紗枝さんは俺のことを……。
「それでいいか?」
「は、はい。……あの」
「なんだ?」
やばい、恥ずかしい。紗枝さんの顔をまともに見れない。
「お、お手柔らかに……お願いします。……キャッ」
「きもいわ!!」
「ゴフッ!」
恥ずかしさにクネクネしながら了承すると、後ろから分厚い医学書が飛んできた。