第20話 戦後
「ん? ……辰巳か」
防衛戦から約一ヶ月。
多田さんの意識が回復したという一報を聞いて、お見舞いに来た所で護衛隊の隊長だった高瀬さんを発見した。
「見舞いに来たの?」
「はい」
「まぁ、あまり思いつめるなよ。それとあの時は助かったよ、ありがとね」
「……いえ」
俺の肩をポンと叩き、高瀬さんは多田さんの病室から去って行った。見た目通りさっぱりした人だ。
少し不規則になっている鼓動を感じながら、病室の部屋をノックする。
「どうぞ」
「失礼しま、す……」
「あ……辰巳君。お見舞いに……来てくれたの?」
「……はい」
多田さんの左腕……というより、左肩すら無かった。左顔面は包帯で覆われていて、声も記憶しているより低く響いている。左半身に目を向けると、かろうじて即死は免れただけという有様だ。
それを見た瞬間、あの光景が脳裏に浮かび上がって来たが、歯を食いしばって多田さんの姿を受け止める。
「大丈夫、なんですか?」
部分的に麻酔で鎮痛してはいるだろうが、この状態で喋るのはきついだろう。
フェイズでの外科治療は、他者からの干渉による回復力促進が大いに役立っているらしい。患者の意識が戻る事で医師との回復力促進が相乗され、ひとつの山を越えたという事になる。
しかし、失ったものは取り戻せない。多田さんの左腕と、恐らく左目や左耳もこのままなんだろう。
「うん。時間はかかるけど……治るよ」
「え、治るんですか?」
「クローン技術の応用で、部分的に培養して作るの。でもすぐには……作れないから、臓器は先の戦争で死んだ人の……だけどね」
この時代の医学すげぇ。ってことは、人間のクローン技術も相当の進歩を遂げているだろう。俺の時代でも聞いた事がある医療技術だが、ここまで進んでいるのは戦争が日常化した為だろうか。
何はともあれよかった。少し胸が軽くなった気がする。
「でも、これは軍と一部の富裕層だけだから……って、知らないの?」
「す、すみません。……えと、やっぱりそれは費用の問題でしょうか?」
「うん、お金がかかるからね。軍でも優秀じゃない人は後回しにされたり、治療放棄されたりしてる人もいるし……。最低でもフェイズ4はないと……ダメ、かな」
「……」
どの時代も変わらない。いつだって同じだ。うまい話は持てる者しか所有しない。でも今は、多田さんの腕が治る事を素直に喜びたい。それが持てる者の傲慢だとしても。
「……美佐、がね」
「っ」
多田さんが呟くように零した名前に、心臓が鷲掴みされたように軋んだ。
「あの時、私を……押してくれたんだ……」
多田さんは泣いていた。その涙の道はひとつだけだった。今は無い左目で、もうその道は描けない。西川さんが押さなかったら、その一筋の道すら描けていないだろう。
多田さんは背負う事になったんだ。その涙の意味を。そして、それを見た俺も。
「ごめん、ね。辰巳君の顔見たら……思い、出して……」
何も……言えない。あの時、二人を守るべきは俺だった。でも守れなかった。謝るという行為も、自己満足になりそうでしたくなかった。
今は受け止めるべきなんだと思う。多田さんの悲しみをと、西川さんの死を。
「少しの間、来ないでくれる……かな」
「……わかりました」
「なんとか整理、つけとくから。……ごめんね」
「気にしないで下さい。俺にできる事があったらなんでも言って下さい」
「……うん」
「失礼します」
頭を下げた後、病室のドアを静かに開けて退室。
少しだけ心配になり、自分の頬を触って確認する。
「ふぅ……」
多田さんの目には少しだが、この理不尽な世界への憎悪が灯っていた。その矛先がこれから先どこになるのか、胸の内で整理できるのかは分からない。
俺には祈るしか出来ない。その憎悪が理不尽の連鎖を生み出さないように。
性別を二分した戦争。男性の減少により触れ合う機会が減り、敵であるということが常識になった世界。
生まれて初めて見る男性に家族を殺されたら、その後に同じ人間として扱う事ができるだろうか? 自分達を襲うのはカーズに操作されている男性と教えられ、敵はカーズだけと割り切る事ができるだろうか? 男さえいなければ……と、そう一瞬でも思った事がないと言い切れるだろうか?
俺には……分からない。今後も完全に理解はできないだろう。
しかし間違っている。こんな俺でも、この世界は間違っていると言える。敵は地球外生命体であり、人間ではない。そう断言できる。
それは俺が男である事や、この時代の人間ではないからかもしれないが、俺がそう思うのは誰にも止められない。
たった数日の間だったが、知り合った西川さんの死により、教えられる事になった。憎しみであの赤目を殺し、血に濡れた手を見て分かった事があった。
ほんの少しだけ西川さんの感情に触れ、多田さんの悲しみの何割かを汲み、憎しみで人を殺したその罪悪を含んで尚、俺の中のこの気持ちは変わらない。
この世界は、間違っている――。
「……紗枝さん」
「ほう、泣いて出てくるかと思ったが。ちょっとはマシになったか?」
「ははっ、なんすかそれ?」
しかしその問題は根深い。今の俺にはどうすることもできないけど、間違っていると言える自分、揺れない自分を手に入れよう。そして次に会った時、もう一度多田さんに質問しよう。
「北海道は遠いな」
「はい」
男は嫌いですかって。
◇◇◇◇◇◇
少し時間を戻し、事の顛末を語ろう。
あの防衛戦から二週間程の俺は散々だった。
傷の痛みもあったが、それ以上に精神が安定してくれなかった。悲しくも無いのに泣いたりするわ、何も起きてないのに叫んだりするわ……。
あの事件は受け入れたものの、一度刻まれた心的外傷はそう簡単には治るべくもなく、俺の精神状態は常に不安定になっていた。
そして恥ずかしい事に、寝る時はアリサさんに寄り添ってもらい、精神治療を受けないと睡眠が取れないという、後で思い出したら奇声を上げること間違いなしな黒歴史が俺年表に刻まれた。
そういう時って、男としてはこう……なんて言うか、一人で誰にも言わずに耐え抜きたいものなんだけど。少なくとも俺はそうしたかったんだけど。もう俺はアリサさんに何一つ逆らう事ができなかった。そしてまたその時のアリサさんがいつも以上に天使だったもんで、恥ずかしいやら、恥ずかしいやら……恥ずかしいやら。
しかもどいつもこいつも気持ち悪いくらい優しく接して来やがった。それはまぁ、嬉しいんだけど……こういう時、男同士ならわざと冷やかしたりして、元気付けようとする気安さのほうが良い場合があるんだよね。
あの有原までメチャ優しくて、俺は母性の海に沈んでしまいそうだった。
「情けないな」
「それだ、紗枝さん」
と、なったのは言うまでもない。
それと、俺を勝手に戦場に連れて行ったという事は、隠しようも無く司令部に伝わった。アリサさんの責任を問われる事になったが、何を思ったか紗枝さんまで共犯の名乗りを上げた。
最高責任者である二人を同時に罰する事は、軍全体に不信感をもたらす結果になると司令部は判断し、全会一致で自粛せよという結論で落ち着いた。
それは被験者(俺)の研究価値が少し下がってきている事も含んでいるらしい。
遺伝子に関して解明できないのは赤目に対しても同じ事で、発見場所はどうやっても謎のまま。俺から得られる情報はもうほとんど無いという意見が少数だが出てきているし、死んでも遺伝子のサンプルがあるので調べられるという恐ろしい意見もあるらしい。
そしてそれら全てを計算して手を上げた紗枝さんは、「事なかれ主義が多いからな。私が名乗り出なくてもこうなる事はわかっていた。しかし、罰則なしは許さん。アリサに貸しを作って私がお灸をすえてやろうと思ってな」とか得意気に語っていたし、もうなんと言っていいか……。
「アリサ、しばらく私の奴隷になれ。何か言いたい事は? ……くくっ」
「ふぬ……っ……ぐ……」
「……」
わざわざ俺の部屋でやる蹂躙劇に、アリサさんの視線が痛かった。
この眼鏡さんいろんな意味で怖すぎる。
◇◇◇◇◇◇
現在、時刻は昼過ぎ。
多田さんのお見舞いの後、紗枝さんと別れてお礼巡りをする事にした。
「あ、宗一さん」
「宗一っ!? で、出歩いて大丈夫なの?」
「あ、ああ」
立川の病室に来ると有原が居た。
そしてやっぱり優しくてキモイ。……って言ったら怒られそうなのでやめておく。
「ほんとに? 痛くない? 急にポエムとか言わない?」
「お、俺の黒歴史を掘り起こすな! もう大丈夫だから!」
「えと、なんだっけ? 曇は人生のようだ……」
「やめてえええええええええええええええええ!!」
どうやら有原は、俺の怪我が自分のせいだとなにやら勘違いしてるみたいだ。
療養中のこいつの献身っぷりは半端ではなく、俺の部屋(病室)に住み着きそうな勢いだった。震えながら尿瓶を持って来た時は本当にどうしようかと思った。
「そ、それより。立川はどうだ?」
「ええ。もうすぐ歩けますよ」
「そうか。よかった」
立川はあまり自己回復力が高くないらしく、歩けるまでもうしばらくかかるらしい。フェイズを長時間行使するのは、精神的にも体力的にも辛いので時間が限られる。
俺の怪我は左腕の複雑骨折が一番ひどかったけど、もうほとんど全快している。
「どうしたの?」
「いや、あの時の礼を改めて……って何度も言ったよな」
俺はこの二人に助けてもらっている。それも命懸けでだ。それは俺にとってはかなり意外な出来事だった。あの事件からしたら到底考えられない。
しかし助けてもらったのは事実だ。この感謝をどう伝えたものか……。
「じゃあ、何か俺に出来る事はあるかな?」
「…………」
え? あれ? なんか二人が真剣に悩み出した。少し軽率だったか?
どんな難題が来るんだろうとビクビクしていたら、有原の肩が震えているのが見えた。
「プッ、ククク……何もいらないわよ。いちいち礼もいらないし」
「そうですよ。戦場で仲間を守るのは当たり前です」
「……都はかなり限定されてるでしょうが」
「そうだっけ?」
この世界では俺のやってる事は、いつも自己満足に感じられる。
二人がそう言うのならそうしよう。俺にできる事は、これから仲間としての行動を示すだけだ。
もう二度と、この二人と争いたくないな。
「では別件でいいので、私と付き合っ……」
「……?」
「いえ。なんでも、ありません」
立川のいつもの決まり文句が出るかと思ったら引っ込んでしまった。
多分、場を和ます為に言おうとしたんだろうけど……なんかよくわからない。
「では行く所があるのでおんぶして下さい」
「え? 車椅子が真横に……」
「嫌、ですか? ……グス」
「…………いえ、ぜひ」
「ククク……。よわー」
あっさり押し切られた。
笑うな有原。……いや、お前はその方がいいな。
う~ん、お礼巡りの予定だったんだが……。
「その前に少し寄りたい所があるんだけど、いいか?」
「ええ、構いませんよ」
「早く行こうよー」
パジャマ姿の立川を背負い、有原を無視して、同じ病院内のアリサさんの部屋にお邪魔する事にする。
こういう接触に弱いと思っていたが、意外にも立川は普通だ。受け身じゃなかったらいいんだろうか? すぐ後ろから漂ってくる女の子の匂いと、薄着のダイレクトな感触に俺が参ってしまいそうだった。
「わーい」
男女の接触と言うより、立川は完全に童心に返っていた。
自分だけ浮かんでくる男の欲望が悔しかったが、なんとか暴走せずアリサさんの部屋に到着。扉の開閉を有原に顎でサインしたが、それが勘に障ったようでしばらく無視される事になった。
いやだって、両手塞がってるし……。
「お願いしますは?」
「後で頭撫でたげるから開けなさい」
「はぁ!? 誰がそんなこと! ……し、仕方ないわね」
「ふっ」
「なんて、ベタなリアクション取るか!」
「いぐっ!」
足踏まれた。背中の重しのせいで避けられない。流石にそんなベタな展開は有原でも操れるようだ。
でも少し調子の出てきた有原に、俺はちょっと嬉しくなっていた。(M的な意味ではなく)
俺を虐めてスッキリしてもらった所で、アリサ宅への扉が開かれる事になった。計算どおりだ。(涙目)
「アリサさ」
「ああん!!?」
「ヒイィィィ!?」
入室した瞬間アリサさんの鬼の形相に、三人は草食系になった。
そのあまりの迫力に、二人が背中をぐいぐい押して俺を生贄にせんと奮闘する。
あれ? さっきの仲間的な何かは?
「なによ!!?」
「あ、あの、落ち着いてくだ」
「うっさいわね!! 誰のせいで…………ふんっ!!」
なにやら雑務的な書類を大量に抱え込んでいるアリサさん。
まだ紗枝さんの奴隷化計画は続行中のようで、悲惨な状況になってそうな机は見ないようにした。そしてその原因の半分は俺で、残り半分は俺で、つまりは俺であり、背中を押す二人はすごく正しいよね。
しかし、言い切らない所がアリサさんらしい。
「はぁ? 何おんぶとかしちゃってんの? ラブコメ主人公でも気取ってんの? このアホンダラが!!」
「ちょ! そんな関西圏の暴言はキャラが崩壊するのでやめてください! あなたは北欧人ですよ!?」
「Die right now!」
「ぐぉぉ……。辞書いらずの分かり易さが辛い……」
これは礼とか言う雰囲気じゃないな……。
前に雑務処理の手伝いを申し出た事があったが、日本語でお願いしますな書類を突きつけられて終了した。
「まぁいいわ。……私も息抜きに行くから」
「え? ……どこに?」
「い、いい行けば、わ、わ、わかるわお」
わお……って。有原さん泣きかけです。
「なんでも言う事聞くって言ったの、忘れて無いでしょうね?」
「……ふぁい」
俺も泣きかけだった……。サイボーグ的な効果音を発している自分の姿が思い浮かぶ。
歩きながらゲシゲシ蹴ってくるアリサさんには全面降伏しとこう。未来の俺の為に。
「あれ、縁?」
「あ、宗一君」
病院を出た所で縁と遭遇した。
タイミングいいな。有原と立川を待ってたのかな?
「宗一君も行くんですか?」
「ああ。まぁ、成り行きで」
「…………」
「……え?」
縁が俺の背中に熱視線を送ってくる。
……いや、やめとけよ縁。好奇心旺盛なのはいいけど、そんな予想出来すぎるオチはつまんないだろ? どうせおんぶした瞬間、奇声を上げるんだろ? 俺としては土下座してお願いしたいくらいやってみたいけどさ。
「あの」
「断わる」
「…………くすん」
「あ、いや、縁。その……あなたには刺激が強すぎると思うので」
「私も、やってみたいです……」
「あ、交代しますか? 縁さん」
「いいんですか! あ、都ちゃんはそのままでいいです」
乗車拒否は通用せず、背中の客は勝手なことを言い出す始末。
だから! 俺はそんなベタなオチが嫌いなんだよ!
「……んしょ」
「は?」
一体、何を思ったのか。彼女の何がそうさせたのか。俺の背中に乗っている立川のさらに背中に乗ってくる縁。
「……なんか……普通です」
「ふっ、ぬ、ぉぉぉお」
「お、重いです~」
なるほど、この手があったか。オチとしては斜め上でギリギリ合格だが……重い、重すぎる。
でもこんなアホみたいな事にフェイズは使わないぞ。しかもこの重労働を課しといて不満顔とはどういう事だ?
「……何やってんだ? お前ら」
「あっ、紗枝さん」
病院の入り口から出てきた紗枝さんが、気の毒な人を見る目で聞いて来る。その気持ちは超同意せずにはいられないけれど、大体を俺に向けているのは何故なんだぜ?
「ちっ、出たよ。性悪眼鏡が」
「……アリサ。まだ雑務が足りないならそう言ってくれよ」
「いやーーー! うそですぅぅーーーー!! 紗枝ちゃんって綺麗で優しいわよねー、みんな」
アリサさんは奴隷としての反骨心を示すが、その骨の髄すら奴隷だった事に気付いたようだ。そんな騒ぎを余所に、縁が不満気にブツブツ言いながら俺(立川)の背中から降りていく。
こ、このやろう……。縁のくせに立川並に腹立つじゃねーか。
「……有原、パス」
「え? あ、うん」
俺は沸き立つ復讐心を解消すべく、背中の立川をパスする。この場面での復讐方法は決まっている。
そう。 女の子の憧れ、お姫様抱っこだ! ただしイケメンじゃないと憧れどころか痴漢行為なので注意が必要だ。そして、俺もみんなと一緒だ。心配するな。みんなでいくぞ! 弁護士はいるぞ!
「うらぁ!」
「え? えええ!? きゃああああああああああ!」
うわ! かる! ちっちゃ! やわらか! いい匂い! スリスリしたい! クンクンしたい!
口に出したら実刑確定な単語が次々と頭に浮かんでくる。
本当に腕の中にスッポリと収まっているちっちゃい縁。さっきの立川のおんぶも結構クルものがあったが、お姫様抱っこは密着度が半端無い。視覚的にもすごい。
「いやああああああ! ひゃああああああああ!! いにゃああああああああああ!!!」
「ちょ! あの! そろそろ俺が傷付いてきたんですが!?」
腕の中が地獄と言わんばかりに奇声を上げて暴れまくる縁。その必死さに、俺のピュアなハートはブロークン寸前。これ以上、漢である事に絶望を感じた俺は、肩を落としながら縁を開放する事にした。
「はえぇ!?」
降ろした瞬間、超速で俺との距離を取る縁。なにかが割れる音が聞こえた。
「はー、はー、はー……。そ、宗一君、これが噂に聞く痴漢ですか?」
「イケメンなら適用外なんだけどねー。…………ハハッ」
「き、聞いた事があります。女性車両に乗った人の事でしょ?」
「乗っただけで!? 間違えても!?」
「即、痴漢罪が適用されますよ。時間によっては男性が乗れない路線もありますし」
「ひでぇ!」
なんてこった。なんて時代だ。タバコみたいな扱いだ。俺はこの時代の電車には絶対乗らないぞ。
しかし、俺どんだけ縁に拒絶されてんの……。うわ、いつの間にか周りに誰もいねぇ……。
「……」
ずっしり肩を落としている俺を、遠巻きから見る女性陣の目は同情二割、軽蔑八割だった。
そんな中、立川だけはいつも通りをキープしている。
「みなさん、どうしたんですか?」
あぁ……。なんて変な子なんだろう。でも今の俺にはそんな変な所も輝いて見える。
「宗一さん、大丈夫ですか?」
「ありがとう立川! 好きだ!」
とりあえず今の正直な気持ちを告白しておいた。
「えっ!? あ、あの……その、えっと……ぅ………お、お断りします」
交際の申し出と勘違いされてしまった。しかもマジレスで断わられた。いつもと逆だった。
死にたい……。
「……宗一」
「紗枝さん……。なんすか?」
「今から5m以内に近寄るなよ」
今度は満場一致だった。
死のう……。
◇◇◇◇◇◇
「ここは……」
トボトボ5m後ろを付いていく事、二十分。基地施設の一角に開けた場所が見えてきた。
周りをぐるっと囲んでいる花に、一瞬広大な花壇かと思ったがすぐ気が付いた。
「……墓」
俺の身長より高い石碑がいくつも並び、一人一人の名前が刻まれている。
その中のひとつに、新しく刻まれたような見知った名前を発見した。
――西川美佐。
「これを見てみろ」
紗枝さんが石碑の正面にある箱から取り出した、辞書のように分厚い本を俺に渡してくる。言われるまま目を通すと、そこに書かれているのはやっぱり名前だった。しかし、石碑に刻まれている量とは比較にならないほど多い。
そしてこの前の防衛戦の日付に載っている名前は、百や二百ではききそうになかった。
「戦死者、ですか……」
「そうだ。全てが石碑に刻まれるなんて事はない。ここに載るのは功労者だけだ。数が多いからな。今日で今回の戦死者がほぼ確定したんだ」
「……そうですか」
「遺骨も無い。回収もしない。それが規律だ」
非情であるが、合理的だ。
回収するという事は、赤目と遭遇する危険性を背負う事になる。
「想像しておけよ」
「え……? 何をですか?」
「今、お前の目の前にいる人間が、ここに載る事を」
「……っ」
想像どころか、その言葉だけで眩暈がした。
この五人の誰かが死ぬ? もしかするとみんな死ぬ? そして、俺も?
目の前でこの五人の内一人でも殺されるような事になったら、俺は正気でいられるんだろうか。数日間の付き合いだった西川さんでも、あれだけの狂気に駆られた。
赤目との遭遇前にしてくれた西川さんの精神干渉。あれがなかったら、俺はもう終わっていたかもしれない。
その可能性を考えなかった訳ではない。浮かび上がる度に逃げていたんだ。今までの俺は。しかし、これからその逃避は許されない。俺はその世界に足を踏み入れたんだ。
あの赤目を殺した時に。この世界を認めた時に。
「黙祷」
紗枝さんの号令に従い、目を閉じて礼節を尽くす。暗闇の中、未だ鮮明に記憶に残っている情景が浮かび上がってきた。その一部始終の全てを、自分の脳で映し出す事が出来る。受け入れる事ができている。
あの臓器が散乱した景色を。血の匂いを。死に際の赤い目を。
あの時の俺は、相手が赤目であろうとなかろうと、操作されていてもいなくても、男であろうと女であろうと、殺していたと思う。そして、これからも殺すだろう。その世界を選択したのは俺だ。その結果、自分を、仲間を守れるのならそうしようと思う。
でもそれを正当化しようなんて思わない。俺は殺人者であり、もう普通の人とは違う道を歩いている。仲間を守る為――なんて盾を利用してまで、自我を守りたいとは思わない。それは仲間の為でなく、つまるところ自分の為だ。全ての選択は自分に帰結する。
この血に濡れた手と犯した罪悪は、そんなもので浄化されない。してはいけない。許されない。
抱え込み苦しめ。思い返し刻め。そして二度と、泣いて晴らすな。
赤目も元は、普通の生活を営んでいた人間だ。生命としての権利を持っていたはずだ。
彼らの家族や仲間は今も尚、帰りを待っているかもしれない。信じているかもしれない。泣いているかもしれない。
でも、それでも犯そう。
その罪を。そのエゴを。遺族への絶望を。生命への背徳を。世界への不条理を。身勝手な殺人を。
全ては、自分自身の為に――。