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2 : 8  作者: 松浦アエト
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第2話 状況確認


「はぁ……」


 自分の病室に帰ってきた俺は、精根尽き果てたとばかりにベッドに倒れこんだ。そして深い深い溜息をひとつ。

 俺はこの病室で目が覚めてから一週間、検査漬けの日々を送っていた。

 CTスキャンやMRI検査や血液検査はともかく、脳波検査、心理テスト、質問紙性格検査はなにか違うジャンルに突入しているような気がしてならなかった。でも、あまり深く考えるのはやめておこう。


「ダメダメね」

「なぜだ!?」


 といった感じで、そのことごとくでダメ出しを頂いたことも。


「ん……? どうぞー」


 ノックに返答しながらベッドから起き上がる。


「こんにちわー」

「あ、どうも」


 俺がこの病室で目を覚ました時、そばで寄り添ってくれていた女の子が訪ねてきた。彼女は勝手知ったるといった感じで、いつものポジションであるベッド脇の椅子に腰を下ろす。

 彼女は井上縁いのうえゆかりさん、十七歳。俺の世話係にでもなっているのか、こうやって度々様子を見に来る。井上さんは肩まである黒髪に丸顔で、どこにでもいそうな普通の女の子だ。身長は150cmそこそこで、180cm近くある俺からすればかなり小さく見える。

 井上さんはいつもにこやかで愛想がよく、話しているととても癒される。軟禁状態で検査以外やることのない俺としては、彼女の訪問は大歓迎なのだ。


「じゃあ辰巳君、自己紹介してみて下さい」

「……」


 これさえなければ……。


「だから! 俺は辰巳宗一、十九歳、大学生、北海道出身、そして今は2012年!」

「はあぁ~」


 どうせ訊かれるので先手を打っておいた。てか何回目だこの質問? そしてその溜息。


「う~ん、じゃあ明日は外を散歩しましょうか。体は問題ないみたいですし」

「体に問題ないなら帰してくれよ! 頭か? 頭って言いたいのか!?」

「じゃあ、そういうことでまた明日」

「あ、ちょ、聞けよ!」


 さっさと退室していった井上さん。すごいスルー力である。


「はぁ」


 諦めてベッドに寝転がり、盛大に溜息を吐きながら現状を整理する。

 今の俺は軟禁と呼ぶにふさわしい状態だ。この病室も窓一つなく、外部と連絡も取らしてくれない。目が覚めた時は大学の単位の心配など気楽にしていたが、今は何か得体の知れない不安感に襲われている。

 俺がここに来る前の最後の記憶は、実家に居たといういたって平凡なものだ。でもたしか、あの時は停電していた。原因を探るべく家の中をウロウロしていると、急に雷のような光がして――。

 そこから俺の記憶は途切れている。


「明日は外に散歩とか言っていたな。……よし」


 これは状況を把握する為に願ってもないことだ。現状を正しく認識して受け入れないと、何も始まらない。何かの組織に捕まっていたとしても。宣告をはばかる様な重い病気なんだとしても。

 そして――2064年。そんなありえない現実だとしてもだ。



◇◇◇◇◇◇



 ということで翌朝、俺は井上さんお付きで散歩をしていた。


「あの、これなんすか?」


 耐え切れなくなった俺は、自分の右手首を指差しつつ井上さんに質問を投げた。


「手錠です」


 井上さんはニコッと爽やか。俺の右手と井上さんの左手は手錠で繋がっているのである。

 邪気の欠片もない笑顔で回答してくれたのは有難いのだが、そんなもんは見れば分かるし、俺としてはそんな意味で訊いちゃいないのですよ! 

 ああ、これ以上いろいろ考えちゃダメだ。止まるんだ、俺の思考回路。

 自身のスルースキルを信じ、俺は矢継ぎ早に質問を重ねる。


「あれはなに?」

「バリケードです」

「あれは?」

「学校です」

「あれは?」

「あなたがいた病院です」

「あれは?」

「兵舎です」

「あれは?」

「司令部です」

「あれは?」

「柴犬です」


 最後は全く関係のないものを指差して、精神の安定を図ろうとした。淀みなく答えてくれる井上さんはなんか得意げだった。

 俺が病院から一歩外に出ると、彼女の解説どおりの物騒な施設や、普通に生きていれば一生関わらないだろう兵器的なものがひらけた視界に映し出されたのである。

 井上さんは手錠で繋がれている方の俺の手を握り、「こっちです」と言って現実逃避に精を出していた男を引っ張っていった。


「ここは……学校?」

「そうです。ここなら見学許可がでてますから」


 連れて来られた先は、どう見ても学校だった。廊下を歩いていると教室で授業を受けている生徒達の姿が見える。

 彼女達は井上さんと同じ制服で、スカートの下にスパッツのような物を全員着用しているようだ。只の学生服と言い切れないのは、羽織っている黒のジャケットがやけに洗練されているからだろう。


「あ、しまった」


 休み時間の合図だろうか? チャイムが鳴った。

 少し懐かしさを感じていた俺とは違い、井上さんは眉を潜めてなにか不吉な事を呟く。


「え、なに?」


 戸惑っている俺を余所に、生徒達が歓談混じりに通路に出て来る。

 見る限り全員女性だ。男がいないのは、女子のみの学校だからだろうか。


「あれ、井上さんなにしてるの?」


 一人の女の子が井上さんに気づき、声を掛けてきた。

 ふと違和感を感じて辺りを見渡すと、廊下に出て来た女生徒、教室にいる女生徒、その全ての視線はこちらを向いていた。その時の俺は、井上さん人気者なのかな? なんて悠長に考えていた。


「え、それ誰?」

「なんで男がここにいるの?」


 女生徒達の興味が俺に移る。その瞳に灯っている感情は決して好意的なものではなかった。


「え、えと、それは……」


 不快感をあらわにして詰め寄ってくる女性達に井上さんが応対するも、騒ぎは収束を見せるどころか勢いを増していく。

 ここに来てようやく、彼女達に明確な感情があることに気付いた。

 女生徒達の懐疑の発生源は俺に違いないが、それだけなら特に不自然ではない。ここが女性だけの教育機関だとしたら、男がいることに疑問を感じるのは当然である。

 この前にも感じたものだが、一番おかしいのはその目だ。物珍しさや男に対する嫌悪感なんて生易しいものではない。近しい人を殺した犯人を見るような目。そんな目をした女の子が、この場に何人も見受けられるのだ。


「あ、えと、その」


 向けられる覚えのない鋭い視線から目を切り、井上さんの様子を伺うと、質問の嵐に泣きが入っていた。


「……」


 なんか、イラついた。そんな眼で睨まれて腹が立つという理由も少しはあったが、井上さんの困っている姿が、自分でも意外なほど神経に障った。まだ会って一週間ばかりだというのに、この子の困った顔は見たくない、そんな気がする。

 俺はこの状況を打破するべく、発案したアイデアを実行することにした。まあ誰でも考え付くんだけど。


「え……?」


 手錠に繋がれている右手で、井上さんの左手をしっかりと掴む。そしてそのまま勢いよく走り出した。


「えっ、えっ、ええええええ!?」


 引っ張られるまま走らされる井上さんが驚きの声をあげた。逃げるが勝ちだと俺は判断したのである。

 そんな感じで逃げていく道中、女学生達の懐疑と、よく分からない嫌悪の視線をガンガンに浴びながらも、するすると人波を抜けていき、人気のない校舎の裏手に無事到着した。


「ふぅ、もう大丈夫かな」


 ようやく落ち着けそうでほっとした。だが、そもそも何故逃げないといかんのか。 


「び、ビックリしました」


 井上さんが胸に手を置いて、息をひとつ吐いた。


「いきなり引っ張ったりしてごめんな。でも逃げてる時の井上さんの顔おもしろかったよ」

「も、もう」


 ムッと頬を膨らまして、抗議するように見上げてくる井上さん。

 一応、彼女なりに精一杯、睨んでいるのだろうが、まったく迫力がなくて笑いがこみ上げてくる。同じ睨むという表現方法なのに、さっきの女性達とはまるで別物だ。

 

「ん、なに?」

 

 探るような視線でジッと見上げられているのに気付く。その表情に非難するような色はもうなかった。


「さっきはありがとうございました。私のことは縁でいいですよ」

「そう? なら縁、俺も宗一でいいよ」

「はい、宗一君」


 何も意識せずにさらっと名前で呼んだ瞬間、急に恥ずかしさが込み上げてきて背中が痒くなった。それは井上さん……もとい、縁も同じだったようで、少しだけ頬を染めてはにかんだ。

 ああ、なんかいいな。ここで目が覚めてから、初めて笑ったような気がする。


「でも、あれはなんだったんだろう。俺、何かしたかな?」


 それは言わずもがな、先ほどの学校でのことだ。俺は生まれてから今まで、あんな眼で睨まれる覚えなんか一つもない。


「男が入ったらダメな所だったとか?」

「宗一君」


 縁の表情がさっきまでの照れ笑いから一転、真剣味を帯びた。


「宗一君は記憶が曖昧で、現状認識もできてない状態だから、今こんなこと言うのは間違ってるかもしれないけれど、これも世間一般の常識として知っておいて欲しいんです」


 ひどい言われようだ……。俺としては健常者であることを伝えたいが(伝えてるが)、まったく聞き入れてくれないのは何故なんだと嘆きながらも、今は縁の話をそのまま聞く事にした。

 でも後に俺はこう思うんだ。この時に聞かなければ違う未来もあったのではないかと。

 

「現在、世界の全人口の内、男性の比率は20%なんです」



◇◇◇◇◇◇



 病室のドアが、コンコンと規則正しいリズムで叩かれる。

 今日は俺がこの病室で目覚めてから十日後。縁に変な事を聞いた二日後である。

 約束の時間から二時間も遅れて俺の待ち人がやってきた。


「どうぞ」


 ノックに返答すると、眼鏡を掛けた女性が無言で入室してくる。見るからに不機嫌そうな顔色だった。

 縁から聞いた情報によると、彼女の年齢は二十七らしいのだが、発散している重く突き刺さるような空気はとてもじゃないが二十代とは思えない。

 眼鏡をしてても窺える鋭い眼光。前髪を少し降ろしているだけで、長い髪を後ろでしっかりと纏めている。スレンダーな体に、やけにシックなジャケットとキュロットスカートのコーディネイトは、やり手のキャリアウーマンを5ランクくらいアップさせた近寄り難さだ。


「なんの用だ?」


 ベッドの正面にある椅子に腰を降ろし、冷ややかな眼で訊いてくる。

 十日前も浴びた視線なので、心構えのあった俺にそんなもの通じない。怯まずに真っ直ぐその鋭い目に正対すると、彼女は意外な物を見たような表情になった。


「ほう、そんな目で私を見る男など久しぶりだ。くくっ」

「質問に答えてくれ、眼鏡さん」


 その呼称が気にくわなかったのか、不敵な笑いがピタリと止まった。

 ハッキリ言おう。俺は今とても怖いです。


「……国枝紗枝くにえださえだ」


 特に怒った様子もなく、簡素に名乗る眼鏡さん。  


「じゃあ国枝さん。質問いいか?」

「質問でいいのか? てっきりここから出せと言うのかと思ったが」


 言うまでもなくそうしたいが、今は現状の確認を優先したかった。

 ここに滞在した十日間、国枝さんが言った『西暦2064年』を証明するものはいくらでもあった。

 カレンダー、電波時計、縁や医者との会話、散歩で見た光景、図書館の文献。それら全ての一致をいつまでも否定し続けるほど、俺は意固地にはなれない。


「今は2064年、なんですか?」

「そうだ。それは前にも言ったし、縁や医師なんかにも聞いただろう」

「世界人口の男性比率は二割しかないんですか?」

「……縁が言ったのか?」

「うっ、いや、縁は……」


 しまった、これでは縁に責任追及がいく。なんて軽率な俺。


「ふっ、心配するな。別になにもせんよ」

「ぬっ」

「それにしても『縁』とは……。随分、仲が良くなったな、くく」


 このっ、いちいち勘に触る女! 俺はきっと顔真っ赤に違いない。 


「それ以上は国枝さんに聞いてくれと、何も喋ってくれませんでした」

「ああ。私が口止めしているからな」

「あんた、もしかして偉いの?」

「まぁ、ここでは名目上一番かな」

「……すみません。呼び出したりして」

「睨んだり謝ったり、忙しい男だな。……ふふ」


 あ、今の笑顔はいい。すごくいい。不機嫌そうに眉間にシワ寄せてないで、いつもそうしてればいいのにな。

 そんな俺の視線に気付いたのか、国枝さんは空気を変えるように咳払いをした。


「質問に答える前に確認しておくが、お前は過去からタイムスリップしたと考えているのか?」

「……いえ、分かりません」

「可能性で高いのは記憶喪失、精神疾患、タイムスリップの順だが、お前は自分の現状をどう認識している?」

「記憶喪失、もしくは精神疾患だと思います。タイムスリップは可能性が低すぎますし」

「ほう……。まぁ精神鑑定結果を見たが、記憶喪失に伴う混乱が妥当だろう。この時代の一般常識などが壊滅的だったのもそれで説明がつく」


 いやだって、俺の頭の中には女性のアメリカ大統領はいないんだもの……。 


「色々考えましたが、今はもうなんでもいいです。それより俺は現状を把握したい」


 国枝さんは何か躊躇っているように眉をひそめる。そして探るように俺の目を捉えながら言う。


「聞いた所でなにも変わらんし、ここからは出られんぞ」

「それでも、お願いします」

 

 そう言いながら頭を下げる。

 俺自身、未だに信じられないことが沢山あって、聞いてもやっぱり信じられないのかもしれないが、それでも聞きたい。聞かないと進めない。


「いいだろう。だが質問に答えるまでもない。これから私がいいぞと言うまで質問は無しだ。黙って聞いていろ、わかったか?」

「はい、ありがとうございます」


 覚悟を決めて、国枝さんの言葉を一言一句逃すまいと耳を傾ける。


「まずは西暦2012年の話になる。お前が言っていた最後の記憶の年だが、地球外生命体が飛来した」


 もうつっこみたくなったが、ひとまず黙しておく。


「その際、地球外生命体の発したジャミングで、落下地点周辺の都市機能が全て停止した。これが只のジャミングではなく、電波はもちろん、紫外線、音波、X線、光子といった、あらゆる粒子を遮断した。宇宙船の接近に気付けなかったのも、自船にこの技術を使ったからだと推測されている。後の研究で重力操作ではないかと言われているが、詳細は不明」


 な、何を言ってるんだこの人は? 映画の話かなにかか?


「その地球外生命体は、地球全体に強力なウイルスを散布。そのウイルスは人間のホルモンバランスを崩壊させ、その結果、男児出生率が著しく低下。ちなみに去年は12%で、この数値は年々下がり続けている。ウイルスへの対応の遅れはその遅効性に起因する。男が減ってからようやく発見したという事だ。これに対しWHOは感染レベルの七段階目を新たに設定。これは感染していて当たり前というレベルだな。それから……」


 あれ、黙ったぞ……? 国枝さんは首を捻り、考えているような様子になる。


「少し、詳細すぎたかな。もっと簡単に言ったほうがわかりやすいか?」

「ぷっ」

「な、何故笑う?」

「いや、なんか不器用な感じが似合ってるというか、微笑ましいというか」

「ああ?」

「ひぃ」


 やべぇ、殺される! 両手を上げて草食動物を必死にアピール。


「まぁいい。とりあえず、ここまでで何かあるか?」


 いや、何かあるかって……疑問がない所がないんだけれど。しかしこんな嘘を吐いて、この人に何かメリットがあるとも思えない。冗談にしてもあまりにも荒唐無稽すぎて、逆に嘘の可能性のほうが低い印象を受ける。

 現時点で真偽は確認できないが、どちらにせよ話を聞かないと先に進まない。信じる信じないは今、重要じゃない。


「2012年に地球外生命体が攻めてきて、男性が減ったのはその時のウイルスの影響って事ですね?」

「そうだ。それだけではないが、それが一番の要因だ」

「もしかして、そのウイルスは国枝さんにも感染してるんですか?」

「ああ、地球上で感染してない生物はいない」


 背筋がぞくりとした。ということは自然、


「俺も、感染しているんですか?」


 この話自体、本当か嘘かも分からないのに、自分の事となると途端に不安が襲ってくる。


「そうだ。空気感染だけではなく、飲食物全てから感染するから現状では防ぐ手段がない」

「じゃあ動物もですか?」

「動物だけでなく植物もだ。だが動物は雄の出生率に影響は出ていない。人体への影響も男児出生率だけで、健康面での影響はない。安心しろ」


 自分の体のことは安心できたけど、心は晴れるどころか逆に暗く沈んでいく。

 ここまで説明されて、目覚めてからこれまでの少ない情報を整理すれば、簡単に次の質問に辿り着いてしまうのだ。


「その最初の落下地点に北海道は含まれていますか?」

「……」


 恐らく、というか勝手な偏見だけど、この国枝紗枝という人は人前で分かりやすく動じたりしないタイプの人間だと思う。その彼女が一瞬だが、間違いなく俺の質問で動じた。その挙動が示す答えはつまり、一つだけしかない。


「……勘が良いな、その通りだ。地球全体で二十四箇所。日本は北海道だけだ」

「だから北海道出身を不思議がったんですね」

「そういうことだ。停電したと言っていたお前の最後の記憶は状況として正しい」

「ということは、北海道は今――」


 結論を独り言のように呟く。

 聞こえているだろう国枝さんは何も言わず、俺の様子を静かに伺っているだけだった。答えを問わずとも、その反応で大体分かってしまった。


「まぁお前が精神病じゃなく、五十二年の時を越えて来ていたらの話だがな」

「そう、ですね。……はは」


 国枝さんの慰めだかなんだかよく分からない言葉は、俺の心を少し軽くした。

 今まで半信半疑にもなっていなかった現状を受け入れるにつれ、それに付随する事実が簡単に浮かび上がってくる。

 俺は『2064年』を受け入れた時点で、家族も友人も恋人も捨てなくてはならない。もし生きていたとしても、五十二年の歳月は埋まらない。


「……ここの地名は何ですか?」


 考えると際限なく落ち込みそうだったので、無理やり口を動かせる。とりあえず疑問は出来るだけ解消しておこう。


「宮城県の栗原だ。わかるか?」

「仙台から言うとどっちですか?」

「ほぼ北だな。岩手との県境が近い」

「じゃあここが軍事基地みたいなのも、その地球外生命体と戦う為ですか?」


 この誰もが辿り着くだろう質問をした直後、俺は目の前の女性にしばし意識を囚われた。

 俄かには信じがたい、荒唐無稽で出来の悪いSF映画のような国枝さんの話を、いつ信じる気になったのかと振り返れば間違いなくこの瞬間だっただろう。

 ほんの一瞬だけではあるが、その時の国枝さんの表情から伺えたものは、先日に見違えたと思っていたものと同じだった。それはあらゆる負の感情の集積の果てに辿り着いたものに違いなく、俺の心臓を痛いほど軋ませた。


「いいや、違うな」


 国枝さんは溜息をひとつ吐き、きっぱりと否定する。そして俺には汲み切れない感情を瞳に浮かべて吐き捨てた。


「戦う相手は人間だ」



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