第14話 閑話 触れ合い
「…………」
時刻は昼前。
俺は自室のベッドの上で座禅を組んでいる。
何をしているのかと問われれば何もしていない。あえて言うならば、暇していると答えよう。
今日は休日。この日は基本的に訓練も休みになっていてやることがない。
俺はそういう集団行動とは別扱いになっているが、最近はこの日に合わせて休みを取るように紗枝さんに言われている。
そして壊滅的なまでに娯楽のない我が病室。
てかいつまで病室なのか? そのあらすじをご覧あれ。
――――――――
「紗枝さん。俺はいつまで病室が自宅なんすか?」
「別に兵舎に行ってもいいぞ。身の安全は保障できんが」
「病室サイコーす」
- 完 -
午前中、あまりの暇さに病院にあるアリサさんの部屋にお邪魔したが「眠い」の一言で一蹴された。こうなったら縁を呼ぼうと、備え付けの電話でコールしたが繋がらない。遼平も右に同じ。最後の手段で紗枝さんを思い浮かべたが、あの人と一緒に何をして暇を潰すのか疑問すぎたので却下。
「あーあ。詰んだよこれー。ひまだーーー」
「まぁ、では私と付き合ってください」
「……お断りします」
立川が居た。ベッドの脇の椅子に腰掛けて本を読んでいる。
一時間程前に現れて以来、ずっとこんな感じで会話がループしている。
「何してんの?」
「護衛です」
「休日なんだからいいよ。どこにも行かないし」
「そうだ。涼子ちゃんの部屋に遊びに行きましょう」
「……お前は俺を護衛したいのか殺したいのかハッキリしろ。そして話を聞け」
「では行きましょう」
準備万端とばかりに立ち上がる立川。ものっそい笑顔である。
「いや、行かんて。有原の部屋って事は兵舎だろ? 女しかいないんだろ? 入った瞬間、良くて変態、悪くて死亡じゃん。それにお前らとは遊ばない。遊びたくない」
「…………グス」
「え!?」
……泣いてしまった。そんなに酷い事……言ってるけど。この位でザ・動じない女、立川が泣くとは思わなかった。
でもこれは俺の気持ちも察して欲しい所なんですがー、と誰かに向かって叫びたい。
「いや、あの」
くそ、泣かれると弱い。卑怯だぞ、女ってやつは。
嘘泣きかと勘繰ったが、俺にはマジ泣きにしか見えない。立川が超演技派でない限り。
「あーもー、わかったよ! 行くから泣くな!」
「ホントですか! では行きましょう!」
すっかり笑顔である。やっぱりこいつだけは分からない。
でも本音を言えば少しだけ行ってみたいなー、なんて思う男は俺だけじゃないと確信している。
◇◇◇◇◇◇
「も、もう精神的疲労が……」
兵舎に入るとすぐにロビーらしき所に出たが、そこにいた女性達が大混乱に陥った。
いつもの三割増くらいの罵倒を覚悟していたが、彼女達は罵倒よりも驚愕に終始していた。
やっぱり女だけだと油断と言うか、男の目を気にしない無防備な姿を晒しているもので、自分達の処理に多忙になっていた。
季節は夏という事も手伝って、パンツ一枚とかの人も居たし、風呂上りでバスタオルだけみたいな人も居た。見ないように頑張ってみたが、あまり誠意は伝わってなさそうだ。その後の殺意しかない視線で証明されている。
「あっ、ここです。涼子ちゃ~ん」
「…………」
立川はいくつか並んでいるドアの前で止まり、住人を呼び出す為ノックをしながら呼びかける。そしてその間、俺には嫌な予感しかしなかった。
あのロビーがヒントを与えてくれたのだ。無駄にするわけにはいかない。
出て来る瞬間を絶対、目撃しないように顔を背ける。ここでガン見できる人を師匠と呼ぶか、勇者と呼ぶか迷う所だ。
「ふぁ~~~い。ん~、みやこぉ? …………って、どぅええぇ!?」
いや、どぅええぇってお前……。もう少し女の子らしくだな……。
「あら涼子ちゃん。寝てたの?」
「よ、よぉ」
挨拶しながらも顔はあさっての方向をキープ。
俺は見てない。何も見てない。
「っ! この!」
「ぐはっ!」
後頭部への衝撃で脳が揺れ転倒してしまう。
気遣いが防御を疎かにする結果になってしまった。
「な、ななな何してんのよ!? て、てか何のつもりよ!? ここがどこだか分かってんの!?」
「いてて……こ、この野郎……。人が折角、気を遣ってやったのに、それを最大限活かした攻撃を決めやがって……」
傷む後頭部をさすりながら起き上がる。あんまりな出迎えに俺はひとつ決心した。
もう知らん。お前が寝起きにどんな格好していようと知らん。見てやる。ガン見してやる。別に見たいわけじゃないぞ? ちょっとしか。大体、立川が悪い。こんな女の巣窟に連れてきやがって。
「ちょっとどういう事なのよー! 都、説明しなさいよね! なんでこいつがここにいるの!?」
「まぁまぁ涼子ちゃん。落ち着いて」
変態呼ばわり覚悟で顔を向けると、騒いでいる有原は予想通りあられもない格好だった。
上は薄手のキャミソール一枚、下はパンツ一枚。ブラをしてない事すら窺えるほど薄着だった。それにより見える体のラインは細いの一言。しかし女の子特有の膨らみはきっちり保持している。その膨らみは立川よりはあるだろうか?
「……あれ?」
そんなおいしい状況よりも、俺はある確認に忙しかった。
有原のトレードマークであるポニーテールが無い。降ろした髪は腰に届くほど長く、そして綺麗だった。少し童顔な顔の有原が大人びていて、一瞬、見違えてしまった。
「遊びに来たって……。あ、あんたアホなの?」
「う~ん」
目の前まで詰め寄って来た有原をしげしげと見下ろす。その際、乱れた胸元がちょっとやばいくらい見えてしまっていたが関係ない。俺はもう目を逸らさないと決めたのだ。そしてこのレアな髪型の有原を目に焼き付けておこうと思う。
「え? …………?!」
「おっと」
やっと自分の姿に気付いた有原。その顔は一瞬で蒸気機関車。
そして繰り出されてきた正拳突きを俺は華麗にかわす。こんなもの予想できすぎて目を瞑ってもかわせる。
「ちょ、こ、この……。避けんなーーー!」
「うおっ! あ、あぶねぇ! 有原、フェイズは反則だろ!?」
「う、う、うるさい! 死ね!」
「うおお! あ、暴れるとお前の惨状が悪化していくぞ!」
「え? っきゃああああああああ!!」
有原は残像を残すほどの速さで部屋に避難していった。
俺は荒々しく閉められドアに向かって食後の礼を忘れない。そんな俺の姿を見て、立川はこう言った。
「宗一さん、随分回避が上手くなりましたね」
やっぱりこいつはおかしい。
◇◇◇◇◇◇
「……はい」
「ああ、ありがとう」
渋々、入室を許可してもらい、有原が茶をもてなしてくれる。その頭にはしっぽが復活していた。
六畳一間の女の子の部屋は、俺の時代と違い殺風景だ。
テレビもPCもオーディオもない。戦争している時代の兵舎なんてこんなものなんだろう。冷蔵庫、ベッド、小さい机。それから有原の趣味なのかかわいらしい小物や本が少しだけあった。
「第一回! 涼子ちゃんの男嫌いを治そう大作戦! 開催しま~す。ワーワー、パチパチパチー」
「…………」
立川が急に立ち上がり、高らかに宣言した。
俺と有原はアホみたいな顔でそれを見上げるしかなかった。
「な、何言ってんだ? このこけしは」
「さ、さぁ? こういう子だから……」
顔を寄せてヒソヒソ話す。こういう時だけ俺と有原の仲はいい。
「じゃあ宗一さん。涼子ちゃんと向かい合わせで座って下さい」
「……なんでもう始まってんだよ? 訊けよ? やっていいですかーとか、そんなの」
「いえ、これは強制です。私が宗一さんの恋人である以上、涼子ちゃんと仲良くなってもらいます。あっ、別に涼子ちゃんを宗一ハーレムに入れても構いませんよ? むしろ大歓迎です。いえ、ぜひそうしましょう」
「な、殴っていいかな? このこけし」
「その言葉を否定できそうに無いわ……」
有原は額を押さえて頭痛が痛いとアピールしている。
決して言い間違えではない。それくらい痛そうだ。
「ほらほら」
「お、おい……」
立川がぐいぐい背中を押してきて、有原と向かい合わせで正座させられる。
まぁ有原の男嫌いが治るなら俺もやぶさかではないというか、少し協力してもいいかもしれない。
「で、何するの?」
「はぁ……」
有原ももう諦め顔で目の前に座っている。長年の経験というやつだろうか?
「それではですね、――――して下さい」
「できるか!!」
通算何度目かのシンクロをする俺と有原だった。
「えー、ダメですか~? 私、見てみたいのに~」
「私の体を使うな! そ、それになんでこんな奴と! て、てか誰とも一生やらん!!」
なんてやろうだこいつは……。伏字を照れもせずさらっと言いやがった。
言われた有原が真っ赤だ。でもその処女公言はどうかと思う。
「も~、二人ともワガママなんだから。じゃあ、手を握ってください。それで許してあげます」
「ぐぅぅ……。ム、ムカつきが留まる所を知らない……」
「はぁ……。もう諦めた方が楽よ?」
有原は拒絶するかと思ったが意外と従順だ。逆らうだけ無駄と理解しているのかもしれない。
仕方ないので指示通り、有原の両手をそっと持ち上げるようにして添える。
「……」
「な、なによ?」
「い、いや。何も言ってないだろ」
「……ふん」
これは、照れる。有原も恥ずかしそうにそっぽを向いている。でも男に対する嫌悪感は見られない。
立川はそんな有原が意外だったのか、感心するように俺達を見ていた。
「涼子ちゃん大丈夫なんですねー。てっきりすぐ殴るものかと」
「なるほど、俺は実験道具だったのか」
「じゃあ宗一さん。もっと強く握りながら頭を撫でてください」
「くっ。……わかったよ」
なんで俺は従っているんだろうと考えつつも、言われた通りにする。正直、少しやりたかった。
左手で有原の手を握り締め、右手で頭を優しく撫でる。結ばれて引っ張られている髪より、おでこの上辺りを重点的に攻める事にした。降ろしている前髪がサラサラと左右に動く。
「……ん」
前髪が目に入るのか、有原は俯いて目を閉じる。その表情は少し赤みが差した頬で、照れていると判断してしまいそうだが、安堵の方が濃いような気がする。
その表情に引き摺られて、俺も子供をあやしているような庇護欲が湧き上がってくる。
なでなで。
「んん……」
なでなで。
「……ぅ……ん」
これは……悔しいが、かわいい。
今なら縁にも負けない癒しパワーを発揮しているぞ、有原。
「……えい」
「きゃ! ……えっ、え?」
立川が有原を軽く突き飛ばした。
有原は倒れ込み、何が起こったのか把握できずにキョロキョロしている。そして立川は素知らぬ顔で、有原のいたポジションに静々と移動してきた。
「宗一さん、選手交代です。今度は私にお願いします」
「え? それじゃあ主旨が変わらないか?」
「では作戦名を変えましょう」
「……いえ、分かりました」
何を言っても無駄な気がした。長年の友人である有原に同情せざるを得ない。
俺は抵抗するのは諦めて、先程と同じように立川の手を握り、頭を撫でようと……。
「あれ?」
「……」
頭に伸ばした手が避けられていた。そして握っている手から震えが伝わってくる。
不思議に思い立川の顔を覗き込むと、真っ赤に染まってテンパイ気味だった。
「あ、あ、あの、そ、宗一さん。も、もう少しゆっくり……だ、段階を踏んでいきましょう」
「は? 段階?」
「そ、そんな、あの、い、いきなりすぎます! もっと涼子ちゃんの時のようにゆっくりと。で、でないと……」
「でないと?」
「……子供が出来てしまいます」
「できるか!」
冗談だよね? いくらなんでも。
恋愛事に縁遠い時代ってのは重々承知だが、その性知識の低さはありえないだろう。それにさっき自分で言ってたじゃん。行為そのものを。
またしても声が揃った有原の方を確認するように見たが、赤くした顔でそっぽを向かれてしまった。
「そ、そうなんですか?」
「当たり前だろ。じゃないと俺は今頃、有原とゴールインだ」
「キ、キモイ事言うな!」
有原の言葉で少しだけ傷付いたが今はスルーだ。
立川はけしかけて来るわりに、自分に耐性が無い事を自覚してなかったんだろうか?
「あの、宗一さん。そ、そろそろ手を離して……いただきたいの、ですが」
「……ギュッとな」
「っ!?」
これは仕返しのチャンスとばかりに立川の手を握りしめる。俗に言う恋人握りでだ。
そして風切り音が後で来る程の回避不能の速さで、右手を立川の頭に乗せる。そのままその真っ直ぐな黒髪を梳くように撫でた。
「ぅ、くぅぅ……う~」
「……おもしろい」
またしても声が揃う俺と有原。
俺は有原と気が合っていると、認める時期なのかもしれない。真っ赤な顔で必死に何かを堪えている立川を、二人揃ってニヤニヤ見ていた。
俺自身もかなり恥ずかしかったが、触れ合う力をさらに強くして立川を追い詰める。
「立川さんや、俺と付き合ったらこの位じゃ済まねぇぜ?」
「ぅ……ぅぅう……そ、そうなの、ですか?」
「――を――して――くらいは、ぐぶっ」
「や、やりすぎよ! 伏字的な意味で!」
セクハラ発言を連発していると枕が飛んできた。有原のツッコミはもっともである。
しかし俺、いつの間にかこの二人とメッチャ遊んでるやん。実は俺ってツンデレだったのか。
「ん?」
「あ!」
ノックの音がした。それを聞いた立川が、俺から逃げ出すように小走りでドアに向かう。
客の来訪が意外だったのか、部屋の住人である有原が首を傾げている。
「こんにちわ~」
「ゆ、縁?」
「縁ちゃん?」
現れたのは縁だった。
有原もなんで? といった表情。
「なんで縁が?」
「ここに宗一君が居るって都ちゃんからメールを貰いました。宗一君から電話を貰っていたので」
「あ、ああ。いや、あれは単なる暇潰しだったんだ。ゴメンなわざわざ」
「そうなんですか~。でもここで何してるんですか?」
「そ、そう! 聞いて下さい! 縁さん!」
立川がすごい剣幕で割って入ってくる。って、まだ顔赤いよ……。
「縁さん、ここに座って下さい! そして正妻である手本を見せて下さい!」
「へ? え、ええ? な、何?」
「さあ宗一さん! どうぞ!」
何がだよ、と心の中でツッコミを入れつつも、これはさっきの再現をしろという意味だろう。
ちょこんと俺の目の前に座らされている縁は、何が起こるか不安気だ。
まぁ、縁なら男嫌いじゃないし、少し照れるくらいで終わるだろう。そう思い、縁の手を……。
「ひゃあああああああああああ」
触れた瞬間ダメになった。